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6章です。ここまで無事に(?)来れました。
兄ちゃんがいくら本気モードになっても。また司教達応援が来て一晩中探しても。その魔獣遣いは見付からなかった。結局、夜が明けて……「まだ探す!」とごねる兄ちゃんを引っ張って宿舎へと帰ってきた。
「……明後日、感謝祭だっていうのに、魔獣遣いなんて……大変だな。少年にも、こっちの手伝いを優先してもらうように打診するぞ?」
バルトさんの声に俺と兄ちゃんの足が止まった。そうか、あの魔獣遣い、大きな祭りがあるからあんなことしたんだ。
大地神は言っていた。悪魔とて、元は人間なのだと。だから、何らかの理由もなく騒ぎを起こしなどしない、と。それが著名な悪魔ほど、その傾向は高いと。そうでなければ、とうの昔に祓われている。人間の悪魔祓い師とて、そこまで愚かではないからね。ちゃんと見付けるだろうしさ。
「……いや、ことがことだけに、デーモンには俺から正式に依頼するよ。地下とあの魔獣のことは、デーモンの方がはるかに詳しいからな」
ヴィルド司教様に、アドバイザーとしてもこっちに来てほしいって訳か。北の最凶伝説の方なら、『業火の悪魔』でも何とかしてくれそうだし。
「デーモンめ、昨夜は地下絡みであいつの専門分野だっていうのに、まるで姿も見せねぇで。どこをほっつき歩いていやがったんだ?」
「肝心な時に、本当に役にたたねぇ」とぼやく司教。ヴィルド司教様に対してなんてこと言うんだ、この司教!
「司教ぅー。ヴィルド司教だって、他にも仕事抱えているんすから。無理言っちゃあ、いけねぇっすよ」
クリスさんは、やっぱりフォロー担当なんだね。司教を窘めているよ。しかし、全員集まっているね。アンジェもモラさんの膝の上に座っているし。
「ジャンくんと、えっと……伯爵もお帰り~」
クリスさんは優しく笑って、ヒラヒラ手を振ってくれた。変わらない優しさ。しかし、今の兄ちゃんの呼び方、困るよね。今、美女バージョンだし。
「俺だって、言いたくないけどさー。こっちの俺に勝てるやつって、そういないんだけどな。俺もジャンも手加減なんて、出来ずにマジでやったし」
姿形は変わっても、口調も性格もそのまま。……まぁ、つまり、ちょい甘えん坊なのも、変わらない。俺の方が、背も高いため、腕なんかに抱きつかれると……ちょうど当たっちゃう訳で。ジャストフィットしている訳なんだけどな。兄ちゃん、止めようよ。みんな、ガン見だよ。一点集中だよ。
「元々、チビ……いや、伯爵は戦闘系じゃねぇだろ? もし、あそこにいたのが『劫火の魔王』だったなら、よく生きてたな、だよ。……二人ともな」
そりゃね。司教も小さくため息をついてくれましたね。だって、階級的にも、断然上だし。炎系って火系より断然強いし、思いっきり攻撃系だし、戦闘特化型だもんね。兄ちゃんの分、悪すぎだもんね。俺っていう、足手まといもいた訳だからね。なおさらね。
こちらの地方では、業火じゃなくて劫火と呼ばれるんだね。どっちが正しいのか知らないけど。劫火の方が性質も悪いし、規模も大きいんだけどな。確かに、一度、南の国を燃やし尽くし、土壌や木々を再生したって神話があるくらいだし。劫火が正しいんだろうけどね。
「せっかく集めたネズミを燃やしちゃ意味ねぇだろ? そもそも、魔王が笛を吹いて魔獣なんか操られるのか?」
小首を傾げる兄ちゃん。見慣れているとはいえ、やっぱり美人だな。線を引いたような細い銀色の眉に、くっきりはっきりした二重瞼。きゅっと引き締まった淡い色の小さな唇。品のいい顔立ちだな。
「悪魔祓い師に見付かったから、証拠を消したかったっていうのもあるんじゃねぇか? 長く生きていたら、操る方法だって、見つけるんじゃねぇ?」
司教はなんとか理屈をつけて答えてくれた。まぁ、それならなんとなくではあっても納得かな。兄ちゃんも、フムフムと頷いているし。
「証拠消すなら、目撃者のジャンとおっぱい様を消せばよくね? 劫火の魔王ならそれくらい余裕だろう?」
「ばっか、ジャンが先に俺らへ知らせたから、もし殺したら余計にことが大きくなるだろ? 秘密裏にできねぇよ」
「いやいや。案外、その犯人は魔王様だったんじゃねぇの? 昨夜、現場に起こしにならなかった理由もつくだろうし」
こそこそ内緒話を装っている悪魔達。聞こえてるよー。ところで、ウェスタ。どうでもいいけど、おっぱい様って兄ちゃんか。いや、確かにどちらかといえば、兄ちゃんはある方だけどな。腕を挟まれている俺が言うのもなんだがよ。
「おいおい。ジャンとおっ……いや、伯爵は、一応エドガーの恩人だろう? デーモンとて、感謝こそすれ、オメガと違って、手は出さんだろうよ。昨夜はお……いや、伯爵もそれなりにダメージ食らったんだろう?」
司教、ウェスタの言葉に引きずられすぎです。何だかんだ言いながら、ヴィルド司教様が義理堅い方だって、認めているんですね。やっぱり、仲いいだろ、この人|(?)|達。
「仕留めたと思ったら、内臓やられて、首つかまれて吹き飛ばされた。その衝撃で、軽くあばらの二、三本折れて刺さったよ」
兄ちゃんが人外で、そして治療神じゃなかったら、動けない重傷じゃねぇかよ! 無理して歩いてたんじゃねぇか?
今、後ろに回って「ジャンー、おんぶー」って言いながら甘えてるのも、その所為かもな。しかし、周囲の目がいてぇ! そして、背中ぁぁぁ!! もろ当たってるからっ!
「とりあえず、後でジャンをぶん殴るとして。それくらいなら、あの魔王でも普通に簡単にできるよな」
「あぁ。とりま、ジャンをリア充野郎め、と罵るとして。魔王、近接戦闘も素手での人体破壊も簡単だもんなぁ」
「ジャン、そこ代われや、と呪詛するとして。魔王様とて、本気で襲ってこられたら、恩人でも容赦なくなるだろうからな」
悪魔トリオの嫉妬が見苦しいぞっ?! 頭に変な言葉、入れるなよ! そりゃー、ヴィルド司教様、首謀説なら、まだ救いはあるが。楽観視はできないけどね。俺も兄ちゃんもその人物の顔は見てないし。
「お前らねぇ。こういう時は、最悪の事態を想定しておくもんだぜ。……ジャンが、デーモンの恨みを買えばいいとは思うけどな」
ここの人達、異常に心狭くねぇ?! 契約主のラザフォード司教が心狭い所為で、悪魔達もそうなってるのかもな! いらない嫉妬受けてるよ! 俺は、被害者!!
「……今すぐにすべきは、ジャンくんと伯爵の部屋替えだと思うな。むっつり悪魔達と一緒はダメだと思うよ」
今、すごくまともなクリスさんがいてくれて、本当によかったって思うよ!
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