第一話 ある日の朝
大きな窓から白い光が入る。
ユウは眩しいと枕に顔を埋める。
外から賑やかな声が聞こえる。
馬がパカパカと足音を鳴らす。
騒々しい。何か祭りでもあっただろうか。
なかった気がする、いや忘れているだけか?
そう思いつつも胸の鼓動が高鳴る。
動悸か、病気にでもなったか。
それとも何かの暗示か──。
うだうだ考えても仕方ない、と顔を上げる。
眩しい光に目を細め、毛布を蹴りあげた。
むくりと起き上がりベッドから降りようとした時、2人分の足が視界に入る。
「誰だ……っ、わぁっ」
言い終わるか終わらないかのうちに、パァンッと大きな音とともにキラキラ反射するセロハンやテープが降りかかる。
クラッカーを僕に向けて打った人物2人を見上げると、レイシアとナツメは満面の笑みをたずさえて言った。
「お誕生日おめでとう!一緒に素敵な日を楽しもう!」
言われて、思い出す。
──そうだ、今日は僕の、いや、僕らの誕生日じゃないか。
急いでベッドから降りて木製の安っぽい小さな棚に向かう。
背景は綺麗な青空と噴水。小さな僕と双子の兄、そしてまだ仲が良かった頃の両親が写る、これもまた安っぽい写真立てに挟まれた写真を撫でた。
後ろからわざわざお前の部屋に来てまで祝ったことに感謝しろよと声が聞こえるがそれどころではない。
十三年前、離れ離れになった君に。
「僕らも今日で十八歳だ。どうか素敵な日々を」
ぼそりと呟いていると、ナツメがチッ舌打ちをした。
ハッと振り返るとすねを蹴られた。
一瞬で痛みに足を抱え込む。
「痛い……っ」
「なんだこのちっせーの。あぁ、双子の兄だっけ?死んだのか?」
「幼いユウくん、可愛い」
ナツメは金色の髪の毛をモサモサといじると、蒼色の目で写真をのぞきこんだ。
その後ろから、クリーム色の髪の毛をフワフワさせてピンク色の眠たそうな目で、レイシアは写真をじっと見つめた。
「マオはまだ死んでないと思う。勝手に他人の兄弟を殺すなっ」
ユウは溜息をつき、すねの痛みが引いてきたところで立ち上がった。
そして2人の腕を掴んで部屋から出させた。
2人はきょとんとした顔でこちらを見る。
「着替えるから、出てってもらう」
「レイちゃんは女子だけどよ、俺は男だぜ、着替えくらい選んでやるいってぇ!」
ナツメが人差し指を立てて言った。
ユウはそれに気分を害して先ほどのお返しにと、ナツメが言い終わらないうちにすねを蹴った。
「大丈夫?」
レイシアはうずくまるナツメを見下ろしながら言った。
あまり心配していなさそうに。
ナツメは涙を浮かべた目でユウを見上げた。
「いてぇ。さすが世界一強い勇者だ」
ユウは一瞬、目を見開かせたが、照れくさそうにそっぽ向いて扉を閉めた。
ナツメはゆっくり立ち上がって照れてんじゃねぇよとレイシアの肩をつついた。
「別に、私は照れてない」
「勇者であるユウもだけどよ、真顔で言うレイちゃんも俺は恐ぇよ」
「そう」
暫く時間が経たないうちに、ユウは部屋から出た。
スーツや民族衣装を身に纏うでなく、普段の格好で。
ナツメはその服装に不満があったのか、口を尖らせる。
「今日は世界一強い勇者様の誕生日だって、盛大に祝われてるのにその格好かよ」
やっぱ俺が選ぶべきだったと後から付け加えた。
ユウは軽く首を横に振った。
「別に僕は勇者になりたくてなったわけじゃないから、正直祝われるってことがわからない」
だって光の国を巡って冒険していたのは名誉や地位が欲しいわけじゃない。十三年前離れ離れになった兄、マオを見つけ出すためだったから。
ユウは2人の横を通り過ぎ、玄関まで歩いていって振り向く。
玄関の小窓からも眩しい光が入ってくる。
「行こう、外に出よう。せっかくの宴を楽しまないなんて損だ」
玄関を開け放ったユウを祝うかのように鳥が飛び立つ。
4月の風も気持ちよく吹いて春の花が舞い上がる。
石畳の間から顔を出すタンポポや、名前がわからない小さな花も歓迎してくれているように見え、笑みがこぼれる。
屋台が真っ直ぐに並ぶ通りの奥の、いくつもの階段や山を越えた先を目を凝らして見る。
この大きな、光の国を治める国王方が住む宮殿も国旗を立て祝福を示していた。
胸が高鳴る。母はもう出店の準備で朝からいない。
探せばどこかにいるのだろうか。
こんな素敵な日なのだ、マオとも会えるかもしれない。
そんな期待をしながら、三人で街を歩き出した。