死神
庚 紫苑
テスト用紙に自分の名前を書いて、内心一息着く。
やっとテストが終わった。
期末テスト最終日の今日は皆早く家に帰って、自由を謳歌したいと願っている。
俺も早く今日発売のCDを買って帰り、誰にも邪魔されずに聴きたい所だ。
誰にも邪魔されずに。
テストが終われば、次の難関が待ち受けているだろう事は予測して、男子トイレの近くの外廊下に外履きを隠しておいた。
上履きはビニール袋に入れて持ち帰ればいいし、なんなら教科書の少ない鞄に入れとけばいい。
今日、最後のテストは物理だった。
内容としてはベクトルや、万有引力、重力加速度の辺りが中心で、あとは長い文章題が占めていた。
しっかり覚えていた、いつも通り80だの90だのと言った結果だろう。
さて、と?
いざ帰ろうと教科書と空のビニールの入った鞄を手に取り立ち上がると目の前に、女子が立っていた。
スカートのポケットに手を突っ込んだ、肩に掛かるくらいの長さの黒髪。
「帰ろう、紫苑」
彼女の左胸のポケットに安全ピンで着けられた、大山と書かれた名札が照り返してまぶしい。
「すまない大山さん、トイレに行くから先帰ってなよ」
早速来たか、帰宅する際の最たる障害。
これを見越して、俺は準備していたのだ。
残念だったな。
お前が今日も変わらず来るのは、予測するまでもなくわかっていたよ。
「そっか、じゃあトイレの前で待ってるよ」
彼女は首を僅かに傾げてニッコリとした。
「いや、それは色々と他の生徒からの印象も良くないと言うか。っていうか、恥ずかしいからやめてくれ」
ここはきっぱりと断る。
俺はCDショップに行き、目的を果たして、家に帰ってゆっくり堪能してから読み掛けの小説を読み
中ボス手前でセーブしたゲームの続きをしなければならない。
大山、残念ながら君に費やす時間は学校を出た瞬間からは一秒も存在しない。
学校を出るまでの時間も残り僅か3分も掛けない積もりだ。
「そう……わかった」
「ゴメン、またね」
突然に萎れた花のように笑顔が苦笑になり、うつ向いて、とぼとぼと歩いていった大山。
俺は言うやいなや、わざと腹に手を当ててシャツを握り締め、足早に教室を去った。
説明するまでもなく、周囲に腹の調子が悪いことを伝える為の演技だ。
最寄りの男子トイレは、今いる2階の教室を出てすぐのT字路から渡り廊下に出て、途中にある別棟の男子トイレが最寄りだ。
腹痛で急いでるなら不自然ではない。
そのまま別棟の階段を一階に降りて、東門から脱出。
大山は北門から真っ直ぐ家に帰るだろうから鉢合わせはまずあり得ない。
俺はそのまま東門から出る生徒紛れて、駅前のCDショップに向かった。