プロローグあるいは第一話 音楽の呪縛
ノエマと申します。
視覚障害一級ですので、誤字脱字が大量になるかと思います。
誤字報告は大歓迎です!
また、脳内変換で問題ない方は、そちらもお勧めします。
それでは、どうぞお付き合いよろしくお願いします♪
プロローグあるいは第一話 音楽の呪縛
我が家の最寄り駅に到着し、近くのコンビニで缶チューハイとつまみを幾つか買う。
毎日の残業は、当然のこととなってしまった。
現在四〇歳、そのうち四一歳となる独り身の生活は、気楽と言えば気楽だが、このまま老後を迎えるのかと思うと、疑問を感じなくもない。
だからと言って、転職をしたいわけでもないし、どうしても結婚をしたいというわけでもない。
俺の人生は、大きな転機でもなければ、こうやって流されていくのだろうな……。
最寄駅から十五分ほど歩いたところにある我が家に到着する。
一人暮らしのマンションとしては、良い物件だと思う。
五年ほど前に、分譲で購入した我が家だ。
趣味はあるが、他人が思うほどには金額を使わない趣味なので、貯金はそれなりにあった。
当時三十五歳の俺は、何か変化を求めていたのだと思う。
そうして、マンションを購入しようかと探していたとき、水害でわずかだが水没したエリアの物件が、激安価格で売られていた。
多少の不安はあったが、この地域の水害対策がしっかりしていることや、マンションの安全性、耐久性が確認できたので、値段に負けて購入してしまった。
そもそも水没したのは一階の床下だけだったそうで、そこをしっかり整えれば問題ない状態になるということだった。
我が家は三階なので大きな問題はなく、値段が安いだけというのが当時の話だった。
長く住めば、いろいろと問題が出てくるかもしれないが、その時はその時だと割り切ればよい程度の値段で買えたので、特に気にしていない。
マンションを購入した直後は、俺の人生に何か変化が起こるかもしれないと期待していた。
だが、特に何も起こることはなく、それから五年が過ぎて今に至ってしまった。
エレベーターに乗り、我が家に入り、風呂やらを済ませてジャージに着替える。
そして、缶チューハイとつまみをソファーの前に並べる。
夕食は、軽くだが職場の近くで済ませてきた。
さて、明日は仕事は休みだ。
テレビをつけると、東京オリンピックの開会式の再放送がやっていた。
今日は、二〇二〇年七月二四日の金曜日だったか……。
チビチビとやりながら、開会式の様子をぼんやりと眺めていく。
これから数週間をかけて、オリンピック・パラリンピックのアスリートたちが競い合うのか。
スポーツは嫌いじゃないが、俺の趣味は音楽なんだよな。
セレモニーに日本を代表するミュージシャンたちが、何組も出てきて場を盛り上げている。
居間に置いてある愛用のギター、ギブソン・レスポールを手に取り、流れてくる曲の有名なフレーズを、テレビの音に合わせて弾いてみる。
どの曲も有名な曲ばかりなので、自然と指が動いていく。
久しぶりに弾いたな……。
ほぼすべてのミュージシャンが曲を少し演奏して、次のミュージシャンに代わっていく。
音楽のリレーのようだな。
ミュージシャンが代わるたびに曲が変わる度に、俺も奏でる曲を変えていく。
俺が今持っているギターはエレキギターなので、アンプを使わなければ音は大きくはない。
だが、小さいながらもそれなりの音は出るので、壁が薄いと近所迷惑になる。
幸いなことに、このマンションの防音性能はそれなりに高いので、これくらいなら問題ないだろう。
セレモニーが一通り終わり、アスリートたちが入場してきた。
ギターを置き、再びチューハイを飲みながら、つまみを食べ始める。
あまり事情は知らないが、この入場はかなりの時間がかかるんだったよな……。
居間には、ギターの他にデジタルドラム、デジタルピアノ、それらがつながっているパソコンとアンプがある。
簡易だが、十分に作曲ができる環境が整っている。
ぱっとした見た目だけなら、百万円以上の装備がありそうに見えるらしいが、実際は五十万と少し程度だ。
それで、長い間遊べるのだから、大人の遊びとしては上出来な部類だと思っている。
俺の趣味は、広い意味で音楽、詳しく言うと楽器演奏となる。
ついでに、せっかくだからと作曲、作詞も趣味の中に入れている。
一番得意な楽器は、どれかと言えばドラムになる。
次がピアノだな。
ギターとベースも弾けるが、どちらも人並みと言ったところか。
とはいえ、そこそこの経験者である三十代後半から四十代の連中とバンドを組めば、どのパートでも問題なくこなせる程度の腕前はあるようだ。
他に使える楽器は、トランペットやドラム以外のパーカッションに和楽器が少々。
ついでに、歌もそれなりと自負している。
それらを一人で録音して、パソコンで調整して、動画サイトにUPしたり、ボーカロイドに歌わせてUPしたりもしている。
ここまでの話なら、単純に音楽が好きなんだな、という話に思うだろうが、実のところ、俺は音楽が好きとは感じない。
日々の中で、音楽を垂れ流すようなことはしないし、積極的にライブに行くこともない。
とはいえ、趣味としているだけあって、音楽に触れているときは楽しいとは思う。
だが、好きかと言えば、義務感や強制力のような物を感じてしまう。
俺にとっての音楽は、どこかで聞いた物を適当に脳内で組み合わせてしまえば、いくらでも生成できてしまう物だ。
これは、幼いころからの訓練の結果であって、常人にはできないことも理解はしている。
だが、それができるからといって、何の役に立つ?
それでもだ。
音楽を身近に置いておかないと落ち着かない。
これは、もう『音楽の呪縛』の領域だと確信している。
この呪縛の発生源は、わかっている。
今は亡き俺の母親は、和楽器奏者だった。
生まれた時から和楽器の音を聞かされて育ち、気が付いた時には、和楽器を触っていた。
小学生に上がるころには、クラシックピアノを習わされ、さすがに中学に上がるころには、反発をするようになった。
そこで、妥協案として示されたのが、ジャズピアノを習うことだった。
ちなみにだが、小学校時代の部活では、いつの間にか吹奏楽部に入部しており、トランペットを吹いていた。
中学では、ジャズピアノを習いながらも、友人に誘われるままにドラムを叩くようになっていた。
自主性がない、と言えば、そうなのかもしれない。
だが、もうこのころには、呪縛が発生していたのだと思う。
その後の高校では、ジャズピアノは辞めてギターやベースも覚え、大学では、ジャズピアノとトランペットができるということで、ジャズ研究会に入り、ジャズを楽しみながらドラムの腕前も上げていった。
そういう学生時代を過ごしたおかげで、俺の趣味は音楽全般となった。
ちなみに歌だが、こちらも従兄にオペラ歌手がおり、歌謡曲と声楽では声の出し方は違うが、共通するところも多い。
いつの間にか鍛えられて、それなりに歌も歌えるようになっていたというわけだ。
他人から言えば、うらやましい環境だったのかもしれない。
だが、俺にとっては、ただそこにあった日常の出来事であり、もし将来的に収入につながっていたなら、多少は喜んだのかもしれないが、今となっては、仕事を円滑に行うコミュニケーションの一つという程度になっている。
悪くはないんだが、それだけなんだよな……。
テレビでは、各国の名が呼ばれ、アスリートたちが行進している。
大して飲んだわけではないが、酔いが回ってきたかもしれない。
うつらうつらとしてくる。
日本の名が呼ばれた気がしたところで、意識が途絶えた。
プロローグは、現実世界では開催されなかった二〇二〇年の東京オリンピックからになります♪




