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奴隷騎士団  作者: 刀の切れ味
2/4

登場する兵器は、だいたい第一次世界大戦ぐらいのものをご想像ください

 不気味なほどに静まり返ったとある街。いつもなら沢山の明かりが街を照らし出していたのだろうが、今は点々と灯る小さな明かりばかり。沢山の人々で賑わっていた大通りは、荒れに荒れて人の気配はまるでなかった。

 丁寧に舗装されていた道路には、いくつもの履帯とタイヤの跡が刻まれ、路端にあった出店は粉々に打ち砕かれ、そこが戦場跡だということを物語っていた。

 そんな暗闇に包まれた都市の中、ランプを片手に巡回する兵士達がいた。いや、兵士だけではない。戦車と巡回している部隊もいる。

 点々と灯る小さな明かりは、その兵士達のものだったのだ。しかし、彼らはこの都市を守っているのではなく、侵略に来たのだ。

 都市の住民の多くは、既に戦火を避けて田舎や別の都市に避難していたが、当然それをよしとしない者たちもいた。

 抵抗せずに家の中の片隅で震えている分には問題はなかったかもしれないが、少しでも抵抗の意思を見せる者に対して、侵略者は容赦しなかった。

 先ほどまで、街の大広間では、侵略者たちに処刑された人々の死体が積み上げられ、轟々と燃え盛っていたのだ。

 その黒々とした煙は暗い夜空高く立ち昇り、雲のずっと上でも見えるくらいだ。そして、その黒い一筋の煙は、風に乗って舞う飛竜の瞳に薄っすらと写って見えていたのだった。


「ーーーッ…!」


 雲の上を飛ぶ飛竜、竜空挺の飛竜が小さく呻き声を上げると、その飛竜を操っていた騎手が、また小さく角笛の音を響かせる。

 その角笛は、飛竜の腹部に取り付けられていた船倉の中にも響き、それを合図に船倉の中が慌ただしくなる。

 狭い船倉の中には、押し込められるように格納された18機の甲冑。そして、その甲冑の最終チェックを行う整備士や魔法技師たちがいた。


「背部タンク、魔素充填完了。機関部安定…略式魔法、各種武装の搭載は?」


「問題ありません。指定通り、市街戦装備に換装、略式魔法もそれに合わせて調整済みです」


「よし、ならこいつはOKだ。次はそこの53番機だ。降下までもう時間はないぞ、急げ!」


 右往左往する技師たちの中には、比較的小柄な者が何人かいた。しかし、身長に見合わず立派な体格と髭を蓄える彼らは、ドワーフと呼ばれる亜人族だった。

 鉄を扱わせれば右に出るものはいないとされるほど、鍛治、鋳鉄技術を持つ彼らは、こうやって技師として働いていることは特に珍しいことではなかった。

 当然、ドワーフを蔑視するものもいるが、それ以上に忌み嫌われる奴隷たちが目の前にいる今、ドワーフを蔑む者もいなかった。


「おい、動作に問題はないか。ないなら首だけで頷け」


『……』


「よし、次だ!」


 先日の荒野での戦闘は、開けた平地での対戦車戦だったが、今回は細い路地が入り組み、建物が乱立するこの都市が戦場となる。

 杭打ち機(パイルバンカー)のような対戦車近接装備ではなく、水冷式の重機関銃や大口径ライフルなどが、彼らの主兵装になるのだ。

 肩の装甲に53の番号を持つ魔導外骨格、その搭乗者であるNo.53は、魔法技師の拘束陣で身動きの取れない中、改めて自身の装備を確認していた。

 今回の彼は大口径ライフルに、近接格闘用の斧、副武装(サイドアーム)のリボルバーを装備し、対装甲目標のための爆薬も装備していた。

 さらに、魔導外骨格には略式魔法が搭載されている。式化し、詠唱を省略した簡易的な魔法が、甲冑内部に組み込まれているのだ。

 防御用の障壁魔法や、生命探知(ディテクション)、念導通話のような補助魔法の各種。後は各々の役割に応じて、炎や水、雷のような基本属性の魔法や、幻覚魔法のような特殊なものを搭載することもある。

 略式魔法は使用者が魔法の知識がなくとも、魔力さえあれば扱える。本物に比べれば見劣りはするかもしれないが、それでも効果は十分だった。


「全機出撃準備完了だ。ハッチ開け!拘束陣を解除しろ!」


 魔法技師たちが小さく呪文を紡ぐと、騎士たちを拘束していた陣が解かれ、魔導外骨格が蒸気を噴き上げながら起動する。

 そして、竜空挺の船倉の両側が軋む金属音を立てながら開いていき、船倉の中に冷たく焦げ臭い風が入り込む。

 その風は起動した魔導外骨格の蒸気を散らし、ボロボロのマントをはためかせるのだった。


「興奮剤投与、新入りには念入りにぶち込んでおけよ」


 魔導外骨格の首筋に取り付けられていた投薬ポンプが、音を立てて搭乗者へと強力な薬物を送り込む。

 過剰に投与された新兵たちは、ガクガクと体を痙攣させていたが、戦闘が始まればすぐに治る。いや、気にならなくなるだらう。

 強制的な精神の高揚に耐えきれず、唸り声を上げて今にも飛び降りそうな者もいる中、No.53は人知れず大きく深呼吸を繰り返していた。

 薬で我を忘れて獣のように暴れていては、本当に人ではなくなってしまう。己を見失わないように、冷静さを失わないように、それが長生きのコツだ。

 そして、それは自身が戦争の道具に成り果てぬよう、彼のささやかな抵抗でもあったのだ。


『降下30秒前…』


 甲冑内の念導通信機から、この部隊の隊長であるNo.8の声が響く。その中で、No.53は静かに目を閉じてその時を待つ。


『10秒前…9…8…7…』


『主よ、憐れみ給え……』


 No.8の秒読みの中に混じって聞こえる誰かが祈る声。だが、その祈りはもはやこの世界では通じない。この世界に、その神はいないからだ。

 それでも祈らずにはいられないのは、人間が宗教のような何か揺るぎなく信じられるものがないと、不安になってしまうからかもしれない。

 この世界にも神と呼ばれるものは確かに存在する。しかし、彼らはそれを心から信仰することはなかった。

 何故なら、彼らはこの世界にとっては本来、招かざる客人。異世界からの来訪者だったのだから。


『0…降下開始』


 No.8の合図で、18機の騎士たちは同時に竜空挺から飛び降り、地上の占領された街を目指し、重力に任せて落下を始める。

 まるで隕石のように凄まじい速度で落ちていく騎士たちは、雲の中を突っ切り、暗い街の夜空を真っ直ぐに堕ちていくのだった。


『障壁展開、着地の衝撃に備えろ』


 No.8の指示に、騎士たちの肩部装甲が展開し、そこから青白い魔素が漏れ出す。その細かな粒子は騎士たちの周りを覆うと、その身を守る壁となる。

 そして、騎士たちは体勢を整えると、展開した障壁を維持しながら…街の中に地響きを立てながら着地、いや、墜落するのだった。

 建物は甲冑の質量と障壁に押しつぶされ、道路はクレーターのごとく深く抉れ、辺りに土煙を巻き上げる。

 巡回していた兵士たちは、当然その飛来物にすぐ気がついた。警鐘を鳴らし、その堕ちてきたものの場所に、兵士を向かわせる。


「なんだ今のは…⁉︎南地区に、空から何かが…!」


「中央の本隊に報告しろ!巡回中の部隊は、付近の部隊と合流して、確認に向かえ!」


 静寂に包まれていた街は、蜂の巣をつついたような喧騒に包まれ、大勢の兵士たちが街の中を走り回る。

 夜襲は珍しくないが、高高度から落下傘もなしに降下してくるなど、想定外の攻撃だったのだ。

 そして、そんな街中に突如響く銃声。最初は一発だけ、しかし、立て続けにもう一発、そしてもう一発…。

 その一発の銃声は、瞬く間に街中に広がっていき、それに伴ってあちこちで銃声が鳴り響く。その一発が開戦の合図となったのだ。



 ーー



 甲冑に当たって弾かれる弾丸、兜越しに見える蹂躙された兵士たちの死骸。No.53は、その骸を踏みつけて、更に前へと進み続ける。

 その背後からは、No.41が水冷式の重機関銃を連射し、容赦ない弾幕を敵に浴びせていた。

 敵も必死に反撃してくるが、ライフルの口径では魔導外骨格の分厚い装甲を撃ち抜けるはずもなく、表面に小さく傷をつけるばかりだった。

 街中に設置された土嚢や、建物の陰から銃弾を浴びせてくる兵士に対して、No.53は手に待つ大口径ライフルを構えて、照準を合わせトリガー。

 一般的なライフルとは明らかに違う金属が裂けるような重たい銃声。場合によっては戦車の装甲をも貫くその弾丸は、建物の壁を貫き、兵士の頭を吹き飛ばした。

 ボルトを引き、排莢。焼け焦げひしゃげた薬莢が、地面に転がる。そして、マントの裏のバックパックから次弾を取り出し再装填。

 今度は、No.41の制圧射撃を土嚢の裏に隠れて凌ぐ兵士を狙いトリガー。その弾丸は、土嚢ごと兵士の腹部を貫いた。

 興奮剤によって著しく高揚した状態でもあるにも関わらず、No.53は淡々と装填とトリガーを繰り返すのだった。

 それに対して、No.41は明らかに興奮状態にあった。機関銃を連射しながら、彼は時たま喜色にまみれた笑い声を上げていたのだ。

 そして、No.41は左手を眼前にかざすと、左手の装甲が展開し、またそこから青白い魔素が漏れ出す。

 すると、不思議なことに、No.41の目の前で敵兵士の撃ち放った弾丸が、蜘蛛の巣に絡め取られた虫のように、空中で静止したのだ。


『ははっ、はははっ!もっと泣き喚いて逃げ惑えよ、クソがっ!』


 絡め取った弾丸を敵兵士に撃ち返し、再び機関銃を乱射するNo.41。その様は機銃を搭載した戦車と何ら変わらない。

 その様を見た敵兵士は、このまま戦っても勝ち目がないことを悟ったのか、少しずつ後退を始める。

 No.41はそんな敵兵士に対して、今度は怒り狂って罵声を浴びせていたが、深追いするほど頭がトンでいるわけでもなかった。


『…何だよ、弱虫どもが……もっと来いよ、俺に戦わせろよ…!俺の有能さを証明させろよ!』


 ヒステリック気味に喚くNo.41をそっちのけに、周囲の警戒は怠らないNo.53。しかし、No.53にもNo.41の気持ちはよく分かっていた。

 魔導外骨格もその搭乗者たる彼らも、上の人間にとっては使い捨ての消耗品。使えないと判断されれば、すぐに廃棄される。

 だから皆、必死に戦う。皮肉なことに、自ら戦争の兵器としての有用性を示すために、必死に戦わなければならないのだ。


『No.41、このまま中央の敵本隊を目指して前進する。あと数ブロックも進めば、大広場に出る。そこにはお望み通り、敵の主力いるだろう』


『……分かってるよ…』


 ドラムマガジンを取り替えながら、機関銃の銃身を冷却させるNo.41は、苛立ちを隠そうともせず、小さな声でそう応える。

 しかし、その時だった。二人の耳に、遠くから空気を裂く特徴的な音が聞こえてくる。身構える二人だったが、それが空から来るものだと気づくには、少し遅かった。

 二人の目の前に空から降ってきたそれは、地面に着弾すると同時に爆発。その爆風が二人を後ろへと吹き飛ばす。


『…っ!迫撃砲…!No.41、身を隠せ…!』


 次々と空から飛来する迫撃砲の砲弾、二人は障壁を展開して防御しつつ爆風を避けるため、近くの民家の壁を突き破って中に転がり込む。

 通りは未だ迫撃砲の爆撃に晒されていたが、すぐにここも攻撃されるかもしれない。そう考えたNo.53は、すぐに移動を開始しようとした。

 しかし、そんなNo.53の視界の端にあるものが映る。部屋の片隅に視線をやれば、そこには怯えた表情でこちらを見る少女と母親とおもしき女性がいた。

 抱き合って部屋の片隅で震え上がる彼女たちは、No.53とNo.41をこの街を侵略しに来た奴らの仲間と勘違いしているのか、銃でもあれば今すぐにでも発砲しそうなほどだ。

 No.53は静かに顔の前で人差し指を立てながら、搭載された略式魔法の生命探知(ディテクション)を起動させる。

 自分の周辺の生命反応を読み取るこの魔法は、魔導外骨格の標準装備だ。特に、ここのような入り組んだ市街地なら尚更必須となる。


(…そう遠くないところに敵の部隊がいる。迫撃砲がどこから飛んできたのかは分からないけれども…目につく敵全てを排除しろ、それが俺たちに与えられた命令だ)


 竜空挺からの高高度降下、そこから二人一組(ツーマンセル)で散開し、都市中央の敵本隊を目指しつつ、敵部隊を殲滅していく。

 この作戦を考えた奴はとんだ馬鹿野郎とNo.53は考えていたが、歩兵よりも火力に優れ、戦車よりも小回りが利く魔導外骨格なら、そう難しいことでもなかった。

 そして何より、この作戦の発案者は、この作戦で"奴隷騎士団"の団員が何人死のうと、幾らでも代えはいると考えていたのだ。


『No.41、移動するぞ。敵の部隊がこっちに近づいて来ている。先にこちらから……おい、どうした?』


『…っ…う…!』


 迫撃砲で巻き上げられた土埃を払いながら、呻き声をあげるNo.41。そして何を思ったのか、No.41はその手に持つ機関銃の銃口を、二人の親娘に向けたのだ。


『お前…っ⁉︎何を考えている!』


 No.53はすぐにでも引き金を引きかねなかったNo.41の後頭部をライフルの銃床で殴りつけると、そのまま床に押し倒す。

 そして、今度はNo.53がライフルの銃口を、No.41の後頭部に押し付けるのだった。


『この二人はだだの民間人だ。それすらも分からないほどに、ハイになってるのか?』


『…黙れ…!黙れ黙れぇっ!』


 子供のだだのように声を張り上げて、No.41は立ち上がって乱暴に民家の壁を蹴破って、外に飛び出す。

 明らかに冷静ではないNo.41を放っておくわけにもいかず、No.53は二人の親娘に軽く頭を下げてから、No.41の後を追うのだった。


『待て、単独行動は…』


『畜生…なんでこんなことになったんだ…!俺は普通に大学を卒業して、普通に就職して、普通に誰かと結婚して…普通に生きていくと思ってたのに……!なんだってこんなところで、殺し合いをしなくっちゃいけないんだよぉ!』


『落ち着け、No.41。騒ぐと敵に気づかれる』


『うるさいっ!俺の名前はそんな番号なんかじゃあない!俺にだってちゃんとした名前があったんだ!この首輪さえなけりゃっ…!』


 完全に錯乱状態のNo.41は、機関銃も投げ捨て路地を抜けて大きな通りに出る。もはやNo.53の声は、No.41には届いていなかった。


『お願いだ…俺を元の世界に返してくれ……!』


 通りの真ん中で頭を抱えてうずくまるNo.41、No.53はその背中に何か声をかけようとしたが、かけるべき言葉が見つからなかった。

 どんな言葉をかけたところで、No.41の望みは叶わない。この首輪をつけられた時点で、戦場で果てるのは必然なのだ。

 そして、どんなに弱音を吐こうが、ここは戦場。敵は待ってくれなどしない。


『…下がれ、No.41!何かがこっちに近づいてくる!』


 No.53が道路にうずくまるNo.41へと警告を発する。No.53の生命探知(ディテクション)が、急速に接近する生命反応を検知したのだ。

 しかし、No.41はその場から動こうとしない。No.53は、物陰から出て無理やりにでも物陰に引っ張り込もうとした、その時だった。

 暗い街中が一瞬明るくなるほどの炸薬の瞬き。そして、轟く爆音。目の前で蹲っていたNo.41は、重い金属音を響かせながら、遠くまで吹き飛ばされていく。


『…No.41⁉︎』


 その音の発生源へと視線を向ければ、そこにいたのは戦車よりは小型の装甲車だった。もちろん主砲や副座の機関砲などの重武装である。

 それに、装甲車の後部には大きな筒のような火砲が備え付けられていて、先ほどの迫撃砲はこいつの仕業だったことが伺える。

 今度はNo.53へと砲口を向ける装甲車。No.53は、その砲口が火を吹く前に横に跳びのき、略式魔法を起動させる。

 起動した略式魔法は隠密(ステルス)。鎧の発する音や魔素を抑え、戦闘車両に搭載される魔素探知機にも探知されなくなる特殊な魔法である。

 路地裏に入って装甲車の射線を切り、側面に回り込むように移動するNo.53。直撃を食らったNo.41の安否も気になるところだが、まずは装甲車を何とかしなければならないのだ。


(装甲車は厄介だが、こっちには歩兵もいるな…)


 路地奥から姿を現す敵の歩兵。No.53はライフルを地面に投げ捨てると、腰に吊り下げていた近接格闘用の斧を手に取る。

 敵の歩兵の一人が散弾銃を撃ち放ち、細かな散弾がNo.53に降りかかる。しかし、やはり散弾はことごとく装甲に弾かれるのみだった。

 No.53は斧を敵の歩兵に振り下ろし、その頭をかち割る。そして、飛び散った血と脳漿が、路地と甲冑を汚した。


「怯むな、甲冑の隙間を狙え!」


 関節部分を狙ってライフルを撃つ敵の歩兵たち、No.53は頭を失った兵士の死体を盾がわりに、路地を突き進んでいく。

 しかし、別の路地からNo.53の背後へと回り込んでいた敵の歩兵が、ライフルの先に取り付けられた銃剣を、No.53の背中へと突き立てた。

 その銃剣は、やはり背中の分厚い装甲に阻まれて半ばから折れてしまうが、No.53が後ろへと振り返った隙に、僅かな甲冑の隙間にライフルの弾丸が撃ち込まれる。


『…っ…!』


 刺すような痛みが走る…ことはなく、No.53は拳を握りこんで、後ろから襲ってきた兵士の顔面に叩きつける。そして、口から折れた歯と血を吹き出しながら倒れる兵士に、腰のホルスターから抜いたリボルバーの弾丸を数発撃ち込み、トドメを刺す。

 しかし、今度は甲冑の右足の付け根部分にライフルの弾丸が突き刺さる。No.53は痛みを感じてはいなかったが、力の抜けた右足が膝をついてしまう。興奮剤で痛覚は麻痺しきっていても、体が傷つがないわけではないのだ。

 それでも、No.53は無理やりに体を起こすと、獣のように身を屈める。そして、重たい甲冑を着込んでいるにもかかわらず、凄まじい跳躍で路地奥の敵兵士へと飛びかかりながら、勢いよく斧を振るい、リボルバーのトリガーを引く。

 No.53の人外じみた膂力で振るわれた斧は、敵の歩兵の頭と胴体を泣き別れにし、重たい甲冑に押し潰されたものは、その重量に内臓物を口から撒き散らした。


「この化け物がぁ!」


 銃剣を構えて突進してくる敵兵士、No.53はゆっくりと右手を敵兵士へと掲げると、その装甲が展開して赤い粒子が漏れ出す。そして、薙ぐように右手を払うと、そこから放たれた凄まじい熱波が敵兵士へと襲いかかるのだった。

 単純な炎の魔法、しかし、人の身を焼くには十分すぎる熱量が、兵士たちを火だるまにした。そして、身を焼かれる苦痛に叫び声を上げる兵士たちへ、No.53はリボルバーの弾を込め直し、銃口を向ける。

 しかし、そのトリガーを引く前に、空から路地へ飛来した榴弾が、No.53の目の前で爆発する。火だるまになっていた兵士たちも、No.53も、周りの家屋も、その爆風に吹き飛ばされるのだった。

 先ほどの装甲車の迫撃砲による爆撃、それでも魔導外骨格を破壊するには至ってはいなかったが、搭乗者へのダメージは免れない。

 甲冑内は吐血したNo.53の血で赤黒く染まり、隙間からも夥しい量の血が流れ出ていた。それでも、立ち上がろうとするNo.53へ、倒壊した家屋の瓦礫が降りそそぐ。

 煉瓦や建材に押し潰されていくNo.53、しかし、それらを押しのける力も残されていなかった。No.53は甲冑に当たる瓦礫のけたたましい音の中で、遂にその意識を手放すのだった。



 ーー



 地面を揺るがす爆音と、兜の覗き穴から僅かに入り込む光に、混濁としていた意識が少しずつハッキリとしていく。

 自分が今どうなっているか思い出せずにいるNo.53だったが、すぐに身体中を駆け巡る激痛に叫び声を上げてしまう。

 覚醒した意識が再び暗転してしまいそうなほどの激痛の中、No.53は自分が今どうなっていたかを思い出すのだった。


(代謝促進剤、投与…甲冑機関部、再起動…!)


 投薬ポンプから送り込まれる薬物が、急速に傷を治癒し、損傷した神経や筋繊維を再生させていく。その違和感に吐き気を催しながら、手足の感覚を確かめていく。

 興奮剤が切れ、痛覚が遮断できいないということは、作戦の開始から既に数時間は経っているということ。かなり長い時間気を失っていたことになる。


『ぐっ…っ…!』


 傷の痛みに呻き声を零しながら、No.53は瓦礫を押しのけていく。一つ、また一つと瓦礫をどかし、遂にNo.53の兜が外に出てくる。

 重たい体を引っ張り上げ、瓦礫の山から這い出したNo.53が空を見上げると、暗いはずの夜空が紅く染まっていた。

 鼻につく焦げ付いた匂い、それはそばに転がる黒焦げの死体だけでなく、街全体が火に包まれているかのようだ。


『…ーー3、No.53、応答せよ。No.53!』


 しばらく紅く染まった空を見上げていたNo.53は、念導通信機から聴こえてきた声で我に返り、少し慌てて通信機に応答するのだった。


『こちらNo.53』


『やっと出たか、小僧!まだくたばっちゃいないようだな。No.41はどうした?』


『逸れてそのまま…安否は確認できていない。それより戦況は?』


『戦況もクソもねーよ、すぐに撤退だ!』


 No.8の言葉にNo.53は眉をひそめる。すぐに撤退など、作戦の予定にはなかったことだ。つまりは、想定外の出来事があったということだ。


『何があった?』


『敵の増援だ。しかも、とんでもない大部隊のな。俺たちだけで迎撃するには、頭数が足りなさすぎる!』


『作戦は?このまま放棄するのか?』


『…お前はこのまま戦って死ぬつもりか?俺はヤダね。作戦の失敗は、増援を想定していなかった上の責任だ。お前も死にたくないなら、南東の回収ポイントに向かえ。いいな?オーバー!』


 No.8との通信が切れ、暫くはその場に佇んだままのNo.53。しかし、遠くから聴こえてきた爆発音を聞いたNo.53は、大通りへと歩き出す。

 作戦失敗の責任は上にあるとNo.8は言ったが、所詮は奴隷の身である騎士団に全て押し付けられることは明白だ。

 しかし、このままここで死ぬくらいなら、僅かにも生きる可能性のある方を選ぶ。少なくとも、No.53はここで死ぬつもりはなかった。

 ただ、回収ポイントに向かう前に、No.41の安否を確かめなければならない。No.8の話ぶりからすると、念導通信にも応答がなかったようだった。

 大通りに出たNo.53は、生命探知を起動させながら、No.41が吹き飛ばされた方向を思い出しながら、重い体を引きずって歩く。

 幸いにも周囲に敵と思わしき反応はない。しかし、生命反応が一つだけ、すぐに近くにある。もしかしたらNo.41かもしれない、No.53はそう考えてその反応の方へ向かう。

 大通りの先には激しく燃え盛る建物。その炎が、大通りを煌々と照らしていた。その中で、No.53の視界にあるものが映った。

 何本もの銃剣やナイフが突き刺さり、針山のようになった魔導外骨格。そして、その側でしゃがみこむ一人の少女。その少女は、先ほどの民家で母親といた少女だった。

 血に塗れた魔導外骨格の側でぼんやりとしゃがみこむ少女にNo.53が近づいても、少女はもう怯える様子すらなかった。ただ、虚ろな目を向けるばかりだった。

 No.53は、そんな少女の傍で生き絶えた…No.41の魔道外骨格に近づくと、生命探知に反応がないことを確認するのだった。


『…その騎士が死ぬところを、お前は見たのか?』


 No.53の問いかけに、少女はゆっくりと頷く。改めてNo.41の亡骸へと目を向けると、その手には近接格闘用の斧が握られていた。


「その騎士さん…私を守って死んじゃったの」


『…そうか』


 一時は戦うことも放棄したかのように見えたNo.41は、最後はこの少女を守って戦死したようだ。ただ何の意味もなく死ぬよりかは、ずっと意味のある死に方ではある。

 No.53は、No.41の亡骸から斧を回収すると、その場から立ち去ろうとする。しかし、変わらずその場から動こうとしない少女に、No.53も足を止める。


『母親はどうした?』


「……お母さんも死んじゃった」


『お前は逃げないのか』


 少女は否定も肯定もせず、やはりぼんやりとした表情を浮かべるばかりだ。もはや、現実を受け止め切れなくなっているのかもしれない。

 そんな少女を見たNo.53は…その手に持つ斧を少女へと向ける。先程はこの少女を守ったであろう武器を、今度はその少女へと向けるのだった。


『このままそこで座っていれば、お前も殺されるだろう。いや、死ぬよりもっと辛い目に合うかもしれない。死んでもいいというなら…ここで楽にしてやる。少なくとも痛みは感じないように、な』


 それを聞いた少女は、ゆっくりとNo.53へと頭を垂れる。殺してほしい、そう受け取ったNo.53は、少女の頭へ目掛けて容赦無く斧を振り下ろしたのだった。


「ーー…っ!」


 …しかし、その分厚い刃は少女をそれて地面を砕き、その破片が少女の頰を軽く傷つける。その痛みが少女を現実に引き戻したのか、少女はガタガタと肩を震わせるのだった。

 青ざめた顔は、先ほどの虚ろな表情と違う。目尻に涙を浮かべて震える少女は、小さく咽び泣くのだった。


『死ぬのが怖いか』


「…ぐすっ…うん…」


『死にたくないか?』


「死にたくない…死にたくないよぉ…!」


『……』


 母親の名を呼びながら嗚咽を零す少女を、No.53をそれ以上何も言わずに見下ろすばかりだったが、生命探知が無数の反応を捉えると、No.53は有無を言わさず少女を抱き抱える。

 そして、南東の回収ポイントを目指して走り出す。一歩前に踏み出すたびに、治りきっていない傷口から流れ出た血が、甲冑の隙間から垂れ落ちる。

 しかし、それでもNo.53は足を止めることなく、走り続けた。未だ遠くから鳴り響く銃声と、家々が燃える音の中、No.53は少女を抱き抱えたまま走り続けるのだった。



主人公は、一応このNo.53です

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