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6章もこれで終わりです。
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兄ちゃんと俺も因縁深い中央の監視。初っ端から、本気モードの兄ちゃんは、美女の白衣だよ。相当ご立腹のようで、地面すれすれで浮いていた。足が地面についていなくても、俺より目線も下なんだけどね。
「兄ちゃん、あんま寝てないんでしょう? 平気?」
そう言いつつ、俺が少し眠いんだけどな。兄ちゃんは「平気だっ!」って元気に言ってくれているが。きっと魔獣遣いのことで、頭に血が上っているんだろうな。まさに、躁状態。それが切れた時が怖いな。きっと、丸二日は眠るんだろうなぁ。エネルギー切れとか言って。
呪術式で、その手の疲労は取れないのかって? いや、取れるけど。その反動がまた、でかいんだよな。今、寝れば済む話だし。今頑張っても、二日後くらいに呪術式が切れて、三、四日ほど起き上がれないっていうのは、ザラだし。そんなリスキーなこと、できるかっての。呪術式って、利便性が強調されがちだけど、ちゃんと欠点とか不便なとことかあるんだよな。
ツヴァイの橋近くを歩いていたら、例の音が、こもっておらず素のままで聞こえた。今日は、屋外で吹いているのかよ。
民家の屋上、前と変わらず、全身を黒い外套で覆い、肌を一切露出していなかった。
ほぼ天頂にかかる月からして、今は十二時近くなのだと分かった。満月の祭りとその前後の夜って、鐘楼番は休みって決まっているからな。月の満ち欠けによって、悪魔への転化しやすさって関係しているそうだから。転化希望の人の時間感覚を狂わせるのも目的の一つらしい。
そんな月を背にして、ただ笛を吹く魔獣遣い。……こっちも、前見た時と同じ、横笛で。魔獣遣いの被るフードが深い上、逆光で、顔も見えなかった。
「こいつ……っ!」
兄ちゃんは飛び出して行き、無謀にも、接近を試みようとしていた。人ではないものって、普通に飛べるもんね。建物の屋上くらい、楽々だろうねっ!
魔獣遣いは笛を吹きながら、兄ちゃんと自身の間に炎の壁を築き上げていた。やっぱり、劫火の魔王なのか?!
その炎のおかげで、遠目だけど、顔上半分、目のところをかすかに開けた白いマスクで覆っている人の形をしたものだというのは分かったが。
もし、魔王だとすると、兄ちゃんの手では負えないから。だから、応援をと、前と同じ呪術式を上げようとするが、近っ!!
魔獣遣い、兄ちゃんの接近攻撃を振り切って、俺の方に来たよ! 前、応援呼んで、司教が来たのを覚えているのかも。だから呼ばせないように、俺の方に来たか。
ずっと兄ちゃんの援護ばかりしていたから、接近戦が苦手と思われているかもしれねぇが。一応、俺だって兄ちゃんの契約者なんだぜ?
天空神や大地神に遊んでもらって|(兄ちゃんはガチだったようだが)|惨敗した後、俺と「特訓だぁぁぁ!!」なんて言って相手してたからな。……兄ちゃん、負けず嫌いだから。俺も散々付き合わされたよ。
魔獣遣いも近距離戦ができるタイプのようで。兄ちゃんに重傷を負わせたから、当然だったか。俺に向けてくる拳。緋色のかなり複雑で、禍々しい呪術式をまとうそれは、真剣にかわさないとまずいと直感で感じていた。
ほぼギリギリ。俺の顔横。かすったのか、完全に避けきれたのか、定かではないが、どちらにしろ、呪術式が発動していた。真っ赤な酸素をあまり含まない炎が上がった。温度もそう高くないって言うけれど、それでも十分、熱風が来る訳で。……って熱っ!! 魔獣遣い、めちゃくちゃ殺る気じゃねぇかよ! 目撃者を殲滅する気じゃねぇかよ!!
しかも、兄ちゃんの方にもばっちり、炎系の小型呪術式で、バンバン牽制しているし。……さすが、公爵位。著名な悪魔祓い師達が束になっても敵わないってだけはある。大地神も似たようなことができていたから、全然、不思議じゃねぇよ。
治療系の応用、肉体特化系の呪術式を描く暇もねぇ! 兄ちゃんは成人バージョンだから、すでにできているからいいものの、俺はまだだ。滅多に使う機会もないからって油断しきっていた。中央でも、その呪術式を使うの、周りの悪魔祓い師がどかどか呪術式放ってくるのを避ける時ぐらいだったからね! こんな近接戦で避けるために使うのは初めてだよ! もちろん、使った後の疲労感、半端ないけど!!
「ジャンっっ!!」
兄ちゃんも、こっちに来てくれようとしているけど、炎の壁やら、火球やらが邪魔して、無理みたいだ。白衣も焦げているし、皮膚のあちこち、重度っぽい火傷も負っているのに。赤くなっているだけじゃなくて、皮膚が糜爛状やケロイドになって。酷いところなんて、炭化してるんじゃねぇかってところもあるくらいだ。
もしかしなくても、ヴィルド司教様と出会った日の火事も、こいつのせいだったのかも。あのヴィルド司教様が御気付きになられていない、とは思えないが。もちろん、人命を優先されたから、全無視だろうが。報告書、なんて書かれていたんだろう。見せてもらえばよかった!
いや、もう呪術式付きの拳や蹴りを放ってくるんだがなっ! 袖とか裾とかもフワッとしていて、長いタイプだから、どれくらいの大きさなのか、長さとかもよく分からねぇが。今の兄ちゃんと変わらないか、ちょい小柄……? クリスさんよりちいせぇのは確実。
魔王とかって呼ばれるのは、幼少期にみんななるのかもな。あえて成人の姿ではなく、本性で、か。的も小さいから、当てにくいもんねっ!
とにかく、模擬戦だと思っている司教や、魔獣遣いをお探し中のヴィルド司教様に、ここに危険すぎる魔獣遣いがいるってお知らせないと。……住人に危険が及んじまうよ。
一応、光を放つタイプの呪術式、兄ちゃんもできるだろうけど。敗北を認めるって意味だから、兄ちゃんのプライドが許さないだろう。天空神や大地神に甘えるのは平気だけど、司教やヴィルド司教様にはまだ難しいかもな。兄ちゃん、結構人見知りするからな。
救援用の光を放つタイミングを探っていたら、凶器に近い拳が接近していたのに、気付くのが遅れた。後ろに跳んだけど、かわせねぇって悟った。
魔獣遣いの拳が当たると同時、後ろに飛ばされ、石でできた橋の手すりのようなところに叩きつけられた。そして、白煙を上げる俺の体。マジで熱いっていうか、全身の血液が沸騰する感じだ。兄ちゃん、こんなの受けてたのかよ。いくら、治療できるとはいえ、ショック死しても、おかしくねぇぞ。
「ジャーンッッ!!」
泣きそうな、いや目に涙なんか浮かべて、本当に泣いていた兄ちゃん。……バカだなぁ、まだ死んでねぇから。自分の心配しろよ。遠中距離もできる魔獣遣いなんだから、さ。
もう、炭化しちまったのか。動かない左腕はそのままに、右手で大きい破壊する系の呪術式を作っていた。当たらないと、意味ないって分かっているのに。
魔獣遣いの口が何か動いた。声は……耳もやられているのか、聞こえねぇけど。元々、わざと声量を抑えていたのかもな。ただ、最後に『サラマンダー』と動いたのが分かった。
火系呪術式は呪術式でも、その手の名のある呪術式は……はっきりいって強い。火系呪術式で、上から五、六番目に入るほど難易度が高い。二級の本でもギリギリ載っているレベルで。中央で使える悪魔祓い師なんてほとんどいなかったぞ。
「にい、ちゃ……に、げ」
魔獣遣いの頭から斜め上、何もない空間から、実体を伴わない半透明状で十センチほどの赤いトカゲが現れた。緋色……スカーレット色の体表に、無機物めいた赤紫色の瞳が特徴的だ。その赤紫の色の赤みが増して、その口から吐き出された紅蓮の炎の渦。
兄ちゃん、もろに食らって、地面に膝を付いていた。白衣が短いよ。胸をギリギリ隠せるかなってくらいまで。
そんな隙を付いて、黄色の光を上げた。兄ちゃんは「治療、しろよ」って呟いていたけど。兄ちゃんが自滅覚悟で向かって行ってくれたんだから。俺だって、何かしたいんだよ。いつまでも、足手まといは嫌なんだよ。
ヴィルド司教様にバランス悪いって言われたの、俺が弱すぎるからだ。
せめて、バックアップだけでも、きっちりしたいんだよ。悪魔に誰も襲われないように。
サラマンダーは消えて、魔獣遣いは空に上がった光を見上げていた。……兄ちゃんの紫の瞳が俺を一瞬見て、兄ちゃんの腕が淡い白い光に包まれた。
両腕に描かれた呪術式。両腕を捨てて、この魔獣遣いの足止めするって。だったら、俺だって……。
魔獣遣いの周りに張った完全に内外の呪術式と物理的な力を遮断する強力な結界。俺が使えるもので、最も強力なものだ。これで、兄ちゃんが結界ごと破壊すれば。
ぞくりと背筋に走る悪寒というか、威圧感。大地神が本気で怒った時に似た気配。濃密な向こう側の気配が、この場に充満した。
突進してくる兄ちゃんと結界の内側にいる魔獣遣いの足下。……巨大で、青白い呪術式が浮かんだ。魔獣遣いの口が『燃え盛れ、炎帝』って動いた気がした。
「兄ちゃん……退避して!!」
詠唱付きの呪術式は、一級レベルで。下手をしたら、伝説級のものもあるくらい。難解で複雑。……そして強力。さっきのサラマンダーも複雑で面倒だが、それ以上だろう。
青白い呪術式いっぱいに、白い鬣と青白い瞳を持つ獅子の顔が浮かんだ。口から、青白い炎が吐き出され、夜空を焼いた。
その炎の柱に巻き上げられた兄ちゃん。髪も燃え尽きて、ほぼ真っ黒になって、地面に叩きつけられた。
「にい……ちゃん」
肺に折れた肋骨が刺さったのか、咳き込んだら、鮮やかな血が混ざっていた。このくらい、今の兄ちゃんに比べたら。
魔獣遣いの方は、結界のおかげでまるでダメージを負っておらず、先ほどと同じように立っていた。あの結界、伝説級のものだとすり抜けちまうのかよ。そりゃあ、公爵位が祓われない理由の一つだな。
たとえ、今ここで殺されても、司教達が気付いてくれるから、と思うとよしとしよう。こんな化物も北部に出没しちまうのか、と思うと噂に違わず、恐ろしいところだ。
兄ちゃんに止めを刺すつもりなのか、兄ちゃんの力を奪うつもりなのか、近寄る魔獣遣い。
魔物や悪魔なんかの向こう側に行った者達に特有な性質の一つ。その向こう側に行った者同士、自身が強くなるために殺し合うことがある。もちろん、その相手を殺した者に相手の力が移譲され、その者は増強される訳だ。しかし、その方法は詳しく知られていない。天空神も大地神、兄ちゃんまでも、黙って何も言わないからね。
キンという高い耳鳴りに近いものが断続的に響いた。
魔獣遣いも何か分かったのか、炭化した兄ちゃんをぞんざいにつかみ、俺の傍にまで、後ろ跳びで一気に来た。その行動だけなら、俺や兄ちゃんを護るためのものに見えなくはない。俺を自身の背に庇った様に見えなくもねぇものな。
禍々しい紫にも見える黒光りした呪術式が、さっきまで兄ちゃんが倒れていたところに描かれていた。そして、白い古めかしく巨大な門がせり出てきた。……近くにある二、三階建ての建物並の門。……向こう側とこっち側を繋げるための『門』だ。
『門』っていうのは、それをくぐるものの強さに合わせて存在するものだといわれている。だから、これは相当強いものがこっち側に来るってこと。
今、そんなものと魔獣遣いの両方を相手するなんて、無謀だ。
『門』がこっち側に開き、異界の空気がする。きっと弱った兄ちゃんに魅かれて現れたんだろう。
炭化したと思われる兄ちゃんは、目だけは死んでおらず、魔獣遣いに簡単な殴る程度の威力しか与えない呪術式を描いて、発動させようとした。しかし、失敗していた。
空に上がる赤い光。……近隣住人や非戦闘員の避難を優先させるもの。この手の連絡手段は宗教家も警邏隊も住人達も共通だ。そうじゃなきゃ、意味なんてないからな。誰か、違和感を覚えて上げてくれたんだ。
巨大な『門』いっぱいに全身に長い黒い毛がびっしり生えた魔獣。……真っ黒な毛に埋もれるようにあるぎらつく黄色の瞳。それが、弱った兄ちゃんを見付けると喜んだのか、ニタリと笑った様に見えた。
「やれやれ。血筋がいいものが北に来ると『門』が開きやすくなると大地神もご存じでしょうに。模擬戦でそこまで本気を出すと、こうなることは分かっていただろう、治療神」
魔獣遣いだった人が、黒いフード付きの裾の長い外套を脱ぎ棄て、兄ちゃんにかけた。肩に付くか付かないくらいに切られた闇夜のように黒い髪。黒の法衣に腰に巻く紫の布。そして、目の周りだけを覆うマスクを外した。
その下にある御尊顔は、南部を治めていたといわれる劫火の魔王ではなく、北部における最凶伝説のヴィルド司教様で。
……いや、兄ちゃんが勝てないのもなんとなく分かった。っていうか、この方、炎系なの?! なんで魔獣、操ってんの?!
「今回は、近距離戦と炎系のみの呪術式を扱う魔獣遣いの襲撃者設定らしい。文句はラザフォード司教に言って下さいね。ジャン司教補佐、それから治療神」
巨大な『門』に負けないくらい、巨大な白い呪術式。……今まで見た中で、一番レベルが高い。多分……伝説級のもの。
「すべてを灰燼に帰せ。鳳凰―――フェニックス。……五億分の一」
甲高い鳥の鳴き声が響き、呪術式の端から端、『門』を貫くように白光が上がった。
『門』や魔獣、その下の呪術式もろとも焼き尽くす、炎帝以上に酸素を多く含んだ温度が高い、白い炎が上がった。……その熱は、結構離れているはずの俺にも伝わっていた。
白煙の上がるその上には、伝説上の生き物、炎を纏った鳥―――フェニックスがいた。普通に羽ばたいてるよ。
南の土地を再生するために劫火の魔王が使ったとされる呪術式。……威力を弱めて、普通に使いこなせる方なんだ。
ヴィルド司教様のお言葉通り、全部……魔獣も『門』も灰になったよ。
―――俺も兄ちゃんも、こんな方にケンカ売ったんだ。……無謀すぎた。
役目を終えたフェニックスは、どこか……さらに上空に飛んで行ってしまった。あのまま、どこ行くんだろうな。
せっかく上げた、赤い光も打ち消されちゃったね。あんな強い……強過ぎる呪術式の前だと、当然だけど。幸いなことに、住宅、住民も無傷みたいだし……よかったかな。俺と兄ちゃんはズタボロにされたけど。
しかし、ヴィルド司教様なりに良心が働いて下さったのか、するほどでもないと判断されたのか分からないが、フェニックスを俺や兄ちゃんにされなくてよかったよ。炎帝でも、人にするべきものではないが。
「ジャンー、伯爵ー。生きてるかぁ? おい、デーモン。全力のフェニックスはあかんだろ。いくら、治療神でも、再起不能になるだろ」
ようやく来てくれた、司教とクリスさん。プラス戦闘系の悪魔のロベルト。オメガは東で、ウェスタは西だったからな。今回、近い人が来てくれた訳ね。
「使っておりません」
司教にシビアに返す、ヴィルド司教様。魔獣と『門』に使ったからね。そして、自称五億分の一であって、司教にとってはあれで全力なのかもしれないが、ヴィルド司教様にとっては違うからね。……この方が全力で使ったら、北部地域全土が灰燼に帰されそうですが。
「魔王ー、おっぱい様の服燃やすのは歓迎だけどよー。炭化したら、あかんやろ。しかも、服着せてるし」
露骨にチッと舌打ちをかますロベルト。それ目的で、お前はここに来たんか? ヴィルド司教様も、無表情ながら、どこか不快そうな視線をロベルトに向けていた。えっと、あんな奴、燃やしていただいていいですよ?
「ジャンも伯爵も、これくらいで済ますなんて。やっぱ差別してんじゃねぇかよ」
司教、何をおっしゃるの。俺も兄ちゃんも、結構ボロボロになりましたが。
「いつも、模擬戦すると犠牲者って一組じゃ済まないからね。俺も何度か襲撃されたよ」
しょぼんと肩を落とすクリスさん。クリスさんにもヴィルド司教様、来るの? 悪魔襲撃者風で? 炎帝とフェニックスを普通に使っているのをみたら、魔王の異名に納得しちまったもん。ヴィルド司教様と書いて、魔王様って呼びたくなってしまったよ。……呼んだら怖いから、呼ばないけど。
「お前の場合、軽く呪術式で眠らされるだけだろ。ジャンもその口かなって思ったんだが。そんな大怪我負わされて。不憫な子」
しんみり司教に同情されたよ、俺。兄ちゃんと一緒だったから、なおさらだったかも。
「ジャン司教補佐なら、かわして下さる速さでしたのですが。当ててしまいました」
へこんでいるのか、肩の力落としちゃったよ。魔王様、気を使わせてしまって、すみません!!
兄ちゃんも治療神とあって、炭化から治ったよ。俺の方も治してくれて。ありがとう、兄ちゃん。
兄ちゃん、魔王様がお召しになられていた服を着ているけど、ぴったりだね。足もほとんど太腿半分以上、隠れている。
「一昨日、魔獣集めていたのも魔王なの? 俺、飛び出して行ったけど」
「じじいの指示でな。悪魔祓い師達には知らせずにやったんだと。本物の魔獣遣いが現れてもいいようにってやつでな。デーモンも、魔獣を集めて、一網打尽にしたかったらしいんだわ。さすがに、中央みたく、劫火で地下を三日三晩燃やす訳にもいかんし」
昨日、枢機卿との話し合いっぽいのした後、荒れてたのそれか。確かに、悪魔祓い師全体をはめられたなら、司教が怒るのもなんとなく分かるよ。
しかし、中央で、魔獣相手にそんなことしたの? そんなことをされちゃってたのか、魔王様……。天空神や大地神に知らない方がいいって言われてたの、なんとなく分かったよ。知りたくなかったかなぁ。
「一級試験の最終課題でしたので」
エゲツなっ!! 司教が言ってた通りだよ! 枢機卿推薦組の試験、半端ないっ!
魔王様、そんなことされてたなら、炎系得意な御方だろ! それなのに、それ指定って。勝てる訳ないよ……。
「魔王だって、おっぱい様やジャンが下手に食い下がらなかったら、そんな怪我も負わせなかったろ? 手下の恩人だからな」
せっかくプラスに働いていたのに、マイナス要因が、何かあったと?
確かに、兄ちゃんが思いきり怪我を負わされたのって、一昨日しかり、今夜しかり、俺が結界を張った時だよな。それまでは、軽傷から中程度だったし。結界ごとそのままブレイクされたら、魔王様も無事では済まないから。
「火系にしても、炎系にしても、加減が難しいので。あまり使いたくないのですが」
弱くしてあれですか。魔王様、隙なさすぎ。あれでも本気じゃなかったんですね。本気を出されたら、余裕で北部どころか王都まで焼け野原ですね。それくらい、強い呪術式だから。
「くっそぉ。やっぱり炎系もダメかぁ。何系縛りなら勝てるかなぁ?」
ムムムと考える司教。やっぱりって。ダメだって、分かっておられていたのですね。まぁ、当然でしょうけど。いっそ、呪術式なしでしてもらったら。
「いや、前それして、死屍累々だったからな。雷系縛りなら、俺にも軍配が」
「雷獣とサンダーバードを使いますが?」
「伝説級もなしの方向で!!」
ロベルトも突っ込んだ?! いや、気持ちも分からなくないが。しかし、そこまでして魔王様に勝ちたいか? わざわざレベル落としていただいてまで?
「「勝ちたいに決まってるだろ?!」」
司教、ロベルト、息ぴったり。さすが契約者とその悪魔。どれだけ煮え湯を飲まされているのか知らないが、よっぽどなんだな。御気の毒さま。
「私もそろそろ襲撃者側ではなく、護る側に付きたいのですが」
「うるせーよ、デーモン。お前から、町の破壊を護ってるんだよ」
おっと、司教、本音が漏れてますよ。いくら本当のことでもそれは言っちゃあ、ダメです。そして、全敗しているようなので護れてないですよ、と内心で突っ込みを入れてしまった。ごめんなさい、司教。
「ラザフォード司教とは、認識の齟齬があるようです」
「齟齬なんかねぇよ。こんの破壊神め」
「そうだそうだ」と小さく加勢するロベルト。もっと堂々と言ったらいいのに。
「お言葉ですが、私は自身と追いかけている悪魔が破壊した跡は、きちんと元のように戻しております」
破壊しっぱなしの悪魔組や司教とは違うとおっしゃりたいようだ。しかし、破壊工作をされていることは否定されないのですね。魔王様、俺としては、そっちを全力で否定してもらいたかったぜ。
「元に戻しているからいいってことはないんじゃ」
兄ちゃん、みんなが思っていることを代弁しなくてもいいからね?! 兄ちゃんに自殺願望はなかったよな? ないよなっ!?
「ヴィルド司教も、別に故意でされている訳じゃないんだから」
「クリス、もしわざとなら、俺もじじいも、司教やめさせるからな?」
うろんな眼をする司教。そこは魔王様を信頼してるんですね。
「ということで、デーモン。俺と勝負しろ!」
そして、そこに帰結してしまう訳ですか。司教、何だかんだ言って兄ちゃんの類友ですね。
「あー、司教負けるの分かりきっててされるんですねー。俺とジャンくんと伯爵と控えてますんで、明日に響かないようにはしますよ」
クリスさん、目が冷てぇです。司教を止めても無駄だって分かってるからでしょうが。
「いや、一種類の系列、プラス伝説級なしなら。何とかなる……はずだっ!」
「ウェスタとオメガも呼べば、まだ何とか……」
ここまで来ると、大人気ないというか、何というか。
俺も兄ちゃんも仮面被ってなくて、司教服のままだったら、全力でやろうとか、足止めしよう、なんて考えなかったと思うな。正体を隠されたままでも、相手の実力を把握しろってやつか。
多分、俺も兄ちゃんも魔獣遣いでさえなければ、あそこまで熱くはならなかったが。大人しく、撤退したと思う。
だから、正体を隠されたままでよかったと思う。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




