未帰還者#2/14
「もう目の前だよ」
ガスマスクに言われて、窓の外を見やると、苔にやられて緑色に変色したガードレールの向こうに山があり、その向こうにどこか見慣れたような町並みがあった。
この角度から見たことはないが、間違いない。
俺の故郷、九納屋の景色だ。
すると、手前の山は吉根美山だろうか。
吉根美山の近くは使われなくなった道路が一本あった。
恐らくその道路を走っている。
のは良いが……まだ日は高い。
能力者同士の戦いはどうなるかわからない。
更に敵の特性が不明だ。
あの赤い化け物はダメージを反射する能力があるくらいか。
もし爆発でもしたら……。
その辺の住民だってバカじゃない。
戦闘の音で警察でも呼ばれたら非常に厄介だ。
「なぁ、白昼堂々やるのか?」
「いいえ。彼は一旦離脱する。私達は、紫苑の家に行く」
「……家に、だって?じゃあ、このまま来るのか?」
「いえ、それは目立つから学校の近くから歩く。紫苑もお風呂や食事くらい取りたいと思う」
変な気遣いだった。
まあ、せっかくなので甘えておこう。
もう今更プライドもクソもない。
それに言われると腹も減って来たし。
此度の事は後で"精算"すればいい。今はしたたかに行こう。
ただし……
「お前ら、家にはあげないからな」
これ以上、此方のテリトリーを荒らされたくはない。
「ダメ、私は紫苑を監視する義務がある」
「窓から見てろよ」
「それじゃ死角が有りすぎる。監視した事にはならない」
「知るか。俺のテリトリーに入って来るな」
突然、煉は前屈みになって、膝と手を使って飛びかかってきた。
そのまま背中を向かされ、左腕を後ろに回されてキリキリと締め上げて痛め付けられた。
「なら、紫苑を放さない」
「こ、このアマ!?」
クソ……華奢な癖に手際が良すぎる。
やはり、何か訓練でも受けてるらしい。
くそ……幸い道は分かるし、事故覚悟で暴れてやろうか?
後ろから首を跳ねあげてやりたい。
どいつもコイツも……敵ばっかりだ!
ふと、左腕が軽くなる。
その隙に文句を言おうと、口を開いた。
でも声は出なかった。
声は声にはならなかった。
「ん?」
背中に熱く、そして推定約30kg前後の重さのもの。
甘い香り……でも香水ではない。
シャンプーでもない。
女性特有の匂い。と言うべきなにかが首筋から伝わる。
煉は跨がったまま、俺を抱き締めていた。
「紫苑。私を信じて」
その瞬間、頭を撃ち抜かれたような衝撃が駆け抜けていく。
「紫苑……」
煉はうわ言のように囁いた。
信じてと。
この跳ねるような鼓動、痺れるような感触。
そうか、俺は煉に……
おぞ気が走っているのか。
下がるような体温に身を震わせた。
おぞましい。信じる?その単語が気持ち悪くて仕方がない。
まるで、並々と虫の溜まったプールを泳がされるような……身体の外側から内側へと侵食するおぞ気。
おぞ気、おぞ気、おぞ気。
今すぐ背中の気持ち悪いものを引き剥がして殺してしまいたい。
……落ち着け……落ち着くんだ……頼む、落ち着いてくれ。
衝動的に身をよじりそうになるが、なんとか理性をフル活用して抑え込む。




