羊飼いは、見つけた
六月の夕暮れに僕は、とんでもない光景を見てしまった。崖の上の聖堂からセトの海に身を投げる、もとい、投げ落とされる花嫁の姿を。
―――ヴィヒマ・バハベルテッドロードの手記より
散りゆくチェリーブロッサムの花びらでも眺めるように、ヴィヒマは落ちゆく白い光をぼんやりと目で追った。
特に見たいものがあったわけではなかった。その方角は鑑賞に値する優美な夕陽が沈む方角ではなかったし、眩しさから目を背けるにはうってつけの方向でもなかった。こんなに離れたこの場所に、小さな波音だけが規則正しく流れている夕凪の磯に、その方角から海鳥の鳴き声が聞こえてきたわけでも、まして誰かの悲鳴が聞こえてきたわけでもなかった。
ただ、なんともなしに腰をおろし、なんともなしにそちらの方向へと目をやった先で、彼は見つけたのだ。
海に突き出た断崖絶壁の上にそびえ立つ、豪奢な聖堂。そのテラスのひとつに、ふわふわした真っ白な光が身を乗り出しているのが見えた。かと思うと次の瞬間、押し寄せてきた物々しい雰囲気の人影たちによって、白い光は海へと投げ出され――
後々よく思い出してみればこの時は、水平線より親指ひとつ上の夕陽が世界を黄金色に染めていたのだから、それなりの色だったに違いない。
けれども奇妙なことに、ヴィヒマの目には確かにこの上なく真っ白な光が舞い落ちていくように見えた。類い希なる屈強さと気高さ、それでいて、どこか手を差し伸べずにはいられない脆さと引力を感じさせる、小さなひとひら。
そして時の終わりに。白い光は水面へと吸い込まれ、彼の目から消え失せた。
―――だから彼は、自分が泳げなくなった身であることも忘れて海に飛び込んだ。