ここは異世界なのか?
空に浮かんだ青白い二つの太陽。その大きさは、それぞれ僕の知っている太陽の半分程度の大きさに見えた。いわゆる「連星」というやつなのかもしれない。ということは、ここは地球ではないのか?
「おじさん、なんで太陽が二つあるの?」とミスズは僕に聞いてきた。
「なんでだろう。わからない……」
僕は、そう答えるのが精一杯だった。“おじさん”などと呼ばれたことについてショックを受ける余裕すらなかった。意味がわからない。さっきまで公園の東屋で雨宿りをしていたのに。しかも、理不尽なのは公園の景色は今まで見ていた景色とまったく変わりがないのだ。雨雲が晴れたら、太陽が二つに分裂し、青白く輝き出しただけなのだ。ミスズも同じ二つの太陽を見ていることを考えれば、これが白昼夢である可能性は低い。
僕は、一刻も早くこの不安を消し去りたいと考えた。
「と、とにかく、お家に帰ろう。送っていくよ」と、僕はミスズの手を取り、歩き出そうとした。
ミスズは、僕の手を振り払い「やめてください」と言った。「知らないおじさんと手は繋がない」
やれやれ。ミスズの至極当然な言い分を受け入れ、僕は公園の出口に向かって歩き出した。それでもミスズは、僕の後を恐る恐るついてきた。
幸か不幸か、公園の入口までは誰とも遭遇しなかった。さっきも歩いた公園沿いの道に出ると、ミスズはコンビニのあった(はず)のほうとは逆方向に向かって歩き出した。
「ちょっと待って。どこ行くの?」と僕はミスズに聞いた。
「電車で三つ」とミスズはぶっきらぼうに答えた。僕は仕方なくミスズの後を追った。
駅に向かう道を歩く我々の目に飛び込んできたのは、奇妙な形状の文字が書かれた不動産屋の看板だった。なぜ不動産屋だとわかったのか? よくわからない。間違いなく僕が知っている日本語ではないのに、なぜか読めたのだ。
「よくわからない」僕は首を振った。
「なにが?」
「あそこの看板に何が書いてあるか読める?」
「ふどうさんや」とミスズは言った。
「日本語って、あんな形だっけ?」
「え? あ……。なんでかな、意味はわかる」とミスズも不思議そうに僕を見つめた。
いったい、どういうことなのだろう。見たことのない文字なのに、意味が理解できるって。
駅に着くと、我々の困惑はさらに確信へと変わっていった。何かが違う。これまで生きてきた世界と、ここは明らかに異なる世界なのだ。駅を行き交う人々は、背格好や顔立ちこそ普通の人間と同じだが、着ている服が見るからに異質だった。言葉で表現するのは難しいのだが、何か違和感を覚える。時代遅れというのでもないが、現代日本の人々が着るような服ではない……ような気がする。これは、僕がファッションに疎いせいなのかもしれないが、それでも何かがちょっと違うのだ。
「なんか、みんな変……」ミスズもそう呟いた。
こちらが奇異に感じたのと同じことを、そこにいた人々も感じたのだろう。行き交う人々はすれ違いざまに好奇の目をこちらに向けてきた。
「ちょっと、これはまずいな。早くお家に帰ったほうがいいね。送っていくよ」と僕が言うと、ミスズは黙って頷いた。
ホームに滑り込んできたのは、シルバーのつるんとした卵のような列車だった。そんなデザインの列車など見たことがない。そして、どういう仕組みになっているのか、到着すると入り口の形にスッと四角い穴が開いた。
我々は恐る恐るその列車に乗り込んだ。車両内は全面ガラス張りのようになっており、外の景色を一望することができた。車内は六割程度の乗車率で、やはり異質な洋服を身にまとった人々が座っていたが、我々が乗り込むと、一斉にこちらを不思議そうな目で見つめてきた。
「これはいったい……」と僕が言うと、ミスズは首を振った。
やがて列車は静かに、出発駅から三駅進んだミスズの家がある(はずの)駅に到着した。慣れているはずの駅にも関わらず、この異様な空間への不信感からか、ミスズは左右を確認しながら、恐る恐る改札へと向かっていく。僕も、ミスズの後をついていく他に選択肢はなかった。
先ほどの公園があった駅より郊外に三駅ほど来ただけなのに、ずいぶんローカル感が増す風景だった。畑の脇を抜け、ちょっとした竹林の間の道を進んだ先に、ミスズの家はあった。二階建ての、ごく一般的な戸建住宅。これだけ見ると、特に不審な点はない。普通の郊外の住宅だ。
ミスズが呼び鈴のボタンを押したとたん、ビクッと後ずさりをした。文字では表現しづらい、奇妙な呼び鈴(と言えるものかわからないが)が鳴ったのだ。あえて文字で説明するなら「ぼわぼわ」というのがふさわしい。
「なにこれ? なにこれ……」とミスズは言った。すると、ドアが開いた。中から、ミスズの母親らしき人物が、やはり異質な洋服姿で現れた。
「どなたですか?」と、ミスズの母親らしき人物は我々に向かって言った。
「え? ママ、わたしだよ、ミスズ!」とミスズは大声で言ったが、母親らしき人物は首を傾げている。
ちょっと待て。僕は違和感を覚えて、一瞬考えた。ミスズの母親らしき人物は、我々が知らない言語を発している。にも関わらず、言っていることは理解できる。なんだこれ? いや、なんだこれ?
「えっと……、僕の話していることはわかりますか?」
「当たり前じゃないですか。それより、あなた誰ですか?」と彼女は言った。
つまり、発している言語は異なるが、互換性はあるということのようだ。ちょっと、よくわからない。
「なんですか、あななたちは。変なカッコして」ミスズの母親(?)はさらに続ける。
「ママ、わたしだよ、ミスズだよ!」ミスズは必至に訴えるが、彼女は首を傾げるばかりだ。
「ウチには娘はいません。お引き取りください」とミスズの母親はピシャリと言い、ドアを閉めてしまった。ミスズは潤ませた目を僕に向け、何か言おうとしていた。
「ちょっと、これはよくわからないな。とりあえず、出直そう」と僕は言って、ふたたびミスズの手を取った。今度はミスズも手を繋ぐことを拒まなかった。いつしか、空に輝いていた青い二つの太陽らしき星は、西へと傾きつつあった。
*
さて、いったいどうしたものか。いずれにしても、僕のスーツ姿もミスズの赤いワンピースも、この世界では浮きまくっているのは間違いない。駅まで戻る道すがら、ミスズはずっと洟をすすっていた。母親から娘はいないと言われてしまったのだから無理もない。
僕は考えていた。どうやら、何らかのきっかけがトリガーとなって、元いた世界とは異なる世界へと飛ばされてしまったと考えるのが自然だ。異世界というには、あまりにも地球と似通った世界。パラレルワールド? どうにも僕の理解を超えた現象が、僕とミスズに起こってしまったのは間違いなさそうだ。
と、ここまで考えて僕は頭から血の気が引いていく感覚に気づいた。おい、僕の仕事はどうなっているんだ? 住んでいるマンションは? 貯金は? 僕はミスズの手を引いて、少し早歩きに最寄り駅まで向かった。
駅前には、僕の給与が振り込まれる銀行の支店があった。ただ、もう夕方の五時すぎであたりは暗くなっており、銀行の窓口は閉まっていてATMコーナーの赤い看板だけが光っていた。もちろん、これも見覚えのない文字だが、お金を預け入れている銀行だということはわかる。
はたして、銀行のカッシュカードは使えるのだろうか。恐る恐るATMにカードを入れると、スッと機械に飲み込まれていき、画面に顔を見せろと機械音が要求してきた(もちろん、日本語じゃないが意味は通じる)。
画面に映し出されたカメラの楕円形の枠に顔を合わせると「認証完了。処理を選択してください」という意味の不思議な言語がATMから聞こえてきた。どうやら、使えるようだ。
残高照会を選択すると、この世界に飛ばされる前の貯金残高の数字が表示された。つまり、お金は今まで通り使えるということだ。僕は少しホッとして、当面の資金として三十万円ほどATMから引き出した。
「さて、と……」と僕はつぶやき、ミスズのほうを見た。「これからどうしようかね?」
「わからない。もうお家に帰れない……」とミスズは再び涙ぐむ。
「わかったわかった。とりあえず、おじさんの家に行ってみよう」
「変なことしませんか?」
「子どもに何をするっていうんだ。大丈夫だよ。それに、おかしなことになっているのは僕と君だけみたいだし」と僕は言い、ミスズの肩をぽんと叩いた。
いずれにしても、目立つ格好をしているのは具合が悪い。僕とミスズは、ユニクロらしき店に入って服を調達することにした。当然、ユニクロらしき店にも、あんな異質な洋服ばかり売られているのだろう。と、その時、我々の後ろから声がした。
「ねえ、なんでそんな変な格好してんの?」
僕とミスズが振り返ると、そこにはやっぱり風変わりな衣装を身につけた十六、七歳の女の子が立っていたのだった。
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