道化師 ②
モンスターを倒してレベル上げを早々に諦めてアトモスから出てハルムの町に戻ってきた。
現在の全財産は九百二十ギル。
こんなんじゃ安い装備さえ買えない。
だが貴重なお金だ。大切に使わねば……と思っていたのだけど。
気付けばハルムの町にあるラーメン屋に入っていた。
入るつもりなどなかったのだが、このラーメン屋の側を通っているととても食欲をそそる匂いがして、お腹の虫が鳴いた為自然と暖簾をくぐっていた。
驚きなのは、電子世界なのにちゃんとお腹が空くこと。そして食べ物の匂いまで現実と変わらない。ここにいるとVRMMOだということを忘れてしまう。
さすがもう一つの世界と言われるだけある。
さてその世界の食べ物はどこまで現実に近付く事が出来るか。
八百ギルのチャーシュー麺を注文し、二、三分程で注文の品がやってくる。
中々混んでるのに出来上がるのが早い。そこは電子世界と言ったところか。
まぁ、肝心なのは出来上がるスピードではない。美味しさだ。
「いただきます」と手を合わせ、湯気がたっているラーメンをすする。
「ゴホゴホゴホッ、熱っ!?」
まさか痛覚までここまで細かいとは。火傷は流石にしてはいないみたいだけど。
でもそれよりも驚くべきはラーメンの旨さだ。
長時間煮込んだかの様なこってり豚骨スープのコクと、ニンニクやネギなどの風味、キクラゲやメンマの歯切れの良い食感、ボリュームのあるチャーシューのジューシーな味わいとホロホロ崩れる柔らかさ、細いストレート麺の小麦の風味や弾力が現実で食べるよりもより強く感じるのだ。
はっきり言って現実のラーメンでここまで旨い物を食べた事がない。
というか鬱病になってから食欲が落ち、食べ物を美味しいと感じる事などなかった筈なのに。
箸が止まらない。スープの一滴まで残さず完食してしまった。
ここまでの満足感を感じたのも久しぶりだ。
幸せな気分で会計を済ませ、店を出るが、残りのお金は百二十ギル。ジュースしか買えない。
ラーメン自体には大変満足したが、貴重なお金を使ってしまった罪悪感が半端ない。
……まぁ、使ってしまったものはしょうがない。
ここは割り切って道化師の仕事をする事によって経験値とお金を稼ぐ事にしよう。
……道化師の仕事ってなんぞや?
とりあえず仕事の斡旋などもしてくれるという商業ギルドへ行ってみるとしよう。
商業ギルドハルム支部にやってきた。外観はアトモスのオーフェの町の冒険者ギルドよりも豪華な感じだ。
入るのを少し躊躇う外観だが仕事の為勇気を出して入る事にする。
商業ギルドは中も広々としており、職員の数も冒険者ギルドと違って多い。
とにかく受付嬢に話を聞いてみよう。
「すみません、仕事の斡旋をしていると聞いて来たんですが」
「仕事を探しているお客様ですねっ!? ぶっ、ピエロッ!?」
うわー、茶髪のショートヘアの美人な受付嬢さんが思いっきり吹いた。
やっぱりこのピエロの服装とピエロメイクは破壊力があるみたいだ。
「驚かせてすみません。ピエロの仕事を探しているのですが斡旋してもらえるでしょうか?」
「も、申し訳ございません。確かにこちらで仕事の紹介はさせて頂いているのですが、お客様の職業――道化師は大変珍しい職業な為仕事の斡旋先がなく紹介ができません」
美人な受付嬢さんは申し訳なさそうに頭を下げる。
そりゃあそうだよなぁ。ただでさえSSS職業なのに、FDの世界では不遇職なのだから雇い先なんてないのは当然だろう。
しかし困った。それじゃあどうやって道化師の職業でレベルを上げ、お金を稼げばいいのか? 苦労を覚悟してモンスターを倒すしかないのか?
うんうんと頭を悩ませていると美人な受付嬢さんが助け船を出してくれる。
「あの~仕事先の紹介ではないのですが、道化師の職業でしたら路上パフォーマンスなどいかがでしょうか?」
「路上パフォーマンス?」
聞き返すと笑顔で説明してくれる美人な受付嬢さん。
「路上パフォーマンスは、FD内で路上商売が許可されている場所での商売の一つです。パフォーマンスに長けた、例えばアイドル、ミュージシャン、吟遊詩人、手品師、調教師の職業についたばかりの方々が始めやすい商売です。お金を稼ぐのは大変ですが、パフォーマンスに長けた道化師の職業ならレベルも上がりやすいと思うのですがいかがでしょうか?」
路上パフォーマンスか。はっきり言って路上でパフォーマンスする様な性格を自分はしていないのだが、背に腹は変えられない。
「はい、路上パフォーマンスしてみます。この近くで路上パフォーマンス可能な場所を教えてもらえますか?」
「はい、お近くですとハルム大通り、ハルム広場、ハルム中央公園ですね。ハルム大通りやハルム広場は人が混んでいるので、路上パフォーマンスするならハルム中央公園がよろしいかもしれません」
公園ってもしかして先ほど攻略wikiを調べるのに寄った公園かもしれない。
確かにあそこなら綺麗で広い公園だったし、人通りもそれなりだった。そういえば路上パフォーマーらしき人も見かけたかもしれない。
善は急げと公園に向かうことを決め、美人な受付嬢さんにお礼を言おうと受付嬢さんの名前を確認するとナナという名前が白色で表記されていた。
「あれ? 冒険者ギルドではNPCの受付嬢さんでしたけど、ナナさんはNPCじゃないんですね?」
「はい、FD運営が大きく関わっている冒険者ギルドや銀行、郵便局などはNPCが受付してたりするのですが、プレイヤーが中心で運営しているギルドや会社はNPCを雇う事も出来るんですけど、安上がりなのでプレイヤーが従業員の方が多いんですよ」
「そうなんですね。あと気になったんですけど、ナナさんの名前の下に二重線が引かれているのはなんですか?」
プレイヤーの名前は白色で表記されてるのが普通で、ナナさんの名前にはそれに加えて二重線が名前の下に引かれていたので気になっていたのだが、今まで笑顔で質問に答えてくれていたナナさんの表情が曇る。
しまった、聞かれたくなかった事かもしれない。
「す、すみません。FD初心者なもので、聞かれたくない事なら聞かなかった事にして下さい」
「いえ大丈夫です。……この二重線の意味はFD籍者という意味なんです」
商業ギルド美人受付嬢のナナさんは苦笑いでそう教えてくれた。
FD籍者の事ならばFD初心者の自分でも知っている。
なぜならば今世界中で議論されているFD籍問題の当事者だから。
彼女がFD籍者の一人ならば今のこの世界は生きづらいだろう。
「す、すみません!」
なんと言っていいかわからず、謝ってしまった。
今謝るのは悪手だろ~。思わず謝ってしまった自分に落ち込んでしまう。
そんな自分の暗い表情を見てかナナさんは優しく声をかけてくれる。
「気にしなくても大丈夫ですよ。私は今こうしてFDで幸せに過ごしていますから。だからユウさんもFDの世界を楽しんで下さい。FDの世界は本当に楽しいんですから!」
先程の曇った表情が嘘の様な笑顔を自分に向けてくれる。
なんて素敵な笑顔なんだ。この笑顔を向けられたなら自分が暗くなっているのは彼女に失礼だ。
「気を使わせてしまって申し訳ない。あなたが言うのならFDの世界は本当に楽しいのでしょうね。それならば今は全力でFDの世界を楽しみます。早速ハルム中央公園に行こうと思います。色々ありがとうございました!」
「いえいえ、ユウさんのFDライフが楽しくなる様祈ってます。いってらっしゃい!」
「行ってきます!」
ナナさんは商業ギルドの玄関先まで出て見送ってくれた。
胸の辺りがなんだかポカポカする。
今から自分の性格上苦手な分野になるであろう路上パフォーマンスをしなくてはならないというのに不思議と高揚している自分がいた。
時は少し経ち、ハルム中央公園に到着し、路上パフォーマンスする場を決め、スキルでジャグリングを始めたはいいけど、人の足は止まらない。
人通りは良いのだ。チラ見する人もいる。だが足を止めてくれない。
一時間もジャグリングしているのに誰もだ。
当然お金は一ギルも稼げてない。せっかくゴミ箱からお金入れに良さそうな段ボール箱を見つけ足元に置いているのに。
まぁ、路上パフォーマンスが道化師の仕事と認識されてなのかレベルが一時間ジャグリングしてレベル五に上がったのは嬉しいけど。
モンスターを倒すよりもこちらの方がレベル上げだけなら効率がいいけど、素材はもちろんお金はゲット出来ない。
まぁ、魔法やモンスターなど非現実な物が沢山あるFDの世界でピエロのジャグリングに感動する人はいないか。
観客がいない中ジャグリングし続けるのは虚しいけど、とっととレベル二十になって職業を変えればこんな虚しい不遇職ともおさらばだ。
心を無にしてジャグリングを続けていると、なんだか周囲が騒がしい。
無の境地から現実世界(現実ではなくFDの世界なのだが)に戻ってくると、目の前には五人の子供逹がいた。
五人の子供逹は皆年齢はバラバラみたいだが、皆同じ様に自分のジャグリング見て目を輝かせている。
「すごぉーいすごぉーい。たくさんのお手玉すごぉーい!」
「あれはジャグリングって言うんだよ」
五人の子供逹の中で一番大きな男の子が一番小さな女の子にジャグリングの事を教えている。
「じゃぐりんぐ、すごぉーい!」
一番小さな女の子は目をまん丸にしてジャグリングに夢中になっている。
今時ピエロのジャグリングに感動する子供なんて珍しい。だけど、誰にも見てもらえない虚しさよりも、子供逹の無邪気な目を向けられる方が百倍嬉しい。
一生懸命ジャグリングしようじゃないか!(と言ってもジャグリングとスキル名を声に出すだけで出来る)。
しばらくジャグリングしていると子供逹の中で二番目に小さな男の子が目を輝かせて自分に声をかける。
「変な格好のおじさん、他にも何か出来るの?」
へ、変な格好のおじさん? 自分はまだ二十五才だというのに。
「こ、こら。変な格好のおじさんじゃなくてピエロのお兄さんだよ」
すぐに一番大きな男の子が注意していた。なんていいお兄ちゃんなんだと関心した目で見ていると、一番小さな女の子が自分にキラキラおめめを向ける。
「ぴえろのおにいしゃん、ほかにもできるの?」
うっ、期待の眼差しが凄い。出来ない事はない。確かスキルポイント三ポイントで玉乗りのスキルが取れた筈。
だが次の職業に変えるまでスキルポイントは使わないと決めたのだ。決めたのだ!
……決めたのに子供逹の期待の眼差しには勝てなかった。
スキルポイント三ポイントを使って玉乗りのスキルを獲得し、「玉乗り」と呟く。
すると突然地面に大玉が現れ、体が勝手に大玉に乗る。不安定な筈の大玉の上で余裕で立っていられる。さすが玉乗りのスキル。
子供逹は突然現れた大玉に乗った自分を見て感動の声をあげている。
気を良くした自分は更に子供逹を驚かせる為にジャグリングと呟く。
すると玉乗りしながらジャグリングが出来たではありませんか。
子供逹は更に目を輝かせて自分を見つめている。
「ぴえろのおにいしゃんすごいね!」
「本当だね、ピエロのお兄さん凄いね」
「ピエロの兄ちゃんカッケー!!」
「ふわぁー、凄いです!!」
「……驚き」
単なるスキルなのに五人の子供逹は本当に喜んでくれている。
少しの間子供逹は夢中になっていたが、一番大きな男の子が夕食の時間だから帰ろうと皆に声をかける。
「えぇ、タカラおにいちゃんまだみたいよぉ」
「駄目だよ、ゆま。先生達が心配するよ」
一番大きな男の子タカラ君が諭すが、一番小さな女の子ゆまちゃんはぐずる。
「ピエロのお兄さんは毎日ここで芸を披露しているからまた来ればいいよ」
ぐずる姿が可愛かったので思わず毎日と言ってしまった。
訂正しようとしたが、既に遅くゆまちゃんは目をキラキラと輝かせている。
「まいにち!? それならゆまもまいにちくる!!」
「俺も毎日来るぜ!」
「私も!」
「……僕も」
……これはもう毎日ここに来るしかないみたいだ。
こんなに楽しみにしてもらえるとこちらもやる気が出るというものだし。
子供逹をニコニコと見ていると、タカラ君がステータスを開き、アイテム欄から何か取り出したかと思うとその何かを段ボール箱の中に投げ入れる。
「タカラおにいちゃんなにしてるの?」
「ん? ピエロのお兄さんに素敵な物を観せてもらったお礼をしたんだよ?」
段ボール箱の中を覗くと五百ギル硬貨が入っていた。
「ならゆまもおれいするー!」
そう言うとゆまちゃんも五百ギル硬貨を段ボール箱の中に入れ、それを見ていた他の子供逹も段ボール箱の中に五百ギル硬貨を投げ入れた。
「こ、こんなにもらえないよ。君達にとっては五百ギルは大金だろ?」
「僕達冒険で沢山稼いでいるのでお金はいっぱい持ってるんです。だから気にせずもらって下さい」
自分より小さな子供逹が自分よりお金を持っていてそして恵んでもらう。
何か情けなくなったが、正直二千五百ギルももらえるのは嬉しい。
「それじゃあ、遠慮なく貰うよ」
「はい、今日は素敵な物を見せてくれてありがとうございました。また明日来ますね」
「ばいばい、ぴえろのおにいしゃん。またくるね?」
「ピエロの兄ちゃん明日はもっとスゲーの観せてくれよ!」
「私も楽しみにしてます、おやすみなさい」
「……またね」
皆笑顔で帰っていった。
結局その後は誰一人お客さんは来なかったけど、レベルがまた一つ上がり、レベル六になった。所持金は二千六百二十ギルに増え、スキルポイントも十二ポイントになった。そして子供逹の向日葵の様な笑顔ももらえた。
モンスターを倒すよりも路上パフォーマンスの方が得る物が大きかった一日。
ちなみに現実世界では、不眠症だったのに久しぶりに熟睡する事ができた。
読んで頂きありがとうございました。
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