長いタイトルの小説しか書かせてくれない文芸部に入部してしまった主人公のお話
春。
心も桜も舞う季節。
この1年間ずっと心のおもしになり続けていた高校受験がようやく終わり、角野 良作は晴れ晴れとした気分で日々を過ごしていた。
新しい通学路、新しい学校、新しい人間関係、すべてが輝いてみえるそんなときに、良作は何か新しい活動を始めてみたかった。
そうだ。創作活動をしてみよう。小説を書いてみよう。小説を読むのが好きだしね。
ということで入部した文芸部ではあったが、ここは少し変わっている。
「先輩あの…。」
良作が恐る恐る話しかける相手は那賀蹴矢 佳乃。文芸部部長である。
「どうした角野。新作か?」
佳乃は縁なし眼鏡をくいっと指で押し上げながら期待の眼差しをむける。
「はい。人生で初めて書いた小説です。」
「それはいい。ちなみに題名は?」
「『桜の園』といいます。」
これを聞いて佳乃は急に顔をしかめた。
「ふむ…。花見の話か?」
「いえ、違います。高校に入学したばかりの少年たちが新しい生活を楽しむという内容で…。」
佳乃はさらに顔をしかめる。
「桜はどこに出てくる?」
「はぁ、あの、桜は余り関係はなくて…。」
佳乃はますます顔をしかめる。
「じゃあなんで『桜の園』なんだ?さっぱりわからんぞ。」
「その、ぼくチューホフが好きで…。」
「チューホフ?中国人か?」
佳乃はすっかり興醒めしたという感じでため息をつくと
「いいか角野。小説は題名が命だ。」
と言って書棚から数冊の本を取り出す。
「例えばこれ。私の先輩が書いたものだがな。その名も『最弱モンスターに転生したけど、わりと運がよくて、ドラゴンとか強いモンスターとも友達になれて、そしたら人間もいろいろと話を聞いてくれて、今では賢者あつかい。』。どうだ?わかりやすいだろ?」
「はぁ…。物語の導入部分がまるまる省略できそうな題名ですね。」
「その通りだ。まるまる省略してある。そのお陰で読む時間がずっと少なくできる。」
「はぁ…。読む時間を少なくされてしまっていいのでしょうか?じっくり味わうとか考察するとか…時間をかけることも大切な気がしますが…。」
佳乃は頭をふりながらため息をつく。
彼女のボブカットがさらさらと揺れる。
「わかっておらんな角野。現代人はとかく時間がない。仕事に勉強、恋愛に遊び。本を読むより重要なことがいくらでもあるのだ。そんな中で自著を読んでもらうには、いかに読者の時間をとらないかが鍵になる。何が書いてあるのか一目瞭然でなければ彼らは本をとることもしないぞ。」
「はぁ…。」
「これは私が書いたものだがな。とある出版社の新人文芸大賞を頂いたものだ。その名も『やってるゲームの登場人物(悪徳令嬢)に転生してバッドエンドをむかえるはずが、いろいろ頑張ってるうちにハッピーエンドをむかえました』だ。」
「もうタイトルだけで小説の全体がわかっちゃいますね…。」
「その通り。悪徳令嬢に転生しつつも頑張ってハッピーエンドをむかえる主人公の話を読みたい層のハートを鷲掴みにしたらしくてな。私の中の最高傑作といえる。」
「はぁ…。」
「何か言いたげだな。」
「その…。象徴的な短いタイトルから得られるごく限られた情報から本の内容が気になって読んでみたら、思った以上に自分が求めていたものがそこにあって感動する…みたいな。そんな楽しみ方があってもいいような…。」
小さな顎をくいっと上に向けて、やれやれこれだから素人は、といったやや侮蔑的かつ困ったような顔をして佳乃が言う。
「そんな回りくどいことをやるやつなどおらん。」
「はぁ…。」
「そして、これこそが我が部の期待の新星である薩田が昨日発表した『大賢者の孫に転生したらとにかくステータスが破格で何でもかんでも人並み以上にできちゃって、魔法を唱えればめちゃくちゃな威力だし、なんか発言するたびに同意されまくるし、ちやほやされてハーレムつくって、おだてられて魔王討伐なんかもしちゃって、すっげーおれ無敵だわ。神だわ。これから先なにすればいいんだろ?とか思ってたら夢オチだったけど、なんかもう十分楽しめたから今後は現世でひきニートしててももう満足かなって件について』だ!」
「もう…オチまで言っちゃってて…本文必要なさそうですね。」
「うむ!本文は『タイトルどおりです。』の10文字だけなのだ!痺れるだろう?」
佳乃はその白い頬をうっすらピンクに染めるほどに上気させながらうっとりとした表情で、表紙と1ページしかない薩田の「本」を指先で撫で回している。
「この作品は日本の文壇にセンセーションを巻き起こすに違いないぞ。読んでもないのに読んだ気になれる小説としてな。読者は時間も頭もほとんど使うことなく本を1冊読めてしまうのだ。実に効率的かつ現代的だろう?これぞいまが求める1冊。時代の寵児になること請け合いだ。」
「はぁ…。」
「ちなみに今日は薩田を見かけないな。角野、お前同期だろう?何か聞いてないか?」
薩田は「付き合いきれねーよ。」といって昨日部を去った。
もしかしたらあいつ先輩には言ってないのかもしれない。
可愛い佳乃を悲しませたくないので、良作は黙っていることにした。
しかし良作もなんだか付き合いきれなくなってきているようだ。
創作をしながら文学美少女を眺めて暮らす生活も乙かなと思っていたが、どうせなら身体を動かしながら水着少女を眺めてるほうがいいかもな、などと水泳部への転部を考えはじめているのである。