3
4章はこれで終わりです。
★
西部って炭鉱に近いっていうだけあって、擦り傷とか骨折とか少なくない。だから、外傷における医療系も強いところらしい。
だから、ヴィルド司教がここにいるのも不思議ではないわな。医系の二級持ちだし。ただ、いらっしゃるとは思わなかっただけで。
アンジェを送ってくれた訳だし。教会に来るついでだったのかもな。
ここの代表であるクロード司教とお話し中。椅子と机が均等に配置されて。週の初めにある一般人の礼拝時用の部屋……広間なんだろうな。
「ヴィルド司教、クロード司教とお話し中ですか?」
ジョージさん、行ったよ。契約者じゃないから、ヴィルド司教が割と穏やかな対応をするのを知ってるもんね。……オプションに契約者が付いているから、どう出るか分かんないけど。ここも教会だし、他の人の前だから、しないだろうけど。
「……ジョージ修道士。何か?」
ヴィルド司教、素気ない。いや、これで通常運転なのか? 見たら分かるだろ。話しているのに割り込むなよなってやつだよな。
「……えっと、エドガー司教補佐がいないと非常に危なっかしいとお聞きしていますからね。大丈夫ですか?」
何が危ないの?! いきなりキレたり、豹変したり……? そんな人に司教位与えちゃダメだよ!!
「ご心配、ありがとうございます。北西区の修理が終わったことと、エドガーがしばらく大聖堂医療部にお世話になることを伝えに参っただけです」
丁寧な言葉遣い! 別段、この方って俺やジョージさんにそんなこと言う必要性ないんだけどなぁ。癖なのかもな。
「アンジェをわざわざ教会まで送って下さったとかで。えっと……その、ありがとうございます」
一応、新人とはいえお礼言っとかねーとね。ジョージさんより、俺も階級だけは上ですから。
「教会へ参るついでですから。お気になさらぬよう。ラザフォード司教からも頼まれましたので」
あぁ、持ちつ持たれつの関係なんね、やっぱり。なんとなく、他の方々の話を聞いてたら、そんな感じはしてましたよ。
「他に御用がございませんのなら、通常業務に戻ります」
クロード司教、俺達の順に一礼して、教会から出て行っちゃった。あぁ、素気ない。
どうでもいいが、ヴィルド司教の通常業務ってなんぞや? 道路や建造物なんかの修理じゃろ? マルチな人だから、医療系の往診かもな。
★
あのあと…クロード司教に自己紹介して。お昼をいただいたけどさー。結構、話長いんよね。ヴィルド司教がどれだけすごい人か。クロード司教がどれだけ尊敬しているかなんてことを、熱く語ってくれた。他にも、そこに勤めている司教補佐や修道士さんも一緒になって語ってくれちゃってねぇ。俺達、一応、食事中なんだけどな……とか思ってしまった。
正直言うと、その話だけでおなかいっぱい。俺は、ヴィルド司教の話より、デーモンさんのことを知りたかったんだけどな。
もしかしなくても、ヴィルド司教って、話やら頼み事やらを自分から打ち切れなくて、拒みきれなくて。業務に戻れない的な意味で危なっかしいのではなかろうか、と疑いたくなった。だからこそ、補佐がいないと危ないと、納得だ。
ここの人達も、悪気なんてこれっぽっちもなさそうなだけにな。頼み事をされても、断りにくいのだろうね。
それでも、俺達も外にウェスタらしき、悪魔っぽい気配を感知できたから御暇できたよ。下手に捕まったら、ヤバイコースだよ、あれ。
ウェスタと合流して、北西区に戻ったけど。ウェスタの方でも、感知できなかったのか、外れだった。
途中、足元に破壊する系の呪術式が浮かび、光った。しかし、発動することなく消えた。呪術者が消したか、呪術式のミスでもあったのか。
それに、ウェスタが「ひえぇぇっ!」と随分情けない悲鳴を上げていた。その悲鳴で、デーモンさんによる怪奇現象というか。デーモンさんによるトラウマスイッチだったのだろうと推測できた。
トラウマスイッチオンのウェスタが使い物にならなくなったので。その日は切り上げることになった。ちょうど、夕刻の四時頃で。日も陰ってきたからな。
一昨日のオメガみたく狂乱こそしていないが。「ま、魔王はどこだぁぁぁ!」とか叫んじゃな。一緒に歩きたくない。北西区でそんなこと叫んでさぁ。お前、うるっさいんじゃぁ。いてまうぞ~。なんてどこの言葉だよ、何語なんだよ、と突っ込み入れたくなるような気配を感知して、早々に退散したっていうのもあるが。
悪魔祓い師達の宿舎に帰宅し、打ち合わせのために、ダイニングとは別の応接間というか、広間へと来た。二十人くらいは、楽々収容できるスペースな。
「おう、ジャン、ジョージ。あとウェスタもお疲れ~」
ソファに座ってヒラヒラと軽く手を振ってくれるラザフォード司教。本当、フレンドリーだよなぁ、この司教。しかも、俺らがビリか。距離を考えて、北西か南東が遅くなるもんな。
なぜか知らないが、大聖堂って北東区にはすぐに行けるもんな。やっぱ、教会があるエリアだからかもな。
「ジャンー。お帰りー」
嬉しそうに笑って、俺に駆け寄る兄ちゃん。低い目線で俺の足元に立った兄ちゃんは、俺に強請る様に両腕を上げた。
「ハハ、兄ちゃん、ただいま。今日は甘えん坊だな」
俺の方でも、笑って抱き上げてやったぜ。顔と顔が触れ合うくらいの高さにな。
いつもは自分で飛んでくるけどな。しかし、人前でしろっていうのも珍しいな。司教だけでなく、クリスさんとか猫とか。……ガン見だよ。
「中央区には、悪魔の気配なかった。あったと思ったら、アンジェとかいう小悪魔だったし」
あぁ、それで橋くらいまでラザフォード司教と一緒に送ったのか。
「そんで、橋で昨日、火事の時に会った……ヴィルドとかいう司教と会ったよー。んで、アンジェ、教会まで連れていくって言ってさー。別に、俺と司教が行ってもよかったんだけどな」
あれ? そこはヴィルド司教の証言と違う……。
「あいつ、俺とチビスケは中央で悪魔探しとけって言ってたからな。チビスケも感知できねぇモノを俺が感知できる訳ねぇだろって反発したんよ。それなら、チビスケ一人で探させろってな。服、一応修道士と同じグレーの法衣だけどさー。一人でいさせられんだろう? ただでさえ小さいのに」
この悪魔祓い師達の中では、どんなに強くても子供は一人で歩かせない方針なんだね。
そこからのヴィルド司教へのお願い、か。うん、それなら納得だ。同じような年齢のお子様同士でも、ヴィルド司教の方が、背も高いし。一人で歩ける人だもんね。エドガー司教補佐よりも断然アンジェの方が小さくても、さ。エドガー司教補佐、十歳くらいだし。そのくらいなら、ヴィルド司教にとっては同じなんだろうね。むしろ、アンジェは悪魔だけに丈夫だし。あまり遠慮ないかもね。
「ジャン、お前、チビスケ甘やかしすぎじゃね? 「歩くの疲れたー。浮くー」とか言って、常時、プカプカ横を飛んでるってなんだよ。「目立つからやめろ」って言うと「おんぶー」ってごねたぞ」
若干唇を尖らせる司教。兄ちゃんと精神年齢、変わらなくねぇか? 今日、一緒に歩いたからか?
「兄ちゃん、何言い出してんの?! せめて、地面すれすれくらいを浮きなさいっ!」
おかしい、俺は兄ちゃんをそんなわがままに育てた覚えがない。――一切ない!
確かに、兄ちゃんは人より低い目線ってやつがコンプレックスのようで。俺と一緒の時、始めは歩いていても。……何か気付いたら途中、浮いているよな。それも、帰宅までずっと。そんで、同じ顔の高さキープ。
……ラザフォード司教って、十分北部でも背の高い方だろうし。中央でも、高い方に入るだろうからさ。兄ちゃんが俺と同じことをしたんなら……目立つだろうな。
しかし、おんぶって。俺もやったことねぇぞ。もしかしたら、一人、町を散策している時、天空神におねだりしてたのかもな。兄ちゃんは俺と違って、一人で町を散策するのは珍しくないし。俺が夜寝ている時も寝れなーい、暇ーって時は行ってたそうだし。ラザフォード司教って天空神に激似と兄ちゃんも太鼓判押してたから、癖で甘えたのかもしれない。……天空神は、そんなこと俺に言ってくれたことないよ?! 気を使って黙っててくれたのかもね。本当にすみませんね、天空神!
「元々の目的が司教と強い悪魔がここにいるって周囲にアピールして、別の地区に行かせることなので。それで達成しているんじゃないかって、俺は思うんすけどね?」
クリスさんには、きっと分からないことだろう。そんな目立つ悪魔と一緒に歩くってなると、祓う専門って肩身、狭いんだぜ? 住人とか警邏の人とか、痛いものを見る様な眼、とかさ。ヒソヒソこっち見ながら話されたら、傷つくってものじゃあ、ないんだけどな。
これだから、感知系はいいよなー。悪魔なんかの痕跡なんか探ってて。周囲の目なんか目がいかないもの。中には気付いていても、スルーできちゃう神経の太い方もいらっしゃるけどね。兄ちゃんとか。大地神とか。
……なんか知らないけど。大地神も見回りに付いて来て下さることもあってね。兄ちゃんと本当の兄弟みたいだったよ。親子とは、怖くて言えない。いくつの子だよって突っ込み入れたくなるから。大地神って、銀髪銀眼だからさ。兄ちゃんと髪の色が似てるんだよね。
中央の枢機卿や他の悪魔祓い師、並びに住人にばれたら、即終了ってやつだけど。そのあたりはちゃんと分かっていらっしゃったよ。ちゃんと俺の修道士服、着てもらってたけどね。いつもお召しになっている、真っ白なローブじゃ即ばれるだろうから。
「ブー。俺は普通。大地のや天空のよりマシー。階級上がるごとに、性格が大変なことになるんだぞ」
……身近に接していただけに、俺は返す言葉もない。確かに、突っ込みどころが満載な神達だった。
「いや……それもそうだけど。チビスケいつまで抱っこしてんだよ、ジャン。一応言っとくけど、同性愛とかショタはちょっと悪い噂立つから、止めてくれよ」
「顔ちけぇよ」ってみんなからバッシングくらっちゃいましたよ。いつも通りで、普通なんだけどなぁ。
「司教のロリには言われたくねぇっす」
クリスさんの司教への冷たい視線が痛いよ。
アンジェ、推定六歳。モラさん、推定十五歳。ラザフォード司教、二十三、四歳。……犯罪だろ!? クリスさんが正しいよ! そりゃー悪魔だし、実年齢は違うんだろうけど!
「小さい子供を可愛いって思うのは正常だよ。どうこうしようって考えたら、アウトだろうが。モラさんもアンジェも先に上がってもらってよかったよ」
そういえばいなかったね。そういう会話の時は、いない方がいいか。俺は、そんなこと考えてねぇけど。
司教、クリスさんはモラさんって呼ぶけど、ジョージさんや猫やバルトさんは呼び捨てだもんな。実年齢も、大体分かるよ。
「それで、北西も異常なしか。何か瑣末なことあったら、報告よろしく~」
ラザフォード司教、軽いな。
ウェスタもジョージさんも特になし、か。俺も無難に特になしって言っちまったよ。だって、ウェスタのみっともないとこ、報告するのもなぁって。もしかしなくても、いつも過ぎて報告する必要なし?
「北西区って南西区と一気に雰囲気変わるんですね」
建物とか一気に歴史のあるものに、さ。結構痛みかけで、手入れもしていなさそうなものに。
「中央と北部が、昔、戦争してたってのは知っているな? 最後まで反発激しかったのが、その地区だもんな」
レジスタンスの拠点になってたところか。そりゃあ、仕方ないか。それでも、三百年かそれくらい前か。その地域での内紛もあったっていうから、近々までなのかな?
「その地域は今でも貧困で。リアル犯罪者が多いっていうのは、ご察知の通りね。ちなみに、おいちゃんもその地区出身ね」
バルトさん、ピースして言わないで下さい! バルトさん、御自身でリアル犯罪者って言いきってるよ!
「バルトは、元腕利きの暗殺者にゃ。それは……新入りも体験済みだったにゃ」
猫、可愛く言っても、内容は恐ろしいよ! 出会って二日目に、毒だって盛られたもんね。そうですねっ!
「おっちゃん、デーモンに詳しく昨夜の状況、聞き出してくんね? あいつ、俺が聞いても、のらりくらりとかわして、話になんねぇ」
「司教~、いつデーモンっていう昨夜の恐ろしいやつに会ったの?! 俺、ずっと一緒にいたけど、分かんない!」
兄ちゃん「はいはーいっ!」って手を上げてアピールしないのっ! 俺が抱っこしているから、あんまり動かないでよ! 取り落としそうだよ。
「やっぱ、気付いてないんだー」
「本当にあいつらおめでたいな」
「知らない方が、幸せだろうに」
ヒソヒソ悪魔トリオは言ってくれちゃってますが。いい加減、知りたいなー。いや、自分で分かれってやつでしょうけどね。
「お前ら、どっちも会っているだろう? デーモンは、昨夜のこと怒ってないようだぜ? もし怒っていたら、日が昇っていようが、俺の前だろうが、チビスケ殺りにいっているよ。ジャンの契約も解除されてるだろうな」
やれやれと呆れている司教。デーモンさんのこと、信頼しているね。
「司教、あの方とは、戦わない方向で。あの方がどなたか分かるってことにしません?」
クリスさん、優しい提案してくれてありがとう! 早速兄ちゃんと話すり合わせねぇと。
「ここ常任ならなー。いつか模擬戦で出遭うだろうからな。町での巡回の時、同士討ちだけはすんなよ?」
司教、考えてくれてるんだ。優しいなぁ。
「昨日と今日、お会いしたなら、あの方から攻撃仕掛けてくるってことはないと思うからさ。ジャンくんとジュニアくんが何もしなければ、ね?」
そんな自分から蜂の巣を突く様なことしませんよ、クリスさん!
「……じゃあ、今日は解散、と。ジャンとチビスケは、もう休んでいいぞー」
軽いね、ラザフォード司教。みんな、その言葉を合図にどやどや移動しちゃったし。俺もその言葉に従っているが。
本当、デーモンさんって誰なんだろう? せめて、模擬戦以外では、優しい人だといいんだけどなぁ。模擬戦時は、もう期待しないって決めたからさ。クリスさんでも遠慮なしって言ってるから、さ。
よくこの町を歩いているらしいヴィルド司教も知らないって言うし。上下水道の整備もされているなら、デーモンさんとも顔を合されているのだろうけど。デーモンさんも、ヴィルド司教にはお優しいのかもしれないな。ほら、年齢的にも、さ。デーモンさんって高齢のようで、おじいさんのようだから。孫の年齢のヴィルド司教には優しいから、心当たりがないと言ったのだろう。俺の説明の仕方が悪かったのか。恐ろしいって。人間離れしてるってじゃあ、分からないよな。
次は5章です。お読みいただきありがとうございます。




