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奴隷騎士団  作者: 刀の切れ味
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火の国"エイドロ"

数十年前、エイドロに現れた外国人によって、技術力が大きく進歩。戦車や航空機のような強力な兵器を開発し、周辺国の征服を狙っている。

 大陸に数多く存在する亜人族の中でも、ドワーフほど人間たちと密接に関わってきた種族は、エルフを除いて他に存在しない。そう言ってもいいほどに、ドワーフは度々歴史の表舞台に現れた。

 金属と火の扱いにおいては、彼らは他に追随を許さない。その洗練された手腕から作り出される武具は非常に良質で、昔はドワーフ製の防具を身につけておけば、戦場で死ぬことはないと言われるほどであった。

 しかし、銃火器類が発達し、戦場の主役が騎士から戦車や飛行船へと移り変わると、彼らのあり方も変わった。

 元々彼らドワーフも、身の丈ほどもある武器を振りかざして戦う豪快な戦士としても知られていた。だが、騎士が時代遅れとなったように、彼らの戦い方もまた時代遅れとなってしまった。

 そして、今はその技術力だけを求められ、かつては対等に、いや尊敬の念すら抱いていた人間たちも、ドワーフを蔑視するようになっていったのだ。

 ドワーフたちと接する機会が多かったのは、総じて火の国が殆どである。そして火の国の多くは法の国に虐げられてきた歴史を持つ。これは虐げられる立場にあったものが、虐げる対象を見つけたが故の変化なのだろうか。

 魔法、或いは戦車のような新たな力を手にし、変わっていく人間たちに対して、ドワーフたちはそのままであろうとした。自分たちが培ってきた文化、風習、思想、信仰、それをそのまま受け継いできたのだ。

 しかし、時代の変化に対して停滞を選んだドワーフたちだったが、周りがそれを許すかはまた別の問題であった。

 ドワーフたちは、火の国からすれば優秀な技術者だ。だからこぞってドワーフたちを自国に引き入れようとした。時には強引な手段まで用いることもあったほどにだ。

 そういった経緯もあり、ドワーフたちは余所者にたいしては非常に懐疑的になった。魔法を外法と見る故に、エルフなどの種族は以前から毛嫌いしてはいたが。

 しかし、彼らも戦士の一族。真に勇気ある者には最大限の敬意を払う。鎧一つ身に纏い、大軍に突貫していくような蛮勇とも言える行動でも、それは彼らにとって美徳だった。

 彼らドワーフの目には、あの騎士もどきの奴隷たちは如何様に映るのだろうか。賞賛すべき戦士として褒め称えるだろうか?

 いや、きっとそれはあり得ないだろう。彼らが奴隷と呼ばれる所以は、その隷属の証たる首輪だけではない。もはや人と呼ぶことすら憚れる秘密が、彼らにはあるのだ。



 ーー



 服を着たまま水の中に飛び込めば、服は水を吸って重たくなる。動きにくくて仕方がない、あの感覚。No.53の今の状態を表すのなら、それが最も適切だろう。

 混濁としていた意識が次第に覚醒していく中で、No.53がまず初めに感じたことは、べったりと張り付く服が気持ち悪い、だった。

 重たい瞼を何とか持ち上げ、今の自分の状態を確認しようとするNo.53。そして、まず真っ先に視界に入ってきたのは……心配そうにこちらを覗き込む少女の顔だった。


「あっ……!おばあちゃん、騎士さんが起きたよ!」


 No.53が目を覚ましたのを確認するや否や、その少女はバタバタと立ち上がって、No.53の視界の外へと行ってしまう。

 その聞き覚えのある声に、No.53は自分の状況を把握する。今の声は、No.53がラグダナで保護した少女、サラの声。そして、No.53はそのサラをドワーフの隠れ里まで護送する役目にあった。

 そして、隠れ里に辿り着き、そこで勘違いからドワーフの戦士に襲われ、何とか説得したところでNo.53の記憶は途切れている。

 だがあの時、サラはあのドワーフの戦士を"おじいちゃん"と呼んだ。さらに、さっきは"おばあちゃん"を呼んでいた。つまり、ここはサラの祖父母の家、といったところだろうか。


(隠れ里には招き入れてもらえたのか……)


 何とか上体だけ起こすと、視界に真っ赤に染まった布切れが目に入る。No.53の体に張り付くその布切れは、どうやら服だったもののようだ。あれだけ出血すれば、こうなるのは当然だろう。

 だが、動きにくいと感じたのはそれだけではなかった。No.53の体のあちこちが包帯でぐるぐる巻きにされていたのだ。雑ではあるが、治療してもらったことにかわりはない。

 No.53は包帯で動かしにくい体で自分が寝かされていたベッドから起き上がると、ボンヤリと部屋の中を見回す。

 岩の中をくり抜いた洞窟のような壁の滑らかさ、そして壁の随所に施された独特な意匠。棚も全て石造り、実にドワーフらしい部屋である。


「あらあら、もう動けるのかい。ドワーフも顔負けの頑丈さねぇ」


 少し間延びしておっとりとした雰囲気の声、扉を開けて部屋の中に入ってきたのは、年老いたドワーフの老婆。そして、物珍しそうに部屋の中を見渡すNo.53を見て、老婆はニコリと微笑むのだった。


「でもまだ安静にしてなくちゃダメだよ。また傷が開いたら、次こそ死んじゃうかもしれないからね。ほら、座って座って」


 老婆はNo.53にベッドに座るように促すと、お盆に乗せていた湯気立つ液体の入ったコップをNo.53に渡す。それを受け取ったNo.53は、その独特な匂いに少し顔をしかめるが、毒の類ではないと判断したのか一口で得体の知れない液体をあおる。

 しかし、匂いからして不味そうだと予想していたNo.53は、やはりその舌を刺すような苦味と青臭さに眉間のシワを深める。それでも何とか飲み込むと、しかめっ面のままコップを老婆に返すのだった。


「苦かった?ふふっ、それは私たちドワーフの間に伝わる秘伝の薬さね。味はともかく、効果は抜群よ」


「……不味い、ゴブリンの生肝を吞み下す方がまだマシだな……」


 No.53の分かるようで分かりにくい例えに、老婆はまた朗らかに笑う。実際にゴブリンの生肝を吞み下したことがあるNo.53にとっては、それほどその飲み薬が不味かったことを物語っていたのだ。

 しばらく顔をしかめたままのNo.53だったが、老婆の後ろから自分をじっと見つめる視線に気付く。老婆も自分の後ろに隠れてNo.53の様子を伺うその少女に気付いたのか、コップを乗せたお盆を棚に置くと、少女に出てくるよう促す。

 老婆の後ろから出てきたのは、戦火に煤けたスカートから灰色の清楚なワンピースを纏ったサラだった。No.53の前にその姿を見せるのが恥ずかしかったのかサラは少しモジモジとしていたが、そんなサラを老婆は後ろから優しく頭を撫でていた。


「あんたには孫が世話になったねぇ、あんたがいなければこの娘はここにいなかったかもしれないよ……ああ、もう察しているかもしれないけど、私はこの娘の祖母。マルモアっていうのさ」


「……礼を言うべきはこちらだ。彼女がいなければ、俺は……いや、俺たちはここに辿り着くことなく全滅していたかもしれない」


 No.53はしゃがみこんでサラと目線を合わせると、自分にできる精一杯の笑みを見せて、改めて礼を述べるのだった。もっとも、自分で笑っていると思ってるだけで、実際は無表情もいいところだったが。


「ううん…お礼を言わなくちゃいけないのは私の方。貴方がいなかったら、私はここにはいなかったもの。だから……ありがとう、騎士さん」


 しかし、それでもその想いだけは伝わったのか、サラも恥ずかしそうにはにかんで礼を言う。祖父母に会って少し心の整理がついたのか、サラの表情は幾分明るくなり、元来の利発そうな性格を見せるのだった。

 母親を亡くした悲しみは癒えたわけではないだろうに、それでも他者に礼を述べられるというのは、彼女の芯の強さを体に表しているといえよう。

 本当は哀しくて、泣きたくてしかたないのかもしれない。それでも涙を見せまいとするその健気さにNo.53は、彼女に礼を言うのではなく謝らなければならないと思っていた。

 彼女の母親がどんな風に死んだかは知らない。しかし、十中八九彼ら奴隷騎士団とエイドロ軍の戦闘に巻き込まれた事は間違いない。自分たちのせいで彼女の母親が命を落としたと言っても過言ではないのだ。

 しかし、戦争とはそういうものなのだ。民間への被害は可能な限り抑えるべきではあるが、戦争が激化し長引けば、その内双方ともそんな事を気にする余裕がなくなってくる。今はそういう時代なのだ。

 No.53はただ一言、すまなかったとサラに伝えようとした。しかし、その言葉が口から出てくることはなかった。今までにも何人か、巻き添えで民間人の命を奪ったことがある自分が、今更一個人に謝罪するのは筋が通らない。そんな風にかんがえてしまったのだ。


「……サラ、台所にまだ二つ薬湯があるから、他の人に持っていってくれないかい?」


「うん、分かった……またね、騎士さん」


 空気がしんみりしてきたのを感じ取ったのか、マルモアは暗にサラを部屋から出るように促す。サラも素直にその言葉に従うと、No.53にぺこりと頭を下げてから部屋を後にするのだった。

 サラが部屋から出て行くと、部屋にはNo.53とマルモアの二人だけになる。すると、マルモアは先ほどまでの柔和な雰囲気からどこか重々しいそれへと変わる。


「はぁ……ホントにあの娘は、あのバカ息子の子とは思えないくらいに良くできた子だよ。ねぇ、あんたもそう思うだろ?」


「……そうだな、聡明な子だ」


「あんたがあの娘を助けてくれたのは事実だ。でも、あんたらのせいであの娘の母親は、アンナは死んだ。そうだろ?……あんたらみたいな人殺しの道具には何にも分からないだろうけどね」


「……貴女は俺たちのことを知っているのか」


 面白くなさそうにマルモアは片眉をあげると、部屋の隅にある椅子に座ると、懐からパイプを取り出しそれを口にくわえる。そして、小さな火打ち石のような道具でパイプに火をつけると、ゆったりと口から紫煙を吐き出すのだった。


「知ってるとも。もっとも、ほんの少しの事だけさね。逆に聞くけど、あんたはここがどんな場所かも知らないで来たのかい?」


「知らない。サラからドワーフの隠れ里があるという事だけを聞いて来た。その一縷の望みにかけただけだ」


「呆れたね、()()()()()()()()()()()考えることも放棄したのかい。そんなザマだから、奴隷なんて扱いを受けるのさ」


 マルモアの言葉を黙って聞くNo.53、どこか達観したような視線を向けるマルモア。しばらく、どちらも一言も発することのない沈黙が続く。しかし、マルモアは何か思うところがあったのか、No.53に部屋のカーテンを開けるように促す。

 No.53はその言葉に従って、ベッドの横にある窓のカーテンを開ける。そしてその外の景色に、No.53は少し驚いたような表情を浮かべるのだった。

 部屋の外は、岩山の中をそっくりくり抜いたような空間が広がっており、その岩壁に張り出すように沢山の家が建てられていた。そんな空間を、天井のところどころに開いた穴から差し込む月明かりが照らしていた。

 そして、その空間の一番中央の広間には、No.53たち奴隷騎士団の魔導外骨格が並べられて鎮座していた。月明かりに照らされる傷付いた魔導外骨格を、マルモアは嫌悪するように睨むのだった。


「魔導外骨格。私が技術屋をやってた頃は実用レベルじゃあなかったんだけどねぇ」


「貴女は……軍の技術開発に携わっていたのか?」


「もう何年も前の話だよ。イザヤとエイドロの間に、このキエラが建国して間もない頃の話さ。私らドワーフは、あんたら人間よりも長寿だからね。火の国が驚異的に技術力を高めてからは、ドワーフは体のいい労働力。あんたもそれくらいは知ってるだろ」


 マルモアの話は、No.53もよく耳にする話ではあった。キエラでは比較的まともな待遇を受けてはいるが、エイドロではまた話が違うのかもしれない。


「ここはね、元々エイドロがイザヤに攻め入るために作った前線基地の一つさ。私たちの里を無理やりに作り変えて、戦争のために利用したのさ。私らはもう、戦争なんて真っ平御免だよ、あんた達で勝手にやってくれ……と言いたいんだけどねぇ」


「……」


「あんた達に助けられたのは事実。あんた達がいなけりゃ、あの娘は死んでいたかもしれない。しかし、あんた達がいたから、ラグダナは阿鼻叫喚の地獄になったのも、また事実」


 すまない、そう言おうと思ったものの、No.53は寸前で口をつぐんでしまう。やはり、自分に謝る権利などない。そして、マルモアも自身も、謝罪の言葉など欲しくはなかった。

 ただただ、戦争というものの不条理さに嫌気がさしている。マルモアはそんな表情を浮かべていた。


「私はあんた達なんてさっさと追い出してしまえばいい、と思ってたんだけどね。爺さん共の考えは違ったようさね」


「……というと?」


「あんた達は、補給を求めてここに来たんだろ?爺さんとここの長老は、条件付きであんた達に手を貸すことにしたのさ。物資を分ける代わりに、ここ近辺に出没するゴブリンを退治することを条件に、ね」


「……!」


「あんたが寝てる間に、他の連中はもう出発しちまったよ。怪我人は寝てろ、って言ってね。そういうわけで、あんたはここで大人しくしてな」


 話はこれで終わり、と言った風に口から紫煙を吐き出すマルモア。そして、話が終わるのを待っていたかのように、No.53以外の怪我人のもとへ薬湯を持って行っていたサラが、部屋に戻ってくるのだった。


「おばあちゃん、薬湯を渡してきたよ」


「ああ、すまないね。じゃあ、私は夜食の準備でもしようか」


「私……もう少しここにいる」


「……そうかい」


 サラが、部屋に残ることを、マルモアは特に引き止めはしなかったが、部屋を出て行く前にジロリとNo.53を睨んでいくのだった。

 孫に手を出したら殺す、目でそう語ってくるマルモアの殺気に、No.53は少し悪寒を感じながらも、とりあえず頷いておくのだった。


「あ、あの……えと、その……」


「……」


 部屋に残り、No.53と二人になったサラ。椅子に腰掛けて何か話そうとするも、何も話題が浮かんで来ず焦っていた。


「……俺はあまりお喋りな方じゃないぞ」


「ご、ごめんなさい……でも……何かお話してないと……私、思い出しちゃって……」


 思い出す、それはラグダナでの事だろう。サラが母親を亡くしたのは、つい先程のことなのだ。きっとその光景が、脳裏にへばりついているのだ。

 泣きたいなら泣けばいい、誰もそれを咎めたりはしない。そう言うべきか迷ったNo.53だったが、彼女が会話をしたいと思ったのなら、それに付き合うべきだと思い直す。


「……少しだけ、少しだけフィリィさんとお話をしてもいい?」


「それは構わない……が、その名前、誰から聞いた?」


「えっ⁉︎あ、それは……さっき薬湯を怪我した別の騎士さんに渡した時、その人が貴方のことをそう呼んでたから……」


「No.20か……」


 口の軽い奴め、そうため息混じりに呟くNo.53、もといフィリィ。No.53のこの呼び名、これは所謂、渾名というものだった。

 奴隷騎士団では、与えられた番号以外に、自身の呼び名を作ると長生きできる、というジンクスがあり、フィリィという名もその一つだった。

 ちなみに由来は、英語のフィフティスリーももじって、フィリィという名を付けている。


「……じゃあ、本名ではなくてニックネーム、ってこと?」


「そうだ。俺以外にも、渾名を持ってる団員はいる」


 例えば、分隊長の一人であるNo.8は八角を表すオクタ。No.20は日本語の20歳を表す言葉からハタチ。No.23はヴェンティトレ、イタリア語で23を表している。

 他にも上げれば、寡黙で無口という共通点を持つNo.32とNo.37。No.32はドイツ語でナイフを表すメッサー。No.37はフランス語で狙撃手を表すティラールという渾名を持っていた。

 皆、かつて自分が生きた世界の言葉や文化をもとに、自分の渾名を付けるのだ。ただ、フィリィのように渾名を他人から付けてもらう者もいる。

 そしてこの渾名はただのジンクスだけでなく、兵器としての番号だけを与えられた彼らの、小さな抵抗でもあったのだ。


「だが……俺はあまりその渾名が好きじゃない」


「それは……どうして?」


「……響きが女子みたいだ」


「……確かに、女の子みたいな名前だものね」


 思いの外可愛らしい理由だったことに小さくサラは笑う。フィリィもまた、仕様もない理由だという自覚があるのか、照れたように苦笑するのだった。

 それからも、二人は暫く会話を続ける。しかし、それは心弾むような会話ではなく、ぽつりぽつりと少しずつ言葉が紡がれるだけの、静かな会話だった。

 会話の内容は実に他愛のないものだった。サラにとって会話の中身は重要ではなく、会話をしていることに意味があったのだ。

 言葉を紡いでいる間だけは、少しだけ哀しみを紛らわすことができたのだ。それがフィリィも分かっていたから、サラとの会話に付き合ったのだ。

 今の自分にしてやれることはそれくらいしかない、フィリィはそう考えていたのだ。




法の国"イザヤ"

エルフが治める強大な魔法大国。古来から存在する伝統ある国であり、魔法至上主義。魔法の扱えない者に価値はなく、容赦なく排他する。


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