大団円
北部の祭りの中でも、大きいというだけあって、周囲の人達も活気づいてるね。いつもの十二、三歳くらいの姿に戻った兄ちゃんは、俺の隣を浮いていた。
「……兄ちゃん、どこか、痛くない? 腕とか、脚とか。痺れが残っている……とかさ」
俺は頭が痛いかな。だって、兄ちゃん、あの後、悪魔三トリオと司教相手に戦う魔王様に「俺も混ぜろーっ!」って言って突っ込んで行くんだもん。
……いや、うん。昨夜のことは正直、思い出したくない。
魔王様に平謝りされたとはいえ、兄ちゃん、結構ボロボロにされたし。もちろん、三トリオよりかマシだったけど。司教よりか頑丈だからってことで、それなりに。
「おう、平気だっ! 魔王様はやっぱり強いな! 天空神より、絶対強いぞ!」
司教とロベルトの要望通り、魔王様は雷系のみの伝説級なしで戦われた。一級試験用といわれる呪術式は使われなかった。まぁ、つまり天空神並びに司教が得意とする系だな。しかも、大きな…いわゆる伝説系に頼る天空神とは、また違うタイプの戦われ方だったが。
全く、比べたら失礼だよ、兄ちゃん。天空神にも。……もちろん、魔王様にも。どういう意味で失礼なのかは、あえて考えたくない。察してほしい。
その手の大規模で詠唱が付くような伝説級なしでも、十分強過ぎた。……ただし、魔王様御自身がお考えになられた、オリジナル雷系呪術式も用いられていたからね。身振り手振りついて、詠唱もされて。即興で、改変されたり修正されたりさぁ。
伝説級以上に狡猾な上に、エゲツなかったとだけいっておこう。医療系や歴史や伝承も詳しくて、呪術式の理論をきちんと解している人|(?)|が戦いに使うと………最凶伝説が普通に生まれちゃうんだと。
司教の得意分野であり、大分レベルを落としてもらい、四人…いや五人か、兄ちゃん三トリオ司教も合わせて、だから。五人がかりで挑んだにも関わらす、勝てなかった。ものの見事に大敗だった。それには、バルトさんにも大爆笑される司教とトリオ、そして兄ちゃん。……うん、無理です。絶対に敵に回しちゃいけない方です。
ここでバルトさんが加わったら、負けておりましたとは、魔王様がおっしゃられていたが。絶対、それ謙遜だよ! 嘘だよっ! バルトさん、どんだけ強いんだよ!!
その後、バルトさんが魔王様に言うには。
「いやいやぁ。全員消滅させたり、殺す気で行ったりすれば……余裕だろ?」
「してよろしかったのですか?」
ダメです。止めて下さい、本当に!! あのコンビ、こえぇぇと悪魔達が怯える理由が、なんとなく分かった気がする。恐ろし過ぎるよ、あのコンビ! 悪魔より性質悪いよ!!
「治療神がいるんだから、これからは多少派手にしても大丈夫だな」
などと、バルトさんがいい笑顔で、魔王様の行為を助長される言い方をされて。本っ当に、止めて下さいっ!! なんてこと言うんだ、この人!
多人数で攻められると、一発攻撃を受けるとコンボで食らっちゃうため、どうしても攻撃に転じなくてはいけないらしいのね。で、手数を増やすか、大きいのを一発噛ますかのどっちかになる。
大きいのって、その分隙も大きくなるから。止めかそれなりの時じゃないとできない訳で。俺も心当たりが多すぎて、魔王様に同情を禁じ得なかった。
……それでも、魔王様。たとえ五人がかりでも、割と余裕そうに見えたのは、俺の目の錯覚でしょうか?
★
司教とクリスさんは、大聖堂でミサっぽいのに参加されているが。俺と兄ちゃんは西の教会内で見回りだぜ。形だけの司教補佐って立場だからか、教会内での監視業務。……気まずい。
「守護神様は、女の子なんだからさぁ。やっぱり、ウィンプルとか付けない? それか、アンジェちゃんみたく、おしゃれするとかー。別に、法衣って着なくてもいいんだよね?」
くりくりと目を瞬かせる白い法衣のエドガー。いや、うん。めちゃくちゃフレンドリーなのは変わらんなぁー。
エドガーしかり、魔王様しかり、一目見た時から、兄ちゃんが女の子って分かっていたそうだ。本当に、すごいよな。同じ年頃だけに、ご自身達の性別と違うって分かるものなんだな。
「俺は、こっちの方が落ち着くからいいのっ! ジャンー、魔王様の手下がうるさい」
お祭りの雰囲気に浮かれモードのエドガーは、ピンクや紫、青などのリボンを片手に兄ちゃんの髪をくくろうとしていた。止めたくねぇ。魔王様に止めてもらうようにお願いして。
「ジャンさんだって、守護神様が可愛い方が嬉しいでしょ?」
嬉しくないことはないが。……兄ちゃんが好きな格好をして、嬉しそうにしている方が、俺はいいな。
「エドガー、シスターが探していた。早く行ってこい」
こういう式典とか用の光を反射する黒糸で精緻に刺繍された法衣に、十センチ近く高さのある帽子。自身の背の高さより高い銀の錫杖。もちろん、腰には例の紫の布が巻かれていたが。……悪魔祓い師用の司教服の正装を身に纏った魔王様。
司教も同様なものにストラ付けてカッコよかったですが。ただし、司教は紐派だけど。魔王様も……魔王様度が上がっている気が。いや、これ、ちゃんと褒めてますよ? 魔王様度って何だよっていう突っ込みは横に置いとくとして。……雰囲気で分かれってやつだ。
「えー、どうせ着替えとかやらされるから、行きたくないなぁ。……あ、そうだ。守護神様も一緒に行こうか。きっと、可愛がられるよー」
ガシッと服をつかまれ、ずるずると引きずられる兄ちゃん。エドガー、意外と力持ち。何だかんだ言っても、男の子だからな。「ジャンー、助けろー!!」って叫んでいるようだけど、聞こえない。御気の毒さまー。
魔王様の切れ長の黒い瞳は、兄ちゃんとエドガーの方を見ていた。だけど、すぐに目を伏せておられた。
エドガーがいなくなったことで、魔王様のストッパーがいなくなっちゃったよ。くれぐれも失礼のないようにしなければ。
「……ジャン司教補佐が治療神と出会ったのは、孤児院ですか?」
ひょっとしなくても、魔王様に隠し事はできないのではなかろうかと思ってきたよ。司教なんかより、ずっと頭も切れるし。クリスさんが有能とベタ褒めするだけはある。
俺が沈黙すると、それが答えと分かったのか、「そうですか」とおっしゃられた。
「……あの。一応、公的には俺も兄ちゃんも血縁者がいないってことになってるんですよ。だから」
「殊更、騒ぎ立てるつもりなどありません。ご心配なきよう」
同じ穴のムジナというか、魔王様ご自身、騒ぎ立てるとデメリットが大きすぎるからか。御自身の過去も、明るくない的なことを宿舎の人達が言っていたし。
「第一、大地神ならびに天空神が何もされていないのに、一介の司教如きが如何こうするつもりなどありません」
どっちも知ってるのが前提なのね。まぁ、その通りですが。頭の切れ方、本当に半端ない。
「どうして……気付かれたのですか?」
中央では、知っている人は知っているくらいだけど、北部では誰もそんなこと言わなかったし。分かっていて、黙ってくれている素振りも見せなかったし。
「……中央で、何度か遭遇していますので。その度に部下になれだの、不快なことを言われておりましたから」
言い方、酷いなっ! 遭遇って……そんだけ、嫌いなのか。魔王様が、そういう好悪を表にするのって珍しいんじゃね? エドガーに言ったら、恨まれそうだが。
宿舎の方々からも、エドガーの取り扱いは要注意って言われているし。魔王様好きすぎて、押せ押せの一手だとか。魔王様は、それにまるで気付いてないのか、エドガーも全敗中らしいと。……で、その八つ当たりが、悪魔祓い師達に来ることも多々あるとか何とか。止めてくれよ、エドガー。
しかし、その渦中の人物が、どこの誰か、言及されない魔王様。でも、その言い方で、相手は貴族だって分かろうもの。まぁ、俺も兄ちゃんも、直接顔を合わせたことはないんだけどね。……天空神は、露骨にその人物を嫌っているが。自神の直接的な……直系の子孫なのにな。
その人物は、現在、この国の王になっている人で。もちろん、男性だ。王家における王は、男性の方が、優遇されるから。
空に浮かぶ二つの月があり、それになぞらえた伝承が、この国に限らず、あちこちの地域にあるそうだ。
要約すると、元々は一つだった月が、何らかの作用で割れて、二つになったんだと。だから元々は一つの存在だったんだと。
こちらは、国によって解釈が変わるそうなんだが。この国では、双子で生まれた子供は嫌われる向きがある。それも男女となると、最悪だ。もう片方の女の子は確実に闇に葬られる。……それが、兄ちゃんだ。
天空神はその風習を嫌っているが。自神が気付いた時には、どうしようもなかったと。大地神は、殺す気なら、僕が欲しいっておっしゃられていたが。……子供を引き取って、どうするつもりなんだろう。性格をよく知る人間として、不安しかない。
嫌われる理由の一つに、その子供は『門』をくぐって、人以外の者になりやすいって理由があるからなんだが。そのコースに完全に乗っかっているからね、兄ちゃん。天空神も大地神もそれを知っていたから、手元に引きとめておきたかったというのもあるかもしれない。
別の地域、特に北部では、双子以上は大変喜ばしくおめでたいことで。男女どちらでも、とても大切に育てる傾向があるそうだ。そのため、そういう子供達は『門』をくぐるような事態に陥ることは少ない、と大地神が語っていた。
「いや、僕も双子で堕ちた方だから、絶対にとは言い切れないけれど」
なんて、最後にちゃんと落とすところに落としてくれたところは、相変わらずだったが。
大地神が人間だった時代、北部も中央も垣根なく、どこもかしこも荒地だったそうだから。歴史書を紐解いてみても、そうだったし。反対に、大地神が神になってくれたおかげで、北部も中央も、それだけ発展できた訳だからさ。
双子だろうとなんだろうと、中央の人達が行っていることを殊更、擁護するつもりはないが。それって人殺しだよな、とは思う。
そんな理由もあって、兄ちゃんは女性であることにコンプレックスがある。だから、男の子のふりをずっとしてるのな。……まぁ、兄ちゃんが王家出身って知ったのは守護神になって、天空神と出会ってからなんだけどな。
しかし、現王も無謀というか勇気あるな。魔王様を部下にしたいって。寝首かかれるぞ。いや、素でもできちゃう方だった。……反逆罪だよ、それ。
「どれだけ不快でも、人間は殺しません」
それ以外は殺されちゃうのですか? ……悪魔祓い師じゃなくて、祓魔師じゃねぇかよ。それも性質の悪い方の。伝承にある異端審問官じゃねぇ? 天空神派が他地方の悪魔崇拝に行った弾圧と変わらないんじゃ。いや、信者は人間だし。魔王様もそこまでは……。
「物理的にも呪術式的にも引き離すくらいです」
うわー、変わらない人(?)でした。前言撤回。中央の悪魔祓い師より厄介すぎる方です。
「今すぐ治療神とジャン司教補佐を如何こうしようなどというつもりはありません」
あぁ、いつでもできますもんね。俺みたいな小物。魔王様の相手になんか、なりませんよね!
ダラダラ汗かいちゃってるよ。俺、微妙な愛想笑いも引き攣ってるよ。
「ジャン司教補佐も有能な方だと思います。きちんと周囲に溶け込んでおりますからね」
どうぞとばかりに掌にすっぽり入るほど、小さな黒い石を手渡してくれた。魔王様、これは、何ですか?
「ジャン司教補佐は……敵の内情や弱点を徹底的に調べ上げてからでないと、本当のお力を発揮できない方。……バルトさんや私に直接的には勝てなくとも、その対策をすでに立てられていらっしゃるでしょう?」
どきりと胸が鳴ったけど、自分でも胡散臭いと思うように笑って「な、何のことですか?」ととぼけた。
「周囲に敵を作らないように立ち振る舞うのも必要スキルです。……私が苦手とする物ですから。羨ましいです」
……やっぱり、同族だってばれてました。本当は、俺も兄ちゃんをいざとなった時に殺す役目を任されていたんだけどな。孤児院で一緒に育った風なのも、そのためだし。あんまり役に立ってなさげ……。その手の訓練をきちんと受けた訳でもないし。
実際、兄ちゃんを殺しに来た輩を、罠にはめて、返り討ちにしたこともありますが。
「……それ、バルトさんにもやっぱりばれてます?」
出会ってすぐくらい、毒を盛られたもの、その所為かもしれない。俺、毒の耐性、ないんだけどなぁ。
「はい。お会いした時から認識しておりました」
あー、素人の人殺しじゃあ、本職の方々にはばれてしまいますか。その手の訓練、受けておられますもんね。バルトさんに魔王様。
「……俺、捕まりますかねぇ?」
人を害したり、殺したりっていうのは、罰則ものだ。そんなこと、子供だって知っていることだから。
「……今となっては、証拠などありませんよ」
そういうことに警邏の者達が動くとは思えないからな。兄ちゃんを害そうとしたのも、プロだから。その手の連中が、素人相手にやられたなんて、恥以外の何物でもないから。死亡届も被害届も出していないだろう。そもそも、その人物が生きていたという証明書的なのがあったのかも謎だが。
今思えば。死体を地下の下水道に捨ててきた時に、ネズミに噛まれたよな。それで黒死病にかかったか。下水道は、去年、魔王様が燃やされたとおっしゃられたから。死体も一緒に灰になっただろう。
「……魔王様。あの、この黒い石って」
「私は人間です。治療神にお渡し下さい。自己満足に等しい、せめてものお詫びです」
この石が? いったい、なんだっていうんだろうなぁ。兄ちゃんに聞いとこうっと。
「……同じ補佐が就くのなら。エドガーではなく、ジャン司教補佐の方がよかったです」
まさかのカミングアウト!! 俺は、絶対嫌です! 命がいくつあっても足りませんっ!!
「ちょっと、ヴィー!! まさか浮気?! 絶対ダメだよ!! ジャンさんが優しくてもさ!」
エドガーが帰って来て、まさかの発言! 浮気って何だ?!
しかし、なんで女物? ワンピースだよ。髪もリボンで二くくりにされてる。後ろから来た兄ちゃんも同じような格好していて。……いや、どっちも可愛いけどさ。似合ってねぇとか、不自然とか、違和感があるとか言わねぇなぁ。似合ってるし、自然だし、違和感ゼロだよ。
「何を言う、エドガー。ジャン司教補佐のように頑丈なら、殺しても死なないだろう」
そっちかよ! やっぱり、そういう意味かよ!!
確かに、悪魔祓い師って命や身体を張る機会も多いから。体も頑丈な方がいいが。一緒に歩くなら、そりゃあ、な。エドガーみたく、ひ弱そうで、護ってあげなきゃってタイプよりも、ずっと楽だもんな。
「あー、確かに。ヴィーって、いろんなのに命狙われてるからねぇ。ヴィー一人なら、楽々くぐり抜けられるし、囮があった方が、便利だもんね」
そこは同意しちゃうのかよ、エドガー!? しかも、黒いこと言い出したよ!? 悪魔達が言うように、腹黒っぽいぞ! ブラック・エドガー再臨してるぞ!
「エドガー。囮なら、ジャン司教補佐でなくてもいい」
魔王様、あんまりフォローになっていないです。何を囮に使う気ですか。
「だからって、自分が囮にならなくても……」
あぁ、そういう意味か。魔王様、お優しい。
「元々の狙いが私なら、そちらの方が効率もいいだろう?」
やばい、魔王様が男前過ぎる。漢だねぇ、魔王様。うっかり惚れてしまいそうだぜ。
兄ちゃんも「魔王様、カッコイイ」とか言い出したよ。
「守護神様も、ヴィーを好きになっちゃ、ダメですからねっ!!」
そんなことを言うと、エドガーも魔王様が好きだってばれるぞ。いや、魔王様とて、もちろんご存じだろうから、意味ないか。これだけ、アピールというか、自己主張が激しいと、さ。
年齢的にも幼い|(十一と十二)|から親愛と友愛を混合しているんだろう。結婚適齢期になって、それだとまずいかな。きっとその頃には冷めている、と思いたい。まぁ、それでも同性愛もオッケーな比較的大らかな国とはいえ、さ。
「あぁ?! バッカだな。魔王様は遠くから見ておくだけに限るだろ?! 近寄ったら、危ねぇだろ!」
兄ちゃん、御本人|(?)|を前に本当のことは言うな、と。怒られるぞ。
「治療神、私は人間だ。エドガー、着替えてくるよ。この格好だと汚しそうだからね」
魔王様は、俺同様、兄ちゃんを軽く窘めるだけで、怒んないのな。他の悪魔達なら、睨みつけるらしいが。石になりそうなほど恐ろしく、その視線だけで殺せそうな目らしいんだが。これは大げさに盛っているだけでなかろうか、と思う。全く、目から怪光線が出る訳でもないんだから。……いや、魔王様がたとえ出せるとおっしゃられても、不思議じゃないというか、ありだなと俺なんかは思ってしまうが。
「えぇ?! じゃあ、僕も!」
「しばらくそのままでいたらいいよ。似合っているよ」
淡々と無表情ながらに褒めている魔王様! 天然のたらしだよ。十一でこれって……。女性信者やシスターを手玉に取りそうで、将来が不安だよ。いやきっと、魔王様のことだから、素でおっしゃっていらっしゃるのだろうけど。軟派なこともおっしゃられるのですね、魔王様。
「ヴィー、全然嬉しくないよ。僕は、男だよ?」
恨めしそうに、魔王様相手に上目遣いで睨んでエドガーは言うが。いやいや、どう見ても女の子だよね? 目も大きいし、今頬も赤みがさしているし。庇護欲をそそられますね。
こんなのを見慣れたら、兄ちゃんも男って思うよな。本当に言葉遣いも悪いし。天空神の悪い癖が移ったな。せめて、大地神の言葉遣いを真似してくれていたら。……性格悪いのが移りそうだから、やっぱりこっちでよかったか。
言葉遣いでふと思ったが。エドガーって、見た目こそ天空神やラザフォード司教と同じ人種のようだけど、中身は大地神似だよな。腹黒のとことか。ちょい策士なとことか。一人称も僕で同じだし。
「知っている。同じ隣を歩くなら、今日くらい華があった方がいいかと思っただけだよ」
「うん、このままでいるよ。虫除けにもなるだろうし」
あっさり乗り換えましたよ、エドガー。いや、確かに魔王様くらいの年頃が好きっていう熟女なシスター方もいますけど。そういう方々除けに使えるだろうからね。祭りになると、みんな、羽目を外しすぎるところがあるし。
魔王様は「虫は……秋口だから。そういないと思うが」などと、ボケたことを言ってくれちゃいましたが。わざとか? そっちの虫ではないですよ、魔王様。エドガーでも、そっちの虫除けには使えません。
「ほらほら。着替えるんでしょう? 僕も手伝うよ」
楽しそうにぐいぐいと、魔王様を押すエドガー。怖いもの知らずだ、この子。「いや、一人でできるが」と言いながらも、されるがままに教会の方に戻っていった魔王様。
……いや、魔王様は、俺と兄ちゃんに『失礼します』って感じに一礼して下さったけどね。反射的に、俺も兄ちゃんも頭下げちまったよ。礼儀正しい方とクリスさんがおっしゃる通りだったよ。
実際、魔王様に近付きたそうにしている女子を、エドガーがこれ見よがしに魔王様にくっついて、牽制している向きがあった。……自身の見た目さえ武器にするとは。エドガー、策士な腹黒。魔王様も、御自身に害がないから放置。エドガーが増長しそうで不安だが。……大丈夫だろうか?
何だかんだ言っても、御二人|(一方、人扱いできない方もいらっしゃるが)|連れ合って歩いていても、お似合いだからなぁ。何も知らずに後ろから見ても、司教とその司教が好きな女子にしか見えない。
普段は浮いている兄ちゃんが、目線が俺より下。珍しいな。やっぱり、ワンピースだからかもな。大人しいね。
「……どうしたの、兄ちゃん。悪魔の気配でもあった?」
訝しげに訊くが、兄ちゃん、スカートの部分を引っ張ったり、握ったりを繰り返して。俺と目も合わせてくれないし。なんだろう?
「……どうせ、俺がこんな格好しても、可愛くないし。ジャンはさっきの手下の方が可愛いって思ってんだろ」
あぁ、なんだ。俺が何も言わないから、拗ねてるのか。……全く、バカだなぁ。
「兄ちゃんの方が、可愛いに決まってるだろ? そういう格好すると……新鮮だね」
俺は司教と違って|(司教も全否定するだろうが)|ロリコンではない。しかし、だ。そういう服を着ると、気品の良さって出てくるよな。顔立ちとか。やっぱり整ってる分、ね。
魔王様いわく、現王と顔は似ているそうだが。男女の違いこそあれ、さぞかし美系なんだろうな。
俺が照れたように笑うと、兄ちゃんは訝しげに見上げてきていた。
「……本当にそう思っているのか? だったら、ちゃんと証明してよ」
完全にいじけている兄ちゃん。大地神ばかり相手をしている時も、よくこうなってたなぁ。同じ年齢層だからかもな。
俺は苦笑して屈み、兄ちゃんの両脇に手を差し入れた。そして、俺の顔の高さまで上げ、額と額をくっつけた。
「俺は俺の一生をかけて、愛し続けるよ。―――ビビアン姫」
俺は大真面目に言ったのに、怒ったのか、さらに顔真っ赤。……兄ちゃん、何か不満?
兄ちゃんを名前で呼ばないのもひとえに、性別がすぐにばれてしまうからだ。兄ちゃん、女の子扱いを嫌うもんね。だから、職員達が勘違いしていたのもありがたかったといえば、ありがたかったのだが。危ない趣味の人と俺が思われる弊害をまるで鑑みていなかったが。そういう誤解もあったんだね。
「……ジャ、ジャンのアホ! だ、誰もそんなこと言えなんて言ってないし!」
兄ちゃんは、俺と契約した時、兄ちゃん自身の名前に誓って俺を護るって宣言してくれたからか? 俺も俺自身の名前に誓うべきだったのだろうか。
ポカポカと、肩とか頭とか殴ってくるけど、全然痛くない。兄ちゃん、照れてるのか?
確かに、教会の敷地内の広場(?)のようなところで。あちこちバザーのようなものもあり、人通りも決して少なくない訳で。そんなところでイチャイチャしていたら、な。
俺、法衣だし。はた遠目から見たら、聖職者がいたいけな少女に悪さしようとしているようにしか、見えねぇな。他の職員や警邏に見つかったら、いたたまれねぇ。
兄ちゃんも、仕事しようか。
よいしょ、と兄ちゃんを地面に下ろし、不服そうに見上げる兄ちゃんに打診した。やっぱり、抱っこが好きなんだな、兄ちゃん。
「北部って、お祭り多いんだって。夕方になると、仮装して、お菓子をくれって言いながら、町を練り歩くんだって」
魔王様のあの時の黒服も、仮装だったのかもな。仮装されてもされていなくても、恐ろし過ぎるが。
「兄ちゃんも仮装するの?」
中央にはない文化だよね。北部独自のものかもね。
「うん。成人していない子供は全員するんだって。あと、向こう側に行きそうな著名人とかもさ。多分、ラザフォード司教もすると思うよ。俺も、アンジェがするからしようって手下に誘われた」
ふーん。それだとエドガーもするんだろうな。シスター方が張り切りそうな見た目だし。アンジェと兄ちゃんしかり、みんな飾りがいあるもんな。
確か、その祭りは向こう側に行かないために……だったはずだが。すでに向こう側に行ってる方も参加オッケーなんだな。何だかんだ言って、どんちゃん騒ぎがしたいだけに感じるが。……気のせいでは、ないだろうなぁ。
そして、十一歳でまだ成人されていない、すでに向こう側に行ってますよね。まだ行かれていない方が不思議なんですがって方もされるのだろうか。仮装されていなくても、悪魔祓い師達にとっては恐怖の対象ですが。する必要ないですよね? 常時、宗教家の仮装だってされてるし、な御方もされるのかな。……本人(?)には面と向かってそんな恐ろしいことは言えないが。
「シスター達と手下に押し切られて、毎年服装だけはされるらしいよ。魔王様は……お優しいから」
……服装だけ祭りに参加されてる風でも、お仕事はきちんとされるのだろうな。クリスさんからも尊敬される理由、絶対そこだよな。
「お菓子くれって……なんか子供が好きそうな祭りだな」
甘い物って、俺は強請るまで好きじゃないんだけどな。あっても、兄ちゃんや大地神によく上げてた気がする。兄ちゃんや大地神が喜ぶ顔が見たいからって気持ちもあったが。
「うん、まぁ、そうなのかな? 仮装してないのから、お菓子かいたずらかって二択を迫るらしいよ」
ちゃんと情報収集してたんだな、兄ちゃん。俺もそんなことされたら困るな。菓子を常時、持っている訳じゃあないし。いたずらされそうだな。
……魔王様からいたずらされたら、シャレにならんし。悪戯でも悪い戯れでもねぇよ。俺の生死かかってるよ。
「だから、今日も仕事がんばろ?」
兄ちゃん、優しい。
―――うん、頑張る。
★
余談だが、兄ちゃんを抱っこしてたのが、別の職員に見付かっていた。不名誉にもロリエロ補佐などと呼ばれた。失礼すぎるだろ。成人している兄ちゃんだったら、そう呼ばれなかったのだろうか、と思っちまったぜ。その場合「リア充が」「爆ぜろ」「爆発しろ」だのと罵られるだけか。……実際、心の狭い悪魔達に言われたし。
司教もクリスさんも……アンジェも着替えていた。
司教が吸血鬼なのか、黒のフックコートに白のドレスシャツ。貴族っぽいよ、司教。
クリスさんは、ミイラ男なのか、包帯を巻いていた。いや、オメガも赤黒い染みが付いた包帯を巻いていたが。あれは絶対、仮装じゃない。リアル過ぎる。……また、なんかちょっかいをかけたのかもな。で、制裁を下された、と。バカだねぇ。
猫も黒のとんがり帽子に裏地が赤の黒マント。首下の留め金は、かぼちゃのジャック・オ・ランタン。……可愛いじゃねぇかよ。
アンジェは白いふわふわのワンピースに、頭に黄色の輪。そして、背中に小さな白い翼が。―――天使だ。天使すぎる。
ガン見してたら、兄ちゃんが頬を膨らませたのは、いうまでもない。
「守護神もアンジェちゃんとセット服っぽいのにしたけど。……どうかな?」
兄ちゃんは兄ちゃんで、胸と局所を隠すタイプの布の面積が控えめな黒のツートップ。頭に二本の角。背中に黒い被膜の羽が。そして、お尻にはしっぽが。手には、黒いフォークのような大きな杖を持っていた。……小悪魔がいるよ! こっちもこっちで、十分可愛いけどな。 兄ちゃんは何を着ても似合うねぇ。
アンジェと並ぶ兄ちゃんを微笑ましいものを見る目で見ていた。そうしたら、兄ちゃんはご立腹なのか、唇を尖らせた。
「……だったら、これでどうだ!!」
兄ちゃんは、服装そのままで、成人化って。……服の大きさも自動で大きくなっているからいいけどさ!
いや、もう際どいっていうか、アウトです! ここはそういう店じゃない!! 一応、悪魔祓い師用の宿舎っ!! 聖職者達の住まいです!!
司教も、ゴッフゴッフって咳き込んでいた。司教、やっぱり純情すぎるよ。天空神と一緒だよ!!
そして、俺用ってでかでかと書かれた紙を張り付けられた、灰色の狼男の被り物が用意されていて。……嫌がらせだろ!! 今の兄ちゃんの横歩くと、シャレにならんっ!!
それでも被る俺って。ノリがいいのか、お人好しなのか。
兄ちゃんはまるで分かっていない無邪気な笑顔で「ジャン、似合うー」と周りに合わせてなのか、素なのか言っていた。多分、兄ちゃんは分かっていないと思うが。素なんだろうなぁ。他の連中は、純粋な兄ちゃんとは違う意味で似合うと言ってるんだよ。
街中で出会った魔王様とエドガーは、死神と妖精って。……型にはまり過ぎていて、絶句したのは内緒だ。魔王様じゃなくて、死神様とこっそり兄ちゃんとその日一日、呼び合っちまったよ。
いや、それ本物ですよね。普通に切れますよね。……っていうか、それでオメガ切ったんだろ。血はちゃんと拭ったようですが、俺には分かりますよ! なんていう自身の背の高さより大きな鎌と黒のフードって。……昨日の襲撃者な魔王様みたいですね。
そんな鎌を向けられて「トリック・オア・トリート(いたずらかお菓子か)」って言われた……らしい。俺の耳が間違っているのか「トリック・オア・デス(いたずらか死か)」に聞こえた気がした。
兄ちゃんは「デス・オア・デス」に聞こえたそうだが。……兄ちゃん、それ死の一択だよ。死しかないよ! 生きる道とか余地を与えてくれよっ!!
必要以上に怯える俺と兄ちゃんに、エドガーと顔を見合わせておられたが。これはそういう祭りではないらしいからね。死が前提の祭りなんて嫌だよ。
確かに、魔王様は死を与える神っぽいですが! リアルでも祭りにも関係なく、さ!! 昨夜|(ほとんど今日に近かったが)|俺も兄ちゃんも殺されかけましたが!
こっそりと救援用の光を上げようとしましたが。何とか思いとどまったよ。あれで襲撃されたら、絶対上げてた。それも赤いやつな。黄色なんて、生易し過ぎるし。俺や兄ちゃんでは、絶対に対処できん。
★
そうそう。魔王様から手渡された黒い石。あれには黒死病を流行らせた悪魔のことと今まで北部で黒死病の研究をされていたと思しき情報を圧縮された呪術式等が描かれていた。それをどういう意図で、魔王様が俺や兄ちゃんに託したのか、俺にはさっぱりわからなかった。
司教に訊ねるとしょっぱい顔をされた。「……デーモンが、そうしたいなら、仕方ないか」などと言っていた。
魔王様のお名前ではなく、俺と兄ちゃん、そして悪魔祓い師達の手で、世間には公表しろってことらしい。正確に魔王様のお気持ちを察知できるとは。司教も慣れてるな。
こういう研究発表の資料なんかの整理も下っ端時代からの仕事だったからな。できないとはいえない。見回りが空いた時にでもするようにって司教から指示された。
★
俺の北部での新しい生活は、こうして始まった訳だが。
……先行き不安で、すでに暗雲が立ち込めている気がしたのは、きっと気のせいではないと思う。
ネタばらし(こんなかんじです・・・)
* 人によっては不快になるかもしれないので、読み飛ばしてください。
ジャン → 三枚目役
兄ちゃん → マスコット
猫(男爵)→ いじられキャラ
バルトさん → 悪魔祓い師内 最強
ラザフォード → 安定の天然さんwww
悪魔トリオ → ヘタレ&コメディ担当
クリス → おかん
エドガー → 腹黒
ヴィルド → 人外(どうしてこうなった(;;^ω^)・・・)
ここまで読んでいただき、ありがとうございましたm(__)m