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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

G

作者: 豪木 鰤和

 

 ついに我が家にも現れてしまった。黒くて嫌にテカテカした()()が。


 純白な便器の上だから、直ぐに気がついた。間違いない。


 ()()は触覚をチロチロ動かして、私の目の前を閃光のような速さで横切っていった。


 私は驚きのあまり、持っていた雑誌を落とし、足の指に角が直撃した。クソォ。痛い。痛すぎる。痛すぎて、一瞬だけ()()のことを完全に忘れていた。


 あ、見失った? 視線を巡らせる。便器から、天井へ、壁を1周し、そして床へ。


 ……いた! けど、マズイ! 廊下の方に出ていった。


 すぐさまリビングに応援を要請する。


「お父さああああああん!!! 」


 いつもは母の尻に敷かれた少し頼りなげな父だが、こういう時こそ頼りにしたい。


「おぉ? どうしたんや、壬紅(みく)。そんな騒いで」


「もう、お姉ちゃん、うるさすぎ」


 父の背から顔を出して朱里(しゅり)が文句を言う。


「どうしたもこうもない! ()()や! ()()がついに我が家にも出てきた。早く新聞紙とか持ってきて!」


「ええええ!!! ちょっと、ヤバいって。どこどこ?!」 朱里は父にしがみく。


「お、おう……」 父はそのまま、のろのろと廊下を引き返していく。


「くそぉ、絶対に逃がさないんだから……!」


 私も雑誌を丸めて応戦する。


 どこだ……? 必ず見つけて、叩き潰す!


「朱里、アンタも手伝いなさい」


「でもさあ、ゴキブリって、1匹見つけたら、あと100匹はいるって言うじゃない。その1匹を殺したところで……結局のところ、またゴキブリは出現するわけで……」


「ごちゃごちゃうるさい! それと、やつを具体的に言うな!」


「うっ、ごめん」


  少しキツく当たりすぎたか。


 確かに、朱里の言う通り、殺すのは1匹だけじゃダメだ。殺るなら、徹底的に皆殺しだ。後で、殺虫剤とか買い出しに行こう。今はあの1匹に集中する。見つけたからには放ってはおけない。


「壬紅、ほい」 戻ってきた父が丸めた新聞紙を渡してくれた。


「ありがとう」 コレで思う存分叩けるわ!


「お父さんは、私の後ろを見張って」


 父とは互いに背をくっつける。これで、どこから来ても把握出来る。


 さあ、さあ、隠れてないで出てらっしゃい。どうせ皆殺しなんだから、サっサと諦めちゃいなさいよ。


「お姉ちゃん! あそこ!」 朱里が指さした先に、光沢のある背を発見する。


「はああああああああ!!!」 私は新聞紙を思い切り振り翳し、飛びかかった。


 パシィッッィィィイイン!!!!


 手応えはあり。しかし……。


「クソ、躱された……」 ほんの少しのところで、すり抜けられた。私から向かって右側への逃避。


「……逃がさない。お父さん、そこのドア、閉めて!」


「お、おお」


 行く手はすりガラスに阻まれた。


 これで、廊下は完全に密室となった。()()は、廊下の端に追い詰められている。もう逃げ場はない。ここで決める。


「覚悟なさい」


 私はとても清々しい気持ちで、しならせた新聞紙を振り下ろした。







 グチャ。体液が飛び散る。ペシャンコに変形した体。


「……パパ」


 そんな……。人間に殺られてしまうなんて……。







「……お腹、空いた」 僕はポツリと呟いてしまった。今まで、我慢していたのに、つい……。


 かれこれ、もう1ヶ月以上はご飯を食べていない。


「……すまない」


  パパは物凄く悲しそうな顔をして、僕に頭を下げた。


「……」


 僕は今の失言を後悔するばかりだった。


 「大丈夫だよ。別に、お腹、空いてないし」


 しかし、こんな時に限って体はとても正直だ。


 胃は生々しい唸り声を上げる。


 「……やっぱり、お腹、空いてるよな。だよな」


 パパは、どこか吹っ切れたような、清々しい顔をして呟いた。


 「……パパ?」


 「ゴキタロウ。パパは今から、外に出て、人間の食べ物を頂戴してくる。だから、ゴキタロウは良い子で待ってるんだよ」


 「え、でも、外は人間が常にウロウロしていて、見つかれば新聞紙で叩かれちゃうんでしょ……? 危険だよ……」


 「ゴキブリ生、いつかは危険を冒してでも、やらなきゃならない時があるんだ。パパにとってのそれは、今この時なんだ」


 「……駄目だよ。行っちゃ、死んじゃうよ!」


 「……ゴキタロウ。強く、生きるんだよ」


 そう言うと、パパは瞬く間に外へ消えてしまった。


 「パパぁぁああああ!!!」


 僕は追いかける。追いかけなきゃ。パパを守るんだ。邪悪な人間の手から!


 「はァ、はァ……。ここが、人間の居住スペース」 換気扇の中から見下ろす。


 すると、突然扉が開いて……。人間だ。パパが人間に見つかった。人間が叫ぶ。早く。今のうちに逃げて。ああ、早く。


 それからはもう一瞬の出来事だった。


 パパは、見る見るうちに邪悪な人間の女に追い詰められて……バシン。


 パパは、何も悪いことをしていないのに。何故、あんな仕打ちを受けなければならないのか。


 ただ、生きるために空腹を満たしたかっただけなのに。


 僕たちに罪は無い。


 有無を言わさず、ただ丸めた新聞紙で叩き潰したあの女が悪いんだ。あの女さえ、いなければ……。


復讐……してやる。僕たちの本気を見せてやる。


「みんな、準備は良いかい? ……理不尽な人間どもをビビり散らかす準備は良いか!?」


「「「うおおおおおおおおおおおお!!!」」」








「お姉ちゃん。バルサン、買ってきたよ」


「よーし。じゃあ、手分けして設置しよう」



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