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プロローグ

 人生とは、かくも厳しいものなのか――。


 僕はこれから、僕自身に起こった数奇な出来事について、可能な限り正確に、事細かく記していきたいと思う。にわかには信じがたいことかもしれないが、これから記していく出来事についてはありのままの真実であり、脚色や演出などを加えていないことをお断りしておく。この事実を書き記すことで、僕にとって忘れ得ぬ尊い記録を残しておく目的となるだけでなく、まだ見ぬ読者諸氏にとっても、貴重なライフハックとなり得るものであると自負している。なお、この小説というか、自叙伝というか、記録集に関しては連載という体を取っているが、思い出した事柄を思いつくままに記したものとなるため、定期的に更新できる類のものではないことをご了承いただきたい。


 昨今、ここ日本では少子化が進み、二〇一八年現在では二〇代の男性のほぼ四割が異性と交際した経験がないという。つまり、最低でも四〇%の二〇代の男は童貞であるということになる。少し前から一般的になってしまった「草食系男子」という言葉もあるように、仮に女性と交際していても性交までに至らない男性も含めると、その割合は跳ね上がるのではないだろうか。

 なぜ、この国はこんなことになってしまったのだろうか。それを語る語彙を僕は持たない。ただ、ひとつ言えるのは、インターネットやSNSの進展により、人々は極度に炎上を恐れ、大胆な行動を差し控えるようになってしまったということだ。

 例を挙げるとすれば、大学のサークル内で想いを寄せている女子がいるとしよう。仮にデートに誘おうと考えたとする。しかし、相手にその気がない(もしくは、こちらに嫌悪を抱いている可能性もある)場合、誘ってしまったが最後、SNSに「めっちゃ勘違いされているんですけど助けて」などと書き込まれてしまうケースが想像される。最悪の場合、こちらの誘い言葉が記されたダイレクトメールのやり取りなどを画面キャプチャされ、晒されて笑いものになる可能性だってあるのだ。


「言いたいことも言えないこんな世の中じゃ毒」などと歌っていたイケメン俳優はどこにいってしまったのだろう。まさに今の日本社会は、こうしたリスクに戦々恐々としながら生きている人たちの集合体なのだ。

 その一方で、二〇二〇年に開かれる予定だった「東京オリンピック」は、新型コロナウイルスという未知の脅威が蔓延したことにより、前代未聞の一年延期ということになった。さらに未知の敵は猛威を奮い、人々は緊急事態宣言の下、対面での会話が極端に少なくなってしまった。

 ただし、こうした社会情勢がなくても、僕はもともと親しく交流するような友人がいるわけでもない。ましてや、女性となれば尚更だ。衰退型の草食系男子なのではない。強制的に草食系男子になってしまっているだけなのな。

 と、長々と説明してきたが、要するに今年二十六歳になる僕も、ご多分に漏れず童貞であるということなのだ。そう、童貞である。大事なことなので二回言ってみた。そんな童貞の僕がミスズという九歳の幼女に出会ったのは、つい二ヶ月ほど前のことだった。そう、ほんの二ヶ月ほど前なのだ。


        *


 晩秋の肌寒い午後、何ら成果を上げることができなかった訪問営業の帰り道、そぼ降る冷たい雨に打たれながら歩くミスズとすれ違ったのだった。ピンク色のランドセルを背負い、赤いワンピースは雨に濡れて、まるで血で染めた布のようだった。肩よりも少し長い黒髪は、まるで海から採ってきたばかりのワカメのようにペッタリと張り付いていた。その顔は、寒さのせいなのか青白いほど透けるように白く、大造りの目鼻立ちも相まって、一見するとハーフのように美しかった。

 前置きしておくが、僕は断じてロリータ・コンプレックスではない。例えるなら、捨てられている仔犬を抱きかかえて助けるように、極めて純粋な動機で自然にミスズに傘を差し掛けてやった。

「ありがとうございます」とミスズは小さく頭を下げた。

「どうしたの? そんなに濡れて。風邪をひくよ」

「大丈夫です」と言ったきり、ミスズは口を横一文字に締め、会話を遮断してしまった。

 我々はそれから無言で公園に沿った道を歩き、商店街へと向かう交差点近くのコンビニに入った。せめて髪を拭くタオルと、ビニール傘でもミスズに買ってやろうと思ったからだ。

 ミスズの唇は小刻みに震えており、心なしか紫がかっている。それはそうだ。こんなに冷たい雨に長い時間降られていたのだから。タオルとビニール傘、温かいミルクティーを買い、コンビニを出たところで、僕はふと気がついた。「こんな幼女と歩いていたら、それこそ事案じゃないか」と。

 とは言え、あのまま濡れ鼠のようなミスズを放っておくわけにもいかなかった。早いとこ、この幼女を送り届け、自分の生活に戻らなくては、と僕は思った。


 いずれにしても、ミスズの髪を拭いてやらなければならない。いったい、どこで? 僕はあたりを見回し、先ほどの公園に屋根のある東屋があったことを思い出した。この雨で公園にも人は少なく、くたびれたスーツ姿の幼女を連れた男を見咎める者はいなかった。

 その東屋は公園の池のほとりに建っており、周りを背の高い木々に囲まれているため、幸いにも人目につきにくくなっていた。

 我々は東屋に入り、木製のベンチに腰を掛けた。コンビニで買ったミルクティーをミスズに手渡し、吸水性に優れたタオルで頭をゴシゴシと拭いてやる。まだ幼くて髪にキューティクルが豊富なためか、グシャグシャとタオルで拭いても、するっと乾いてまっすぐに肩まで落ちていった。


「ところで、なんでこんな雨が降ってるのに、傘もささずに歩いてたの?」と僕が聞いても、ミスズは黙って首を振るだけだった。雨はまだ降り止む気配がなかった。


 会社に戻らなければならないけど、どうせ課長に怒鳴られるだろうな。このまま、どこかで時間を潰して直帰にしてしまおうか。そんなことをぼおっと考えていると、いきなりミスズが立ち上がって言った。

「紅茶ありがとうございました。あ、タオルも。お母さんが心配するから、もう帰ります」

「いや、それは別にいいけど、まだ雨降ってるよ。また濡れちゃうよ」

「大丈夫です。もう帰る」とミスズは言って、歩き出そうとした刹那、濡れたタイル地の床に滑り、背中から転びそうになった。

「危ない!」と、僕はミスズの背中に手を添えた。一瞬、耳元にブーンという、熊蜂の羽音のような音が聞こえたような気がした。ミスズは辛うじて体勢を立て直し、転ばずに済んだが、僕のほうを不思議そうな目で見ていた。

「何か聞こえた」とミスズは言った。「なんか、ブーンって音」

 どうやら、僕と同じ音をミスズも聞いたようだ。

「そうだね。僕も聞いたよ。蜂でも飛んでたのかな」と僕は言った。

 そして、ふと空に目を移すと、驚くべき光景が広がっていたのだ。


 なんと、雨が止んで晴れ間が広がっていたのだ。


 こんな一瞬で雨が上がることがあるだろうか。まあ、そこまで不審に思うことでもないのかもしれない。しかし、何かが違う。どこか違和感がある。それが何か、すぐにはわからなかった。

 ミスズも同じことを思っていたのだろう。僕を見上げ、不安そうな目をしている。しかし、東屋の外の景色は、いつもの公園の景色だ。


「雨がやんだね。そろそろ帰ろうか」

「うん」とミスズは小走りに東屋の外へ駆け出した。そして、空を見上げて大きな叫び声を上げたのだった。驚いた僕は駆け寄り、彼女の視線の先を見た。そして、言葉を失った。

「な、なんだこれは?」

 雨上がりの青い空に浮かんでいたのは太陽だった。青く、そして二つの太陽が。

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