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ある悪魔祓い師司教補佐の移転奮闘記  作者: 山坂正里
第二章  守護神付きの青年、北の町を歩き、火事と出くわす。
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 長いです。いつもの2倍近く…切りがいいところまでと思ったら、こうなりました。

 しかし、反省はしていません。


 北部の歴史は中央より古く、大地神を信仰していたそうだ。その所為か、中央以上に大地からの恵みを大事にする傾向が強いのな。よって、春と秋の祭り……復活祭と収穫祭の時はものすごく派手なんだと。太陽が復活する祭りと大地の実りを祝うって祭りらしいからね。

 太陽…つまり光や気温って、作物を育てるのに必要不可欠のものだから。夏至って太陽が一番長く存在する日だし。冬至はその反対だけど。太陽が長くあるってことは、気温だって高くなるし。冬の寒さや雪って半端ないらしいからね、北部。

 夏の始まりにある夏至祭もまぁ、かなり派手らしい。恋人達の祭りらしいし。冬の始まりである冬至祭もその二月後にある降雪祭もまた恋人達の祭りになってるけど。恋人達の祭りの日って多いよね、本当に。大地神がその手のことに寛容な神だからかもしれないけど。北部は、一年を通じて、さほど気温も高くならないそうだからね。避暑地としても人気があるそうだ。

 北部は四季の初めにおける満月時……つまり十五日に大きなお祭りがある。それを目当てに各町や村から人が集まってくるといってもいいくらい。

 先月の収穫祭は、今年初めて採れた作物に感謝する祭りだったそうだ。小麦が初めて採れるのだから、一年を通じて最も派手な祭りなのだとか。この時に悪魔になる者もいて。その日を選んで転化した悪魔への非難は……半端ないなぁ。飢饉の時に転化するっていうなら、同情の余地もあるけれど。

 今月の十五日の感謝祭は、悪魔化するにはもってこいの日だと。満月を挟んでの三日間は、なりやすい時としても有名だからね。だから、その時の悪魔祓い師は、みんなピリピリしている。

 感謝祭は……先祖の霊や魔物がこちら側に迷わないように、またこちら側の人間が向こう側に引き込まれないようにするため、どんちゃん騒ぎをしようっていうのが由来らしい。向こう側の者はそういう騒がしいのが嫌いだからとかで、さ。だから、みんなこちら側ではないものに仮装して町を練り歩くんだと。主に向こう側に引き込まれやすい子供や著名人が仮装するらしいが。

 北部って、祭り好きな人が多くて。毎月何かしらの祭りやら記念日やらが二つ以上、多い月には十あるそうだ。各著名な宗教、国絡みの偉人・神の生まれた日、ことを起こした日、没日。そういういわれなんかがあると、どうしてもそうなるか。

 大地神の性格を知る者として、それも納得だが。結構、お祭り大好きな陽気な神だからね。人に交じって普通に参加しちゃうし。天空神もそのあたりは負けていないけど。大地神を探したり止めたりって名目で、目立たない格好してひょこひょこと来るようなところもあったし。それでも、大地神ほど人に擬態するのが得意ではないようで。すぐに周囲にばれて、戻されていたが。「俺も参加させろ!」と最後の方は叫んでいたような気が……。お茶目な神達だ。

 ラザフォード司教も所属する大聖堂付きの悪魔祓い師は、司教にクリスさん含め、司教補佐が二人。修道士が五人。計八人が常任らしい。別の町の教会に行くための研修に来るのは時々いても、大聖堂所属の人はやはり少ないと。

 村とか行っても、悪魔被害はゼロではないからね。必要最低限の知識と祓い方は学ばねぇとな。

 中央の大聖堂でも、正規の悪魔祓い師って二十人はいたからね。その半数以上が天空神の力を借りて……正しくいうなら、天空神と契約して祓うってタイプで。あれって、どっちが優位だったのか、よく分からなかったんだけど。やっぱり、天空神優位なのかな? じゃあ、悪魔憑き…この場合は神憑きになるのかな? もしくは、神の守護や御加護付き? 自称使徒と本人達はのたまっていたが。天空神自神は、その手の呼び名をこだわるような細かい性格の主では決してないのだが。

 それで、残りはクリスさんと同じ、自分自身の力を利用する系だったな。ラザフォード司教や俺みたいな悪魔契約者といった類のはいなかったよ。

 元々、北部は大地神発祥というだけあって、悪魔やその他の神や精霊、といった類に寛容な所で。目くじら立てて、存在そのものがアウトって所じゃないだけに、悪魔祓い師の仕事は滅多にないそうなんだけど。悪ささえしなければ、いいっていう風潮が強いのね。

 だから、六体いる悪魔のうち、戦闘系のウェスタ、ロベルト、オメガがラザフォード司教と契約しているんだと。一口に契約って言っても、住民や人間に悪さするなって自身の名に誓わせているだけらしいが。緩いだろ?

 そして、悪魔のヒエラルキーが最下位と思しき猫男爵(あの黒い子猫)が、北部大聖堂、悪魔祓い師組織の陰のドンであるバルト修道士と契約しているんだと。

 戦闘系悪魔達と嫌がらせに近い戦いの後、最終過程として、その人と手合わせするんだって。慣例だから、頑張ってとクリスさんの言だが。頑張れじゃねぇですよ、クリスさん。半端なく、他人事じゃねぇかよ。もっとも、ラザフォード司教が言うデーモンさんっていう魔王よりいいかもしれませんが。

 北部は、石でできた家が多い。歴史も古いとあって、それだけの雨水にさらされ、彫刻がはがれている民家も多々あった。あぁいうのって手入れもしないんだね。

 俺達が歩く北部中央区っていうのは、貴族達の住まいや行政区が立ち並ぶ地区であるため、比較的精錬された区画であるそうだ。上級の使用人の住まいが立ち並ぶ区画もあるそうで。そういう意味では、お金を持っているか、社会的階級に縛られている人達が住む区画ともいえるそうだ。まぁ、宗教家やっている以上、そういう俗世間の人達とノンタッチではいられないからね。特に、悪魔祓い師なんて、町を巡回する仕事だとさ。本当に出家したいなら、さらに地方の教会や修道院に行けって話だからね。

 もちろん、古い建物もあるけど、最近整備されたばかりと思われるものもあるね。町全体の雰囲気をぶち壊しているほど華美だったり、成金丸出しだったりってとこはないけど。


「中央と北は昔…数百年ほど前は、普通にいがみ合ってたからねぇ。戦争なんてしょっちゅうだったそうだから。それ以前やその当時からある建物もあれば、百年ほど前に建て直されたものもあるからね」


 戦禍に巻き込まれた建物は喪失しますからね。納得です。


「古く見せる工夫も無きにしも非ず……。そういうのに詳しい人いるから。興味あるならきいてみる?」


 あれ、その人とめっちゃ顔見知りな言い方ですが。そんなホイホイと気楽に頼んでいいんですか?

 そういえば、今歩いている石畳も全部、きちんと整備されているな。きちんとその石の大きさもそろっている物が、わざと少しずれて敷かれているし。地下の下水管や水道管などの整備でボコボコだったり、石畳を元に戻す人は別だからまだだったりすることは多々あるのにね。


「うん。大聖堂所属にすごく優秀な司教がいらっしゃってね。道や建物の整備もね。そして下水絡みにおいて、プロ級の方が、ね」


 悪魔との戦いにおいて、壁とかこういう石畳って普通に破壊しちまうのな。悪魔がみんな荒野や空家に現れる訳ないからね。だから、そういう工事する聖職者だったり、職人さんだったり、警邏隊だったり、とはできるだけ穏便に、友好的な関係を築きたい訳ね。ほら、俺達が仕事増やしちゃってる訳だから。壊したんなら、お前ら自分達で片付けて、元通りにしろよっていうのが、そういう人達の本音だと思うし。

 中央の悪魔祓い師達は、とりわけ天空神と契約している者達に顕著だったが、逆行していた。自分達が、悪魔を祓ってやってるから、お前達が平和に過ごせるんだって考え方が根強くてね。天空神は、そんな考えをよしとしない人……いや神なんだけど。

 そういう考え方だから、結構住人とか、他の部署の人とかとの衝突も少なくなかった訳ね。その度に、俺や天空神は肩身の狭い思いをしたけれど。天空神自神は、まだ良識ある神だからさ。―――比較対照が、良識とかモラルとかがなさすぎるだけかもしれないが。相対的にその評価が高いことになっているだけかもしれない。

 やっぱり、友好的な関係を築こうっていう思いが強いのはありがたいね。俺、周りといがみ合いたくないし。平々凡々、目立たず普通に仕事したいからさ。


「それは……すごいですね」


 インフラ整備の司教ってどれだけ腕がよくても、名前ってあんまり有名になれねぇのな。もうあって当然って向きが強いから。六年ほど前、それがどれだけ重要なのか中央も分かったはずなのに。

 六年前、中央に黒死病っていう疫病が流行った。それは、中央と北部に大打撃を与え、患者の八割以上が亡くなったそうだ。その疫病の原因は悪魔で。その悪魔を祓ったのが、司教に成りたてのラザフォード司教だったんだ。その悪魔を祓った功績が認められ、有名人になったようなものだし。

 後々の調査……去年、正式に発表されたものによると。その疫病の悪魔は、ネズミ型の悪魔いわゆる魔獣をその病原菌の宿主とした。そして、ノミを媒介にして、不特定多数の人間に感染させていたそうだってね。その病原菌を持ったネズミ型の悪魔…魔獣やネズミに噛まれても感染するそうだが。

 その症状が進むと、人から人への飛沫感染や汚物なんかによる接触感染も起こすようになる、と以前の研究発表から分かっっていたが。

で、その春には、中央で、地下に未だに潜むネズミの掃討を決行したんだと。そのため、一時地下への立ち入りが制限されていた。

 それは、天空神と大地神の両柱の名において行われたんだと。その方法は、一体どういうものだったのか、末端の俺には知らされていないのな。かなりの大規模のものだったらしいとは聞いているが。

 比較的仲がいい、両柱に訊くと。天空神は気まずそうな顔するし。「うん、まぁ、それは。ちょっと俺の口からは…言えないかな」とか言ってぼかしていた。大地神は不機嫌なのが分かる|(不穏な)|笑顔で俺と兄ちゃんを脅す始末だからな。「教えてあげてもいいけど、きっと後悔するよ?」なんて言って。本当にいい性格してるよな、大地神。

 こういう後始末も悪魔祓い師の仕事だと思うんだけどね。非常に残念だった。その関係者、報告書を書いてないかなぁ。後悔を覚悟の上で、大地神から聞いておけばよかったか。


「いろんな意味で有名人だからね。……あれ? ジュニアくんも興味あるの?」


 俺の横を歩く兄ちゃんも珍しく、身を乗り出して聞いているし。興味がない時は、いつも髪いじって無視なだけにね。

 ちなみに、兄ちゃんは名前を呼んでもらいたくないみたいで。好きに呼べばってことになった。クリスさんはジュニアって呼ぶみたいで。司教はチビスケだったかな。天空神や大地神には呼ばせてもいいって感じだったのにね。階級も上だけに絶対服従って感じだったよ。


「北もネズミ駆除してんのか? 北だって、流行ったって聞いたぞ?」


 その悪魔、中央に流行らせた一年後、北部へと拠点を変えたそうだからな。だからこそ、ラザフォード司教がその悪魔を祓ったんだろうが。


「うん。俺ら悪魔祓い師はノンタッチだけどね。そのある意味で有名で優秀な司教が教会の人達と一緒に頑張ってくれているよ」


 その人に丸投げなんだ。いや、いいけどね。中央も一応、去年駆除してからの調査に俺もかかわっていたからさ。だから、兄ちゃんも興味を持ったのかもね。


「中央は一気に駆除してたけど、北は違うんだな。ちまちま地道にしてんの?」


 キョトンと首を傾げる兄ちゃんに、クリスさんは微苦笑していた。


「まぁね。うちの司教も大規模なのはちょっとってお断りしてるのね。手続きも後始末も大変だからって」


 そこはラザフォード司教も関与しているんだ。定期的にその人と情報交換もしているのかな。

 フムフムと真面目に聞いていたら、クリスさんもニコニコ笑ってくれた。


「ジャンくんも興味あるんだ。その人に、やっぱり一度会ってた方がいいかもね。司教も、北の状況を気にしているだろうし」


 その方を招いたり、書類上で済ませたりするんかね。まさか、町でばったり遭遇…なんてないだろうし。その方も地下でゴソゴソしていらっしゃるだろうし。

 クリスさんと話しているけど、一応俺も兄ちゃんもそしてクリスさんも周囲に気を配りつつだぜ。

 ……だから、微細な気配の変化に気付けたのだろう。普通の悪魔祓い師じゃ、気が付かないような……変化。


「なぁ、兄ちゃん」


 多分、北のどこかで『(ゲート)』が出現したのだろう。空気……変わった。


「あぁ、こっちだ!」


 兄ちゃんが俺の目の高さまで浮き、指で示してくれた。大聖堂から見て、より西の市街地に向かうだろう方角。


「中央区と南西区の境、くらいかな。火事……だね」


 一角、黒い煙が立ち昇っている。まさか、そこに誰かが残ってるんじゃなかろうか。その人が……『(ゲート)』を?

 俺のだいぶ後ろで息が上がっているクリスさん。俺は全然余裕なんですけどね。クリスさんは、主に内勤と感知系って言っていたから。肉体労働には不向きなんかも。


「ジャ、ジャンくん。……さ、先行って」


 感知系だから、場所が分かったら、それで本来の仕事は終わりなのかも。


「はい!」


 俺も兄ちゃんもこのあたりの地理はさっぱりなんだが、煙の臭い、それから住人と思しき人が向かう方に行っておけばいいのかな。

 煙の量も増え、周りの気温も高くなってきたような。熱気がこっちに来るな。

 おそらく、今回『(ゲート)』を召喚した人は、自分自身ではどうしようもない状態に追い込まれたパターンだろう。それをくぐり、こっちに帰ってきたら、悪魔とか神とかいうのになるのな。できれば……そうならないでもらいたいものだ。

 そうやって、人でないものに変わる者達は、人であった時と変わらない年齢、見た目であることが多い。司教のところにいたアンジェしかり、モラさんしかり、な。モラさんの場合、人から人でない者に変わる度合いがそこまで大きくなかったのだろうな。姿が変わらない分、どうしようもない率が高いということらしいから。

 その点アンジェしかり兄ちゃんしかり、姿変わってないよな。その度合いが大きかったってことなんだろう。


「ジャン、野次馬多いな。……どうする?」


 集まっている住人に「危ないから、下がって!」と叫ぶ警邏の人達。いや、もちろん消火に励む警邏の人達もいるけどね。住人が近付かないように誘導するのも仕事の一つなんだろうね。

 幸い、石造りだから、隣家への延焼はないようだがな。それも、時間の問題だろう。この家も、どちらかというと集合住宅っぽいから、逃げ遅れた人がいても不思議ではないが。外側の出入り口や勝手口があるとしても、中は各家に分かれるようで、寮とかとどことなく近い造りのようだ。


「……あぁ、とにかく。中に取り残された人がいるか、確認を」

「放してくれ! まだ、妻と子供が中に……!」


 三十代後半ほどの北部に多い黒髪黒瞳の男性が、火の中へと入ろうとしていた。

 それを必死で押し止めている金髪碧眼の十歳ほどの少年。見た目可愛らしい系だが。大きな瞳にピンクがかった唇とかな。女性なら、頭にウィンプルとかいう布つけて|(頭巾が正しいのか?)|髪も隠しているだろうからな。だから少年ってすぐに分かるし。

 ……真っ白の法衣に真っ白のズボンだから、医系か薬系の司教補佐かな。腰に紐が紫じゃなく、青だし。大聖堂所属の司教付きか。兄ちゃんと変わらないくらいか、年下っぽいだけにすげぇな。北部でも中央でも、薬物系にしろ医療系にしろ、絶対的に受かるための倍率高いし。その上、難関だと聞いているがな。

 ――もっとも、上には上がいるから。もはや、多少のことでは驚かないが。

「旦那さん、落ち着いて下さい! 二次被害出ますから!!」

 だからって、見殺しになんてできないからな。


「……兄ちゃん」

「おう、任せろ!」


 人ではない兄ちゃんは、俺よりもいや、人間よりもずっとずっと頑丈だ。だから、その人達の救出は、兄ちゃんに任せておけば……。


「ちょ、そこの司教補佐さんと修道士さん! 行っちゃダメですよ?! 今、ヴィーが中にいるんです!」


 泡を食ったようにその小さい司教補佐さんは言っているが。……ヴィーって、誰だ?


「エドガー司教補佐! あなたがおられる、ということは、あの方はすでに中に……」


 めっちゃ息が上がっているよ、クリスさん! 肩で辛そうに息して……。この人、よく悪魔祓い師の二級に受かったな。北部では、基礎体力って問われねぇのかな? 中央では必須で、俺と兄ちゃんも、これだけは頑張ったぜ。これでいい点取って、他のをカバーするように、さ。

 兄ちゃんがクリスさんの背に『大丈夫?』とばかりに手を置いていた。あれ、いつの間にか仲良しに。俺、のけ者にされた気が……。


「そうです、クリス司教補佐。……えっと、そちらの方が、新人の司教補佐さん……ですか?」


 チラチラと俺と兄ちゃんに向ける困惑の視線。エドガー司教補佐、何か言いたいことあるなら、言ってくれ。気になるじゃねぇかよ。


「そうです。あー、ジャンくん、ジュニアくん。何があってもここで待機ね。絶対、家の方に近付いちゃダメだよ」


 クリスさーん。俺より年下なエドガー司教補佐に敬語? 見た目だけってやつかな? 一応同格だもんね。年下でも丁寧にしゃべるよね。

 郷に入ったからには、郷に従えってな。その流儀に従うさ。

 今、『(ゲート)』がこっち側に向かって開いたんだけど。いいのかなぁ。兄ちゃんも俺見て「ジャン……」って言ってるけどさ。俺だって、何とかしたいよ。

 それでもクリスさんは「まだダメ」とピシャリとした一言。


「そういえば、ジャンくんやジュニアくんって消火活動したことある? 火を消して援護した方がいいかなって」


 今、『(ゲート)』閉まったな。誰か向こう側に行ったのか、それとも開いただけでしまったのか。


「消火は……ありません」


 エドガー司教補佐もクリスさんもないのか「だよね」って言っていた。

 しかし、成人前の子供の司教補佐が付いているってことは大人なんだろうな、その司教。同じ医系か薬系の上司なんだろうな。そんな人が危険を顧みず、火事場に突っ込むなんてな。中央の悪魔祓い師より、根性ある人だな。または向こう見ずともいうが。即座に要救助者の施術に入れるからってやつかもしれんが。


「誰か、出てきたぞ!」


 叫ぶ警邏の人。火事現場を見ると、出入りするためのドアに黒い人影が。

 違う。黒衣を着た人が、黒い布をかけた者を両手に抱えているんだ。―――自分の体格より、はるかに大きいものを。


「ヴィー! よかった。無事だったんだ!」


 エドガー司教補佐が、出てきた人を見て若干涙ぐんでいた。何だかんだ言いつつ、心配していたんだな。……っていうか、この方。

 周りの住人達も、ほっとしたのか「ヴィルド司教!」とか「よかった、無事か」と自然、安堵した空気で言い合っていた。

 いや、もう俺の顔は引き攣りそうになった。絶対、この北で会うことはないっていうか。俺の部署には関係ない方って、真っ先に割り切っていた人だぜ。

 北部で……いやこの国の宗教家では知らない人はいないであろう人だわ。

 約一年前、ラザフォード司教が作った最年少司教記録を更新したエリート司教。ラザフォード司教が十八で悪魔祓い師になったのに対し。今目の前にいる火災現場から出てきたこの人は、わずか十歳で司教になったんだ。

 ……何の司教になったのか、緘口令が引かれているそうで俺は知らない。それがなりやすいと周囲に思われたくないためにか、俺らのところまで知らされていない。

 本当に、何の司教なんだろう。


「ヴィルド司教! お怪我は」


 クリスさんはその司教が火の粉が降りかからないところまで離れたのを確認後、走り寄っていた。救出した人の手当ては、医療系の資格がねぇとダメだからね。できるのは応急手当てくらいだから。

 今年で十一のはずのヴィルド司教は、エドガー司教補佐と異なり、法衣も手袋さえも黒かった。唯一色彩があるのは、本来腰に巻いている布だけで。それが紫だった。

 その布も三十代ほどと思われる女性と生まれて数カ月ほどの赤子を縛るために使われていた。さっきの男性の奥さん、意識ねぇのな。で、一人では同時に運べんから、苦肉の策だったんだろうね。

 煙や火の粉避けにかけていた法衣をはがして、石畳に引いた。司教の証である紫の布を惜しげもなく引きちぎり、ぐずる赤子をクリスさんに押し付けていた。


「母親がかばっていたので、無傷だと思われますが。この子をお願いします」

「了解しました!」


 そして、ヴィルド司教の方は、女性の顔を逸らしてうつ伏せに寝かせていた。

 外傷や気道なんかに熱傷がないか確認しちまうクリスさん。

 父親と思しき人も、泣いて「よかった」とか呟きながら、石畳にへたり込んでいるよ。

 俺が不思議そうに見ているのに気付いたクリスさんは苦笑してくれた。


「俺もヴィルド司教も医系の二級持ちなんだよ。エドガー司教補佐は、薬系の二級持ちだから。医系をヴィルド司教の下で勉強中なんだよ」


 ヴィルド司教が黒衣ってことで、その司教でないのは分かっていましたが。本当に何の司教なんだろう。法衣の下に着ている身体にぴったりした服も黒って。しかも、司教なら各資格の二級まで取れるとはいえ、畑違いの資格の勉強までするなんてな。すんごくアグレッシブな司教だな。若さゆえか?

 ……いや、二級でも医系取れるってすごいことなんだけどね。実地も最低一年必要だし。二級の場合、急を有する場合、半年らしいけどね。後、上にその功績や腕が認められた場合、そういう短い期間になるんだと。

 何を隠そう俺も二級持ちですが。悪魔祓い師二級受けるついでに受けといたんだよ。

 何だかんだいって、悪魔の戦闘も避けられないわけで。決して怪我とも無縁じゃねぇのな。クリスさんもその口で取ったんだろうな。そうやって治療を繰り返していたら、実積が認められて。ペーパー試験と呪術式の実地試験だけでいいよーと中央の医系の人から声をかけられた。その医系をと声をかけてくれた人は、中央での悪魔祓い師の中における俺と兄ちゃんの待遇の悪さを危惧してくれて、だと思うね。

 悪魔祓い師達は、確かにアンチ悪魔だったけど。肝心の天空神と大地神は先程の話にあったように、俺と兄ちゃんに好意的だった。まぁ、元人で、人でないものになる経緯もどちらかというと近かったからだと思うが。

 もっと前から、それこそ俺が中央で悪魔祓い師になるって決めた時から、気にかけてくれていたようだった。「お前ら、もっと協力しろよ?!」なんて自神と契約している人達に声かけてくれたり。「よかったら、北部のラザフォード司教の下で働かな~い?」なんて気安く声もかけてくれたり。

 ラザフォード司教のところに行くのは二級取ってからって決めていたからね。兄ちゃんも懐いていた天空神や大地神とすぐに別れたくなさそうだったし。人ではない者としての心得を指導してもらっていたからさ。最悪、それが終わってからじゃないと兄ちゃんが他の人に祓われたら嫌だし。

 もちろん、その二級を取るまでの修道士時代、邪魔されていたこともないことはないが。その願いが叶ってよかったかな。

 今、軽く現実逃避しているのも、治療をてきぱきとこなす俺より年下の司教とその補佐がいるからで。なんでこの人、二級なの? 普通に一級受かるくね?

 背中のケロイド状のやけどの手当てしてたーと思ったら、もう終わってんのよ。一分も経ってねぇよ。で、そこから多分柱かなんかの下敷きになってた足の閉部複雑骨折の治療か。……なんて思ってたら、呪術式を指でその肌の上に描いて。一応、あらかじめ破っていた法衣をそこにぐるぐるに巻いて固定しているのね。

 もちろんクリスさんのように、気道熱傷……つまり空気の通り道のやけどがないかのチェックも、し終わってからなんだけどね。人は呼吸できないと死んじゃいますから。

 火事に遭った患者の対応もばっちりできる人なんだね。そうじゃないと二級も受からんだろうけど。本当に上には上がいるよ。俺、ビビっちゃうよ。


「後は本人の意識が回復すれば、問題ないかと。今日一日は、クリス司教補佐方の悪魔祓い師宿舎に子供と一緒に泊めて下さい。やはり『(ゲート)』の傍におりましたので」


 後半、トーンを落として淡々と話しを進めるヴィルド司教。黒髪黒瞳と北に多い人種だ。しかし、兄ちゃんより若いはずなのに、十三、四でも十分通じるほど背が高いな。大人びた表情で、凛々しいというか、クール系というべきか。切れ長の瞳や薄めの唇からして、やり手っていうのが分かるよ。これで縁無しの眼鏡なんかかけたら、インテリだろ。

 肩にかかるか、かからないくらいかで切りそろえた黒髪が、煤に汚れたのか、一部艶がない。色白とまでいわなくても、白めの肌にもついている。黒だから目立たないとはいえ、よくよく見ると服にもあちこち焦げたような跡が。やっぱり、無理したんだろうな。

 エドガー司教補佐もようやく気が付いたのか。治療に専念していたからだろう。ヴィルド司教の姿を見て、涙ぐんでいた。


「バカ、バカ! なんで勝手に飛び込んで行くんだよ!!」


 この人らも階級とか全無視じゃねぇか。一応、上司だろ? 言葉遣いが……。


「エドガー、うるさい。私自身の仕事内であると判断したまでのこと。そうでなければ、警邏隊の方々の仕事に首を出さない」


 ピシャリと冷淡なまでにエドガー司教補佐の抗議を遮断したヴィルド司教。年も近いから、どちらも標準的な話し方だな。


「だからって。……ヴィーが行くことないじゃないかぁ」


 グズグズ泣くエドガー司教補佐。本当に、ヴィルド司教が心配だったんだな。


「エドガーは助かる命を見殺しにしろ、という訳か。随分冷たいことを言うのだね」


 エドガー司教補佐の言動をわざとか本気か定かではないが、曲解してのたまっていた。俺も兄ちゃんも、クリスさんでさえも、ギョッとしてヴィルド司教を振り返っちまったよ。


「ぼ、僕は、そんなこと……」

「エドガーの言い分を解釈するなら、そういうことだろう? ここはもういいから、西区の教会に行ってなさい」


 うろたえるエドガー司教補佐に、表情一つ、いや眉さえ動かさず言い切ったヴィルド司教。ヴィルド司教の方は、ここの後始末とかあるんだろう。あと母子も中央区の北にある大聖堂まで運ばねぇといけないし。

 本当は、二人もそこに行く予定で、この近辺を歩いていたのかもな。その所為で、現場に早く着いて、火の中に飛び込んで行ったのかも。


「ヴィルド司教。母子の方は、こちらで運んでおきますね」


 クリスさんが提案してくれるのはありがたい。だって、ここめちゃくちゃ居心地悪いもん。できれば、早々に辞したい。


「クリス司教補佐、よろしくお願いします」


 北部式の頭を軽く下げる礼…お辞儀をしたヴィルド司教。位が上でも年長者を立てる姿勢があるようだ。それがたとえ別部署の人間であっても変わらないようだ。中央の悪魔祓い師達に、この人の爪の垢を煎じて飲ませたいよ。だって、中央の枢機卿やトップであるはずの巫子に対しても、結構失礼っていうか横柄だったからね。巫子は腹違いとはいえど、この国の現王の弟なんだけど。確か、何代か前の元巫子が現巫子の母親だったはず。

 クリスさんもそんな礼儀正しいヴィルド司教に優しげに「はい」って返事していたよ。やっぱり子供好き?


「ジャンくん、ジュニアくん。女の人お願いできる?」


 人ではない兄ちゃんって体力とか力とかも俺の比ではないからね。早々と任せるに越したことはねぇな。


「はい。兄ちゃん、疲れたら交代してね」


 奥さんの方を横抱きにして、さっきヴィルド司教がしていたようにして抱えた。奥さんの下に敷いていたこの服はどうしたらいいのだろうか。ヴィルド司教、もうこっち見ないで、警邏の人達と話していたし。おそらく、母子の扱いについてかな。後どこにいたかとかさ。

 もう消火されたのか、熱も強くなく、焼けた臭いが充満しているだけだった。

 強い殺意に似た視線を感じたと思って振り返った。だが、誰も俺の方に視線なんて向けていないし。少し離れたところで警邏の代表っぽい人とヴィルド司教が話しているだけだし。

 警邏の人やヴィルド司教が初対面の俺にそんな目を向けてくる訳もないしな。さっきのは、気のせいか。

 赤子を抱いているクリスさんの後ろに続いて、大聖堂へ逆戻りしていた。旦那さんも一緒に着いてきたそうだったが、警邏隊の人達に止められていた。旦那さんの方は、『(ゲート)』の傍にいた訳ではないからな。わざわざ悪魔祓い師宿舎に来る必要ないよ。

 そういえば、ヴィルド司教『(ゲート)』のこと知ってたな。別に秘密ではないけどな。悪魔祓い師ではない人が知っているなんて、珍しいなって思ってさ。

 十分離れたところで、クリスさんは苦笑を浮かべていた。


「ジャンくん、ジュニアくん。さっきの方が、ヴィルド司教だよ。エドガー司教補佐といい、美少年だよね」


 クリスさんの指示で、ヴィルド司教の法衣を女性にかけている。よかったよね。背中も丸出しだし。そのままは可哀想だからね。


「……それは、まぁ」


 黒と白というか、いい意味で好対照だからな。女子にしてみれば、目の保養なんじゃね? 数年後が楽しみな見た目だよな、二人とも。……俺にはよく分からんが。


「ヴィルド司教、教会志望の方だから。色んなことに詳しくてね。俺らもとてもお世話になってるんだ」


 「またきちんと、ご挨拶しようね」と言ってくれた。さっきまで、クリスさんが言っていたのって、その方かな? それなら納得だ。

 面倒になったのか、宙を浮かぶ兄ちゃん。クリスさんの横を飛んでいた。


「さっきのやつ、やっぱすごいのなー。でもさ、俺とジャンには一度も目合わせなかったぞ?」


 言われてみれば、そうだな。俺もヴィルド司教とエドガー司教補佐に視線を向けてもヴィルド司教とは、一度も目が合わなかった。決して存在が忘れられている訳ではないんだろうけどな。


「うーん。多分、気付いていたと思うけど……俺からも何も言わなかったしなぁ。忙しかったからだと思うよ」


 「普段は礼儀正しい方だからさ」と結んだクリスさん。それならいいけどね。会って早々、嫌われた訳じゃないよね、とちょっとドキドキしちゃったよ。


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