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森のパン屋さんで、心もお腹もぱんぱんに!?

今回は、説明も多かったので結構な量になってしまいました。

誤字脱字も多いかもしれませんが、多めに見てくださると嬉しいです。

楽しんで見ていただけたら幸いです。


 ミーンミンミンミン....

 8月。真夏のこのクソ暑い時期に、俺たちは冒険――とは名ばかりの、旅に出ることになった。

 それまでにも、ちょっとした旅なら行ったことがあったのだが、しばらく家を留守にするような長旅は、今回が初めてだろう。


 俺とアーサーの住んでいるところは、旧フランス領土――現エレボス王国の端っこのド田舎で、家の周りには森と川しかない。

 空気や採れたての野菜、果物などは美味しいが、いかんせん不便である。


 食料は基本自給自足だが、たまに麓の町に行き、そこで調達する場合もある。

 流石に、加工食品などは自給自足じゃまかないきれない。作るのが困難なものは、そこで調達しているのだ。


 この世界では、魔王もいるし、ダンジョンもある。冒険だって、しようと思えばいくらでもできるし、事実、ドラゴン退治や魔王退治を目指して、それに熱中している若者達は少なくない。


 だが、俺たちの旅の理由は、他の冒険者のように魔王退治だ!などとはしゃぐような内容ではなく、むしろ気分をどん底にさせるようなものだった。都にいるアーサーの父――エレボス・バルド王からの呼び出しだ。


 ――俺は、あいつのことが大嫌いだ。民のためだなんだと言っておきながら、結局自分のことしか考えていない傲慢なやつさ。

 あいつのせいで、民は生活が苦しくなっているというのに、当の本人はお城で好き放題やっているんだから、本当に救いようのないクズだ。

 アーサーは、父親だからか、嫌いにはなれないようだが、それでも苦手意識は持っていたみたいだ。


 奴の前で俺が見せる笑顔といえば、奴が名前を呼ばれたときくらいだ。ギリシャ神話の暗黒の神と同じ名前だから、そういう政治しかできないんだろうな…とか考えていると、面白くて仕方がない。

 いつも、笑いを堪えるのが大変だ。


 ――いや、ちょっと盛ったな。さほど面白くなかった。


 話を戻すが、そもそも、次期王位継承権のアーサーがこんな辺鄙なところにいるのも、あいつのせいだ。


 アーサーは、普通の子の3倍は優しく、感受性豊かな子として生まれた。

 幼い頃から、みんなと仲良くするにはどうすればいいか、みんなが安心して暮らせて、幸せになれるような政治がしたいとずっと言っていた。


 無駄な殺生は、決してしない子だ。あるときなんか、ドラゴンの子が迷い込んだ時には、夕食に招待し、一晩自分の部屋に泊めてから、次の日探しに来た母親に優しく引き渡していた。


 普通の子なら、ドラゴンに怖がるか、退治しようとするだろう。実際、アーサーの弟――ヘンリーなんか、彼を倒して見せると言って、兵士から剣まで取り上げて、飛びかかろうとしていた。

 それを、アーサーが必死に止めて、1晩もてなしたのだ。


 臣下や大臣達からも慕われていて、誰とでも平等に接することのできる子。これは普通の子でも、なかなかできることじゃない。

 まして、王子だ。もっと傲慢に育ってもおかしくはなかったのに、彼はそんな風にはならず、誰かが困っていたら、自分のことなど顧みずに助けるような、立派な子に育った。


 まさに王になるべき人物。誰もがそう思っていただろう。俺も、そんなアーサーを誇らしく思っている。


 が、何故だかエレボス王は、そんなアーサーを鼻で笑い、「王の器には、ふさわしくない。」と言った。


 ドラゴンの子をもてなした直後、俺とアーサーは今いるところへ追い出された。

 あいつは、まだ8歳だったアーサーに向かって、「家に帰ってくるな、貴様はバルド家にふさわしくない。…が、もしどうしても戻りたいというなら、10年後、もう一度貴様を見て、その時ヘンリーのように立派な息子になっていたら、戻ることを許可してやろう。」と、言い放ちやがった。

 そして、俺とアーサーと乳母1人だけをそこに残し、呆気ないほど早くその場を立ち去った。


 幼いアーサーは、はたから見ても分かるほどのショックを受けていた。この時ばかりは、自分の感情を隠しきれていなかった。自分の何が父親をそこまで怒らせてしまったのか、どうすれば彼に認めてもらえるのか...。

 アーサーの悲痛な叫びは、声には出さなくとも、その全身からひしひしと伝わって来た。


 あいつのお気に入りは、アーサーより、弟のヘンリーだった。ヘンリーは、幼い頃から血の気が多く、無茶を言ったり悪さをして、いつも臣下達を困らせていた。


 が、それを何故か、たくましい子だと受け取ったあいつは、ヘンリーを大いに甘やかし、逆にアーサーには一瞥さえくれなくなっていた。


 アーサーは悲しみ、父親に好きになってもらえるように、一生懸命努力するようになった。

 あいつの好物のビーフシチューを毎日コックに習って、誕生日の日にプレゼントとして、出したりもした。

 すると、あいつは一口も口にせずそのままゴミ箱に投げ捨て、「そんなことをする暇があるなら、剣の稽古でもしてろ!愚か者!!」と吐き捨てるように言い、席を立ち上がって、その日はそれきり戻ってこなかった。


 アーサーは、とても苦しかっただろう。まさか自分の親が、そんな酷いことをするだなんて思わなかっただろうし、年端もいかない子が親のために一生懸命作ったものを、手をつけることなく捨てたりなんかしたら、泣き喚きたくなるのも当然だ。

 だが、アーサーはそんなことはしなかった。そんなことをすれば、父親にもっと嫌われ、他の人も困ることを知っていたからだ。


 彼は、城にいる間、その感情を表に出すことは一度もなかった。ずっと笑顔で全てを我慢していたのだ。父親を愛していたから…。


 俺は、今までのエレボス王の行動を思い出し、激しい怒りを感じたが、それを既の所で飲み込み、アーサーを支えること、今のまま――王になるべき器を持ったまま育て、あいつに、間違っているのはお前だと認めさせることを決意した。


 そして、乳母の(はな)さんと共に、俺たちは今の家で暮らすことにしたのだ。元来、ああいう性格だったアーサーは、すぐに馴染み、町の人々にも好かれた。


 俺は、俺なりにあの子のいいところを伸ばす努力をしたと思っている。

 実際のところは、どうかわからないが...。

 そして、約束の月日が経ち、今朝方、手紙が届いたのだ。


 気乗りは全くしないし、無視してもいいんじゃないかとさえ思ったが、アーサーは行く気のようなので、使い魔の俺にはどうしようもない。


 せめてもの抵抗として、ゆっくり時間をかけて街でも観光しながら行こうと決めたのだった。


 ――こんな機会でもない限り、ゆっくりあっちこっち観光するなんて、できないからな。


「それじゃあ、行ってきま〜す!花さん、僕たちがいない間に、風邪とか引かないようにね?」アーサーが、花さんに向けて満面の笑みを向ける。


 花さんは、心配そうな顔をして「分かってますよ。いつも気にかけていただき、ありがとうございます。王子様もお気をつけて。」と言った。こんな時でさえ、ニコニコしているアーサーのことが、逆に心配だったのかもしれない。


「やだなぁ〜。王子は止めてって言ったじゃない。アーサーでいいのに。」


「いえいえ、アーサー様は、立派な王子様にあられます。きっと、父上も喜んでくださいます。」


「…花さん、僕に父さんはいないよ。ね、ブルフ?」


 ――やはり、もう、父親だとは思えなくなってしまったか...。だが、それも仕方ないな。

「ああ、そうだな...。それじゃあ、王との謁見に行ってきます。花さんもお気をつけて。」


「…はい。ブルフ様もお気をつけてくださいね。2人とも、くれぐれも怪我だけはしないでくださいね?辛くなったら、すぐに帰ってきていいんですからね??」

 よっぽど心配なのか、彼女は散々確認した後でやっと少し安心した顔を見せた。


「分かってるよ〜。いつもありがとう、花さん。それじゃあ、行ってきま〜す。」


 と、俺たちが出かけようとした時、

「あっ!ちょっとお待ちください。」


 アーサーは苦笑しながら、「なぁに〜?花さん。どうしたの?」と優しく聞いた。


 彼女は、上等な牛皮の袋を一つ取り出した。

「奥様から、今月もいただいていますが...。どうしますか?」と聞いた。


 エレボス王の妻――王妃シャーロットは、おとなしい性格のため、あいつに逆らうことはできなかったが、それでもアーサーを気の毒に思って毎月そこそこのまとまったお金を花さんを通して、アーサーへ渡していた。


 が、アーサーは、それに一度も手をつけたことがない。半分は花さんへ、もう半分は孤児院の子どもたちへの寄付に当てていた。

 自分たちのお金は自分たちで稼げるからと、地道な仕事をこなして、多くはないが生活していけるだけのお金は自分で稼いでいた。


 アーサーは、優しいが、そのぶん負けず嫌いで、プライドも高い。これは、ずっとそばにいた俺と花さんしか知らないだろう。


「いつも通り、半分は孤児院の子達に。もう半分は、花さんの好きに使っていいよ〜。」


 アーサーは、笑って軽くそう言ったが、彼女は困った顔をした。

「ですが...そこそこの金額が有りますし、奥様が王子様のためを思って送ってくださったものです。私には、とても使えません...。」


 ――確かに、今までは花さんがそのお金で、食材や衣服を買って俺たちのために色々してくれていた。

 が、俺たちがいなくなるため、もはや、お金の使い道が無くなるのだろう。


 アーサーは笑って、「いいんだよ〜。いつもお世話になってるんだし。気持ちばかりのお礼だって〜。お金だって、使われる人のところにいた方が嬉しいよ。」

 と言い、半ば強引に花さんにその袋を押し付けた。


「悪いな、花さん。こいつは、一度言い出したらなかなか聞かない。花さんもよく知ってるだろ?」

 俺が、口を挟むと花さんはクスッと小さな笑いを漏らし、


「ええ...。そうでしたね。こんなに小さな頃から、知っていますもの。あなた様が人一倍優しいという事実の裏には、とてつもない努力と、向上心があるということも...。それでは、こちらは預かっておきますね。」


「僕は、いつもそうやって僕のこと優しく受け止めてくれる花さんのこと、大好きだよ。僕の大切な――お母さんだと思ってる。」


「まぁ、なんと嬉しいことを言ってくださるのでしょう。ええ、ええ。私だって、アーサー様とブルフ様のことを、とても愛しておりますとも。だからこそ...離れるのは寂しいものですね。」


 白髪の混じった髪を、整えながら、60近い花さんは顔をくしゃくしゃにして笑った。幸せそうな顔だ。


「なぁに、すぐ帰ってくるさ。手土産を両手いっぱいに掲げてな。その間、好きなお茶菓子でも食べて待っててくれ。俺も...その...花さんのこと...。」


 その続きを言おうとして、俺は口を噤んでしまった。


 ――ダメだ。やはり言えない...。

 こんな大事な時でさえ...。


 俺の曇った顔を見て、察したのか彼女は優しく微笑んでこう言った。「いいんですよ、皆まで言わずとも。分かってますから。しっかりと、王子様を守ってあげてくださいね。」


「ああ、任せろ。」

 責める様子も見せなかった彼女の態度を見て、俺は安堵し、同時に必ず彼女との約束を果たさねばならないと思った。

 ――誰にも、アーサーに手を出させやしない。


 その様子を見て安心したのか、花さんはふぅ〜っと深いため息をつき、「さぁ!!そろそろ行かないと、日が暮れてしまいますよ。お弁当を忘れないでくださいね?――それでは、お気をつけて。」


 彼女が玄関先まで見送ってくれたので、俺たちは軽く言葉を交わし、10年間お世話になった家を一瞥して、歩き出した。


 ここからだ。ここから、俺たちの日々が、始まるんだ――。




 しばらく、森を歩いていると、


 ガラガラガラ…。


 という音が、かすかに聞こえた。


「アーサー!!そこの茂みに隠れろ!早く!!」


 俺は、アーサーを茂みの中に押し込め、様子を伺った。

 ――まだ、誰も来ていない。


「いきなり、どうしたの、ブルフ?」


「しっ...。」


 俺は、アーサーの出しかけた頭を、また元の位置まで押し込めた。


 ――来たか。


 ガラガラガラガラガラ....。


 王家の紋章の入った馬車が通り過ぎる。

 あれは、俺たちのいた家の方向だ。

 大方、お妃が心配になって、こっそり馬車を出したってとこだろう。


 ――チッ。それにしても、あれを巻くのはなかなかめんどくさいな。ルートを少し、ずらさなきゃならん。


「アーサー、今の見たか?」


「うん。王家の紋章が入ってたね。きっと使いのものたちだね〜。」


「そうだ。だから、いつも使っているルートは使えない。森を通って、街に出よう。」


「分かったよ。」


 その後、数十分くらい歩いていると、遠くでまた馬車の音がした。

 きっと、花さんにもう出たと言われ、引き返しているのだろう。

 街での捜索が始まるだろうが、着くのはこの調子だと夜中になっちまう。その頃には、引き返してるだろうから、大丈夫か。


「ねぇ、ブルフ。いつもよりちょっと、過敏じゃない?疲れてるんなら、休もうか?」


「いや、平気だ。」


「ダメだよ〜。肩の力抜かなきゃ。そんなに気を張り詰めてたら、すぐに疲れちゃうよ?あっ...。ほら!なんかいい匂いがしてる!あっち行ってみようよ〜。」


「お、おいっ!ちょっと待て。勝手に1人で出歩くんじゃない!!」


 アーサーは、スタターと、まるで忍者のように走り去ってしまった。

 忍者は、花さんに教えてもらったが、最高にかっこいいと思う...。俺も、いつか忍びの道に――。


 ――などと、どうでもいいことを考えながらアーサーを追いかけて走っていると、1つのパン屋を見つけた。


「こんな森の奥に…パン屋?」

 俺が、不審がっていると、アーサーがニコニコしながらやって来た。


「もぉ〜。遅いよ、ブルフ。それより、みてみて!!とっても美味しそうなパンがあるよ!休憩がてら、何か食べようよ!」


「いや...しかしだな。怪しくないか?こんなところに店を作るだなんて...。」


「ひどいですね。趣味でやっているだけですよ。これでも、結構お客さんは来てくれるんです。」と、店主の(店主と言っても、1人しか見当たらなかったが)エルフが言った。


 ゆったりとした口調で、低く伸びやかなその声は、どこか余裕があり、心を落ち着かせてくれた。


「おひとつ、いかがですか?これでも、パン作りには、結構自信があるんですよ。」と、紳士的な微笑みを向けて、俺達にパンを勧めてきた。


「ねぇ、いいじゃない。せっかくだよ?美味しいものを食べなかったら、せっかくの旅がもったいないよ。それとも...ブルフは、お腹空いてなかった?」


「いや...俺は――。」


 答えるより先に、腹の虫がぐぅ〜と返事をしてしまった。しまった...。今朝は、準備に追われててろくな飯を食ってなかったんだった...。


 アーサーは、ふふっと笑って「お腹が空いてるんなら、そういえばいいのに。遠慮はしなくていいんだよ?ほら、それにすっごくいい匂い!食欲がそそられちゃうね〜。」とのんきに喋り出した。


 ――まぁ、確かに匂いはとてもいい香りがした。

 香ばしいパン特有の香りが鼻孔をくすぐる。

 不意に唾液がだんだん溜まってくる感覚に襲われ、腹の虫がまた鳴った。


「た、確かに。いつ、食べ物にありつけるかわからないし、匂いは平気そうだな。それにいつも疑ってばかりじゃ、確かに疲れてしまったりしなくもない――」


「はいはい。必死に言い訳しなくても、ちゃんと分かってるって。ほら。それよりこっちにきて、パン選びなよ。いっぱいあるよ〜!!」


 そう言われて初めて、パンを眺めた。

 確かに、たくさんの種類のパンとジャム、それに数種類のおかずもある。これはきっと、パンに挟んで食べるのだろう。

 どれもとても美味しそうで、この中から1つだけを選ぶなんて俺には到底不可能なことのように思えた。


 アーサーも同じだったようで、「うーん...。おすすめってありますか?」と聞いた。


 店主のエルフは、ふむ...。と少し考え込んでからこう答えた。


「そうですね、パンには人それぞれの好みがありますし...まぁ、それはパンに限った話でもありませんが。ですが、強いて言うならこの白パンですかね。比較的、何を挟んでも合いますし、パンの柔らかさを確認するならこれがベストです。」


 と、実際に味見用の白パンを俺たちに差し出してきた。


 アーサーはそれを受け取ると、半分に割いて、大きい方を俺にくれた。


 因みに、俺はだいぶグルメだ。まずいものを食うぐらいなら、飯なんか食べないほうがマシだと思っている。


「それじゃあ、いただきま〜す!」


 アーサーが、口いっぱいに頬張り、「おいし〜い!」と感想を述べた。


「いただきます...。」


 俺も、焼きたてのパンの香りに我慢できず、思わず一口食べてみる。


 すると、口いっぱいにパン特有のほのかな落ち着く甘みと、舌に乗せた途端、とろけてしまうようなふわふわな食感とが俺を襲った。

 そして、予想以上にふっわふわに焼かれていたパンは、少し塩っ気が効いていて、そのままでも十分美味かった。

 だが、それだけではない。もしや...この、パンの中に入っているのは――。


「マカダミアナッツ?」


 そう、俺が呟くと、店主はだいぶ驚いた顔をし、

「その通りです」と答えた。


「コリコリとした食感で、白パンのふわふわをより一層際立たせているんです。美味しいでしょう?」


 と、店主は少し口角を上げて、出会った中で最高の笑顔を見せた。この仕事に、それほど誇りを持っているのだろう。


「確かに、美味い...。このほのかな甘みと塩っけの対照的な感じもいいが...。それより、どうやってこんなに柔らかく仕上げたんだ?」


 俺が、夢中になって店主を質問攻めにすると、店主はそれまで磨いていたコップの手を止め、さも驚いた顔をした。


「エルフさん。ブルフがここまで質問攻めにするってことは、相当気に入られたんだよ。あのグルメなブルフがここまで気にいることって、そうそうないよ〜?」


 と、アーサーがニヤニヤしながら言う。


「べっ...別に、気に入ったわけじゃ――。」


「じゃあ、気に入らなかったの?」


「...その、確かに、少しは――美味かったかもしれない...。」


 俺がゴニョゴニョとバツの悪そうな顔をしながら話しているのを眺めていた店主は、しばらくしてからふっと静かに笑い出した。


「いやはや...。もう、800年近く生きておりますが、味のわかる使い魔さんなど、初めてお会いしましたね。そもそも、人間と関わることすら少なかったですが...。これは、珍しいお客様と素敵な出会いができました。」


 と言って、店主はより上機嫌になった。


 因みに、使い魔がいるのは人間だけだ。エルフや吸血鬼、ドラゴンなどは、元々魔法を持って生まれているので、使い魔など必要ないのだ。

 人間と使い魔が共存し、人間にも魔法が使えるようになってから、ひっそりと隠れてくれしていた彼らは表社会に出てきたのだ。


「そうなんです。私は、このパンをいかにふわふわに焼けるかに全力を費やしました。そのまま焼いても、十分ふわふわですが、口に入れた瞬間まるで雲を食べているような、そんなものが作りたかったのです。」


 そう言って、パンのことを話し出した店主は、店の奥からイースト菌の入った瓶を持ってきた。


「これが、イースト菌と言って、パンになる元のものなんですが、この状態の時に、魔法をかけることにしたんです。」


 と、店主は小慣れた手つきで、イースト菌をボウルに開けていく。そして、手を上にかざし増築魔法をかけた。


「ブリード。」


 すると、ボウルの周りまでの半径15センチくらいに魔法陣が浮かび上がり、彼の手から緑色の光が出て、ボウルに降り注いだ。エルフ特有の優しげな光だ。彼のメガネに、光が反射する。


 増築魔法を浴びたイースト菌は、ボウルに少量だったものがだんだん増えていき、遂にはボウルいっぱいにまでなった。


 仕事を終えた店主はこちらを見ながら、にっこりと微笑む。


「最初は、どうすればいいか悩んだのですが、ある時この方法をふっと思いついたのです。増築魔法は、簡単な魔法ですが、増える代わりに強度が下がります。あえて、イースト菌の強度を下げて、パンを柔らかくすることにしたのです。」


 そう語った店主の顔は、とても満足そうだった。つまり分かりやすく言うと、ドヤァッ!!としていた。


「なるほど...。そんな手段が...!!」


 アーサーは本当に感心したようで、自分の魔法ノートにメモをしていた。


 アーサーは、魔法はそんなに上手くない。だが、俺は素質はあると思っている。もう少し成長すれば、きっとその才能が露わになるのだろうが――。


 店主はしばし考え、そしてこう言った。


「良ければ、やって見ますか?せっかくこうして出会えたわけですし、思い出づくりとしてでも。いかがでしょう?」


 それを聞いたアーサーは、ぱぁぁぁぁ!っと顔を輝かせ「いいんですか!?」と食い気味に応えた。


 店主は愉快そうに、クスっと笑い

「ええ、君たちが構わないのでしたら。」

 と言った。


 アーサーは、ニコニコ嬉しそうな顔を披露した後、はっと我に帰りこちらを見た。じーっと、そのつぶらな瞳で。まるで、食べ物をおねだりする犬のような顔だ。俺はこの顔に弱い。


「だぁぁ!!!もう、わかったさ。好きにしろ。そんな顔するなよ、俺が止められなくなるじゃねぇか。」


 俺の許可が下りると、アーサーは一度嬉しそうに俺に抱きつき、そして店主の元へ行って手を洗った。


「それでは、手をかざして――。ボウルの中身がいっぱいになるまで増えていくのを頭でイメージして。そして、唱えます。」


「いくよ、ブルフ!!」


「おう。いつでも来い。」


 アーサーが「ブリード。」と詠唱すると、俺とアーサーの意識が一本の紐のようにつながった。そして、俺の魔力が彼の方に流れていき、魔法を完成させていく。


「わぁ、すごい!!僕にもできてるよ!見て、ブルフ!!」


「わかったから、集中しろ。」


 興奮状態のアーサーをなだめ、もう一度集中する。すると、一気に体の奥底から魔力を吸い上げられている感覚に襲われた。


「ストップ!!増えすぎです!」


 店主のその声で、ようやく我に帰ったアーサーは、俺との通信を終わらせた。気がつくと、ボウルいっぱいどころか、店のカウンターをいっぱいにしていた。


「...わぁぁ!?ごめんなさい。僕、そんなつもりじゃ――。」


 アーサーがあたふたとしながら、必死に謝罪する。が、店主は怒った様子はなく、むしろ嬉しい驚きといった感じの感情を顔に出していた。


「いえいえ、お気になさらず。それにしても...この量の魔力を使いこなすとは――。君、才能がありますね。実は君みたいなのが、将来有望な魔法使いになったりするのかもしれません。」


「そんな...。僕、いつもみんなより出来なくって、よく怒られてたんです。」


「君はきっと、自分の好きなことになら本気を出せるタイプなのでしょう。平気ですよ、君は魔法が上手くなります。今はまだ、その段階じゃなかったとしてもです。周りのいうことなど気にせず、健やかに大きくなりなさい。」


 店主は、まるで孫にでも接するかのような態度でアーサーに接し、その後大量発生したイースト菌を使って、パンを作り出した。


 しばらくして、店主が大皿に焼いた白パンを6つ持ってきた。


「どうぞ。焼きたてです。それにしても、最近の子は良く食べるんですね。私なんかもう歳なので、なかなかたくさんは食べられませんよ。」と、笑っていった。


 すると、アーサーはキョトンとした顔で


「僕たちもそんなに食べれませんよ?」


 と応えた。彼はさも不思議そうな顔をし


「それでは、いったい誰がこんなに――。」


 と質問した。アーサーは当然のように


「僕たち、3人で食べるんですよ。」とにっこり笑って応じた。


「私もですか...?」


「当然ですよ!せっかくみんなで作ったんですから、みんなで食べなきゃ!ね?僕がおごりますから!!」


「自分の店で奢られるというのも、不思議な話ですね。いや、君たちといると不思議な体験ばかりする。」


 ――といい、それでも大人しく紅茶を人数分用意した後、席に着いた。

 彼は、結構従順で、お茶目な性格なのだなとその時感じた。


「それでは!この焼きたてパンに切り込みを入れて――。お店にあったキャベツを千切りにしたものとマヨネーズを和え、そこに花さん特製トンカツをのっけます!そして、持ってきた味噌だれをかければ――。

 即席、トンカツサンド!!もう一個は、イチゴジャムと生クリームだよ〜。」


 と、テキパキと説明と作業をこなしていくアーサーを俺と店主が見守る。


「はて。トンカツ...とはなんですか?」


「ああ、日本人じゃなきゃ知らないよな。俺たちも花さんっていう、お母さん同然の人がよく作ってくれてたから知ってるんだが――。まぁ、食べればわかるさ。」


 なるほど、と頷いた店主を確認して、俺たちは手を揃える。


「それじゃあ、いただきます。」


 それに合わせ、彼も真似ていただきますをし、3人でトンカツサンドにかぶりつく。


 ザクッ。じゅわぁ〜。

 うーん...。美味い!!なんとも言えない旨さだ...。

 口の中で、熱々のトンカツがざっくりとした食感とともにガツンと、肉の強烈な旨味を残していく。そこに、味噌の甘だれが加わり、味に新たなハーモニーを加えている。


 ハフハフとしながら、さらにもう一口。がぶりっ!!

 すると、今度は油っぽいトンカツを中和してくれるシャキシャキのキャベツ。マヨネーズの風味でさらに味に深みが加わり、ふわふわのとろけるようなパンとの組み合わせも最高な一品となっている。


 ガブガブガブ...。白パンに練りこまれたナッツのおかげで、食感も対照的で面白いが、何より味噌だれとの――抜群の相性で香ばしく、甘みもより強く感じる。


 そんな調子で食べていると、あっという間に1つぺろっと食べてしまった。


「ふぅ〜。」


 顔を蒸気させ、味の余韻に浸る。

 そして、おもむろに席を立つと、

「ちょっとそこまで。」とアーサーにいい、川の方へ歩いて行った。


 ――ふぉぉぉぉぉぉぉぉ!!

 う、美味いよぉ〜!!お口の中が幸せ〜!!

 アーサー達がいる前では、いつものクールなブルフを演じているが、危なかった。あまりの美味さに、笑みがこぼれそうだったからな。


 しばらく風にあたり、気を落ち着けてから席へ戻った。すると、何かを話し込んでいた様子のアーサーと店主はピタリと会話をやめ、こちらを見た。


 ――なんだ?


 そしてふふっと笑うと、またパンを食べ続けた。

 何がおかしかったのか、気になったがあえて突っ込まないことにしておいた。こういうプライベートなことは、そっとしておいたほうがいいと何かで、読んだことはある。


 すると、店主が

「あ、トンカツとは、カツレツのことでしたか。きちっとした西洋料理が、あんな手軽にしかも美味しい変化を遂げるとは、驚きですよ。」

 と、語った。


「そうそう。僕たちも、夕飯で残ったトンカツをこうやって朝ごはんで出されたりしたんだけど、それがすごく好きでね。このパンに、きっと合うと思ったんだ!」


「ええ。確かにあなたの見積もりは、見事に命中しましたね。とても美味しかったですよ。」


「ブルフは?」


「俺も、美味かったと思うぞ。」


「そう?なら良かった!こっちのは、店主さん特製のイチゴジャムを挟んであるんだ。食べてみようよ!」


 そう言って、またみんなでパンにかぶりつく。パン本来の塩っけが、ジャムの甘さを引き立て、素朴な森の代表のような、どことなく店主に似た気品を感じる一品となっていた。


「わぁ!!とっても美味しいです!」


「うん。これも、美味いな。」


「そうですか。気に入っていただけたなら、何よりです。」


 そこからは、いろんな話をしながらお茶を飲んだり、パンを食べたり、楽しいひと時を過ごした。


「じゃあ、僕たちはこれで。」


 腹ごなしを済ませ、そろそろ出発しなければという時間をだいぶ過ぎてしまっていたので、俺たちは慌ててまた出発しなくてはならなくなった。


 店主は少し寂しそうな顔をして、

「残念です。できれば、もうしばらくあなた達とお話ししていたかった。久しぶりのお客さんで、あなた達のおかげで寂しさも紛れ、とても楽しい――充実した時間を過ごすことができました。ありがとう。道中お気をつけてくださいね。」と言ってくれた。


「はい!店主さんも体に気をつけて。」


「ええ。そうします。もし時間があったときは、またここを訪れてくださいね。」


「ああ。きっと、尋ねる。」


「お待ちしております。」


 そう言葉を交わし、店主との思い出と一斤の食パンを手土産に、街の麓を目指した。

 俺たちの旅は、まだまだ長く続きそうだ――。




<――1刻前。>


 ブルフが席を立った後、店主が微笑みながらおもむろに口を開いた。


「それにしても、あんな顔もできるんですね。さっきからずっと仏頂面だなぁと思っていたのですが、とても愛らしい顔をするではありませんか。」


 それを聞いたアーサーも、にこやかな笑顔を見せ、

「あ、ブルフはね、美味しいものを食べると顔がニヤニヤするんだよ〜。でね、すっごく美味しいとわざわざ席を立って、だれにも目のつかないところでふぉぉぉ!!って、悶えるんだ〜。きっと今頃もやってるんじゃないかなぁ。」と、相棒の秘密を暴露した。


「なんと、それは是非とも拝見したいですね。」


「あー、残念。本人は気がつかれてないと思ってるみたいだから、そっとしといてあげて〜。」


「そうですか。まぁ、食事の時間は自由ですからね。人それぞれの楽しみがあっていいと思いますよ。ただ、今度来るときは教えてくださいね?カメラを仕掛けておきますから。」


「あっ!その手があったかぁ〜。店主さんも結構悪ですね。」


「それはお褒めいただき、ありがとうございます。長く生きていると、いっぱしに悪知恵だけは働くようになるのですよ。」


「なるほど。」


 と話しこんでいると、ブルフが帰ってきたので、そこでその話は中断された。

 ブルフは、全く気がついていない様子だったので、2人は思わずクスクスと笑ってしまった。


これが、ブルフだけが知らない、店主とアーサーとのもう1つの思い出だった――。

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