③
ある日、突然異世界に呼び出される。そんなありがちなシチュエーションは、誰だって一度は夢見るようなシチュエーションだ。しかし、変わりばえのしなかった日常から、突然地獄のような世界に連れてこられたら、そんな考えは微塵もなくなるだろう。
奴隷騎士団の団員は、皆そういう境遇にある。彼らは無理やり異世界から、地球と呼ばれた星の世界から連れてこられた人間だったのだ。彼らが連れてこられたこの世界は、地球の世界とはあまりにも違った。幻想や作り話とされていたものが普遍的に存在する、そんなファンタジーな世界だった。
この世界の国のほとんどは、知と律を司る神を祀る国と、熱と鉄を司る神を祀る国に分かれていた。前者は"法の国"、後者は"火の国"と呼ばれている。
強大な魔法を操る法の国は、総じて広大な国土を持つ大国であり、エルフと呼ばれる長寿な種族が王として治めている国が殆どである。
対して火の国は、魔法を扱うことができない人々が築き上げた科学と技術の国である。ドワーフのような亜人族とも繋がりがあり、古来から法の国と争っていたが、法の国との力の差は圧倒的であり、新しい国が立ち上がっては、法の国に滅ぼされるを繰り返すばかりだった。
しかし、近年は戦車や飛行船のような、明らかなオーバーテクノロジーを手にし、法の国にも迫る軍事力による戦争は激化の一途を辿っていた。その異常とも言える技術の進歩には、彼らのような異世界人、外国人たちが関わっていた。
彼ら外国人たちが持ち込んだ技術や知恵が、超常的な技術の進歩を促したのだ。そして、それに目を付けた法の国は、ある禁忌に手を出すことになる。
法の国には、ある禁忌の魔法が伝わっていた。"門"と呼ばれるその魔法は、ここではないどこか、遥か彼方の世界との繋がりを創り出す魔法だった。
一部の法の国は、その"門"を通じて何人もの外国人を呼び出し、人ではなく"奴隷"として扱い、都合の良いよう利用していたのだ。その最たる例が法の国の一つ、大国"イザヤ"である。イザヤは、外国人のある特徴に目を付けていたのだ。
それは外国人たちの魔素に耐えうる力、魔力の高さだった。外国人たちは、潜在的に高い魔力を有していたのだ。
この世界も、魔法などただの作り話とされていた地球の世界も、魔素と呼ばれる力を帯びた気に満ちている。魔法を使うための"燃料"となる、重要なものである。魔法を使うには、この魔素を取り込み制御しなければならない。しかし、魔素は人体にとって毒であり、多量に取り込めば死に至る。
その魔素の毒に耐えられる力が魔力であり、魔素の毒に対する許容量が高いほど魔力が高い、ということである。魔法の知識がなくとも、高い魔力を有するというのはそれだけで大きな利用価値と用途があるのだ。イザヤにとって外国人は重要な資源となっていたのだ。当然、外国人は兵器としても利用されることになる。そして、それは最悪の兵器を生み出すこととなる。
法の国、火の国、どちらにも属さない中立国、"紫の国"として、イザヤから独立した新興国"キエラ"は、北に位置する隣国である火の国"エイドロ"と戦争状態にあった。
火の国の中でも、最も高い技術力を持つエイドロは、以前から強大な軍事力を持ってキエラを侵略しようとしていた。しかし、キエラもまた、それに対する準備を水面下で進めていた。火の国同様に外国人からもたらされた技術と、イザヤから受け継ぐ魔法をキエラは持っていたのだ。
陰からイザヤの支援を受けるキエラは、技術、魔法、そして高い魔力を待つ奴隷たる外国人たちを用いて、"魔導外骨格"を造り上げた。
名前を奪われ、隷属を意味する首輪を付けられた外国人たちは、魔導外骨格のパーツの一部として、激しい前線に送り込まれていくことになる。外国人が何人戦死しようと、その代えはイザヤの"門"から幾らでも新しく補充できる。正に使い捨ての兵士である。
かつては戦場を風靡した"騎士"を模した魔導外骨格を纏う彼らは、その身分と皮肉から"奴隷騎士団"と称され、忌み嫌われる兵器として見なされるのだった。
ーー
キエラとエイドロの国境付近、その東部に位置する街"ラグダナ"。侵略してきたエイドロの軍に占領されたその街は、至る所で黒煙を吹き上げていた。
そんなラグダナから更に南東へ、まだ空に昇ったばかりの陽が照らす緑の木々に覆われた小さな山。その頂きから、街を眺める一団がいた。全員が強固な甲冑に身を包んだその一団は、昨夜までラグダナでエイドロ軍と激しい戦闘を繰り広げていた……奴隷騎士団の団員たちだった。
ラグダナから撤退するために、ここ回収ポイントまで来た彼らが、未だここで街を眺めているのは何故か? 答えは単純、彼らは置き去りにされたのだ。エイドロ軍の追撃を振り切り、なんとか回収ポイントに辿り着いた彼らを待っていたのは、誰もいない草原のみ。彼らの竜空挺はすでに飛び去った後だったのだ。
ここ東部戦線の指揮官は、キエラ公国軍独立特殊機械化師団、通称"奴隷騎士団"の第二強襲陸戦部隊、その一部隊である彼らにラグダナの奪還を命じた。僅か18機での奇襲作戦、元より無茶のある作戦ではあった。そして、作戦はラグダナの大規模な増援部隊の到着によって失敗、彼らは撤退を余儀なくされた。
しかし、東部戦線の指揮官は、彼らの撤退を許さなかった。東部戦線における要所の一つであるラグダナを、何としても奪還したいと考えていたのだ。東部戦線の指揮官は、エイドロの大部隊を前に敗走した彼らにその場で徹底抗戦を命じた。もし、命令を無視して脱走すれば、彼らの命はない。
彼らの首に取り付けられた隷属の首輪は、主の命令一つでその奴隷の命を奪える。彼らに選択の余地はなかった。しかし、我武者羅に突撃したところで、消耗した彼らに勝ち目はない。昨夜の戦闘と、先日のホエビ荒野での戦闘の戦死者は、合わせて8名にも及んでいたのだ。
(どうするか…武器も弾薬も足りない、魔導外骨格を稼働させるための魔素も足りない。何より、皆疲弊している……ヤクなしには戦えない連中がいないことだけが救いだな)
大隊の部隊長の一人として、皆を率いる責任があるNo.8は必死に頭を捻って策を案じていた。だが、まずは戦う前に休息を取らなければならない。しかし、何処で、どうやって食料や水を調達するのか? そもそも安全な場所があるのか? ここら一帯はエイドロの支配下にある、下手な動きを見せれば即座に敵に補足されてしまうのだ。
『No.8、どうする?ここにいても仕方がないぞ』
肩部の装甲に23の番号を刻まれた魔導外骨格、その搭乗者であるNo.23が、No.8へと問いかける。彼もまた、No.8同様に騎士団内の古株であり、生き残る術に長けていた。しかし、そんな彼でもこの状況にはお手上げだった。補給も得られず、敵地に取り残され孤立するなど、正に絶望的状況だったのだ。
『一つ、提案がある』
誰もが沈黙する中、1人の若い青年の声が響く。声を発したのは、ラグダナから連れてきた少女を抱き抱えたままのNo.53だった。涙に赤くなった目で、少し怯えるように騎士団の団員を眺める少女に、No.53は再度確認するように小声で話しかけ確認すると、その提案を話し始める。
『この少女の父親はドワーフで、この近くにある小さな集落の出身らしい。人目につかない隠れ里故、エイドロの影響下にはないはず。そこなら少しは支援が受けられるかもしれない』
『ドワーフの集落?ふむ、成る程……』
それを聞いたNo.23は興味深そうに頷くと、No.53に近づくと、その少女の前で膝をつき目線を下げるのだった。
『その集落はまだそこにあるという確証はあるのかい?』
「……!」
『余所者への対応は厳しいものかな?』
「……」
No.23の質問に対して、少女は首を縦か横に振るだけで、会話をしようとはしない。しかし、それでもNo.23の質問にはしっかりと応えていた。そのままいくつか質問を続けるNo.23は、満足のいく情報が得られたのか、少女に礼を言って立ち上がると、No.8と話し始めるのだった。
ラグダナでの戦闘に巻き込まれたショックから立ち直ったわけではないのだろうが、少女はもう涙は見せまいと必死に悲しみを心の内に押しとどめていた。彼女にとって、彼ら奴隷騎士団も十分に恐ろしげな集団ではあったが、二度も命を救ってくれたNo.53だけは、まだ信頼するに値する人物だったのだ。
故に彼女はNo.53から離れられなかった。もしかしかたら、No.41がそうしたように、またその銃口を突きつけられてしまうかもしれないと思っていたのだ。
『……と私は思う。どうだ、No.8。彼女の話は信じてみてもいいじゃないか』
『その集落とやらが本当にエイドロの支配下にないとしても、我々を快く思うかは話が別だぞ』
『その懸念はもっともだ。ドワーフは火の国の連中と仲がいいからな。だが、そこは彼女が説得してくれるはずだ。それに関しては彼女から了承を得ている』
『……ふぅ、もう選択の余地もなさそうだな』
No.8が視線を件の少女に向けると、少女はその視線から隠れるようにNo.53のマントの陰に隠れるのだった。それを見たNo.8は、少し苦笑しながらNo.53と少女に近づくと、No.23と同じようにしゃがみ込んで目線を合わせる。
『お前、名前は?』
「……」
『だんまりか。まあ、それでもいいさ。だが、俺はお前の言うことを信じさせてもらうぜ。それ以外にこの状況を打破する方法がなさそうだからな……No.53、こいつはお前にはある程度心を許しているようだ。お前が保護したんだから、責任持てよ』
『……了解した』
No.8は軽くNo.53の肩を叩いて、念導通信機で団員の皆に指示を出す。そしてNo.53は、小柄な少女の体を持ち上げて肩に乗せると、落っこちないように手で支えてやるのだった。ドワーフのハーフである彼女は、同年代の人間の女性と比べてもずっと小柄で体重も軽い。No.53にとって、そんな彼女を肩に担いだまま移動するのはどうということもなかった。
『目的地はここから北西に20kmほどだ。距離はそう遠くないが、魔素の残量も心許ない。略式魔法は隠密以外はオミットして消費を抑えろ。エイドロ軍の連中が動く前に出発するぞ!』
No.8の指示に、団員たちは魔導外骨格に搭載された略式魔法の隠密を起動させ、その気配を木々の中に溶け込ませていく。No.53も隠密を起動させ、No.41から回収した斧を腰に吊り下げ、片手で少女が転げ落ちないように支えてやりながら、勢いよく走り出す。
他の団員たちも、隊長であるNo.8を先頭に次々に駆け出す。木々の間を縫うように、素早く山を駆け下りていくその様は、まるで狼のようだ。
山を下ると、彼らの眼前に広がるは広大な草原。北へ視線を向ければ、未だに黒煙を吹き上げるラグダナの街並み。No.53の肩の上で、少し長めの茶髪を風になびかせながら、ラグダナの方を見つめる少女。しかし、No.53は何も言わずにただ走り続ける。
いや……そんなことはない、No.53は既に息が乱れていた。足並みも僅かに覚束ない。先の戦闘でのダメージは決して完治したわけではない、治療もあくまで応急処置の範疇だった。皆が考えている以上にNo.53は、疲弊していたのだ。
そんなNo.53の様子に少女は気づいたのか、何か声をかけようとするが、どんな言葉をかければいいのか言いあぐねているのだった。
『お嬢ちゃん、そいつのことは気にしなくていいぞ。大船に乗ったつもりで肩に乗ってりゃいいさ、ははっ!』
言いあぐねる少女に、団員の一人が追い抜き際に声をかけていく。はっきりとNo.53を気遣うような言葉ではないが、彼なりの仲間意識なのかもしれない。生き残った団員の多くは、あのNo.41と同じように、現状にもはや希望など抱いていなかった。しかし、そうやって打ちひしがれていても何も変わらないことも知っていた。
弱音を心に押し込んで無理やり突き進むもの、開き直って流れに身を任せるもの、在り方は違えど、前に進むという点では合致していたのだ。
『……あいつの言う通り、気にする必要はない。お前を例の集落まで連れていくのが俺の仕事だ、それは完遂する。その後で俺がくたばっても、お前が気にする必要はないんだ』
「……!」
No.53のその言葉に、少女は少し驚いたような、それでいて悲しそうな表情を浮かべる。そして少女は、その小さな手をNo.53の鋼鉄に覆われた手に重ねて、消え入りそうな声を絞り出すのだった。
「騎士さん、あのね……私の名前はサラ……私はサラ、っていうの……」
『……そうか』
「……騎士さんの……名前は?」
『ない。あるのはNo.53という番号だけだ』
「そう……なの……」
自分も死にかけた戦場で出会った素顔も分からない相手に、自分の名前を告げた少女。それは、きっと精一杯の勇気を振り絞っての行動だったのだろう。No.53は誰にも聞こえないくらいに小さな声で少女の名前を呟くと、やはり兜の中で誰にも見えない小さな笑みを浮かべるのだった。
ーー
ラグダナ周辺の草原を超え、北西に20kmほど。騎士団の団員たちは、大きく切りだった岩山の近くの木陰で、息を潜めて隠れていた。ラグダナからNo.53に保護された少女、サラの話が正しければ、その岩山の洞窟の中に、例のドワーフたちの隠れ里があるはずだった。
しかしその岩山の周りでは、あるものがウロついていた。緑色の皮膚に、頭に生える小さな角。小柄な体格ながらも、木や骨を削り出した武器を手に持つそれらは、ゴブリンと呼ばれる魔物だった。
しきりに何かを探すようにウロついて廻るゴブリンの群れ。それを観ていたNo.8は舌打ちしたい気持ちを抑えて、またもどうするか頭を悩ませていた。今、彼ら騎士団の目の前にいるのは10匹ほど。しかし、ゴブリンはかなり大規模な群れを作る。下手をすれば、倍以上の数が周りにいるかもしれないのだ。
魔導外骨格の力ならば、ゴブリン数十匹程度ならば大した相手にはならない。ただ、今の彼らはかなり消耗している状態にある。万全とは程遠い状態なのだ。
『……No.23、銃を持ってるものは?』
『No.32、No.44がライフル、No.37が散弾銃。後は私とお前のリボルバーくらいだ』
『ちっ、もう少し手元に残ってりゃな……仕方ねぇ、銃は負傷してる奴にまわせ。残りは近接装備でなんとかしろ』
悪態をつきながらNo.8が団員たちに指示を飛ばす。昨夜の戦闘で弾薬の殆どを使い切り、弾切れになった銃火器類の多くはそのまま放棄してしまったのだ。弾薬がない以上は、銃はただの飾りに成り下がってしまうが、文句を言ったところでどうにもならないのだ。
『こっちから仕掛けるのか?無駄な戦闘は避けるべきだと思うが…』
『確かにな。だが、あれを見てみろ』
No.8がゴブリンたちを指差し、よく観察するようNo.23に促す。よく見ても、貧相な装備をしたゴブリンであるということぐらいの情報しかなかったが、No23はそこに着目した。
ゴブリンは、個々の力は弱く、故に群れを築く。大きな群れになれば、群れを指揮する上位種が生まれる。しかし、今目の前にいる群れにはそんな個体は見当たらない。そして、ゴブリンはその力の弱さと比例するように警戒心も強い。仮に、エイドロの部隊でもここに在中しているのなら、ゴブリンどもがここに近寄るはずもなかった。
そこから類推されるのは、例のドワーフの隠れ里にはエイドロ軍の戦力はなく、ゴブリンどもに格下に見られるほどの状況下にある、ということだ。ドワーフは優れた技術を生み出してきた亜人族だが、同時に頑強で勇敢な戦士の一族だ。ゴブリンなんて相手にならない。普通なら、だ。
恐らくこのドワーフの隠れ里は、何か軒並みならぬ状態に置かれているのだ。だから、そこでこのゴブリンたちを始末してやれば、取り敢えずはこちらに敵意がないこともアピールできる、というわけである。
『概ね間違っちゃいないだろよ。それにな、俺たちは今、見られてるぞ。そこの岩山からだ、ピリピリと感じるんだよ。俺たちがあいつらを仕留めてやれば、いい手土産にもなる』
『隠密を使用しているで捕捉されているのか?私は何も感じないが……相変わらずの超感覚だな。まあ、お前がそう言うならそうなんだろうさ』
No.8の言葉に微塵の疑いも抱かないNo.23。しかし、戦場においてNo.8の勘はただの勘ではなく、文字通り研ぎ澄まされたNo.8の感覚に裏打ちされたものだった。故に、No.8の勘は信用できるのだ。
『No.14、No.32、お前らは側面を大きく回り込め。No.20、No.44、お前らはNo.53と後ろで待機だ。銃は万が一の時以外、撃つんじゃねーぞ。他は俺と来い』
No.8の指示で、各々持ち場に着く団員たち。負傷者扱いにされたNo.53は、少し後ろに下がりつつ、No.20からライフルを一丁受け取る。そして、No.53は単発式大口径ライフルのボルトを引き、薬室に弾丸を込めると、再びボルトを押し込みその弾丸を装填する。
その重たい金属の音が昨夜の戦場を思い出させたのか、No.53と共にいたサラは、少し肩をビクつかせて、No.53の横に座り込んでいた。それを見たNo.53は、自身が羽織るボロボロのマントを脱ぐと、自分たちの戦闘が見えないように、サラの頭の上からマントを被せるのだった。
『随分と殊勝だな。そんなに情が移ったか?』
『……彼女を保護するのが今の俺の任務だからな』
『ああ、そうかい……』
素っ気ないNo.53の態度に少し苦笑するNo.20。だがすぐに気持ちを入れ替えると、二人は手に持つライフルを構え、不測の事態に備える。その狙いは、移動を始めようとするゴブリンたち。ただゴブリンたちは、自分たちに近づくNo.8たちの存在には気づいていなかったが。
ナイフや斧を手に少しずつ距離を詰めるNo.8たちは、木陰や藪の中に隠れられる限界までの距離に近づくと、側面へと回り込んでいたNo.14とNo.32へと合図を送るのだった。
『No.32、やれ!』
No.8の合図でNo.32はベルトに差していたナイフを一本引き抜くと、おもむろにそれを投擲する。すると、その刃は見事ゴブリンの首筋に突き刺さったのだった。血を吹き出して地に伏す仲間を見て、ゴブリンたちは一気に警戒状態になる。しかし、気づいた時には既に木陰や藪から飛び出したNo.8たちは、ゴブリンたちに肉薄していた。
「ーーッ!」
ゴブリンは特有の甲高い声で何かを叫ぼうとするが、その声が辺りに響き渡る前にゴブリンの頭が斧でかち割られ、喉元をナイフで切り裂かれる。瞬く間にゴブリンの半数以上が物言わぬ死体と化し、ゴブリンたちの混乱は益々極まる。必死に抵抗を試みるものもいたが、すぐにねじ伏せられていく。
突然の襲撃者にもはや逃げ腰のゴブリンたちは、慌ただしく逃げ出していく。しかし、その先には、予め回り込んでいたNo.14、No.32がいた。ナイフの名手であるNo.32は素早くナイフを投擲すると、正確にゴブリンの頭に突き刺さる。そして、No.14は豪快に斧を振りかぶり、ゴブリンへとその肉厚の刃を叩きつける。
叩き割られるゴブリンの頭蓋骨、飛び散る血と脳漿。最後のゴブリンが地に伏した時、岩山の前は正視し難い凄惨な光景となっていた。
『……』
ライフルを構えて警戒を続けていたNo.53は、ライフルの銃口を下げずに、そのまま周囲の気配を探る。ゴブリンたちは全滅したが、No.53はまだ何か気配を感じていたのだ。魔導外骨格を稼働させるための魔素は、もう残り僅かだ。隠密以外に、別の略式魔法を起動させれば、すぐに稼働限界に陥ってしまうだろう。
しかし、それでもNo.53は魔導外骨格に搭載された略式魔法の一つを起動させるべく、肩部の装甲を展開させる。
『…おい、No.53?何をする気だ、余計な消耗は避けろと言われただろう』
『分かっている……だが、これは余計な消耗なんかじゃない。何かに見られている、すぐ近くに何かが…!』
展開した肩部装甲から漏れ出す魔素、そしてNo.53は略式魔法の生命探知を起動させる。周囲に散布された魔素が、生命反応を読み取り、その情報をNo.53へと伝えていく。No.53の持ち前の感覚と生命探知によって、地面を歩く虫から、遠く離れて飛ぶ鳥の気配まで感じ取っていく。
そして、No.53はある気配を感じ取った。力強く重い気配、ゴブリンのものではない、かといって人間の気配でもない。人間ではないのだが、人間に近しい気配だった。
その気配はNo.53の背後の、地中から発せられていた。そして、その気配が地中から地表へと移動するのを感じ取ったNo.53は、ほぼ反射的にライフルの銃口を自分の背後へと向けていた。
『No.53…⁉︎』
No.53の突然の行動に驚きの声をあげるNo.20。しかし、No.20も自分の背後に差し迫る気配に気づいたのか、その視線を後ろへと向けようとする。
ライフルを構えるNo.53と同時に盛り上がる地面の土。そして、その土を巻き上げ地中から何かが飛び出す。No.53はその飛び出してきたものに銃口を向ける。だが、その飛び出してきたものそれよりも早く手を打つ。
「むうぅん!」
『……っ!』
No.53へと振り下ろされる無骨な大斧。No.53は咄嗟にライフルを盾がわりにするが、その圧倒的重量の一撃によってライフルはいとも容易く叩き潰され、鉄屑になる。No.53は、自分のライフルがへしゃげていく中で、その襲撃者の姿に大きく驚いていた。
小柄だが、自分の身長よりもずっと大きい大斧を軽々と持ち上げる筋骨隆々な四肢。立派に蓄えられた口髭と、相手を射抜く鋭い眼光。そして、独特な意匠が施された鎧。見紛う事なきドワーフの戦士だ。
地面から現れたのは、きっと彼ら"ドワーフ"の知恵、あの岩山はドワーフの砦なのだ。そして、ドワーフ様式の砦には、多くの場合が地下通路や複雑な機械仕掛けを有しているのだ。
No.53が感じていた気配、恐らく彼ら奴隷騎士団がゴブリンたちと戦闘を始める前から、ずっとドワーフたちに監視されていたのだ。僅かな補給でも得られれば、そう思って彼らはここまで来たが、どうやらドワーフには歓迎されてはいないようだった。
「貴様ら、エイドロの連中じゃろう!ワシらは戦争なんぞには加担せんぞ、ワシらの土地から出て行け!」
敵意をむき出しにするドワーフの戦士を前に、No.20もどうするべきか迷っているようだった。しかし、No.20が動く前にドワーフの戦士は大斧を構えてNo.53へと突進する。
『我々はエイドロ軍のものではない、キエラ軍の部隊だ!貴方がたに危害を加えるつもりはない!』
No.20がそう呼びかけるが、ドワーフの戦士は聞く耳も持たずに大斧を振りかぶる。そんなドワーフの戦士の前に、No.20は手に持つライフルを構えようとする……が、それをNo.53が無言で制止する。手を出すな、自分が何とかする、そう捉えたNo.20は油断なくライフルを構えながら、念導通信機でNo.8を呼ぶのだった。
「奇怪な気配を垂れ流しおって……ワシらの嫌いな魔法の匂いじゃ……!去ね!」
豪快に振るわれる大斧、戦車の装甲すらも砕きそうな一撃だ。魔導外骨格ですら正面切っては受けきれないだろうその一撃を、No.53は障壁魔法を展開して防ぐ。火花を散らして分厚い刃とせめぎ合う青白い壁、ドワーフの戦士はNo.53の展開した障壁魔法を目にすると、その表情を一層険しくするのだった。
そして、ドワーフの戦士は猛々しく咆哮を放ちながら、再度大斧を障壁に叩きつける。すると、青白い障壁に大きなヒビが刻まれ、続けてドワーフの戦士が拳を打ち込むと、障壁はバラバラに砕け散る。先の戦闘の影響もあり出力も弱まっていたとはいえ、戦車の砲弾すら防ぐ障壁をあっさりと打ち破るドワーフの膂力の凄まじさに、No.53は兜の内側で冷や汗を浮かべる。
再び襲い来るドワーフの戦士に対して、もう一度障壁魔法を起動しようとするNo.53だったが、展開した装甲から漏れ出す魔素の粒子はごく微量。とても障壁を形成できるものでは無い。
それが意味することは、魔導外骨格の稼働限界。原動力たる魔素の枯渇である。ラグダナでの戦闘を含めて、ここまで補給も得ずに連続して稼働させ続けたため、障壁魔法も展開できないほどに魔素を消耗していたのだ。
『No.53、もう下がれ!』
ライフルを構えながらNo.53とドワーフの戦士との間に割って入るNo.20。しかし、そんなNo.20を押しのけて再びNo.53はドワーフの戦士の前に立ちはだかる。しかし、No.53は決して武器を構えることはない。
そんなNo.53の行動にドワーフの戦士も眉をひそめて、その手を止める。殺す気で攻撃したというのに、No.53は全く反撃するそぶりを見せない、そのNo.53の行動がドワーフの戦士を迷わせた。
『どうか話を聞いてもらえないか、ドワーフのご老人』
「むっ……ワシはまだボケとらんわ!」
言葉が通じないなら、行動で示す。自分たちが危害を加えるつもりなどないことを示さなければならない。だから、反撃するなど言語道断、それでけは絶対にしてはならない。No.53はそう考えていたのだ。それに、少女の話が、サラの話が正しければ、サラの父親はこのドワーフの隠れ里の出身……であれば、だ。
「……おじいちゃん?」
「その声……!お前、サラか……⁉」
サラの顔を知っている者も必ずいるはずなのだ。だからこそ、いらぬ誤解を招かないためにも、ドワーフたちに危害を加えるなんてことだけは避けなければならなかったのだ。
「やっぱり……おじいちゃんだ!」
「なぜお前がここに……一人だけか?バカ息子とアンナはどうした?……いや、その前になぜこんな奴らと……?」
No.53のマントに包まって木陰に隠れていたサラは、襲ってきたドワーフの戦士が顔見知りだったのか、マントを脱いでおじいちゃんと呼んだドワーフの戦士へと駆け寄る。ドワーフの戦士もいまいち状況が呑み込めないのか、困惑した表情を浮かべていた。
「その騎士さんは……ラグダナで私をエイドロ軍から助けてくれたの」
「なんと……!ではこやつらは……エイドロの連中ではないのか?」
『さっきそう言ったじゃないか……』
大斧を放り捨ててサラを抱きとめるドワーフの戦士を未だに警戒しつつも、ボソリと文句を零すNo.20。No.53も同じように文句を言いたくもなったが、取りあえずはこちらが敵ではないことが伝わったことに安堵していた。
しかし、稼働限界に差し迫っていたNo.53は片膝をついて苦しげな声をあげる。投薬で痛覚を麻痺させ、応急処置で誤魔化していた傷が、再び開いていたのだ。
簡易的な治癒魔法も搭載している魔導外骨格だが、あくまで一時的に傷を塞ぐだけであり、魔素が切れた今、その機能すらも失われている。魔素の切れた魔導外骨格など、もはや無駄に重たいだけの鉄塊なのだ。
『おい、しっかりしろNo.53!くそ、もう魔導外骨格が機能していないのか……!』
「騎士さん!……ああ、おじいちゃんお願い!どうかこの人たちに力を貸してあげて!」
「う、うむ……まだ状況が呑み込めんのじゃが……そいつがケガしておるのは、ひょっとしてワシのせいか?」
装甲の隙間から流れ出る血、それが甲冑内のNo.53の傷の深さを物語っていた。自分の生暖かい血の温度を感じながら、ぼんやりと慌てた周りの声を聴いていた。No.53は重たい魔導外骨格の中で身動き一つできずに意識が遠のいていくことに若干の恐怖も覚えたが、これで死んでもそれはそれで構わないと考えていた。
その多くが凄惨な死を遂げる奴隷騎士団の中で、誰かに看取ってもらえるのは、何かを守って死ぬのは、なかなかに上出来な死に方だ。それこそ本物の騎士のようだ、奴隷の身には余るくらいである。
『少女の護送任務、無事に……完了……』
魔導外骨格の機関部も完全に停止し、熱が失われていく魔導外骨格と同じように、No.53の体からも流れ出る血とともに熱が失われていく。その中で、No.53は誰にも聞こえないくらい小さな声で任務完了の報告の旨をつぶやくと、そのまま静かに目を閉じるのだった。
一話一万文字を目安にしてますが、筆が乗らないとなかなか書き進められないもんですね。