第一〇六話 ただの日常
感想、誤字報告ありがとうございます。
ほんわりぼんわりと書いておりますので、のんびりお付き合いおねがいします。
ただの日常
五月二日の土曜日。
ブラウン管の中の映像?
ワイドショーのレポーターが神妙な顔をして何かを語っている。
スタジオに切り替わり、司会者が何かを話してからVTRが流れ始めた。
ライブ、ギターソロ、ミュージックビデオ……、どの映像にも彼が映されている。
映像は、いくつも切り替わり、寺の映像が映し出された。
黒い服に身を包んだ人々が、うなだれながら列を作っている。
何度も聞いた曲のイントロが流れ始め、歌声が紡がれる。
そして、悲しみの叫び声が辺りを埋め尽くす中、彼を載せたそれは走り去って行った。
ぼんやりと意識が覚醒する。
どうやら以前の記憶を夢として見ていたようだ。
以前の記憶では、ヒデトが亡くなったのは今朝の未明のことになる。
だが、今生では昨日からヒデトたちは、人間ドックに入っている。
ヒロトさんからは、何かあればすぐに連絡、何もなければ夕方に連絡と約束している。
時計を見ると起床時間の少し前を示していた。
今思い返すと、ヒデトの訃報がテレビから流れた日、俺はあまり理解できていなかった。
「よくわからない」
音楽仲間がクロスジャパンを好きな俺を気にして電話をしてくれてきた時に応えた返事がこれだ。
その後もテレビで流れる報道を見てもヒデトがもうこの世にいないことを理解したくなかったんだと思う。
十一月になり、作り掛けとなっていたアルバムが発売されて、それを最後まで聞いた時にやっと理解したのを覚えている。
それから次の年のヒデトの命日の日に、トリビュートアルバムが発売された。
悲しみだけじゃない彩がそこには詰まっていて、音源がある限りヒデトの音楽は死なないことを思い知らされた。
それでも新たな音源は生まれてこないことくらいはわかっていた。
それから時が流れ、新作ではない新作が発売された。
悪くはないのだが、何かが違う。
曲は悪くはないし、曲をくみ上げた方々には感謝すらした。
それでも、何かが違っていた。
だから、心から願ったんだろう。
ここは俺の過去であり、俺の過去ではない。
そんな世界でわがままが通せるのなら、少しくらいは通してやる!
今日が変わり映えのしない日常として終わることを願いながら身支度を始めた。
昼過ぎにブラウンミュージックに入ると七瀬さんから呼び止められる。
「先日、お話に合ったチャリティーの資料です」
「ありがとうございます。続きはレーベルの部屋でやりましょう」
四月の中頃にチャリティーについて七瀬さんに相談をしていた。
渡された資料に軽く目を通しながら、ミストレーベルの部屋に入る。
手始めとしては、夏にある二十四時間放送番組のチャリティーライブが手ごろか。
都内のメイン会場となる日本武道館では、生放送が進行しているので他の会場が良いだろう。
比較的良さそうなのは、名古屋らしい。
大阪は、独自のイベントがあって、俺たちには入りにくいようで、他の場所ではチャリティーオークションがメインとある。
テレビ局のイベントなのだから、ゴリ押しをしたなら全国でライブはできるだろう。
だが、元々用意されている環境でやる方が気は楽だ。
今回は名古屋のイベントに便乗させてもらおう。
「七瀬さん、この名古屋のテレビ中京のイベント、どんな感じなんでしょう?」
「資料映像があるかどうか探してきます」
「あ、カレンか玉井が来ていたら呼んでください」
「お二人は名古屋が地元でしたね。わかりました」
渡された資料には、他のチャリティーに関係する内容も書かれている。
それらを読みながら七瀬さんが戻ってくるのを待つことにした。
俺個人としては、海外を支援するようなチャリティー活動や団体よりも国内を積極的に支援している団体と付き合いたい。
可能なら、長い時間を一緒に活動できる団体が理想だ。
この先の二〇〇〇年代、二〇一〇年代と時代が進むにつれて国内の支援が必要な物たちが増えて来る。
ただ国策批判をしているだけでは社会は変わらない。
偽善だろうが売名だろうが、やらないよりはやった方がはるかに良い。
寄付をしても団体の一部の者たちが、私的な使い込みをする例だっていくらでもある。
資料の中には、いくつかの大口の寄付先として慈善団体の名前がある。
七瀬さんが載せてくれた団体なのだから、比較的健全な団体なのだろう。
気にはなるが、俺が単独で寄付をすると東大路グループが関わってくることがあるかもしれない。
まだまだ、新人の域から出ていないのに寄付を考えるのは時期尚早だったとしておこう。
七瀬さんがカレンを連れて戻って来た。
「桐峯君、写真しかありませんでしたがこれが追加の資料になります」
「ありがとうございます」
カレンが机に置かれた資料の写真を見る。
「私に用事って、この写真のことですか?」
「今年の夏の二十四時間放送番組のチャリティーライブに出ようと思う。それで会場が名古屋らしくて、意見を聞きたかったんだ」
「あの番組ですか。マラソンをアキラさんが?」
「いや、絶対に走らないから。それに今年は多分ジャーニーズの人が走ると思う」
「たしか去年もジャーニーズの人でしたよね。私、テレビでみてました」
「俺は、ここ数年見てないんだよな。それで本題なんだが、ここってどこかわかるか?」
「あ、セントラルパークの特設ステージですね」
それからカレンに会場の詳細を聴いていった。
場所は名古屋、栄地区にあるセントラルパークと言う大きな公園内で、そこに特設ステージがつくられる。
この特設ステージは、上手くつくられているようで地下からの吹き抜け構造になっている場所を挟んでステージと観客が接触しにくい構造だそうだ。
カレンが言うには、セントラルパークで特設ステージを作る時の定番の構造だそうで、見慣れたものらしい。
「定番なら安全性に問題はなさそうですし、七瀬さんこれでお願いします」
「何か気にしておいた方が良いことはありますか?」
「そうですね……、夏のライブツアーの真っ最中ですから、こちらからだせるミュージシャンも限られてくると思うんです。その辺りの調整をお願いします」
「わかりました」
七瀬さんが出て行き、カレンが残った。
「セントラルパークですか。私も歌いたいですね」
「エーデルシュタインは、六月にデビューする予定だから、出られると思う」
「そうでしたよね。もうすぐです!」
「プロモーションもそろそろ始まるから、カレンと白樺に任せた」
「はい、楽しみです。あいかわらず、テレビは苦手なんですか?」
「一生慣れないと思う。元々小心者なんだよ……」
「誰にだって不得意なものはあるってことなんでしょうね」
それからもカレンと雑談をしていると、携帯電話に着信が入った。
「はい、桐峯です」
「ヒロトです。兄を含めてユニットメンバー全員の人間ドックが終わってこれから退院です」
「何か異常などは?」
「院内では異常はありませんでしたね。後日に検査結果を知らせてもらえることになっています」
「撮影の方はどうでしたか?」
「そちらも問題はありませんでした。随分と気を使ってもらえたのでありがたい限りです」
「これで僕も安心が出来ます。後日、改めてお会いしましょう」
「はい、いろいろとありがとうございました」
「こちらこそありがとうございました」
ヒデトは無事に今日を終わらせられそうだ。
これで俺のやれることはもうない。
後は、新しい時の流れを楽しみにしておこう。
「アキラさん?」
「随分前から気にしていたことの結果がでたんだ。多分、これで大丈夫」
「えっと、おめでとうございます?」
「ああ、ありがとう」
ふと会議室の窓をみると夕暮れを知らせる街並みの風景が見える。
そして、一九九八年五月二日はただの日常の一日として終わっていった。
今回の文章は、何度書き直したのか覚えておりません。
他の内容もあったのかもしれませんが、これで決着とします。
書くことの難しさを痛感しすぎるお話でした。