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ある悪魔祓い師司教補佐の移転奮闘記  作者: 山坂正里
 第一章  守護神付きの青年、北部にやってくる。
3/23


 クリスさんと再会して、悪魔祓い師専用の宿舎へと、案内してくれた。北部の大聖堂内ってかなり敷地面積があるようで。宿舎もさっきの枢機卿の執務室とは別にあるそうだ。礼拝堂やら修道士、そして修道女のための宿舎とかも別の棟にあるんだとか。

 薬物系の人達のための薬草園とかもあるそうだから。そして、自給自足ができるために農場もあるそうだし。そして、酪農用の牛とかヤギも飼っているって。どれだけ広いか分かるってもんだ。

 そもそもこの大聖堂内で、一つの都市としての機能があるそうだ。独立した機関としてすでに働いているんだと。中央では、一部、民間の人が入っていただけに違うね。

 その所為でか、北部地方の大聖堂の職員って専門性が求められる訳な。だから、それ専門の司教や司教補佐、修道士がいるんだよな。反対に、教会配属になると多様性が求められるそうだ。その教会に働く人って少ないし。マルチにできないとやってられないそうだ。

 宿舎には緑のメイド服を着たモップを持った少女……金髪の十五、六歳ほどの……悪魔が出迎えてくれた。人間なら耳があるところが、フサフサの毛がある犬とかそんな獣の耳なんだよな。違和感がない同色の毛だけど。それ以外は、どう見ても普通の人間と変わらないし。尻尾があるということもなく。

 多分、自分から望んで悪魔になったパターンではないのだろうね。さっき会ったロベルトは自分からなった方だろうが。


「お帰り、クリス。そっちの人が新しく配属された司教補佐なんだ」


 薄い水色の瞳。どことなく、さっきのセルジオ枢機卿にどことなく似ていなくもねぇのか? いや、中央に多い人種だから、別に不思議でもねぇか。


「モラさんただいま。アンジェちゃんも司教もまだっぽいね。夕方の交代まで時間あるから、仕方ないね」


 クリスさんは苦笑して、奥まで一緒に歩いた。

 広間かリビングっぽいところ。そこのソファに座る兄ちゃん。しかも、黒い子猫と戯れていた。

 ……いや、その子猫もただの子猫じゃなくて、悪魔なんだけど。そういえば、兄ちゃんって猫とか犬とか好きだもんな。触るのは結構だが、その猫悪魔、きちんと予防接種的なものをしているのだろうか。


「……兄ちゃん、ここにいたんだ。急にいなくなったから、びっくりしたよ」


 兄ちゃんは、猫の頭をぐりぐり撫でているよ。俺の方は全無視? ちょっとー、ちゃんと聞いてくれよ。


「このガキ悪魔、お前が契約者かにゃ! しっかり面倒みるにゃ!!」


 生後数カ月と思しき黒猫は、迷惑そうに青い瞳をすがめていた。そして、兄ちゃんの手を振りほどこうと体を揺すっていた。


「ジャン、すげぇぞ! この猫、しゃべるんだぜ!?」


 うん、首根っこ捕まえて、ぐりぐりして。……さすがにかわいそう。


「……俺の契約ニャンコが嫌がってるから。止めてやってな」


 兄ちゃんの座るソファの後ろに立ち、ひょいと猫を持ち上げた修道士の壮年の男性。多分、五十代くらいかな? 兄ちゃんも油断していたとはいえ、容易に背後取れるなんてすごいな。ひょっとしたら、ロベルトが言っていた恐ろしい人(?)のうちの一人かも。


「バルト、もっと早く助けるにゃ!」


 バルトと呼ばれた黒髪黒瞳のおじさんの腕をあっさり駆け登り、その頭にへばり付いている猫。そこなら、兄ちゃんの身長じゃ届かないもんな。その修道士さん、俺とそう変わらない身長だもん。


「……バルトさーん、いいじゃねぇすか? 交代まで時間だってもうちょっとありますし。取り上げちゃ、かわいそうっすよ」


 ソファの上で、靴のまま背伸びして「猫ー」と呼びかける兄ちゃん。一応、それも悪魔……いや、魔物だからね? 見た目に騙されちゃダメだぜ。

 クリスさんは、よっぽど兄ちゃんを甘やかしたいのか、寛容だね。でも、肝心の猫は「絶対に、嫌にゃ!」って言ってるけどな。

 どうでもいいが、ケモ耳美少女メイドさんの目が、一瞬光ったように見えたんだが。兄ちゃん、土足でソファの上に乗っちゃダメ。それで怒ってんのね。

 もしかしなくても、兄ちゃん。この猫を追いかけてここに来たのかもね。

 ぞろぞろと集まってくる修道士と司教補佐。そして悪魔達。ここって、悪魔六体いるんだな。五人……四人と一匹はこの広間にいるし。大聖堂から、強そうな契約者とかなり小物の悪魔が近付いて来ているのが俺にも分かった。気配隠す気、まるでねぇもの。そういう人っていうか契約者も珍しいかな。隠しててそれなら、相当強いよな。

 おそらく、その強そうな契約者がラザフォード司教かな。存在感とか半端ねぇもの。

 ちらりと兄ちゃんに視線を向けると、ラザフォード司教の存在感に気付いていても、無視か。「猫ー、降りてこーい」って言っているだけ。自分から取りに行かないだけ、大人しくしてくれているようだけど。

 二級試験で出会った俺と変わらない年頃の悪魔は「本当に来たんだなー」と昼に会ったロベルトに話しかけていた。いや、前から思っていたが、その悪魔、頭の色が桃色っていうか、蛍光ピンク? ショッキングピンクっていってもいいくらいなのよ。すんげぇハデ。そして瞳が赤橙色。……もう作り物感、半端ねぇだろ?

 ロベルトの方は、その襲撃者うんむんは杞憂だったようだ。これといって、服にも髪にも乱れは見当たらなかった。


「おー。全員そろってんのかよ。待たせたな」


 華々しく、これっぽっちも悪びれた様子もない金髪碧眼の二十代の青年。俺と同じ、黒の略装法衣だけど、腰に巻いている紐は紫だし。しかも、首から肩、そして胸前まで付けている白地に金糸で細かく刺繍されたストラっていう頸垂帯を付けているもん。間違いなく、北部大聖堂の悪魔祓い師を束ねているラザフォード司教だろう。

 確か、年は今年、二十三か四くらいだと聞いているが。若いなー。そして、背が高いな。俺より背の高い人って、そう中央でもいなかったんだが。目線分ほど高そうだ。百八十センチは超えてるだろうな。百九十センチ近いかも。俺も百七十センチ軽く超えてるし。


「司教ー、お帰りっす。遅いっすよ」


 えらく軽いなクリスさん。他の人も悪魔もアットホームだ。他の司教補佐も修道士もそんなに若い人いないからね。クリスさんと司教を除いたら、少なくとも三十代を超えている人ばかりだし。もっとも、悪魔祓い師になる絶対数からして少ないからね。死亡率も高いし。

 中央にもラザフォード司教と同じ立場の司教がいたそうだ。しかし、六年ほど前、悪魔絡みの交戦で命を落としたそうだし。それ以来、空席だそうだからな。残り三地域の大聖堂でも、悪魔祓い師司教の空席は少なくないそうだから。――東の大聖堂に一方、いらっしゃったくらいじゃない? いる方がマレ。


「クリスー。そんなに目くじら立てんなや。デーモンを引き止めといたんだからさ。感謝してくれよ」


 ムーと唇を尖らせクリスさんにブーブー文句を言う姿は、どう見ても、立場違う?! あんた、ここの代表だろ? すごい人なんだろ?! しっかりしてくれよ!

 俺の想像のラザフォード司教像が、ガラガラ崩れていくよ! もっとすごい人なんじゃないのかよ! いろんな悪魔を退けた偉人のはずだろ?

 中央にも、その手の話、情報は共有されるのな。だから、北部のラザフォード司教っていえば、悪魔祓い師として、有名人で。一流とも誉れ高い。必ず現代における悪魔祓い師の偉人の一人として、挙げられ数えられる人だ。中央でも、他部署の人でも、また住人でも必ずと言ってもいいくらい、知られているから。きっと後世まで語られるだろうね。それだけの偉業を成した人だから。

 いやいやフレンドリーなのも、懐が広いと考えれば。天空神も大地神もそんな感じだし。それと一緒だと思えば!


「司教が引き止めなくても、あの方だって、何もしませんよ。……そりゃー、気配を感知したら、近付いてはくるでしょうけど」


 目を思いっきり泳がせるクリスさん。……説得力がないよ! そんなフォローが入れにくい人……いや悪魔なのか? だって、ラザフォード司教がデーモンって呼んでるようだし。


「バッカ、クリス。あの魔王がそれくらいで済む訳がねぇだろ?!」

「新入りー。マジで気を付けろよー。あの化物の魔王は奇襲かけてくるから」

「夜道だけでなく、日中でも、町を歩くと魔王はくるぅ。きっとくるぅぅぅぅぅぅぅ!!」


 おそらく、戦闘系と思われるロベルトを含めた三体の悪魔達は一様に怯えていた。二級試験で相手をしてくれた悪魔なんて、半狂乱じゃね? きっとその悪魔…魔王にコテンパンにやられたのだろう。心の中で合掌した。


「お前らねー。今はそこまで見境なくないって。………タブン」


 説得力!? クリスさん、最後だけ目を逸らして呟かないで! そこ、大事なとこですよ!!

 ラザフォード司教の足元で「キュー」と言いながら、抱き付いている六歳ほどの美少女。いや、幼女が正しいか。明るく長いふわふわの金髪で、大きな濃い紫の瞳は涙に濡れていた。白いワンピースなんか着て。悪魔なのに、可愛らしいじゃねぇか。天使の間違いじゃねぇか?


「……アンジェ。デーモンはめったに、ここには来ねぇから大丈夫だ。アンジェには、指一本触れさせねぇぞ」


 よしよしと優しく頭をなでている司教。………お、お父さん?

 モラさんと呼ばれていたメイド風の悪魔に、アンジェを預け、二階へと上げさせていた。見た目と実年齢は一致しないというのが悪魔の通説だが、あの二体の場合、堕ちた年齢は一致しているのだろう。多分、二体とも、兄ちゃんと同じような理由で堕ちたのだろうな。


「お前らよー。アンジェの前で、不用意にデーモンのこと言うなやー。アンジェ、怯えちゃったじゃねぇかよ」


 自分からふっておきながら?! 俺の内心の突っ込みを周囲の悪魔、クリスさんも同様にディスっていた。……司教が悪いです。


「うっせぇよ。しかし、北東区にいるなんてなー。絶対、新手の悪魔と契約者に引かれて中央区にいると思ったのに」


 「分かってたら、アンジェ連れて行かなかったのにな」と呟く司教。やっぱり、さっきの悪魔には優しいんだな。……気持ちは分からなくもないが。

 司教、普通に俺と兄ちゃんを誘蛾灯扱いしてくれちゃってるけどさ。その悪魔、よほど強いんだろうな。猫を含め、ここの悪魔全員が怯えるくらいだから。しかし、ここにはその悪魔、いないんだな。やっぱり、警邏隊のところにいるのかな?

 どちらにしても、この町内にそんな強い悪魔がいるなら、一応感知系でもある俺でも分かると思うんだが。後で兄ちゃんに聞いてみよ。


「悪い。……えっと、ジャン司教補佐でいいんか? 俺はここの代表、ラザフォード司教だ。お前ら、適当に自己紹介した? あぁ、そう、したの。で、ジャンよー。あっちのガキが、お前の悪魔でいいんか?」


 司教が親指で指してるのは、ソファに座って今度は優しく猫をなでている兄ちゃん。子猫も大人しくなでられていた。


「俺は悪魔じゃない! ジャンの守護神!!」


 プンスカ怒る兄ちゃん。……うん、まぁ毎度のことね。


「……どっちでもいいよ。とりあえず、そんな態度でおっちゃんやデーモンに突っかからん方がいいぞ。それが原因で痛い目に遭わされても、俺は知らんぞ」


 やれやれとばかりにため息をつく司教。何だかんだ言っても兄ちゃんのこと、心配してくれんのね。優しいなぁ。まぁ、部下になるからかな。責任は全部、司教なんだろうし。大変なんだな、管理職って。

 「ムー」といってむくれる兄ちゃん。それでも子猫に当たらないところは分別あるよ。


「兄ちゃん、ラザフォード司教にお礼言いなよ。忠告してくれてんだから」


 俺はもちろん謝罪とお礼を言ってからだけどね。兄ちゃんに振り回されるのは毎度のことだし。もう慣れたけどね。


「ジャンー。ここ北部っておかしいぞ? 猫やさっきの子供の悪魔はともかく、ここにいる大人の悪魔が怖がるほど、物騒な悪魔なんていないぞ?」


 キョトンと首を傾げる兄ちゃん。兄ちゃんもやっぱり感知できない? 兄ちゃん以上に強い悪魔の場合、気配を隠そうと思えば隠せるからな。格段に上位の天空神や大地神もそうだったし。天空神は、そういうデリケートというか、細かい呪術式を使うのが得意ではないっていうにもかかわらず、さ。大らかなとこあるんだよ、天空神。


「あぁ、デーモンは日常的に人間に擬態しているからなぁ。普段の状態では感知系でも分からんだろうよ」


 さっきのアンジェとかいう少女の悪魔も感知系ぽかったから、司教も連れ歩いてたんだろうしね。しかし、気付けなかったようで、遭遇したようだけど。その悪魔は、さっきの小悪魔風のアンジェや司教には襲いかかってこなかったんだね。

 実感しかないのか、うんうんと頷く悪魔達。そうか、その悪魔は人間に擬態して、平気然として襲いかかってくるのか。恐ろし過ぎるな。


「司教もみんなも! 擬態じゃなくて、本当に人間ですからね?! 本人もそう言ってますからね!?」


 必死にフォロー入れるのって、クリスさんだけなんだな。他の司教補佐や修道士、誰も入れねぇ。

 そうか、人間なのか。自称人間なのか。どっちが正しいんだ?


「監視や巡回の時にそんな気配出してたら、ターゲットに逃げられるからなぁ。威嚇する時ぐらいしか、本性は出さんだろう」


 カカカと楽しそうに笑いながらのバルト修道士。この人もそのデーモンとかと知り合いか?


「もー、バルトさんまでー。めっちゃお世話になってるんですから、止めて下さい」


 良心的なの、クリスさんしかいねぇ!? みんな、微妙な顔しちゃって。お世話になってるのも大きいけど、その分迷惑かけられてます感が……。


「とりま、町歩く時は気を付けてくれや。逃げ切れんと思ったら、緊急事態用の光、上げてくれて全然いいからな? デーモン相手ならなぁ。俺も襲われたことない……と言ったらウソになるが。―――――上げる余裕あったらいいな?」


 いい笑顔で誤魔化した?! あなたの身に、一体何があったのですか、ラザフォード司教!

 そういえば馬車から下りた時、クリスさんがロベルトに似たようなこと言ってた気がする。


「百聞は一見にしかず? 習うより慣れよ? そんな言葉があったような気がするからな。遭遇したら、嫌でも分かるだろ。今日は疲れただろうから、飯食ってゆっくりしろやー」


 馬車でずっと移動してたからね。今日はベッドで寝れるのか、と思うとちょっとうれしい。司教補佐だからか、左遷されたからか、宿屋なんて取れないし。その町にある教会の一室なんて借りれなくて。馬小屋とかざらだったからね。まぁ、俺は慣れっこだけど。中央の大聖堂内でも、そんな扱いだったし。

 司教にちゃんとお礼を言ったが。あれ? 微妙な表情して。

 ……どうしたの、皆さん?


「……司教、ジャンくんだって、今日は疲れていると思いますし。言葉通り、ゆっくり寝かせてあげましょ?」


 妙に同情的なクリスさん。ものすごい、不吉な予感しかしない。一体何があるの?


「一応慣例だから却下な、クリス。まぁ、どうするか、お前らに任せるわ」


 お前らって言うのは、後ろに控えている悪魔達で。

 ……もしかしなくても、俺。これから酷い目に遭わされたり……?



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