第一〇五話 アジアン
ほんわりとしていたら、秋になってしまいました。
のんびりと再会です。
どうぞよろしくおねがいします。
アジアン
四月二五日の土曜日。
東大路本家の居候となってからもうすぐ一か月となる。
俺と一緒にこの邸宅にやってきた美香と舞も新生活に慣れてきたように見える。
そんな中で、この邸宅の主である洋一郎さんからあるレポートを渡され、意見を聞かせてほしいと言われた。
それは未来の俺の知識でいうところの『アジア通貨危機』の途中経過と言える内容だった。
この時代のアジア各国は、他国による大規模資本投入によって高度成長期を迎えていた。
そんな時代を強制的に終わらせたのが、アジア通貨危機となる。
中でもタイは、日系企業が多く進出しており、自動車などの工業製品の一大拠点となっている。
そこに目を付けたアメリカのヘッジファンドがカラ売りを仕掛け、経済不安を起こさせた。
この時の東南アジア諸国は、ドルとの固定相場を採用していたが、経済不安を解消するためにほとんどの国が変動相場に移行した。
高度成長により多くの投資商品と化していた不動産などを中心にバブル経済化していた各国経済は、崩壊を起こした。
その後、東南アジア諸国は禁輸支援を各国に依頼し、それに各国も応え大混乱になりながらも九九年には、回復の兆しを見せ始めることに成功する。
だが、この危機は、ロシア、ブラジルなどに波及し世界中が影響を受けることになったのだ。
これが、俺の記憶にあるアジア通貨危機になる。
そこで、今生では俺からこの情報を聞いていた東大路グループを筆頭とする日系企業たちの動きが注目となる。
東大路グループのシンクタンクによる分析では、アジア通貨危機の回避は不可能であるということになった。
アメリカが国策として強いドル政策を始めたのがこの時代だ。
日本が国策として対応したとしてもドルの力は強い。
そこでアメリカのヘッジファンドと協力することを決めたのだ。
結果として、ドルは強くなり、日系企業達も十分すぎる利益を出すことに成功した。
まだ、この経済危機は世界中に波及するので、利益はさらに増える見込みとなる。
だが、東南アジアは、東大路グループを中心に日系企業の生産拠点でもある。
経済不安を起こしながらも、全力で復興させると言う何とも言えないマッチポンプになるが、これが最も損失の少ない方法となったのだ。
さらに、この一件で獲得した利益を元に資本流入が少ない地域へ一通りの経済危機が去ってから新たなフロンティアとして参入ができる。
これで二〇〇〇年前後に日本を襲う不景気の原因の一つが取り除かれたと考えてよいだろう。
とは言え、日本のバブル経済崩壊後に残った国内の不良債権化した資産は、まだまだ整理ができていない。
金融機関とその関連企業の統廃合は、俺の知る時の流れと同じように行われるのだろう。
レポートを読み終えて、洋一郎さんの私室へ向かう。
ノックをしてから、合図をまって中に入った。
洋一郎さんの私室は、わかりやすいほどの大物の書斎と言った感じで、様々な書籍と書類が入った大きな本棚、華美にならない程度に彫刻が彫られた書斎机、大きくはないが軽く雑談をする程度には困らない応接セット、窓からは手入れされた和風の庭が見える。
「レポートを読ませて頂きました」
「すまないが、少しそこに座って待っていてくれ」
応接セットに座り、洋一郎さんの仕事が一区切りするのを待っていると、すぐに終わったようだ。
洋一郎さんも応接セットに腰を下ろし話が始まった。
「それで、どうだったかな?」
「十分すぎる成果だと思います」
「これ以外にも選択肢はあったとは思うが、これで良かったと思う。だが、アメリカのやり方は、どうも好かん」
「確かに自国を第一にするのは、理解できますが世界中を巻き込むのはやりすぎでしょう」
「こちらも儲けさせてもらったが、やりすぎだろうな」
「何か考えでも?」
「今のところはどうにもならん」
「今のところですか……」
「ああ、今のところだ」
意味深な言葉だが、俺も思うところはあるので是非もない。
それから、改めてレポートについての意見を話し合い洋一郎さんの私室を後にした。
蔵にしか見えない外観の音楽室に向かう。
初めて見た時は、この外観に驚いたが一か月も見ていれば慣れてしまう。
俺に割り当てられている一番広い防音室に入り、ピアノの前に座った。
ぼんやりしたいときは、ピアノの前に座るのが癖になっているようで、なぜか安心すらする。
特に弾きたい曲もなかったが、東南アジアの話をしていたので、あちらに関係のある曲を弾きだす。
繰り返しのように聞こえるのに繰り返しているわけではない。
そんな繊細なメロディーが紡がれていく。
この曲は、第二次世界大戦中のインドネシア、ジャワ島の捕虜収容所を舞台にした映画で使われた曲だ。
映画には、世界的に有名なミュージシャンやコメディアンが出演しており、彼らの演技をみるだけでも価値があるかもしれない。
季節外れのクリスマスを感じながら、東南アジアの地に思いを巡らす。
映画自体も有名だが坂本教授が生み出したメインテーマは別格の良さを感じてしまう。
そうして、名残惜しい気持ちを残しながらも、一曲を弾き終えた。
ふと、防音室のドアが開き、舞が入って来た。
「兄上、お仕事中でしたか?」
「いや、ぼんやりと弾いていただけだ」
「今の曲、どこかで聞いたことがあります」
「クリスマスシーズンに良く流れる曲だからじゃないか?」
「そんな気がします。もう一度お願いします!」
舞のリクエスト通りにもう一度弾いてみる。
映画音楽は、曲と一緒に映画のシーンが浮かんでくる面白さがある。
俺がこの映画をいつ頃に見たのか、全く思い出せないが映像も何となく覚えているようだ。
戦時中を題材にしている映画なので、好みもあるだろうが舞たちにも見せてやりたいな。
そんなことを考えながら弾き終えた。
「かっこよいです。教えてください!」
「うーん、譜面が今はないんだよな。近いうちに用意するからそれまで待っていてくれ」
「わかりました。待っています」
舞がポニーテールを揺らしながらニコニコしているのを見て、何か教えられる曲はないか、考えてみる。
これは曲とは言えないが、面白さはあるな。
「今の曲のアレンジみたいなものでこんなのもあるぞ」
緑と白と青がイメージカラーになっているコンビニの入店音をアレンジして弾き始める。
これはこれで、好きなんだよな。
あの入店音を考えた人はすごい人だと思う。
しっかりと覚えているわけではないので、適当にそれっぽく終わらせた。
「いまのってコンビニの入店音ですよね!」
「俺が考えたわけじゃないが、これはこれで良い曲に感じるんだよな」
「はい、とても面白い曲でした。それも教えてください」
「ちゃんとした曲じゃないからな。何となく弾いてみたらどうだ?」
「うーん、やってみます」
それから舞が飽きるまでコンビニの入店音を聞き続けることになったのだった。
アジア通貨危機について調べてみたのですが、本当に難しい出来事だったようです。
私の解釈がどうにもおかしければ、指摘してやってください。
次回更新は、頑張ってみますが未定です。ちゃんと書けるといいなぁ。