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クリスさんに肩をガシッとつかまれて「ジャンくん……くれぐれも、くっれぐれも、失礼のないようにね」とガチの目で言われた。
そして、とぼとぼ町を散策している。兄ちゃんもわがまま言わず、隣をプカプカ浮いていた。
さながら死への行進と言うべきか。兄ちゃん、いつもより元気ねぇよ。悪いことしたの、俺達だからな? 仕方ないとはいえ、さ。
しかし、どちらにいらっしゃるかなぁ。デーモン様。
「……ジャン、本当にそのデーモン様はどこかにいるんだな? きっと、おそらく町中を散策していらっしゃるんだな?」
キョロキョロと兄ちゃん警戒して。そんな緊張しなくても。大地神相手でさえ使ったことない敬語じゃねぇかよ。
「兄ちゃんも見つけたら言ってな? 結構、いやかぁなぁり、多忙な方らしいから。一カ所にとどまっていらっしゃることってマレだそうだし」
キョロキョロしながら、一緒に大聖堂から中央区の大通りを南に下っちまうぜ。
来た時も思ったけど、大聖堂って、中央区の関所の門から馬車で一本道って。これって、いいのかなぁって不安になるね。いや、この道もまた、戦争後に整備されたものなんだろうけどさ。こんなまっすぐな道って、普通作らないし。呪術式の通り道になっちまうからな。
そう考えると、北西区は道も入り組んでたし。細道とかもたくさんあったからな。ゲリラ戦にはうってつけってくらいに。歩くのは、こっちの方が楽だけど。
「兄ちゃん、感知系も役に立たない方だからね。地道に探そ」
休日もらったから寝不足でフラフラの……いやショックで貧血を起こしていたモラさんのお手伝いをしていた。危なっかしくて、見ていられなくて。それの原因の一つって俺が言った不用意な言葉だし。
大体、今が九時くらいかな? あんまり朝早く押しかけるのも失礼だと思ってね。
兄ちゃんはなるべく引き伸ばしたい派なのか、お手伝いも楽しそうだった。
俺と兄ちゃんの前方。大人な住人に囲まれている白い法衣。腰に巻いた青い紐。そして、腰以上のサラサラな金髪。兄ちゃんより小柄な後姿。エドガー司教補佐?
ちょうどいいや。近くにヴィルド司教様がいらっしゃるかもしれないし。
ちょうど、エドガー司教補佐が振り返って、目が合った。思わずエドガー司教補佐に一礼しちゃったよ。ものすっげぇ、心臓バクバクいってる。
「こんにちは。ジャン司教補佐と……えっと、その、契約……悪魔、さん?」
下から見上げてくるエドガー司教補佐。……やっぱり、兄ちゃんより、一、二歳幼い感じな女の子っぽいが。男の子なんだろう。うん、もったいない。
「俺はジャンの守護神! 悪魔と一緒にすんなっ!」
兄ちゃん、俺の目の高さと同じくらいに浮いてるけどさ。エドガー司教補佐にキャンキャン噛みついちゃったよ。……兄ちゃん、止めて。
「あー、そうなんだ。ごめん、ごめん。なーんか、ヴィーから聞いてたのと随分、印象違うな」
ギクリと俺は表情も動きも固まっちゃったよ。エドガー司教補佐は、ヴィルド司教様から、どのようにお聞きなさっていらっしゃるのでしょうかね? 敬語、俺も使い慣れていないから、結構、無茶苦茶だな!
「あぁ、そうか。おチビはヴィルド司教付きだったもんなー」
兄ちゃん、今思い出した風に言わなくても。あと、エドガー司教補佐にケンカ売らないで!
「僕はチビじゃないぞっ! ちゃんと十二歳で孤児院だって出てるんだからねっ!」
「「え……?」」
十二って兄ちゃんが転化したのと大差ない! しかもヴィルド司教様より、年上?! どう見ても、逆じゃないのか?
素で驚いた俺と兄ちゃんに勘違いしたエドガー司教補佐は、どこか誇らしげだった。
「ちなみに僕とヴィーは、その時から一緒だったんだぞー」
あぁ、俺と兄ちゃんが驚いたの、孤児院出身の方だと思ってくれたのね。よかったよ。余計なことを言いそうな兄ちゃんの口を後ろからふさいだ。そして「わー、知らなかったですー」なんて中央で磨いた社交性を十分に発揮させて、ニコニコっと笑ってみせた。
俺も十二の時、今のエドガー司教補佐とそう変わらない身長くらいだったから。その可能性も鑑みないといけなかったね。すまん、エドガー司教補佐。俺は、十四歳くらいで一気に背が伸びたけど。一年で、五、六センチなんて普通だったし。十六になったら、十センチくらい伸びてね。今は落ち着いたよ。
エドガー司教補佐ったら、中身の方はしっかりしているようで慌てて「あ、う。す、すみません、ジャン司教補佐」なんて言って。恐縮して、ペコペコ頭下げてくれて。ムキになっていたのは、同年齢ほどの兄ちゃん相手だからか。
「いえいえ、お気になさらずぅ。兄ちゃんが先に失礼なこと言ってましたから」
「謝って」とばかりに兄ちゃんを促すけど、つーんと知らんふりをし出した。ちょっと、兄ちゃん。実年齢はエドガー司教補佐より上なんだからさぁ。妥協しようよ、そこは。
兄ちゃんって、同年齢くらいの子供、基本的に嫌いだからさ。仕方ないのかもね。多分、悪魔って言われたのが、ショックだったんだろうけど。で、今意固地になっているの。機嫌が直るまで、しばらく時間かかるんだよね。
「……あの、俺のこと、そんな敬語とか片っ苦しく話さなくて、全然いいんですよ? 普通に話してくれて」
年上だの、そういうことはもうちょっとエドガー司教補佐が年を取ってからでいいし。子供相手に、そうかしこまって言われると、背筋がむずかゆいし。ヴィルド司教様のお付きってことは、俺より司教補佐歴だって、長いだろうし。
「え? いいんですか? じゃあ、じゃあ、僕のこと、普通にエドガーかエドって呼んでくれます?」
無茶苦茶フレンドリーな子ねっ! ぐいぐい来るねぇ。……いや、嫌いじゃないよ。うん。
「よーし、じゃあエドガー。俺のことはジャンでいいからな」
弟ができたみたいで、ちょっと嬉しいなぁ。
そういえば、さっき、周りの住人達に、何か尋ねている風だったけど。何だったんだろうな?
エドガーもニコニコ嬉しそうに笑っているよ。お日様みたいな子だな。
「嬉しいなー。僕と仲良くしてくれる悪魔祓い師の方っていないんですよね」
思わず、俺の顔もピシって笑ったまま固まったぜ。兄ちゃんは、抱っこが気に入ったのか、手足をブラーンとさせ上を見た。そして「どしたの?」って聞いてきた。
「子供好きだっておっしゃるクリス司教補佐も、ちょっとよそよそしくて。……もちろん、理由と原因は分かってるんですけどね。ラザフォード司教は、僕が孤児院にいた頃からのお付き合いなんで、ちょっと子供扱いですが」
ほふーっと憂いた顔してため息ついて。エドガー、さっきとギャップが。そして、また背中に嫌な汗が。
「……そういえば、昨日、ヴィルド司教様が、教会のクロード司教にしばらくエドガーは大聖堂の医務局か医療部でお世話になるとか……そうおっしゃられていた気がするんだけど。俺の気のせいかな?」
医療系の資格を取っていないエドガー一人に往診させるってこともないだろうし。少し、不思議……。
「あー、ヴィーやっぱりそんなこと言ってたんだ。全く余計なことして! 大体、僕が町を歩けなくなったのも、ヴィーが鈍くさいからなのにっ! ちゃんと仕事してよね」
怒り心頭のエドガー。この子、表情もコロコロ変わるな。クリスさんの言葉通りに、ヴィルド司教様と、確かに正反対だ。
「……えっと、その。ごめんなさい」
とても、嫌な心当たりがある俺としては、エドガーにペコリと頭、下げちゃうぜ。
兄ちゃんは不服そうだがな。知らない兄ちゃんは、それでいいよ。
「え? いやいや! ジャンさんやそっちの守護神が悪い訳ではないですよ?! だって、あれは、ヴィーが油断してたからだって! ヴィーだって、そう言ってましたから!!」
パタパタ必死に手を横に振って否定して。いいえー、もう、とんでもない。
「ジャンー、何の話?」
キョトンとして、兄ちゃん。オメガの言葉ではないけれど、知らない方がいいことかもしれない。
「俺と兄ちゃんが、北部に来てやらかした話。知らなかったとはいえ、方々に迷惑かけまくってるからね」
俺は泣きそうだよ、兄ちゃん。ラザフォード司教は謝って来いって軽く言ってくれるけどさ。
「そういえば、ジャンさんと守護神は今、お仕事中ですか? 邪魔をしたなら、ごめんなさい」
謝らないで! 俺の良心がザックザック傷つくからっ!
「ラザフォード司教が休日くれたからね。俺達は休みなんだけど」
「あ、もしかして、ヴィーを探しているんですか? 僕も探してたんですよー。ジャンさんと守護神と一緒でよかったなーって思ってるんですよぉ~」
邪気なく笑ってくれるけどさ、エドガー。俺は、結構、顔引き攣っていると思うよ。俺は自分の顔、見えないけどさ。
「エドガーがよかったんなら……俺もよかったと思うよ?」
「はい! はぐれの悪魔がいる町には来るなって。酷いですよねぇ。ヴィーにとって、僕は弱すぎるから。仕事の足手まといでしかないからなんですけどね」
兄ちゃんも、ようやく分かったのか、固まっている。しかも、俺の法衣ギューッとつかんで。……ついでに肉もつかんでいて。結構、痛いから止めてね!?
「……なぁ、ヴィルド司教って」
「悪魔祓い師一級試験に受かった司教だよ?」
エドガーが無邪気に答えてくれたが。いや、他人からあっさりカミングアウトされるのも嫌だねっ!
誰だよ、ヴィルド司教様をデーモンとか魔王とか魔王様とか呼んでるの! その所為で分からなかったんだよ! ヴィルド司教様も、たとえ御自身のことを言われていても、即否定しちゃうよ! 悪魔祓い師達から恐れられてるって自覚もないかもしれないし! 人間離れしてるって思ってないかもしれないし! ……本当に歩く災害だ。
ヴィルド司教様の件もあり、悪魔祓い師達はエドガーのことも腫物を扱うような扱いになるでしょうね!
少なくとも、ヴィルド司教様は部外者であるエドガーに外に出るなって忠告して、置いてきぼりもあるだろうし。橋なんかの修理も率先して行うでしょうね! 御自身が相手をなさった悪魔が破壊したんですから!
エドガーのこと、ヴィルド司教様なりに大事にしているのだろう。町に出ちゃダメって言っているようだから、さ。御自身のお付きなだけに、その手の悪魔に逆恨み的なもので狙われる恐れがあるから大聖堂内勤務にしたのだろう。
「……ジャン、生きた伝説の魔王と悪名高いデーモンは、ヴィルド司教ってことでオ、ケー?」
兄ちゃん、カクカクとしか動かないよ。気持ちも分からなくはないが。
「あー。やっぱり、悪魔祓い師達の間ではそういうことになっているのか。ヴィーは悪魔でも魔王でもないやい」
エドガーったら、腕を上げて、兄ちゃんにプリプリと怒って、まー。デーモンって呼んでるの、俺の上司のラザフォード司教なんだけど。魔王って呼んでるのは、戦闘系悪魔達だよ。まだ俺達じゃあないよ。
「とても強い悪魔祓い師だってことは……周知ですよ」
十一でいろんな悪魔にトラウマ植え付けているのかー。
昨日、じっと俺を見ていたの、それだよな。なんでこいつ、昨夜私の仕事の邪魔してくれたのに、悪びれていないの~的な意味で。
ヴィルド司教様、高出没エリアのひとつである中央区なんだが。やっぱり、南西地区の方がよかったかなぁ?
エドガーもキョロキョロと周囲を見渡して。エドガーもヴィルド司教様を探していたのかもな。さっき、住人達に聞いてたのもそれかも。確かに、あの人なら、日中目立ちそうだからな。いや、住人達が注目してる的な意味で。ここの住人にも好かれているらしいからな。たとえ高速で動いていても、誰か目撃してるかもってね。
「おっかしぃなぁ。いつものヴィーなら、ラザフォード司教じゃない契約者と戦闘系の悪魔の傍にいたら、飛んでくるのに。非常事態中だから、無視かな?」
エドガー、俺と兄ちゃんを誘蛾灯扱いしているっ! それで喜んでいたのかよ! 北部の子ってみんな怖いなっ! 兄ちゃんのレベル、確かに戦闘系悪魔の中でも高い方だから、飛んで来るよ! 爵位的には高いけど、本当は戦闘系ではないがな? 治療神だし。
俺の顔、引き攣るなんてもんじゃねぇよ。兄ちゃん、泣いてる? 大丈夫?
「北部はなんで、こんな怖いのばっかいるんだよ!」
泣きたい兄ちゃんの気持ちも分かるが。エドガーが黒いよ。策士すぎるよ。ラザフォード司教も同じことを考えていたようだけど、ギャップが激しいのはエドガーだよ。司教はしめしめといった感じだったけど。失敗しているだけに可愛げだってあったけど。こっちは無邪気に悪げもなくやってるよ。たとえ失敗していてもまるで可愛くねぇ!
「僕は怖くないでしょ? もし仮に、そのはぐれ悪魔が襲って来ても、ジャンさんと守護神が助けてくれるでしょ? 信頼してますよ」
エドガー、それは信頼じゃねぇよ。利用っていうんだぜ? そして、エドガーも十分に怖いし。悪魔祓い師達も、避けるよな、これは。ヴィルド司教様へ感謝の意を示すには、エドガーを大聖堂に戻すっていうのがよさそうだな。
「エドガーくんよぉ、ここはヴィルド司教様のご意向を尊重すべきでない?」
エドガーにもしものことがあったらどうするんだ? 俺自身の監督不行き届きだよな、それ。エドガーって悪魔に関してノーガードっぽいし。いくらヴィルド司教様付きといえど。準二級でも持ってるのかな? もし、ヴィルド司教様が教会に異動になったら、付いてくよって言いそうだし。医療系や薬物系といえど、司教補佐ならいるよな。
「だって………僕はヴィーの傍にいたいんだ。もし――――ヴィーの身に何があっても。……ヴィーが向こう側へ行かないように」
因果なもので。悪魔祓い師なんてものをしていると、向こう側……『門』の先へ魅入られやすい。呪術式のことを詳しく知っているほど……その傾向が高い。
『門』の先には何があるか。悪魔崇拝者なんかは真理があるとか思っているらしいが。そんなものないだろうね。あるのは身の破滅―――それしかないだろうね。兄ちゃんを見ていると、そんな気がしてくる。
「……それは、大丈夫だ。ヴィルド司教様は強い。何があっても……向こう側へは行かないよ」
ポンポンと頭に手を置いて慰めた。エドガーは心配性だな。ヴィルド司教様って大の悪魔嫌いなんだから。今でも十分強いし。これ以上、何を望むのってやつだな。
「ジャンさんも……ラザフォード司教と同じこと言うのですね」
どことなく、エドガー嬉しそうね。よかったよ。元気になってくれて。
「エドガーさ。だから、帰ろう? もしエドガーに何かあったら……ヴィルド司教様、悲しむよ?」
エドガーがここでチョロチョロしていたら、ヴィルド司教様とて、気にかけてしまうだろう。仕事……悪魔祓いなんて手も付けられんだろうからね。
「ジャンー。そいつがそこにいるって、デーモン様は分かるんか?」
トレーサー的なものを付けていないと普通はな。ヴィルド司教様なら、悪魔感知機能と同様のものを使ってきそうだが。それくらいの異能があっても不思議じゃあない。というか、俺はそのくらいじゃあ、もう驚かない。ない方が、ヴィルド司教様も同じ人なんだぁと思って、安心するが。
第一、前例もあるようだし。念には念を入れていそうだがね。ほら、エドガーが悪魔祓い師宿舎に怒鳴りこんできたらしいって。
「あれは、ラザフォード司教のとこの悪魔が僕の魂の一部を勝手に抜き取ったから! 大体、僕が準二級取るって言ったら、ここぞとばかりに、悪魔達来るし!! 日頃の鬱憤晴らしてやるってばかりに!! いくら害がでないくらいでも、それは許せないでしょ?!」
どいつだよ、それ!! 命知らずというか、もうバカだよ! そいつ、よく祓われなかったなぁ。
………あ、いた。そんなことしそうなヤツ。
「………その悪魔。ヴィルド司教様から何か、報復受けなかった?」
恐る恐る訊くと、エドガー顔を赤くさせて、もじもじしだした。おいおい、今、そんな話をしていなかったよな。
「ヴィーったら、僕のためにものすごく怒ってくれて。あんな感情的なヴィー、初めて見た?」
オメガ、ご愁傷様です。怒らせたら、いけないものを怒らせたんだな。
兄ちゃんも「そいつ、バカだな」と言っていた。
しかし、悪い意味での子供好きで魂を抜いちゃうんだな。それでも騎士クラスって。その能力ってよっぽど、限定付きなんだろうな。それがヴィルド司教様をオメガのトラウマ話の真相か。それだとオメガ、同情の余地ねぇな。ヴィルド司教様がキレて当然です。俺も兄ちゃんや俺にされたらキレてるし。むしろ、ラザフォード司教の顔を立てて祓わなかったヴィルド司教様を褒め称えたい。
「ヴィーが、ずっと僕を見てくれてるっていうのは確かに嬉しいし、魅力的だけど。お仕事の邪魔だもんね。大聖堂に戻るよ」
ようやく分かってくれたエドガーは、元来た道………大聖堂の方に帰ってくれる気になったようだ。もちろん、送るけどね。
「大聖堂の医療系は体内部の病気なんかに強いんだよね。南西区の教会は事故なんかによる外傷に強い……で合ってる?」
クリスさんによる又聞きだから、そんな詳しくないんだけどさ。のんびりメインストリート……大聖堂への帰り道にそう訊ねていた。
「うん、そう。僕は外部の怪我なんかを治療する系の方、得意になりたいんだけどね」
おそらくそれの動機はクリスさんと同様、ヴィルド司教様の治療だろう。しかし、自分で治療できるって言って、拒絶されたってしょんぼりとしてしまった。
「うーん、だったらさぁ。ヴィルド司教様の内面というか、そういう御病気の管理できる人になるっていうのは、どうだろう?」
「そうか。そういう考え方もできるんだ。ありがとう、ジャンさん!」
純粋にそう言ってくれるんだ。あぁ、いい子だ。今まで、北部でおっかない人ばかりに出会ってきたから|(策士なエドガーも含まれるんだが)|こういうのを見るとほっこりしちゃうね。
視界の端に赤いものがチラついた。反射的にエドガーと俺、そして兄ちゃんを含む範囲で周囲に結界を張っていた。中央での模擬戦という名の嫌がらせのおかげだな。
赤い呪術式からの炎。……いや、うん。俺達のみに向かってするってところは評価できるけど。これ、ヴィルド司教様か? いや、でも。エドガーも一緒だし、こんな派手なのするか? 俺が防いでなければ、大火傷は免れねぇレベル。
「ジャン……あれ、使い魔だ」
兄ちゃんも戦闘態勢に入ったのか、紫の瞳を大きく見開いて、赤味がかっていた。兄ちゃん……少し、本気モード。
兄ちゃんが睨み付ける先に本物と見間違えるカラスのようなモノ。でも、本物とは明らかに目が赤いし、違うな。さっきまで普通のカラスに擬態してたんだろうけど。今は本性むき出しだな。
他に使い魔がいないか、俺は辺りを探しつつ、エドガーと周りの住人を護るためにもう一度、さっきより頑丈な雷系の結界を張るぜ。
兄ちゃんはその使い魔に突撃っていうか。一昨日の晩、ヴィルド司教様に突撃したのも|(今思えば、無謀も甚だしいが)|治療神だから。 ある程度、近付かねぇと呪術式、発動させられないのね。あたると、凶悪なのをいっぱい知ってるけどさ。たとえば、内部から臓器を破壊する系とか血流が反対側流れる系とかさ。まともに食らったら、普通に死ぬよね系がたくさん。
……そんなこともあって、遠距離が得意な相手だとか。兄ちゃんより小さかったり、素早かったりだとかすると。どうしても、後手になりやすい。それをカバーするのも、契約者の俺の役目なんだが。
兄ちゃんや周りにもどかどかと炎系の呪術式、撃ち込んでいるのな。それを防ぐってなー。正直、骨が折れる。主に兄ちゃん、俺とエドガーに飛んで来ているが。住人にも向かって、普通に飛んでいるし。それを風系の呪術式でそらしたり、叩き落としたりしているからさ。
はっきり言って、それだけで手一杯だ。多分、エドガーが自力で何とかなるって言うなら、俺はノーガードで兄ちゃんの手伝いしてるんだが。
今も、俺よりエドガーを中心に結界張っているし。俺まで、結界張る余裕がないって言うのが本音だが。この雷系の結界、結構強いんよ。レベル高めなんよ。だから、俺にはちょいきつい。
「ジャンさん……あれ、術者が近くに?」
………エドガーも何か知ってるのか。キョロキョロ辺りを見渡していた。確かに、監視だけの使い魔なら、結構遠距離でも大丈夫だと聞いたことあるが。ここまで激しく攻撃する使い魔は、その術者も傍にいるはず。
使い魔って言っているけど。そこもまた、呪術式が関係してるんだよな。紙とか石とか削った木とかに描いてってやつと。実際の生物に描いて仕立てるってパターンとがあるそうだ。もちろん、俺にはここまで精巧なのはできないが。これ、どっちのパターンなんだろう?
エドガーは、術者を先に押さえようってやつか。それなら、兄ちゃんの負担も減って名案なんだけどな。
……だが、現状、それは不可能なんだけどな。この結界は、稼働式ではない訳で。多少腕とか脚とかくらいなら動かせるけど。それ以外はダメだからさ。俺も下手に動けば解けちまう訳で、さ。
エドガーだけは、なんとか無傷で大聖堂に送り返したい。だから、こんな形で巻き込む形になって、申し訳ないくらいだ。
「ジャンさん。僕なら自分で結界張れますから。……あっちの使い魔退治に回って下さい!」
さすが、ヴィルド司教の補佐。もしものために勉強もしているのね。隙をみて逃げるなんて言うのは、エドガーの運動神経じゃあ、無理っぽそうだけどね。
「じゃあ、任せるけど。……本当に危なくなったら、逃げるんだぜ?」
少し心配ながらも、若いながらも薬系の補佐になれる人だからね。それなら大丈夫かなって思っていた。
結界を解き、飛んできた火球をかわし「兄ちゃん!」と呼んでいた。
「ジャン、遅い!」
使い魔に何度も突撃しても当たらず、イライラしている模様の兄ちゃん。完全に八つ当たりじゃねぇかよ。……別にいいけどさ。
このカラスっぽい使い魔って、的も小さいし。素早いし。遠距離攻撃もできるし。兄ちゃんが最も苦手な相手だよ。
エドガーの方は、水系と思われる結界を周囲に張って火球を防いでいた。……大丈夫そうね。使い魔の周りを簡単な結界で覆う俺。使い魔がばっさばっさと羽ばたき、体当たりなんかして結界を破ろうとしていた。いくら簡易結界とはいえ、そのくらいの力では破れないよ。
兄ちゃんがその結界に触れて、中にいるカラスごと破壊して、おしまい。あっさりだね。
「ジャンさん、すご~い!」
俺としては生物使用型の使い魔じゃなくて、よかったと思っているよ。兄ちゃんが爆発させると同時に紙になったから。その後、一緒に吹き飛ばされて消し飛んだけど。
呪術式って人によって描く癖があるらしい。呪術式に詳しい人が見ると、筆跡鑑定と同じように見分けられるらしい。そういう資格を取るための政府機関ならびに大聖堂内にも似た鑑別機関があるそうだ。
「とにかく、大聖堂に帰ろうか」
とんだ休日になったなーと思いながら、急ぎ足で帰った。
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