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4章はこれで終わりです。思ったより、短めです。
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母子は、ラザフォード司教が常時寝ている隣の部屋に一時、様子見となった。そこが一番警備しやすいからだって。
そして、モラさん、アンジェ、ロベルトが警備にあたるそうだ。
他の職員達に「明日から忙しくなるかも知れねぇから、休めるうちに休め」と檄を飛ばす司教。そして、俺達と同室で休む訳ね。
もう兄ちゃんが俺の脚にしがみついているんだが。兄ちゃん、アレは仕方ないって。アレは分からないよ。せめて、顔出してくれてたらな。
「ジャンー。俺、魔王にぼこられるー。殺されるぅー」
兄ちゃん、泣かないでくれよ。俺のズボン、汚れる。
「俺も一緒に謝るからさ。俺もデーモンさんが『門』越えて来た方だと思ったし」
頭撫でて、慰めるぜ。一緒にぼこられようぜ。デーモンさんの邪魔しちゃったもんな。怒るよなぁ。
「デーモンのやろーも紛らわしい格好してたからな。チビスケも間違っても仕方ねぇよ」
司教、ベッドに腰掛けて、寝る気満々ですね。シーツ、日中モラさんが換えてくれたとはいえ、いいのかな。俺、そこでさっき横になってたけど。
「しかし、デーモンさん。いいタイミングで来て下さりましたね」
悪魔出現、探知機能が常時搭載の方なのだろうか。なんて失礼なことを思ったのは内緒だ。デーモンさんは機械じゃねぇけど、あまりに精密だから、疑いたくなった。そんな機械があるなら、悪魔祓い師の仕事も相当楽になるが。
「あぁ、暗殺者モードで俺が寝ている時に襲ってきたからな。そんで火事場の報告してたら、隣で『門』出現の気配を感知したようだぜ?」
あぁ、だから顔隠してたんだ。見られたら、警邏の人なんかに捕まっちまうもんね。納得だ……じゃなくて! 遊んでないで(?)早く報告しようよ、デーモンさん!
兄ちゃんも顔をしかめていた。
「嫌な、目覚め方だね」
「自主的にデーモンがしたんじゃねぇって思いたいね。……大方、市街地でおっちゃんと出会って、言った後、俺に報告ついでにやってこいと唆されたと思うぜ」
そこは信じてあげるんですね、デーモンさんのこと。よかった、よかったとホケホケ笑うと、司教は剣呑な顔をされた。
「俺もあいつにそんなことされるほど、恨まれてねぇよ。そもそも、本気で殺す気なら、いつでもできる宣言されてるしな。わざわざ寝込みなんて襲わなくても余裕だとさ」
「本当、おっかねぇ」とぼやく司教。
――デーモンさん、人間じゃないよ?
「あれでも、丸くなった方かね? ここに来た当初、モラさんやアンジェにも容赦なく殺気飛ばしていたからな。しかし、俺も心配っちゃぁ、心配かな」
何がですよ、司教。その時に兄ちゃんがいなくてよかったと思いますよ。中央にいる悪魔祓い師並に悪魔嫌いっぽいですもんね、デーモンさん。実力あるだけに、余計性質悪いよ!!
「ジャンやチビスケって、正規の悪魔祓い師だろ? ずっとここでデーモンと同じ市街地を歩く訳で。あいつが活動し始めてから、新人って初めてだからなぁ。どう転ぶか分からんだろう?」
すみませんね、初めてが俺みたいな人外付きの契約者で! 杞憂であってもらいたいね。誠心誠意を込めて謝罪しよう。北来て、早速邪魔して、ごめんなさい!
しかし、悪魔祓い師って正規になる人、少ないんですね。デーモンさんが北に来て六、七年経ってるはずなのにさ。
「今回の悪魔……ラザフォード司教の許可なく、滅するのはよくない、とデーモンさんは判断されて捕縛されただけなのでしょうかね?」
今までの話を聞く限りでは、簡単に消滅できる御人(?)のようだからさ。二級クラスの呪術式でも、悪魔を消滅させる系にしろ、祓う系にしろ、必須項目だし。
「んー、どうだろ? さすがにモラさんとアンジェ、そんでもって一般人の前だからバイオレンスは控えたっていうのもあるだろうが。……去年の決定にも、かなり異議ありって言っていたからなぁ。悪魔化したんだから、今までの分も合わせて、後悔させてやろうって気持ちも、何割かあったのではなかろうか、とな。俺は分析しちまうが」
「そういうことに関しては、根深いようだからな」と締めくくった司教。
去年って、何ですか?
司教は掛け布団を床に敷きながら、怪訝に首を傾げた。もちろん、俺も手伝いましたが。俺の寝床ですからね。
「クリスや悪魔連中から聞いてなかったか? 去年の春くらいに出没した、悪魔化希望の契約者の話。あいつが悪魔に転化したんよ?」
さっき、悪魔達が言ってた話か。割と近々の話だったんだ。それこそ、六、七年前かと思いましたが。デーモンさんがここ、北部に来てすぐくらいの話かと、ね。
「バルトさんとデーモンさんがその契約者を殺そうとされたお話でしたね。確か、ラザフォード司教がその契約者の悪魔化を阻止された、と」
司教ってば、俺の寝床が完成したら、今度はこの部屋の数少ない家具の一つである、椅子に座っちゃったよ。背もたれに腕置いちゃってさ。ちょっと行儀悪い座り方。気にはしないけど、兄ちゃんが真似しそうだな。兄ちゃん、しちゃダメだよ。
「まぁな。それが、結局は悪魔になっちまったんだから。おっちゃんやデーモンの言う通りにすべきだったかなってちょい落ち込んじまう訳な」
えっと、えっと。俺にそんな弱気な姿、見せちゃっていいのかな? 内情をよく知らない俺に言っちゃうの? まぁ、言いやすいっていうのはあるか。今までの司教とクリスさんのやり取り見てると。クリスさんに言ったら、ハンって鼻で笑って小馬鹿にされそうだしな。
「バルトさんやデーモンさんは、どんな提案をされたのか存じませんが。最終的に、司教に同意された訳ですから。司教のことは責めないと思いますよ」
そんなこと、今さら言っても仕方ないしな。取り返せる訳でもないのだから。
司教は、俺を可哀想なものでも見る様な眼をして見てくれちゃって。下から、兄ちゃんも同じような顔して。――どうしたのよ。
「……ジャン、お前、昔から本当にいい子だな。俺は、ここで本当にやっていけるのか心配だぞ?」
「ここにいる連中はそんなに甘くないぞー。デーモンのあれだって、こんな悪魔や契約者が来たらどうするんだ、お前。死ぬぞの意味も何割かあったぞ?」
司教を励ましているつもりが、俺、怒られた?! みんなから、そりゃぁ、責められなくても、余計な仕事増やしやがってくらい言われると思っていたが。中央では、そんなことしようものなら、影口、嘲笑は当たり前でしたが。
ここでは違うのかな? やっぱり責められんの?! 司教、それで結構、落ち込んでいませんでした?
「いやー、ここ最近は、悪魔連中が哀れに見えてきてなー。人間のままだったら、人間に害をなさなければ、デーモンに酷い目に遭わされねぇのになって」
デーモンさんが、悪魔を裁く悪魔扱いされてる!? やっぱり人じゃねぇのな。
「えっと……。それなら、デーモンさんに酷い目に遭わされる前に見つけてあげた方が」
「できたら、俺も哀れまねぇ! 悪魔見付ける感知機能、あっちが上!」
うわ、そんな手足ばたつかせて、駄々こねたよ、この人。本当に二十代か?!
「司教って、感知系じゃねぇのか? やっぱ、祓い専門?」
あぁ、兄ちゃん。言わずもがなのことを。傷口に塩塗りたくってやるなよ。
「そうだよ、悪いか! 爵位持ちの悪魔とその契約者の気配、あっちの方かなってくらいしか分からんよ!」
そういう気配を薄くしたり消したりする呪術式|(おもに風系)|もありますが。それされたら、分からない人なんだろうな。実戦では、ほとんどの人がしますがね。中央でも、そういうのが分からない人は、悪魔祓い師でも珍しくなかったし。今さら驚かないが。
「だから、ここは悪魔達で補っているんだよ、兄ちゃん。同類には同類をってね」
「ふーん」と納得したのか、興味もないのか、微妙な返事をするのね、兄ちゃん。これは一昨日、クリスさんから聞いたはずなんだけどなぁ。あの時は、全無視だったもんね。仕方ないか。
「中央じゃあ、契約者の悪魔祓い師が悪魔になるって事例が、十数年前にあったそうでな。それ以来、中央での悪魔祓い師は天空神との契約者か自分自身の呪術式でやるってタイプしか認めねぇって風潮が強くなったらしいな」
天空神の信者を悪魔と一緒の契約者扱い。中央だと、怒鳴りこまれるぞ。ここは北部だから、別にどうでもいいが。
「最近では、その二つで派閥ができていましたよ。その契約者達は、自称使徒だとか何だとか言って、威張り散らしてましてね。他部署からも嫌われていましたよ」
そのことに天空神自身、頭を痛めていたが。そんなんだと解約してやろうかなって結構マジだったなぁ。
悪魔祓い師のうち、自力で呪術式を使う人達が、悪魔に転化したら、戦争は避けられないだろうなっていうくらいの仲の悪さだったよ。今は冷戦というか、天空神の預かり知らないところで火花が散っているって感じだったかな。その当てこすりもあって、俺に二級の試験受けないかって誘いがあったくらいだし。いいとばっちりだが。
「そんな状況、天空神も悲しむだろ。仲良くとまでは言わねぇが、協力して悪魔祓えよ」
天空神や兄ちゃんと同じことを言うね、司教。めちゃくちゃ呆れてますね。ちなみに、もう一柱の大地神は、契約者ならびに天空神に対してバカだねぇと笑ってましたが。悪魔祓い師達の不仲には、我関せずの態度だったかな。どっちかというと大地神って、祓われる側だし。
「……やっぱり似てますね、司教。兄ちゃんも結構似てるって思ってたんですけどね」
今、司教の服も白いからさ。髪を腰に届くくらいに伸ばして、瞳が黄色だったら、本神と間違えるほど。年恰好も同じくらいだからさ。天空神の方が、少し背が低いくらいか? 俺と司教の間ぐらいの身長だったからさ。
「……相手が天空神じゃなかったら、俺がそいつに似てるんじゃねぇ、そいつが俺に似てるんだって言ってるんだけどな。それ、じじいからも言われたが。一、二回しか会ったことねぇからよく分からんが。―――そんなにか?」
本当に嫌そうな顔をする司教。天空神に失礼でなかろうか。大地神に似てるっていわれるよりもいいと思うが。あっちの神も個性が強いというか、かなり癖のある神だったからな。
「ジャン、俺は初日から思ってたぞ。天空神に、顔も雰囲気も同じだろ?」
あー、じゃあ遠い子孫かもな。貴族出身かもね。ラザフォード司教ほどの美貌で、呪術力の高さなら、さもありなんだが。ラザフォード司教は完全に出家して、実家とのつながりも切れてるパターンのようだが。そうじゃない人もいるし。大聖堂内なら、それはオッケーな面があるからな。地方の教会なら、それはアウトだけど。
「俺は間違っても、そんなわからず屋な自惚れ共と契約かわさねぇけどな」
「司教は、神になったことないからじゃね? 誰でもはなくても、無視できない人間だっているぞ?」
兄ちゃんの言葉はちょっと重いな。実際、兄ちゃんもそうなだけに。
「……そりゃあ、俺とて、自身に助けを求められたら。手を貸すことで、状況を打破することができるなら。まぁ、そうするに、やぶさかではないが。やっぱり、それに特権階級? 選民意識? なんて持たれて、驕り高ぶられたら、いい気持ちしないぞ?」
司教も渋い顔をされておっしゃってますが。天空神が、俺達に向かって愚痴ったことと同じこと言ってる! もうすでに魂の兄弟だよ、司教と天空神! 他人じゃねぇよ!
「そもそも。巫子っていう、若い子と大地神と共有して契約交わしているじゃねぇかよ。浮気してんじゃねぇかよ。あれはいいのかと、俺は疑問を呈したいね」
十分巫子になれる年齢の司教が若い子って言うと違和感が。確か、三十歳くらいまではなれたはずだ。
巫子って、若いだけで、特別呪術式の扱いに長けた人がなるとかいう理由では就任しないもんな。王族とか貴族とかいう社会的地位の高い人が選ばれるってだけで。今は、王の腹違いの弟君……御年十七歳がされていたはずだ。俺の一個下だから覚えていたっていうのもあるが。
巫子とは俺もお会いしたことあるぜ。直接口はきいたことねぇけど。
天空神を介してのおしゃべりなら、何度かしたことはあるが。神を使いパシリにするんじゃねぇと自神は言いながらも、楽しそうだった。巫子が他人と話すのはいい傾向って大地神に漏らしていたのをこっそり大地神に教えてもらったから、余計にな。
「天空神いわく、巫子は大地神へのストッパーとしての役割が強いらしいですね。天空神と直接的に契約を交わしている訳ではないんだとか」
そのことを本神達から聞いているのもどうかと思うがな。何か知らんけど、あの神達ってめちゃくちゃフレンドリーなんだよな。人懐っこいというのかね?
「おいおい。それだと、巫子が大地神への人身御供っていうか、贄っぽく聞こえるのは気のせいか?」
虚ろな目で、俺を見ないで下さいよ。俺に訊かれても、そこまでは俺も知りません。
――って、俺の布団に横になってるんですか?! 床に敷いた布団で寝ないで下さいよ!
「司教、ベッドで寝て下さいよ! 俺が寝にくいじゃないですか?!」
俺がベッドで寝ろって? 眠れねぇ! 階級とか考えてくれよ! ラザフォード司教はそんなの気にしねぇってスタンスかも知れなくてもさぁ!
「おいおい、ジャンよぉ。ちょっと考えたらわかるだろう? お子様連れの年下を床で寝かせて、俺がベッドで寝るっていうのはよぉ。絵的にもまずいだろう?」
司教の中には年功序列っていう考え方はねぇのかよ!? 中央って騎士とか体育会系とかのノリがあるだけに。そこはなぁなぁで済ませる訳には。
「もしデーモンがさっきの取り逃がしたら。明日、ジャンとチビスケは酷い目に遭う訳だからなぁ。―――今夜がベッドで眠れるのは最後かもしれねぇだろう?」
同情した風に言わないで下さいよ!
「司教、止めて下さい!! リアルにそんな未来が待っていそうじゃないですか!」
兄ちゃんも「ジャンー。北部とは短い付き合いだったよー」ってガチで泣き出したし?! 収集つかねぇよ!
「冗談はさておき。……どんな沙汰を下すか、デーモン次第だから、俺も正直分からんが。どちらにしろ、ジャンとチビスケは明日、別々に行動してもらうかもしれねぇからさ。ジャンはしっかり休んどけよ?」
聞いてないよ! 俺一人だなんて……大丈夫かなぁ?!
兄ちゃんと離れての見回りなんて、初めてだよ!
ここまで読み進めていただき、ありがとうございます。




