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マミという少女

「あななたち、どこから来たの?」と、その少女は聞いてきた。

「僕たちは、東京という街にいたはずだったんだけど、なぜかこの世界に来てしまった」

「何言ってんの? ここ東京だよ」と少女は不思議そうな顔をした。

 え? いったい、どういうことなのだ。僕が知っている東京は、間違いなくこんな摩訶不思議な街ではない。人々は普通の洋服を身にまとい、話す言語は日本語の標準語だ。

「なんか、すごく不思議。あなたの話している言葉、聞いたことがないのに意味がわかるの。これって、どういう技術なの? 同時通訳的な何か?」と少女はさらに続けた。どうやら、我々が感じている違和を相手も感じているようだ。


「どっちにしても、そんな格好してたら、おまわりさんに職質されちゃうよ」

「だから、この店で服を買おうと思っているんだけど」

「ふうん。でも、そんなひどい服のセンスじゃ、どれ選んだらいいかわかんないでしょ。アタシが選んであげるよ」

ひどい服のセンスも何も、僕はよくあるグレーのスーツだし、ミスズも年齢のわりには大人っぽいシンプルな赤いワンピースでなのだ。センスを問われるものではない。

とは言え、おそらくここは僕たちが今まで暮らしていた世界ではない。このお節介な少女に頼るしかなさそうだ。それに、この世界でまともな会話をした人物は、この少女が初めて。何かしらの情報を得るための足がかりになるなるかもしれない。


「ありがとう。じゃあ、見立ててもらうかな、君に」

「マミ」

「え?」

「アタシ、マミっていうの。よろしくね」

 マミと名乗ったその少女に導かれ、ユニクロ(のような店)に入っていくことにした。店内にいた客、店員たちは僕たちを見ると、ギョッとした表情をして好奇の目を向けてきた。そもそも全員似たような異様な格好をしているから、客だか店員だか区別がつかないのだが……。


 僕は急いで手近にあった服を手に取ったが、タグを見るとSサイズのようだ。もちろん日本語ではないけども。いろいろ物色した挙句、Lサイズと思しき服を選び、手に取った。

「何やってんの。それインナーだよ?」マミはそう言って僕の袖を引っ張った。

「ええええ……。マジか。ぜんぜん区別がつかないよ」と僕が言うと、マミはやれやれといった感じで両手を広げ、こう言った。

「とりあえず、ミスズちゃんの服を先に選ぶよ。てか、服濡れちゃってるじゃない。早く着替えないと風邪ひいちゃうよ」

マミはそう言うと、ミスズの手を引いてキッズコーナーに連れて行った。ひとり残された僕は、手持ち無沙汰で何をしたらいいのか皆目見当がつかなかった。そこに声をかけてきたのが、女性店員だった。


「お客様、なにかお探しでしょうか?」

 一七三センチの僕と同じぐらいの身長の、その女性店員は微笑みながら言った。何かお探しもなにも、洋服店にいるのだから洋服に決まっている。あたりを見渡す余裕が出てきたせいなのか、僕は女性店員の姿をまじまじと見つめた。そして、目を逸らせた。なぜって? 細身のスタイルながら、豊かな乳房が強調されたキテレツな服を着ていたからだ。そりゃ目のやり場に困るだろう。

「あ、いや、その……、洋服を……」と僕は答えた。おそらく、目が泳いで挙動不審な受け答えに感じただろう。恥ずかしい。そんな僕の様子を訝しむような視線を、下のほうから感じた。ミスズだった。


「なにキョドってるの?」

「べ、別にキョドってなんかないよ。っていうか、変な服着てるな、なんだそれ」

「これが流行ってるってマミさんが」

 ミスズが着ている服は、アシンメトリーというのだろうか。左右非対称で、ボタンも掛け違えたような留め方になっているデザイン。幾何学模様のようなプリントが服全体にあしらわれて、なぜか、へその部分だけくり抜かれて露出している。ミスズの肌の白さにドキッとした。


「いや、そんなお腹出して寒くないの?」

「このまま外に出るわけないでしょ。バカじゃないの?」と、マミが割り込んできた。「アウターも買ってあげなさいよね、パパ」

「いや、パパじゃないし」

「え? 違うの? じゃあ、どんな関係なのよ。まさか……」とマミは怪訝な視線を向けてくる。

「じ、事情は後で話すから。洋服買ったら」

 僕は、しどろもどろになりながらマミに説明した。別にやましいことは何もないが、痛くもない腹を探られると本当に痛い気になるものだ。とりあえず、僕とミスズのぶんの洋服代を支払い、ミスズとマミを連れて店を後にした。これまで着ていた、くたびれたグレーのスーツとミスズのワンピースを入れた袋を手に。


        *


「ねえねえ。服のコーディネート代は?」マミがニヤリと笑みを浮かべて僕を覗き込んできた。

「か、金取るのかよ」

「アタシ、お腹空いちゃったな」とマミは屈託のない笑顔で言った。「ミスズちゃんも何か食べたいでしょ?」

「うん」とミスズも同意した。

「はいはい、わかったよ。どこかレストランにでも入ろう」

 そういえば、こっちの世界に飛ばされてから、なにも口にしていないことに気がついた。腕時計を見ると、針は六時半を指している。すでに空は真っ暗……って、え???

「な、なんだ、あの空に浮かんでいるのは?」僕は思わず後ずさりした。これは間違いなく、地球ではない。僕らが空に見たものは、まるで空豆のような形をした緑色の天体だった。

「何言ってるの、月を初めて見たわけじゃないでしょ」とマミは不思議そうな顔をしている。いや、こんな月は見たことがない。ミスズも、空を見上げながら恐怖に顔を歪めている。

「こ、こんなの月じゃない……」思わず、僕は声を漏らした。「そもそも、おかしいだろ緑って。植物が生えてるわけでもあるまいし」

「なんか、鉱物の種類だって習った気がする。それが太陽の光に照らされて、あんな色になるんだって。てか、習わなかった?」とマミは得意げに言う。

「そ、そうか。確かに青い太陽の光が当たると、あんな色になるのか……」

「そんなことより、ごはんごはん」マミが僕の手を引いて、ファミレスのような店に入るよう促した。


 ファミレスのテーブルに、注文した料理が次々と運ばれてきた。ハンバーグ、和風パスタ、シーザーサラダ、シーフードドリア。僕たちが元いた世界と同じメニューが並ぶ。

「普通のメニューだな」

 そう僕が呟くと、マミはなにを言ってるんだとばかりに、呆れた視線を僕に向けてきた。

「当たり前じゃないの。ファミレスに入ったことないの?」

「いや、もちろんあるけど、こっちの世界では初めてだから」

「こっちの世界?」

 マミは訳がわからないと言わんばかりに、被せるように言った。「気になってたんだけど、あなたたち、ホントにどこから来たの?」

 僕は、はたして本当のことをマミに説明するべきか逡巡した。言っても信じてもらえないだろうと思う気持ちと、この世界で味方になってくれる人間がいたほうが今後のためにもよいだろうという気持ちが交差した。

「あのね、雷がドーンって落ちて、気がついたらこっちに来ちゃったの」

 僕が口を開くより前に、ミスズが答えた。

「ちょっと何言ってるかよくわからない。詳しく説明してよ」

 と、マミは僕に促した。僕は、こちらに世界に来るまでの経緯と、マミに出会うまでの不思議な感覚について順を追って説明した。顎に手を当てて黙って聞いていたマミは、説明がひと通り終わると言った。

「なるほど。この話している感覚が変なのも、そういう理由なのね。にわかには信じられないけど」

「君たちの格好を見て、これは明らかに異世界だって思った。言葉も文字も、僕らの世界とはまったく違うのに、なぜか分かるんだよね。まるで、母国語のように」

「どっちにしても、それはあんまり誰にでも言わないほうがいいかもね。変に思う人もいるだろうし」

 とマミは声のトーンを落として言った。もとより、僕もそのつもりだった。なのに、あっさりミスズはマミに打ち明けてしまったのだ。

「マミちゃんは信用できるもん」

 僕の心を読んだように、ミスズは僕に言った。

「ありがと、ミスズちゃん。それで、これからどうするの?」

「どうしたもんかねえ。まったくノープランだよ」

 僕は途方に暮れて言った。実際、これからの行動について、まったく考えが浮かばなかったのだ。


「ていうか、おじさん、家はどこなの? ミスズちゃんの家もあったわけでしょ?」

「あったけど、母親らしき人は彼女のことを知らないって……」

 と僕が言うと、ミスズは目を伏せた。

「でも、あったんでしょ、家は。おじさんは実家なの?」

「いや、マンションに一人暮らしだけど」

「じゃあ、一度底に行ってみるってのはどう?」

 確かに、一人暮らしのマンションなら大丈夫かもしれない。ただ……、

「もし、俺がいたらどうしよう」

「そんな馬鹿なことがあるはずないでしょ。行こうよ」

 マミは屈託のない笑顔で言った。そうだな。まずは、生活の基盤になる場所を確保することが先決だ。いざとなったら、新たに住まいを探してもいい。僕らはファミレスを後にして、一駅隣の街にある(はずの)僕のマンションへと向かうことにした。

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