道化師 ⑦
朝、意識不明になったと聞いてすぐに病院に向かった。
タカラ君の病室まで来たら、家族の方々がいらっしゃった。
タカラ君の両親にはお見舞いに来た時と中庭でピエロショーをした時に会った事があった。今回連絡をくれたのもタカラ君のお母さんだ。
「藍田さん、来てくださってありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ呼んで下さってありがとうございます」
危篤状態の場合、本当は家族だけしか面会は許されないだろうに、俺をこの場に呼んでくれた。
「藍田さんが来てくれたら宝も喜ぶと思うので。宝、お兄さんが来てくれたわよ」
タカラ君のお母さんは人工呼吸器のマスクと心電図のコードを体に着けたタカラ君の手を握りながら声をかける。
タカラ君のお母さんは何度も泣いたのか目を赤くさせている。
「宝、ピエロのお兄さんが来てくれたぞ!」
タカラ君のお父さんも宝君の手を握りながら声をかける。
「藍田さん、宝に声をかけてあげて下さい」
タカラ君のお母さんに目を潤ませながら言われ、俺はタカラ君に近付く。
タカラ君の顔を覗き込むと痩せ細り、今にも息が止まりそうな程白い肌に息を呑む。
数日前に見舞いに来た時はまだ元気そうに見えたのに。
今にも涙が出そうなのを堪えてタカラ君に声をかける。
「タカラ君、来たよ。ピエロのユウだよ」
声をかけるとタカラ君の体がピクッと動く。
「宝!? 藍田さん、宝が」
「タカラ君聴こえる? ピエロのユウだよ」
もう一度呼びかけると、またピクッと反応してゆっくりと目が開く。
「宝!? お父さん、宝が目を覚ましたわ!!」
「落ち着け、わかってる。宝、俺達がわかるか?」
ナースコールのボタンを押しながらタカラ君のお父さんがタカラ君に呼びかける。
「······お父さんとお母さんとユウお兄さん」
「ああ、宝、宝!」
タカラ君のお母さんはタカラ君の手を両手で強く握る。
「あれお母さんまた泣いてるの? 僕は大丈夫だから」
タカラ君が優しく笑い、タカラ君のお母さんの頭を撫でているとドアをノックし、先生と看護師さんが入ってくる。
「先生、宝が目を覚ましました」
「はい、わかりました。タカラ君僕が誰かわかるかい?」
「はい、小倉先生です」
タカラ君の意識がしっかりあるのを確認すると心電図を見て少し安堵した様に見える先生。
「危篤状態から持ち直したみたいです。まだ予断は許されませんが、タカラ君と話をしても大丈夫ですよ」
タカラ君のお父さんとお母さんも少し安堵しているみたいだ。
先生と看護師さんは「何かあったらまた呼んでください」と言い部屋を出て行く。
家族だけで話したい事もあるだろうと思い、一言言って俺も部屋を出る。
待合室でコーヒーを飲みながら待ってると、ゆまちゃん、ヒュウガ君、リン君、ミスズちゃんがやって来た。
「やぁ、皆」
「ユウちゃん、タカラちゃんが目を覚ましたって本当ですか?」
ミスズちゃんが不安そうに聞いてくる。
「うん、目を覚まして今はお父さんとお母さんと話しているよ」
そう言うと、子供達は良かったと安心して笑顔になる。
だが、ゆまちゃんだけまだ不安そうな顔をしてる。
「···ユウおにいちゃん。タカラおにいちゃん死んじゃうの?」
なんと言っていいか迷う。重い病気と共に生きてきたこの子達には気休めの言葉は通用しない。ハッキリと言おう。
「······うん、そう長くないうちに天国に行っちゃうと思う」
その言葉を聞き、皆泣きそうになる。
「ゆま、きいたよ。えふでぃーせきしゃになればいきられるって」
ゆまちゃんの言葉に他の子供達も頷いて俺を見る。
そっか、FD籍者の事を知っているのか。
「···FD籍者にはタカラ君は成れないんだ」
「どうして?」
「それはタカラ君とタカラ君の家族が決めた事だからだよ」
ゆまちゃん達の顔には何でという気持ちが現れている。
でも、これ以上の言葉を俺は言えなかった。
子供達を病室に送っていき、再び待合室で時間を潰していると、タカラ君のご両親がやって来る。
「藍田さん、宝が藍田さんと二人きりで話したいと言ってます」
目を腫らしたタカラ君のお母さんがそう告げる。タカラ君の病室に向かい、ノックをする。
「どうぞ」と小さい声が聞こえたので中に入る。
人工呼吸器のマスクを着けたままタカラ君は笑顔を俺に向ける。
俺も笑顔を向けてタカラ君の横のイスに座る。
「タカラ君、話って?」
「···前に言ったと思うんですけど、僕の代わりにクランを作って欲しいんです。ゆまやヒュウガ、リン、ミスズが楽しめる様なクランを」
「うん、わかった。作るよ」
前の様にタカラ君もとは言わない。もうタカラ君がFDの世界に行く事がないのがわかっているからだ。
「ゆまは僕が死んだら一番悲しむと思います。そのケアをお願いしてもいいですか?」
「うん、わかった」
「ヒュウガはいつも強気だけど一番繊細な子です。落ち込んだ時は力になってやって下さい」
「うん、わかった」
「リンは言葉数が少なくて一見何を考えているか分からないように見えるけど、一番物事を考えてます。リンが何か伝えようとしたらゆっくり聞いてやってください」
「うん、わかった」
「ミスズはいつも穏やかで優しいけど、誰にも言えない事を抱えてストレスを貯めちゃう子です。なので時々でいいので、悩みがないか聴いてあげてください」
「うん、わかった」
「僕がいなくなった後の子供達をよろしくお願いします」
「うん、わかった」
こんな時までタカラ君は皆のお兄ちゃんだ。
「他にはない?」
「···じゃあ、僕が亡くなった後も、僕の事を覚えててくれますか?」
その言葉で涙が溢れる。
「うん。もちろんずっと覚えているよ」
「それなら良かった。ありがとうございます、お兄さん」
それがタカラ君との最後の会話だった。
翌日、タカラ君は天国に旅立った。
タカラ君の葬式は家族と親族だけで行いたいとタカラ君の両親が言っていたので俺は行かなかった。
子供達が心配になったので、お見舞いに行くとやっぱり皆落ち込んでいた。
俺の姿を見ると泣きながら抱きついてきた。
皆の頭を撫でながら俺の心は晴れない。
日を置いて、タカラ君の家を訪れた。タカラ君に線香をあげに来た。
「今日は宝に会いに来てくれてありがとうございます」
タカラ君のお父さんは仕事らしく、家にはタカラ君のお母さんだけだった。
仏壇に線香をあげる。
タカラ君に線香をあげ終わると、タカラ君のお母さんが一冊の絵本を渡してきた。
タイトルは『道化師の王様』。
「宝が好きだった絵本です。僕が死んだらお兄さんに渡してと言われてたんです」
「そうですか。大事にさせて頂きます」
いつかタカラ君が話していた絵本だ。タカラ君の形見だ。大事にしよう。
俺は絵本を受け取って帰ろうとしたが、タカラ君のお母さんは俺を呼び止める。
「藍田さんは聞かないんですか? なんで私達が宝をFD籍者にしなかったのかを」
タカラ君のお母さんは目に涙を貯めながら懺悔する様に俺に話す。
「分かってます。FD籍者になれば宝の記憶はFDのプレイキャラに移植されて生きれるというのは。でも記憶を数値化してそれをプレイキャラクターに移植すれば本人ですっていうのは私達には受け入れる事が出来なかった。分かってるんです。本当は宝がFD籍者になりたがっていたのも。でも記憶を受け継いでも姿形が一緒でも、それは宝じゃないって。偽物だと思ったら、同じ様に愛する自信が私達にはなかったんです!!」
タカラ君のお母さんは号泣し、嗚咽しながら心の内に秘めていた思いをさらけ出す。
これだ。俺の心がずっと晴れなかったのは何故FD籍者になる事を許さなかったのか疑問が残っていたからである。
俺はずっとタカラ君のご両親にこの事を聞きたかったのだ。
それをタカラ君のお母さん自ら答えてくれた。
「分かってます。タカラ君のお母さん達がタカラ君を愛してたがゆえの判断だった事は」
嘘だ。本当は何も分かってない。俺はどんな形でもタカラ君に生きて欲しかった。
ただタカラ君のお母さんをなだめる為に理解しているフリをしただけだ。
タカラ君のお母さんが落ち着いたのを見計らってタカラ君の家をあとにした。
自宅に帰ると、タカラ君の形見の絵本をめくる。
ある貧しい王国の道化師の話だ。
その国はいつも貧しい。皆食べ物に飢えている。
そんな中で大道芸をするピエロが国民は皆嫌いだった。
あまりの貧しさに耐えきれずクーデターが起きた。
国民にひもじい思いをさせていた王様は倒され、新しい王様が生まれた。
クーデターで沢山の人々が死んだ。
ピエロはそんな時も大道芸をしていた。国民は皆ピエロを蔑んだ。
新しい王様は食料を確保する為に隣国に戦争をしかけた。
結果、戦に勝って裕福になった。ピエロは変わらず大道芸をする。国民はピエロを無視した。
だが幸せは長くは続かない。戦争に勝っていい気になった王様は次々に別の国を侵略するようになる。
度重なる戦争で国民は疲弊する。そんな時もピエロは大道芸をする。国民は呆れた。
ついに戦争で負ける時が来た。
王様は討たれ戦争をする前より貧しくなった。そんな時もピエロは大道芸をする。国民は怒った。それでもピエロは大道芸をする。
追い打ちをかけるように王国を地震が襲った。
沢山の人々が死んだ。瓦礫になった都で途方にくれる人々の中、ピエロは大道芸をする。国民はまた怒った。なんでこんな時でも間抜けヅラで大道芸なんかできるんだと。ピエロは「僕にはこれしか出来ないから」と答え、大道芸をする。
すると、ある小さな女の子がピエロの芸を見て笑う。その笑いは少しずつ伝染する。
瓦礫を皆で片付けながら疲れるとピエロの芸を見るようになった。いつの間にか怒りは消え、皆ピエロの芸を楽しむ様になった。
ピエロの芸のおかげか貧しくても皆笑顔になり国の復興に力を入れた。
数年の時が過ぎ、王国は復興した。だが王国には王様が居ない。
誰を王様にするか議論になった。そんな時もピエロは大道芸をする。皆笑顔になり、ピエロを王様にという声が広がった。
皆ピエロが王様になる事に賛成だった。いつの間にかピエロは国民に愛されるようになっていた。
沢山の笑顔をくれたピエロがいつまでも王国に笑顔をくれる事を願ってピエロに王冠を送った。
ピエロは王冠を被りながら大道芸を死ぬまで続けた。
絵本を読み終えても心のモヤモヤは晴れなかった。
気付くとFDの世界にやってきていた。
それも初めてタカラ君達と出会ったハルム中央公園のベンチに座っていた。
何をする訳でもなくボーっとしていると一人の女性に話しかけられる。
「今日は路上パフォーマンスしないんですか?」
ここを紹介してくれた商業ギルドの受付嬢さんだ。
頭の上の表記を見てナナという名前だった事を思い出す。
「どうもナナさんお久しぶりです」
「お久しぶりですユウさん」
ナナさんは俺の隣に座る。
「何か辛い事でもありましたか?」
気付くと、ナナさんにタカラ君達と出会った事。タカラ君が病気で亡くなったこと。タカラ君の両親がFD籍者になることに反対した事全部話していた。
話したのはナナさんがFD籍者だった事も関係あるかもしれない。
話を聴き終わるとナナさんは難しい顔をする。
そりゃあそうだろう。世間でもFD籍者に肯定的な意見と否定的な意見でぶつかり合っている。
記憶と姿形が同じなら本人も同然という意見が肯定派の主な意見なら、姿形が同じで記憶を数値化して移植したとしてもそれは本人ではないというのが否定派の意見だ。
この問題は非常にデリケートな問題だ。社会問題になるのも不思議じゃない。
ナナさんはしばらく考え込んだあと、俺の頭を撫でる。
「ユウさんはただタカラ君ともっと一緒に居たかっただけですよね? タカラ君にはどんな形でも生きて欲しかったって気持ちは間違いじゃないですよ」
頭を撫でながらナナさんは優しく肯定してくれる。
その言葉を聞いた瞬間涙が溢れてきた。
「···そうなんでずっ!! 俺はただもっとタカラ君と一緒に居たがった!! もっと色んなことを経験させたがった!! 生ぎて欲しかっだ!! それだけなんです!!」
ナナさんに抱きつき、思いの丈を泣きながらぶつける。
子供の様に泣く俺をナナさんは優しく撫でてくれた。
ひとしきり泣いたあと、我に返りナナさんから離れる。
「す、すみません」
「スッキリしましたか?」
ナナさんに問われていつの間にか心のモヤモヤが晴れていることに気付いた。
「はい、ありがとうございます!」
俺はすぐにログアウトし、病院に向かう。
子供達に会うためだ。
子供達の病室に入ると、相変わらず皆元気がない。
「みんな、タカラ君がクランを作りたいって言ってたの知ってる?」
子供達は頷く。
「タカラ君が皆とクランを作ってくれって最後に言ってたんだ。だからクランを作ろう!!」
「···クランつくったらタカラおにいちゃんよろこぶかなぁ?」
暗い表情をしたゆまちゃんが俺に尋ねる。
「うん、タカラ君なら皆がクランを作ってFDの世界を楽しんだ方が喜ぶと思う」
「···なら俺はクラン作るぜ、ユウ兄」
ヒュウガ君が顔を上げ俺に告げる。
「······僕も作る」
「私も作ります」
リン君とミスズちゃんも賛同してくれる。
最後にゆまちゃんが泣きながら「ゆまもつくるよ!」と顔を上げた。
「クランを作るなら名前を決めないとですね。名前はどうします?」
ミスズちゃんが首を傾げながら尋ねる。
「実はもう考えているんだ」
病院に来る間、車の中で考えていた名前を告げる。
「道化師の王冠ってどうかな?」
読んで頂きありがとうございました。
面白いと思って頂けたならブックマークと評価をお願いします。
つけてくれたら作者の励みになります。