①
ぼちぼち書いていきます
砂塵が舞う広大な荒野。風に乗って宙を吹き荒れる砂は、ほんのりと赤色を帯びている。どんよりとした雲に太陽は覆われ、その殺伐とした雰囲気を、より陰惨なものにしていた。
荒野の中、風にはためく一本の旗。ボロボロの紫色の旗には大きなワシと剣が描かれていた。一際強い風が吹き、さらに旗は裂けてバラバラに千切れていく。
その時、荒野を覆っていた砂塵が開け、雲の隙間から太陽の陽が差す。それが荒野の壮絶な風景を映し出した。
見渡す限りの死体と鉄の残骸。抉られた地面は黒く焼け焦げ、至る所で死体を漁るカラスたちがいた。
そこは戦場だった。ただし、古戦場ではなく、現在進行形の戦場である。荒野には、深く掘られた塹壕が点在し、そこには沢山の兵士たちが身を縮めていた。
小銃と簡素な防具で身を固めた兵士たちは、ときおり塹壕から顔を出して辺りを伺っては、慌てて身を隠していた。
兵士たちは皆、戦闘による疲労と恐怖で極限状態だった。今は銃声一つしない膠着状態。しかし、それが逆に兵士たちの精神を蝕んでいった。
「いつまでこんな膠着が続くんだよ……もう嫌だ…死にたくねぇよぉ…!」
「しっかりしろ、すぐに増援が到着するさ。そうすればこのクソッタレな最前線からおさらばできる」
ヒステリックな呻き声を漏らす一人の兵士に、他の兵士が元気づけるように声をかける。だが、その兵士の声も虚しく空に響き渡るばかりで、塹壕の兵士たちの心を動かすことはなかった。
皆、すでに諦めていたのだ。自分たちはここで何の意味もなく、虫けらのように死ぬのだと。
「畜生っ!本隊の連中は何してんだよ!このままじゃあ俺たち…俺たちは……」
この荒野の塹壕に籠る兵士たちは、既に三日以上も戦闘を続けていた。休息など取れるはずもなく、弾薬も底を尽きかけ食料も水もない。
そして、戦場に立ち込める死んでいった仲間たちの腐臭が、尚更彼らの戦意を削いでいった。ギリギリのところで踏みとどまる彼らの心を折るのは、きっと至極簡単なことなのだろう。
「後続の法術部隊が援護してくれる手はずだったのに、それがなかった。つまり、俺たちはもう用済みなんだろ。この前線は放棄されたんだよ…」
小銃に弾丸を込めながらそう呟くやつれた兵士は、その銃口を自分の額に押し付け、引き金に指をやる。しかし、結局引き金を引くことはなく、力なく小銃を地面に放り投げる。
生き残る可能性は絶望的、かといって、その兵士は自分から命を投げ捨てる勇気を持つことはできなかったのだ。
「敵がこのまま攻めてこなくても、その内にここいらは屍喰らい共で一杯になる。それにこちらは負傷者が多数いる上に、治療魔法が使える衛生兵は死んだ。撤退なんてままならない。敵兵に撃ち殺されるか、屍喰らいに食い殺されるか……」
戦場跡に出没する悍ましい怪物、屍喰らいは、人々から忌み嫌われる魔物の一種だった。犬のように死体を貪り食らう奴らにとって、死体の山である戦場は格好の餌場なのだ。
死臭に惹かれてやってくる奴らは、武装した兵士でも危険な相手である。疲弊した彼ら兵士たちにとっては、屍喰らいに襲われるのはあまりにも致命的だった。
「…な、なあ、なんか聞こえないか?」
「あぁ?何が聞こえるって?」
「ほら…なんというか、地面が振動しているような…」
兵士の一人が塹壕の土壁に耳を当て、目まぐるしく血走った瞳を右往左往させる。そして、その音の正体に気づき、周りの仲間に警告を発しようとした時、戦場にいたカラスたちが一斉に飛び去った。
何百羽というカラスたちの鳴き声に混じって、飛来する空気を切り裂く音。それは最前列の塹壕に着弾すると、大きな爆発を引き起こした。
爆発と共に飛び散る血肉の雨の中、爆発から生き延びた兵士たちは、何が起きたか理解できない様子でいたが、後ろの列の塹壕にいた兵士たちには、それが見えていた。
砂塵の中、履帯を軋ませながら前進する鉄の塊。龍と交差する二本の槍を携えた紅い旗。それは戦場に横たわる死体の山を踏み越えて突き進む、20両近い数の戦車部隊だった。
履帯の両側の備え付けられた主砲が火を吹き、最前列の塹壕に更なる砲撃が加えられる。中には必死に小銃で応戦する者もいたが、戦車に通用するはずもなく、すぐに蹂躙されていった。
敵は本気で彼らを潰しにきたのだ。戦車の履帯は容易く塹壕を乗り越え、一つ、また一つと塹壕を乗り越えては蹂躙を繰り返していった。
そんな一方的な殺戮の中で、先ほど自殺を試みたあの兵士が呆然と空を眺めていた。吹き荒れる砂塵の中、空高く飛翔するものを見つけたのだ。
(あれは何だろう……鳥?いや、もっと大きい何かだ)
その兵士は、次の瞬間には砲火にさらされ微塵に吹き飛ばされていたが、必死に抵抗する他の兵士の幾人かも、その空を飛翔する何かに気がついていた。
硝煙と血に塗れた戦場の空を飛ぶそれは、大きな翼を羽ばたかせる飛竜だった。ただし、野生ではなく、軍用に調教された飛竜だが。
竜空艇と呼ばれるそれには、下腹部に大きな船体が取り付けられており、沢山の人員や物資を運ぶことができると軍に重用されていたのだ。
その竜空挺は、あるものをこの戦場に運んできたのだ。竜空挺の飛竜は、一声大きく雄叫びをあげると、船体の両側のハッチが開いていく。
そして、その開いたハッチから、無数の影が地上へ飛び降りていった。その影が身につける風になびくマントには、首輪を付けられた狼の紋章が刻まれていたのだった。
ーー
「射角修正、11時方向、ー21」
車長の指示に従い、右舷の砲手がクランクを回して砲塔を旋回させる。そして、逃げ惑う兵士へ照準を合わせると、そのままトリガー。
砲口から放たれた57mm榴弾が塹壕ごと兵士を吹き飛ばし、土埃と血肉の混じった雨を降らせる。砲手は少しだけ表情を歪ませたが、すぐに次弾の装填に取り掛かる。
砲手が再び照準器から車体の外を覗き込むと、やはりそこには目を背けたくなるような光景が広がっていた。
それを作り出したのは彼らではあるのだが、戦争だと割り切っていても、戦意をなくした敵をただ追い立てるというのは気分のいいものではなかったのだろう。
それに対して、戦車を操る操縦手は冷静な表情をしているものの、興奮しきっているのが分かる。自分の戦車が敵を蹴散らしていく感覚に、酔っているのかもしれない。
「ははっ、奴ら蟻の子のように散っていくぜ。情けないったらありゃしないな」
操縦手が軽薄な笑いを零しながらアクセルを強く踏み込む。戦車のエンジンが唸りを上げて履帯を回転させ、次々と塹壕を乗り越えていく。
すると一瞬、車体が浮かび履帯が何かに引っかかる。しかし、その抵抗も文字通りに一瞬で、すぐに履帯は回り始める。恐らく、履帯が敵兵士をすり潰したのだろう。
わざわざ車体を痛めるようなことを…と、砲手は口にしかけたが、それを飲み込んで再び照準器へと向かい合う。
『こちら、ATー1。各車両に通達。本戦域に不審な魔素反応を確認、警戒されたし。オーバー』
「…こちら、ATー3、ロジャー。警戒を厳にする、アウト」
車長が念導通信機から響く指揮官機からの指示に返答する。そして、車長は車内に備え付けられていた魔素探知機を使用して、周囲の警戒を強める。
魔法を使用した際や、魔物が発する魔素。戦車は弾丸や爆発に耐えれても、魔法まで完全に防ぐことは難しい。だから、こういう探知機は、事前の回避運動に必須になる。
車長は暫く探知機を弄りながら、淡々と指示を出し続けていた。しかし、その表情が突如険しいものへと変わる。
「魔素反応を検知!…パターンは赤、かなり強力な魔物だ!」
車長の声に、車内に緊張が走る。何故なら、もしもその魔物が戦車でも太刀打ちできないような化け物だったら、戦線は混沌と化してしまうのだから。
戦車は魔法が使えない者でも、化け物とも対峙できる優れた兵器ではある。しかし、化け物というのは人の手に負えないからこそ、《《化け物》》なのである。
「操縦手っ!全速力で後退しろ!この反応の座標っ…空から来るぞ!」
車長の指示が飛ぶや否や、戦車の履帯が急速に回転を始め、勢いよく後方へと走り出す。その時、油断なく照準器から外を警戒していたもう左舷の砲手は、あるものを目撃した。
それは砂塵舞う空を翔ける飛竜。そして、吹き荒れる風にも怯まず飛び続ける飛竜に、船体や尾翼が取り付けられているのを見て、砲手はすぐに悟った。
「車長、あれは竜空挺です!敵の増援が空からっ…!」
立て続けに響く地響き。突如、空から何かが飛来し、それが彼らの戦車の目の前に落ちてきたのだ。地面が抉れるほどの勢いで飛来したそれは、暫く土煙に紛れていたが、すぐに姿が露わになる。
空から飛来したそれは、"騎士"だった。戦車の装甲にも差し迫る分厚い鎧。しかし、その鎧は煤け傷つき歪み、纏うマントも擦り切れてボロボロだった。
だが、その騎士が両手に持つ武器は、盾と剣みたいなありふれたものではなく、とても"騎士"と呼べるようなものではなかった。
右手には血錆びに塗れた大きな斧。左手には複雑な機構が組み込まれた槍のようなものが取り付けられていたのだ。
「なんだありゃ…鎧を纏った騎士?時代遅れにもほどがあるだろ!」
初めはその得体の知れない騎士にビクついた雰囲気だった操縦手だったが、騎士が時代遅れの甲冑に、斧や槍のようなものしか手にしていないのを見て、急に強気になる。
だが、車長は感じ取っていた。騎士の纏う異常な気配を、あれがとてつもなく危険な存在であるということに。
「左舷、右舷砲塔、射撃体勢!目標、前方127m。あの化け物だ!」
「りょ、了解!」
車長の指示で、戦車の左右に備え付けられた砲塔が、前方の騎士へと向けられる。当然、装弾済みで車長の指示一つでいつでも発射できる状態である。
しかし、落下したままの体勢でピクリとも動かなかった騎士は、自身に砲口を向けられたことを察したのか、ゆっくりと戦車へ向けて歩き出す。
戦車という、歩兵にとっては絶対的ともいえる戦力差など、まるでどうでもいいと言わんばかりに、騎士は揺るがず正面から戦車へと歩み続けるのだった。
「こいつ…自分が狙われてるってことが分かってないのか…⁉︎」
「あれをただの騎士だと思うな!先ほど検知した魔素反応は…そいつから発せられたものだ。そいつは人間なんかじゃない、確実に頭を吹き飛ばすんだ。撃て!」
左右の砲塔が火を吹き、放たれた榴弾が騎士に炸裂して大きな爆発を引き起こす。潜望鏡を通じてその様子を見ていた車長は、焦りを含んだ声色で更なる指示を出す。
「操縦手、もっと距離を取れ!右舷、左舷砲手は弾頭を対歩兵近接散弾を用意しろ!奴に取り付かれたら一巻の終わりだ」
「はっ…?何言ってるんですか、車長。砲弾は確かに命中して…」
しかし、操縦手はのぞき窓から見えた…戦車の砲撃を受けてなお、平然と立ち尽くす騎士を見て、車長同様に表情を変える。
爆炎の中を少しずつ戦車へと歩み寄る騎士の周りには、青白い壁のようなものが形成されていた。恐らく、それが戦車の砲撃から騎士を守ったのだろう。
その騎士が確かな脅威であることを認識した操縦手は、戦車を急速にバックさせて距離を取り、砲弾を再装填した砲手が、再びその照準を騎士へと合わせる。
そして、火を吹く砲口。だがやはり、その砲弾も騎士の障壁に阻まれて、騎士の歩みを止めることはできない。
「な、なんなんですかあれは…一体あれはなんなんですか⁉︎」
「落ち着け!すぐに次弾の装填を急げ!」
しかし、その隙を待っていたかのように、障壁を解いた騎士は獣のように身をかがめると、大鎧を身にまとっているとは思えぬ跳躍力で戦車との距離を一気に詰める。
そして、左手に装着されていた複雑な機構を携えた大槍。それが、まるで弓のように槍を引き絞り、変形する。騎士は左手を大きく振りかぶると、それを戦車の前面装甲へと突きつけた。
機関部が激しく唸り、炸薬が弾ける。大きく引きしぼられていた槍は凄まじい勢いで射出され、戦車の前面装甲をいとも容易く貫いた。
装甲、内部機構を貫いた槍の先端は、そのまま戦車の操縦手をも穿ち、操縦手は声をあげる間も無く絶命したのだった。
その時、車長は見た。騎士のはためくマントに刻まれた、首輪をつけられた狼の紋章を。そして車長は、その紋章の意味も知っていた。
(隷属を意味する首輪、それを付けた狼…やはりあれは単なる噂ではなかったのか……!)
「ひ、ひいっ…⁉︎」
操縦手が槍に貫かれたのを目の当たりにした左舷の砲手は、恐怖に顔を引きつらせ、声にならない悲鳴をあげていた。しかし、車長はすぐに絶命した操縦手を席から退かすと、アクセルペダルを強く踏み込む。
戦車の履帯が力強く回転し、車体が騎士から離れていく。騎士は引き抜いた槍を再び引き絞りながら、その様子を見ているだけだった。
俄然落ち着いた様子の騎士に対して、車長は必死に騎士から距離を取ろうと考えていた。他の戦車と連携すれば、この化け物も倒せるだろうと、そう考えていたのだ。
「こちらATー3!現在、正体不明の敵兵器と交戦中、至急援護を求む!繰り返す、こちらは…」
『こちらATー8!履帯がやられた、これ以上は…くそっ、取り付かれたぞ!何とかして降り落とせ!』
『ATー2、ATー5、大破!駄目だ、誰か助けてくれっ!誰かっ……』
念導通信機から聞こえてくる味方機の悲鳴に、車長は呆然とした表情を浮かべていた。そして、潜望鏡を通じて周囲を見回すと、車長は更なる絶望に襲われた。
周囲に展開していた20両近い戦車の大部隊。その半分は既に動かぬ鉄塊と化し、残りはあの何人もの"騎士"たちに屠られている真っ最中だった。
今、彼らが対峙していた騎士と同じく、重厚な鎧と騎士とは呼べないような粗雑な武器。それを乱暴に振り回し、戦車の装甲を引き剥がし破壊していく様は、餌によるアリにも似ていた。
「何なんだよこいつらっ…⁉︎こんな奴らがいるなんて…聞いてないっ!」
「くそっ、もう一体こっちに来たぞ!早く迎撃しないと…車長、指示を!」
「……」
指示を求める砲手たちの声は、もはや車長には聞こえていなかった。車長の頭の中には、彼が見聞きしたある噂のことが渦巻いていたのだ。
よくある戦場を渡り歩く風の噂。魔法だけでなく、銃や戦車が戦場を闊歩するようになったこの時代で、古臭い甲冑を着込んだ部隊がいると。
どれだけ砲火にさらされようと、魔法でその身を焼かれようとも、決してその歩みを止めない。彼らには、決して外すことができない隷属の枷があり、それが前進を強要するのだという。
かつては一世を風靡した"騎士"、しかし、今や戦争の道具と成り果てた"騎士のなり損ない"。ある者は、そんな彼らを皮肉にこう呼んだという…"奴隷騎士団"と。
「あ…」
装甲が破壊され引き剥がされる金属音に、車長は我に帰る。そして、腰にさしていたリボルバーを引き抜き、撃鉄を起こす。だが、今更そんなものが何の役に立つのだろうか。
砲手二人も、もはや抵抗する気すらも挫かれたのか、怯えた表情で戦車が破壊されるのを、ただ待つばかりだった。
先ほどまで聞こえていた友軍機の念導通信も、もう何も聞こえない。きっと、彼らも既にやられてしまったのだろう。車長は、自分もここで死ぬということを、既に受け入れていた。
しかし、彼も軍人の端くれ。ただ殺されるよりは、せめて最後に一矢報いてやろう。彼はそう考えていたのだ。車長はリボルバーを構えて、静かにその瞬間を待っていた。
騎士の斧が叩きつけられる音が何度も車内に響き渡り、戦車の天井がひしゃげていく。そして、遂に上部ハッチが無理やりこじ開けられ、外の光が戦車内へと入り込んだ。
その瞬間に、車長はリボルバーをこじ開けられたハッチへと構え、トリガーを引く。その弾丸は、ハッチから中を覗き込んでいた騎士の頭に命中すると…容易く弾かれた。
衝撃だけは伝わったのか、騎士は僅かに動きを止めるが、すぐに斧を持つ手を振り上げる。その様子を車長はリボルバーを構えたまま眺めていた。
自分の最期の足掻きすらまるで通用しなかった。傷一つ合わせることはなかった。その事実に、車長は絶望を通り越して、笑いすら込み上げてきていた。
そんな虚ろな笑みを見せる車長に、やはり騎士は無慈悲に、その斧を振り下ろす。そして、飛び散った血飛沫が、騎士の鎧を紅く染めるのだった。
ーー
太陽は既に沈んで数時間、僅かな月明かりのみの薄暗い夜の戦場跡。しかし、そんな夜闇の荒野の中で煌々と輝く灯。
それは、先ほどまでこの前線で戦っていた兵士たちと、後から到着していた増援部隊が設置した野営地だった。
急場で設けられた野戦病院には、沢山の兵士が傷に呻き声をあげ、士官達が集うテントでは、大損害の責任のなすり付け合いが行われていた。
そんな喧騒に包まれた野営地から少し離れた場所に、別に設けられた小さな野営地。そこは、先ほど戦車部隊を迎撃した、あの"騎士"たちの野営地だった。
その野営地の中に一列に並べられた騎士の甲冑、そこには鎧にこびり付いた血糊を丹念に拭き取り、甲冑の整備を続ける一人の青年がいた。
容姿は何処にでもいる好青年、髪の毛が半ばまで白髪だということと、首に取り付けられた"枷"を除けばの話だが。
甲冑の関節部分や、内側の駆動部にオイルを差し込み、背部の小型タンクに原動力たる魔素を充填する…ただの甲冑ならば、こんな整備は必要ない。しかし、これはただの甲冑ではなかった。
これを造りだしたものは、"魔導外骨格"と呼んでいた。曰く、技術と魔術が合わさり産まれた、最強の個人兵装らしい。
この世界は、神がもたらした魔術を信仰する"法の国"、人の技術を信ずる"火の国"、そのどちらにも属さない中立国に分類されていた。この魔導外骨格を造りだしたのは、とある中立国だった。
数十年前までは、古めかしい火縄式の銃しか持たなかった"火の国"。当然、古来より圧倒的な力を誇る魔術を操る"法の国"には、足元にも及ばないのが現実だった。
それが今や戦車や飛行船をも造りだす技術大国となっていた。その革新の裏には、別の世界から呼び出された外国人がいたと噂されていた。
熾烈を極める"火の国"と"法の国"の争い。魔導外骨格は、そんな戦争による技術の躍進の中で産まれたのだ。
しかし、魔導外骨格には致命的な欠点があった。それは、常人では起動させることすらできない、という点である。魔導外骨格の運用には、装着者が多量の魔力を含有するものでなければならなかったのだ。
だが、あるものがこう考えた。どうにかして魔導外骨格を運用するには、それに適した装着者も造りだす必要があると。
その結果が、今、魔導外骨格を整備するこの青年であり、他の甲冑の装着者たちだった。一体、彼らは何を施されたのか、それは彼ら自身しか知らない事実だった。
「おい、小僧」
青年が最後の一体の整備を始めたところで、青年と同じく、髪の毛の大半が白髪になった中年の男が、青年の後ろから声をかける。
青年はその男に対して少しだけ振り向くと、また作業を始める。男はその様子を見て、やれやれといった風に肩をすくめるのだった。
「No.53、お前も少しは休め。明日はまた別の戦線に行くんだからな」
「…この整備が終わったら休む。そういうNo.8は横にならなくていいのか?」
「俺はNo.23とNo.37を待たなくちゃならん。暫くは寝たくても寝れねーよ」
No.8と呼ばれた男は、工具類が収められたトランクケースに腰をかけると、タバコを加えてそれに火をつける。そして、No.53と呼ばれた青年は、手を休めることなく作業を続けるのだった。
彼らは互いを名前では呼ばない。首につけられた"枷"の番号、それが名前の代わりだったのだ。
「No.23とNo.37は何処に?」
「哨戒任務だ。戦場跡に獣除けの香をばら撒いてはいるが、それでも屍喰らいどもがやってくるかもしれないから歩哨を出せ、って言われたんだよ」
忌々しい無能士官どもが、と悪態をつきながら、No.8は口から紫煙を吐き出す。No.53は、そんなNo.8の様子に薄い反応を返しながら、最後の一体の整備を終えるのだった。
「ああ、休むならあっちのテントに行きな。そこのテントは"新兵"専用だ」
「…そうか、ちょうど切れる頃合いなのか」
野営地に幾つか設置されたテント、その中で一番手前にあったテントには、まだ戦場にでて間もない新兵たちが休んでいた。
しかし、実際には休んでいるのではなく、全身を鎖で拘束され猿轡までされて、簡易ベッドの上で転がされているのである。
暫くすれば、そのテントの周りには新兵たちの呻き声が響き渡ることが分かっていたNo.53は、そのテントから一番離れたテントへと足を向ける。
No.53がテントの入り口をくぐりテントの中に入ると、既に何人かの男たちが簡素なベッドで身を休めていた。
「よお、整備は全部済んだのか?随分時間がかかってたみたいだけどさ」
No.53が空いているベッドに腰をかけようとすると、隣のベッドで寝転がっていた、まだ年若い男が声をかけてくる。その男の首の枷には、No.41と刻まれていた
「…一人でやったんだから時間もかかるに決まってる」
「他の当番はどうしたのさ」
「一人は新兵で隔離テント行き、一人は…戦死した」
No.53は淡々とNo.41の問いに答える。No.41はその答えに、何か思い出したのか、微妙な表情をするのだった。
「あー…そりゃご愁傷様だったね。今日、逝ったのは誰だっけ?」
「No.29。彼はもう限界が来ていた。興奮剤もさして効いていないようだったし…何より心が折れかけていた。アーマーに搭載された障壁魔法が、使用限度にも達してなかったのがいい証拠だ」
「そうか、逝ったのはNo.29か。まあ、あれはもうしょうがないってやつだよ」
No.41は、どこか達観したようにそう呟く。彼らは普通の歩兵よりも強力ではあったが、それでも戦場では頻繁に戦死者が出た。
彼らは決して無敵の存在ではなく、弱点や欠点は思いの外多いのだ。
「明日は東部戦線送りか…下っ端は辛いねぇ」
薄っぺらい毛布に包まって、文句を垂れるNo.41。だが、その言葉とは裏腹に、どこか嬉しそうな声色だった。
No.53は知っていた。No.41は、口ではああ言っているものの、本当は戦いたくて戦いたくてたまらない、戦争中毒なのだ。
元からそうだった訳ではないのだろう。きっと、度重なる極限状態と投薬の影響で、そういう性格にならざるを得なかったのだ。
魔導外骨格の基本運用は、最前線での突貫。その防御力と突進力を活かして、強引に敵の前線を突き破る。
当然、突貫の際は弾丸や魔法の雨に晒される。とても並大抵の精神では、足を踏み出す事だったできないだろう。
そのために、戦闘を開始する前に、彼らには興奮剤が投与される。恐怖を打ち消し、戦闘意欲を高めるために、強力な薬を用いるのだ。
特に新兵には、通常よりも多量に投与される。それ故に、戦闘の後には、凄まじい後遺症に悩まされるという訳である。
新兵らが別のテントに隔離されているのは、後遺症で暴れ出したり情緒不安定になる者が続出するからだ。だから、予め拘束しておくのだ。
(俺はもう、後遺症があまり感じられなくなってきたけど…薬が体に馴染んでしまったのか。それとも、後遺症に慣れてしまったのか)
No.53が自分の髪の毛を少し摘むと、ボサボサの髪の毛が一本抜ける。その髪の毛は、半ばまで白色に変色していた。
髪の毛の白髪化。それは魔導外骨格の着用と投薬の影響だ。髪の毛が全て真っ白になると、それは身体的、精神的限界を意味する。
No.53の髪の毛は、半分ほどが白く染まっていた。限界までの間隔は個人によって差があるが、No.53はどちらかというと短い方だった。
(あとどれくらいだろうか。一年か、それとも三年?いや、もしかしたら半年もないかも……まあ、気にしても仕方ないし、気にしたところでどうしようもない)
No.53は自分のベッドの上に横になり、目を瞑る。できることなら眠ってしまいたいが、中々そういうわけにもいかない。
興奮剤の後遺症は、あまり感じられない代わりに、その効力が中々治らなくなっていたのだ。No.53もNo.41と同じような戦争中毒、戦いたくて仕方がなくなっていたのだ。
それでも体の疲労は嫌でも溜まる。無理してでも休まなければ、いざという時に体が動かなくなってしまう。
そうやって寝付けずにベッドの上で転がっていたNo.53の耳に、遠くから苦しげな呻き声が入ってきた。きっと、新兵たちの興奮剤が切れたのだ。
苦悶の叫びをあげる新兵たちの何割かは、そのまま後遺症で死に至る。耐え抜いたものは"奴隷騎士団"の一員として、いくつもの戦場を渡り歩くことになる。どちらに転んでも地獄だ。
No.53は自分が新兵だった時のことを思い出そうとするが、頭に靄がかかったように、上手く思い出す事ができない。
まだ一、二年ほど前の出来事だった気がするのに、あまり記憶に残っていなかった。だが、それすらもNo.53は、さして気にしていなかった。
いや、それは彼だけではなく、"奴隷騎士団"の団員皆、同じだった。過去より今を、明日をただ生き抜く。遅かれ早かれ、限界が来れば死ぬのだから。
昔の自分に追い縋るような者は生き残れない、それが彼らが戦場で学んだ事だったのだ。
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