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ある悪魔祓い師司教補佐の移転奮闘記  作者: 山坂正里
第四章  守護神付きの青年、守護神と別れて町を歩く。
11/23


 俺は、今日北西区歩けといわれて、四十代ほどのジョージさんという修道士さんと歩くことになった。ジョージさんはただ、契約者じゃないからって理由だけで選ばれたあたりが、すごい。

 兄ちゃんは、中央区を司教と歩くそうだ。強いやつがいると、そこを避けて悪魔は歩くっていうのが通説だからね。一応、兄ちゃんも普段は隠しているけど、強いもんね。

 兄ちゃんなしか。――ちょい不安だけどな。

 北部って、北部大聖堂のある地区を中心として、西区と東区に分かれるらしい。それぞれ教会区としてあるんだと。それでも、西区と東区は、悪魔祓い師として在籍する者はいないらしい。受かっていても、準二級なんだと。だから、中央区大聖堂に在籍しているラザフォード司教達が管理しているそうだ。

 ラザフォード司教いわく「二級受かっているなら、うちでほしい!」だそうだ。そこの責任者の司教方も準二級止まりなんだって。……どれだけ厳しいんだ、北部の悪魔祓い師の基準!

 デーモンさんは今、別部署だけど、兼任してくれているそうだからな。……何だかんだ言いながらも、いい人(?)じゃねぇ? デーモンさんは、準二級か二級に受かった方なんだろうな。呪術式も普通に二級以上を使える人(?)らしいからさ。

 今さらながら、西区と中央区は良質な鉄鉱石なんかが産出する鉱山から流れる川を境に分断されるらしい。地図を見た限り、四本の橋がかかっているそうだが。今日、大聖堂から近い側の橋から三番目の橋が、通行止めになっていた。

 それもそのはずで……。その橋のほぼ中央部から西区にかかるまでが、ごっそりなくなっていたからだ。修理中なのか、遠目でも分かるほど、何人かの司教補佐や修道士さんと思しき方々が呪術式を使っていた。


「あー。オメガが言っていた、被害状況の一端かな? あの小物悪魔に、あそこまでできるとは思えんからなぁ。あの人だろうな」


 アインっていう大聖堂から見て、一番近い橋を渡りながら、俺の相方のジョージさんはのたまった。……デーモンさん、張り切りすぎです。


「……じゃあ、ヴィルド司教も修理に駆り出されていますかね?」


 昨日会ったかの人は、まだまだ幼いといえども、その手のことも得意だとクリスさんがおっしゃっていたし。


「そらー、放っとけんだろうなぁ。うん。あっちにいるか、違うところを直しているだろう」


 うんうんと頷き、腕を組みつつジョージさんは断言されていた。デーモンさん、加減しないと色んな人に迷惑かけちゃいますよ。

 ピカッと強力な光がしたと思ったら、バキバキと音を立てて、切れた橋ができていた。ここから結構離れているけど、見れますね。わー、大きな呪術式が宙に描かれている。

 ぼけーと見とれていたら、ジョージさんは少し呆れた風に、「ドライの橋にいるみたいだが、行ってみるか?」と言ってくれた。……えっと、誰が?


「そりゃー、もちろん話題の主が。まだ正式に顔合わせてないんだろう?」

「え? それは……そうですが。でも、いいんですか? 今日の俺達の担当、北西地区でしょう?」


 北部地方を大きな四角形だとすると、細かく分けると六つの地区に分かれる。この分け方は、警備に便利ってだけで、通常は東西中央の三つらしい。簡単に言うと、その東西中央を南北に二分割しただけなんだがな。

 大聖堂周囲…先の分け方でいくと北中央区に位置するが、ノーマークっていうと語弊がある。主にモラさん担当ってことかな。そもそも、大聖堂内にノーマークの契約者なり悪魔憑きが入り込めるほど、そもそもの警備とて甘くないからさ。建物そのものが、結界としての役目、役割を果たしているところがあるそうだ。昼間は、バルトさんだって含まれるそうだし。……入り込めたら、逆にすごいな。

 そのため、中央区の南側…行政絡みが多い地区を中央区って呼んで、司教と兄ちゃんが見回りしてるのな。

 今回、俺とジョージさんが担当の西区北側……北西区に行くためには、さっきも言ったように橋を渡らないといけないのな。北西区と大聖堂を結ぶ橋って警備の都合上、月一の礼拝時にしか使えないように、通行止めになっているそうだ。

 これもまた、北部と中央が戦争していた名残の一つらしいが。大聖堂側からも北西地区側からも互いに侵入できないよう強力な呪術式が施されているんだとか。

 だから、北西地区に行くには、南中央区から出ている、比較的大聖堂に近いアインっていう橋を渡って行くしかないんだと。

 相当、身体能力に自信のある人……バルトさんとかデーモンさんとかのような人は、大聖堂から北西地区に、直に行けなくはないらしいが。通行止めのための柵というか門って結構高さあったけど。ラザフォード司教の身長の三から四倍ほど。……それを身体能力のみで飛び越えていく方々らしいから。訓練の一環として、御二方は軽い気持ちでされたらしい。それを呪術式での肉体強化なしでできる方々らしいから。

 ―――やっぱり、北部って恐ろしい方々がいるよ。強力な呪術式は、どうしたんだ?! 呪術式が、まるで意味ねぇじゃねぇかよ!

 また、西区にある教会は南西区にあるので、デーモンさんとの遭遇率が高いからってことで、外された。デーモンさんは、教会がある南西区と北東区が高出没エリアだとか何だとか。中央区も決して低くはないそうだがな。

 俺が来た当初も、司教は北東区で遭遇したっておっしゃられていたからな。……悪魔祓い師達の間におけるデーモンさんへの扱いが、とてつもなく酷いんですが。野生の熊か狼か何かじゃないんだから、さ。それを言ったら「そっちの動物の方が何倍も可愛らしいわっ!」などとラザフォード司教、並びにその契約悪魔達に言われたが。歩く災害といわれるだけはあるな。デーモンさん。

 俺としても、早く謝らねぇといけないから、出会うのは全く構わないんだけどね。ただし、出遭いたくはない訳で。俺、出遭ったら、何されるか分かったもんじゃないし。

 しかし、だからと言って、ヴィルド司教に会いに行く意味があるのだろうか。火事で母子を救出していたヴィルド司教にも、その後の顛末(てんまつ)というか、その手のこともきちんと報告する義務くらいはあるかな、と思い直した。

 ジョージさんは、どちらかというと大人しい方に入るそうなんだが。その対照がラザフォード司教やバルトさんだから、誰でも大人し目に入るだろうとはクリスさんの言だが。うん、そうですね。それでも、そういうことを積極的にされる方ではなさそうなイメージだっただけに|(←かなり失礼!)|ちょっと意外というか。


「司教もクリスもなんか知らんけど、後回しにしているだろう? 挨拶はきちんとしとかねぇとな」


 ジョージさんの言葉はごもっともなので、異論はないが。見回りもちょっとくらいは、寄り道してもいいよね?

 俺もデーモンさんみたく、破壊活動に勤しむつもりは毛頭ないが。うっかり壁とか石畳とかを壊してしまった場合、お世話になるかもしれないからね。顔を繋いでおいた方が、いいに決まっている。

 そうやって、本当にいいのかな、と思う俺自身を納得させた。

 正直言うと、俺もジョージさんも感知系ではない。感知系であるクリスさんは北東区だし。ウェスタは南西区。ロベルトは南東区だからね。さっき言ったように、オメガは昨夜の件もあり、大事を取って大聖堂内で休み。本音を言うと、心許ない。兄ちゃんは中央区だし。……もしものことがあったら、遠慮なく呼べ、とは言われているけれど。

 北西区ってどちらかというと貧困の町で。上下水道があまり良くない地区だったそうだ。過去形なのは、去年から今年にかけて、ほぼ完璧に整備をした人がいるからで。それが、ヴィルド司教なんだがな。


「でも、よくヴィルド司教がドライとかいう橋の方にいるって分かりますね。やっぱり、その橋を直されたのも」

「当然。新しく作るっていう呪術式は面倒だけど、修理する呪術式は簡単らしいといわれているがな。俺には、その違いがさっぱり分からんが。とにかく、あれだけ大きなものを簡単に、しかも一瞬で直せるのは、北部においてあの方しかおらんよ」


 北部地方の内部事情も、大体分かってきたような。やっぱり、ヴィルド司教は司教って肩書きが本物の人なんだなぁ。中には、そうではない人が中央でもいただけに。道も橋も簡単に直せるってことは、地系の方なのかもな、ヴィルド司教。クリスさんから聞いているように、大変お忙しい方だから、気軽に地系の呪術式を教えて下さい、なんて言えないが。


「ヴィルド司教って、教会希望だとうかがったんですけど。いつか、悪魔祓い師の宿舎にも来られますよね」


 ほら、司教クラスにしろ、司教補佐クラスにしろ、必須スキルだし。北部地方では、準二級に受からないとダメルールあるって悪魔達言ってたし。大聖堂で働く修道士の悪魔祓い師達も、準二級はみんな、受かってるって言ってたもんね。司教クラスが異動の際は、悪魔祓い師の二級は絶対って言ってたけど。ヴィルド司教もバルトさんやデーモンさんの被害に遭うのか、と思うと……。相手、十一歳なんだし。ちょっとは手加減してあげてっ!

 ジョージさんは、困った顔をされて「ん? あー」とか唸っていらっしゃった。おかしい。『はい』か『いいえ』で答えられる質問のはずだが。今の枢機卿の下ではヴィルド司教、異動できませんって言われているのかもな。希望出してるのに……御可哀想。それだけ有能な人を地方の教会に取られたくない、行かせたくないっていうのも分かるが。

 南西区からドライっていう橋の方へやってくると、皆さん暇なのか、野次馬が……。いや、もちろん警邏に当たっている人達が、入らないようにって規制だってかけているけどさ。

 橋を直す職人さんっぽい人と聖職者数人ずつで、ちゃんと橋として機能しているのか、安全性はどうかって確認しているようだ。一応、皆さん中央区の方からぞろぞろ移動していたし。もちろん、その中には件のヴィルド司教も交じっていた。

 人は渡って大丈夫って分かるだろうけど、荷馬車とかは分からないもんね。西区から、押し車を引いている人を呼んだ。

 司教もその一団も、一緒に来た橋を中央区へと戻って行った。これで、もう大丈夫なのか、二、三十メートル離れた先で、腕を高く上げて振っていた。あれで規制を解除してもいいって合図みたいね。

 ここのドライという橋は、アインってやつより短いけれど、結構しっかりした造りだもんな。大きな石を何個も積み上げてってやつで。もう一度、職人達とデザインの違いとかについて話してんのかな? 元の橋がどんなふうだったのか、俺は知らないから。何とも言えないけれど。

 そういえば、白の法衣を着たエドガー司教補佐、いないなぁ。白いから、きっと目立つだろうし。遠目からでもすぐ分かると思ったんだがな。

 エドガー司教補佐って、ヴィルド司教と一緒にいる的なことをクリスさんから聞いていただけに。なんでいないんだろ? そりゃー、昨日、ヴィルド司教からきっつい言い方されていたもんね。辞めちゃった? いやしかし、補佐がそんな簡単に辞められるものでもないだろうが。

 どうでもいいが、ジョージさんは修道士のままだけど。司教補佐試験を受ける気がない組の一人らしい。理由は……まぁ、司教補佐はそんなにいらないし。実用的ではない呪術式を覚えるのが嫌だってことらしい。

 あの教本に描かれているやつを実用的ではないって、言いきっちゃったよ。準二級を受ける人用の実践的なものが描かれた本もあるにはあるそうだが。そっちは、知ってるし、使えるでしょってことで、見せてもらえないようだ。見るだけは見せてもらいたいのが本音。

 ラザフォード司教いわく。本当の意味で、あの教本通りに実践においてできるモノは極めてマレで。少数だろうとおっしゃられていた。司教は、とても残念そうにおっしゃられていたから、その例外は、割と近くにいるのかもしれない。例えば、デーモンさんとか。デーモンさんとか。……デーモンさんとか。

 ――って、デーモンさんしかいねぇ! デーモンさんは人間なのか疑惑が再燃しそうだ。いや、前から疑惑しかねぇか。

 ヴィルド司教は、こちらを見ずに、別のところに行くみたいだね。まだ直すところがあるのか、職人さんや修道士達に「次は北エリアに行って参ります」って言ってるし。

 この中で、社会的な階級が高いのは、ヴィルド司教なんだけど。腰が低いね。クリスさんにもそうだったし。

 ジョージさんが「おーい」って感じに手を振って。ヴィルド司教に合図を送っているよ。

ジョージさんも知り合いだったんだね。めちゃくちゃ、フレンドリー。階級的には下なんですけどね。

 ヴィルド司教もさっきの人達と別れて、こっちに近付いて来てくれた。しかし、結構今、朝も早いよな? 五時の鐘が鳴ったかくらいだし。


「……おはようございます。ジョージ修道士」


 言葉は丁寧なものの、表情は無。有能なだけに、そういう感情とか、人間として大事なものを失くしちゃったって人、中央でもいたからさ。そんなに驚かないけど。まだ十一なんだよな。そう思うと、なんか不憫というか。やりきれないものを感じる。いや、本人はそう思っていないのだろうけどね。


「あぁ、おはよ。なぁ、これ、壊したのって」

「もちろん悪魔です。南西区の修理は終わりましたので、次は北西区に参ります」


 あ、橋を落としたの、デーモンさんじゃなくて、みんなが小物っていう悪魔の方だって断言しちゃうんだ。まぁ、デーモンさんから逃げるのに必死で。橋の上でゴーレムとか生成する系の呪術式使って落としたってやつかな。地面の上でもないところで生成するのは、足場使うって意味だからね。大きさによっては橋だって壊れるよな。

 ヴィルド司教が南西区を修理したってことは、それまで追いかけっこは続いたんだろうが。今はどこにいるんだろう。その悪魔とデーモンさんがいるなら、それなりに大きな呪術式の合戦みたいなのがあるだろうし。俺でも気付くと思うんだが。……デーモンさん、ちゃんと報告して下さいよ。


「へぇ。俺達も、今日は北西区担当なんよ。……一緒に行く?」

「お断りします」


 そこはピシャリと拒絶しちゃったヴィルド司教。ひょっとしなくても、悪魔祓い師の宿舎で、すでに酷い目に遭ったのかもな。

 ジョージさんも、ヴィルド司教が断るって分かっていたのか「そうかー」と気を悪くした様子もなく、笑ってらっしゃった。

 俺の方から話しかけていいのかなぁ? なんてドキドキしながら「あ、あの!」とかどもってしまった。俺は、別にミーハーな訳ではないけどな! 相手、有名人だしな。北の枢機卿が後見人だからなっ! そりゃぁ、緊張だってしますよ! 昨日、ちょっと会ってるとはいえ、さ!


「えっと、お、おはようございます! 一昨日から、北部大聖堂、悪魔祓い師所属になりましたジャン……と申します。昨日…お会いしたことを、覚えていらっしゃるでしょうか?」


 一度も目も合わせなかったし。忘れられちゃったかな……なんて思っていたけれど。今日は、じーっと見てますね。眼力強いな。切れ長な漆黒の瞳だけに、睨まれているのかと思っちまうよ。下から見上げているはずなのに、俺が見降ろされているような気分だよ。どことなく、兄ちゃんに似ていなくもないのかな。ちょっと兄ちゃんが成長した感じ。


「………火事の時にクリス司教補佐と一緒におられた。今日はお連れの人外とは別行動、ですか」


 一切合財、俺から視線を外してくれなくて。そんな興味津々って風じゃなくて、警戒してます風なだけに、辛い。俺、子供受け悪いんかな? エドガー司教補佐も、妙によそよそしかったし。自己紹介、どこかおかしかったかなぁ?


「あ、はい。中央区で、ラザフォード司教と一緒に見回りしております」


 兄ちゃんのこと、人外って分かるってことは、事前にそういう情報を枢機卿やら、他の人から聞いてたのかな? 町で会うかもしれないからって。ヴィルド司教って、教会希望だから、よく町を歩いているそうだし。

 驚いた様子もなく、じーっと見てくるヴィルド司教。氷みたいに冷たいっていうより、刃物みたいに鋭いっていうか。触れたら切れそうな感じ。兄ちゃんがそこそこ強い、見知らぬ人に出会った時に、警戒してる時と似ているような。最初、天空神や大地神と会った時も、兄ちゃんこんな感じだったよ。


「ヴィルド司教、新人の契約者ですけど。……何か問題でも?」


 ジョージさんが恐る恐る声をかけてくれてるけど。問題って。むしろ、あったらヤダよ!


「いいえ。伯爵の契約者を初めて見ましたので」


 それで俺をガン見ですか。伯爵以上って、ラザフォード司教と契約しているのも子爵止まりだからね。


「ふーん。まぁ、そうなのかね。で。感想は?」

「バランスが悪いと」


 ジョージさんの言葉にヴィルド司教は答えるが。うん、俺のことだよね。なんで、俺じゃなくてジョージさんと会話してんの? でも、俺のことじーっと見てるんですね。ガン見なんですね。俺がダメ出しされてるからね……。仕方がないけどさ。

 俺が知らない間に、ヴィルド司教に失礼なことをしただろうか? 契約者が珍しいっていう視線だけじゃないよね。忌々しいっていうか嫌悪感とかはらんじゃってませんか? さすがに殺意までは抱いていないようですが。ヴィルド司教もラザフォード司教ファンなのかな?


「そういえば、今日はエドガー司教補佐と、ご一緒でないのですね」


 普通の聖職者が町を歩くには早いからな。いや、ヴィルド司教も歩いていたら、おかしいのか? 修復依頼が来たら、いつでも駆け付けるってスタンスなのかもしれんが。クリスさんの言う通り、本当に職務に熱心な方だ。


「……今頃、ベッドの上で眠っているかと。どのみち、今日は大聖堂の医務局に勤めるようにと言書をしております」


 あぁ、エドガー司教補佐とまるで別件だからな。医療系の修行に来ている人が、ヴィルド司教の仕事で連れ回す訳にもいかんから。折角、気持ちよく眠っているのを起こすのは可哀想だからってことで言書を置いていったのか。ヴィルド司教も部下に気を使って……いい人じゃないか。


「言書って……本人には言わないで来たんかい。ヴィルド司教、それ、絶対後でもめるぞ」

「夜勤の医療系の方々に、頼んで参りました」


 呆れるジョージさんと、真面目に俺をガン見ながら答えるヴィルド司教。うん、とりあえず、ジョージさんの方を向きましょうか。


「ヴィルド司教ー。絶対、エドガー司教補佐怒るぞ。前だって同じことをしたら、こっちに怒鳴りこんできたじゃねぇか」


 なんで悪魔祓い師に飛び火してんの?! 修理師達の方じゃね? 悪魔祓い師が破壊したところを直すため、かな?


「次にした際には、私付きから外れてもらうと通告したので、そちらに迷惑をかけることはないかと。もっとも、外れた方がエドガーのためになると思いますが」


 ヴィルド司教って一人で行動するのが、好きな人かもな。エドガー司教補佐の静止だって無視して、炎の中にも平気で突っ込んでく人だもんね。


「……それならいいけど。それで、本当にあちこち修理するだけなんでしょうね。くれぐれも、変なことしないで下さいよ」

「職務以上のことは、致しません」

「それ、威張って言えることではないんじゃ」


 昨日も思ったけど、それって自分の仕事以外はしないってことだよね? 倫理的にした方がいいことでもしないってように取れて、あんまり望ましくない。


「いや、ジャン。ヴィルド司教の場合、それでいいんよ。他の職種の方々の邪魔をしないって意味だからな。しかし、ヴィルド司教の場合は、その域が広すぎるのもまた、問題なんですけどね」


 じろーんと、本当に分かっているのかとばかりにヴィルド司教を見ているジョージさん。それだけ、ヴィルド司教が多才で多彩なんでしょうけど。

 その肝心のヴィルド司教は、やっぱり眉一つ動かさないのね。ちょっと離れてからといえど、俺をガン見。もう、本当に気に入らないことがあるなら、はっきり言ってくれよ! もう、気になって仕方ないんだけど!

 俺の方は、視線をそらしたり、ジョージさんの方を見たりと必死なんだが。めちゃくちゃ見られているよ! ヴィルド司教も悪魔嫌いか?!

 修理に行くの遅くなっちゃうよ~とか俺から言うのも変だし。背中に嫌な汗、かきっぱなしだよ。


「ヴィルド司教は、ラザフォード司教の管轄悪魔祓い師ではない方をご存知ですか? よく悪魔祓い師の仕事を手伝って下さる方らしいのですが……。俺…じゃなくて、私、その方に正式にお会いしていなくて」


 名前、そういえば聞いてないんだよな。その人(?)の、さ。みんな、デーモンさんとか魔王とか、好き勝手に呼んでいるけれどさ。そういう名前なのかな?


「それだけでは、心当たりがありません」


 あぁ、確かに。情報量、少な過ぎたか。みんなから聞いている話を総括すると……。


「同職員や所属悪魔、ラザフォード司教によりますと。大変恐ろしく、人間離れしている方だと。自称人間で、本性は魔王か魔神だと言われている方らしいです」

「全く心当たりがございません」


 即答されちゃったよ。教会希望のヴィルド司教なら、その方と面識あるかも、と思っただけに。当てが外れちゃったよ。みんなが知ってて話しているのに、俺だけが仲間外れ感を埋めたかったんだけどな。枢機卿と同じ宿舎に寝泊まりされているようだから、宗教と大聖堂絡みの人だとは思うんだけど。


「そう、ですか。お仕事がお忙しいのに、長々と引き留めてしまって、申し訳ありませんでした」


 年下だけど、相手の方が立場上だし、で頭下げたぜ。……それでも、ちょい非難がましく見ているような気がするのはなぜだろう? いくらか、その視線もマシになったとはいえさ。

 ヴィルド司教の方でも、気を使っているのか、俺にも敬語だけどな。


「いいえ」


 ヴィルド司教、淡々と否定してくれちゃいました。んで、俺をもう一度ガン見して、北西区と思われる方に行っちゃいました。

 俺、やっぱり嫌われちゃったかなぁ? 心当たり、まるでないんだけどさ。

 ジョージさんは、俺とヴィルド司教の後ろ姿をそれぞれ見て、微妙な顔されたよ。なんか、ヴィルド司教に伝言とかあったのかな?


「いんや。……ジャン、お前いいやつだなぁって。嫌な感じに世間ずれしてないなってね」


 ……何が言いたいんだろうか? 俺は普通だ。


「……そういえば、ヴィルド司教の目が怖いというか。ガン見だった気がしたんですけど」

「そりゃあ、ジャンが契約者だかんよ。あの人は、かなり度が激しい契約者と悪魔嫌いだからね。中央でも、そういう悪魔祓い師いただろう?」


 いきなり呪術式撃ち込んでこないだけ、マシなレベルですけどね。やっぱり、あの司教もその口か……。俺や兄ちゃんが悪さしないって知ってもらわないとな。これからも、ちょくちょく顔だって合わせるだろうし。少しでも心証良くしたいぜ。


「北西区の危険エリアはなるべく避けて通るけどよー。あそこ、リアル犯罪者も、うようよいるからな。俺、そんなに腕が立つ方でもないし」


 え、ジョージさん。そういうところこそ、見回りしないといけないんじゃ……。


「夜にバルトさんが行ってくれるからな。バルトさんと悪魔以外、立ち入り禁止エリアもあるくらいだぜ?」


 そんなエリアが含まれるところに、ヴィルド司教は、単身向かわれましたが? えっと、止めないの?


「ヴィルド司教には、連中も頭上がらんから大丈夫だろう。あの周辺の病人やら、怪我人やらの面倒を診ているのも、あの人だからね。ケンカ売るバカたれはいないよ」


 本当にすごい人なんだなぁ。それでも、二級の医療系なんだよな。いや、一級も取ろうと思えば取れた方なんだろうけど。先に、別の資格を取ったんだろうね。


「いやー。ヴィルド司教の身が安全なら、それでいいんすよ」


 見た目からしても、年下だし。子供だし。いくら、法衣を着ているとはいえね。呪術式とか詳しい人でも、暴漢相手はねぇ。分が悪いだろうし。隙を付かれたら、たとえどんな人でも、ね。……何よりも、子供がそういう大人に暴力を振るわれるっていうシチュエーションがねぇ。見たくないし、想像もしたくないな。


「ジャン……そっちの心配をするかぁ。俺は、周囲の心配しかしねぇよ」

「えっと……どういう意味で?」


 北西区を歩きながらの会話だけど。悪魔いねぇ。契約者や悪魔憑きの気配もねぇな。確かに、北西区って、今まで歩いていた地域より、貧しい風な人が目立つな。服とかも少しほつれている。それでも、表情や目が多少荒んでいても、死んではいないが。


「いやさ。あんな大がかりなものを一瞬で直せる……つまり合成できる訳だろ? それを自衛に使うとすると……まぁどうなるか、分かるよなぁ?」


 あぁゴーレムとか、一瞬で作れる人か。ヴィルド司教の後ろにさっきの大きい呪術式が浮かんでるのが、想像できたよ。うん、デーモンさん並に、ケンカを売ってはいけない人だよ。


「あんまりよくない例だけどな。治療系とか医療系の呪術式あるだろ? あれを反転させるっていうか、どうこういじると攻撃とかに使えるってな。薬物系の呪術式も少しいじると毒物劇物を普通に作れるっていうのが、うちのおっかない人の言だからな」


 あぁ、バルトさんか。なんてこと言うんだよ。医療系はそういう風に悪用しないっていうのが大前提なんだぜ? バルトさんは何の資格も取っていないから、そういう枷はないかもしれんが。いや、もちろん、そういう状況にならないっていうのが、一番望ましいんだけどさ。


「……悪魔祓い師には、必要となる場面もありますけどね」


 身を護るために必要となることも多々。模擬戦闘では、お世話になったぜ。医療系の倫理にはものすごく反しているが。それでも取りなよ、と言ってくれた医療系の方々は懐とか器とかがでかすぎるよ。


「うん、そうね。ヴィルド司教も似た系統を使ってくることもあるけどね。ま、アンジェもお昼には来れるっていうし。それまでのんびり調べようか」


 感知系であるアンジェ……六歳ほどの美少女は、大聖堂内を散策してかららしい。どうしても、外せない用事とかがあるなんて言ってな。

 お昼頃……大体一時か二時前くらいに、足の休憩を兼ねて食事をするそうだ。その場合、北西区は南西区の教会に行くんだと。で、そこで、南西区の見回りとかしている人がいたら、打ち合わせをしてもいいんだと。

 ちょうどアンジェもその用事が終わったようで、教会の入り口で待っていてくれた。ジョージさんと俺を見つけたら、嬉しそうに大きく手を振って。……かわいい。どう見ても、いいところの子供だよな。白いふわふわのワンピースに縁の大きな帽子を浅めに被って。


「アンジェ、よく一人で来れたな。道中危なくなかったか?」


 ジョージさんは近寄って、高い高いとばかりに、軽々抱き上げていた。……完全に子供扱い?! 実年齢、いくつか知らねぇけど、違和感ないわー。ジョージさんなら、これくらいの子供がいてもおかしくないし。一般男性が結婚するのって、三十代前半ってざらだし。二、三番目の子供でも。アンジェの色素が薄すぎるから、ラザフォード司教の方がお父さんっぽいか。


「はい。中央区ではフォードさんと伯爵様とご一緒でしたし。橋から教会まで、ヴィルド司教様が送って下さいましたから」


 いや、子供同士で歩かせているのもどうかと。南西区は北西区より治安もいいそうだから、大丈夫なのか? ヴィルド司教はきちんと法衣も着ているし。


「……俺は、違う意味で心配だよ。アンジェ、ここ最近はあのヴィルド司教の悪魔嫌いも、アンジェやモラには鳴りを潜めてるって話だが。―――だからこそ、司教も預けたんだろうが」


 やれやれとため息をついちゃったジョージさん。ヴィルド司教の悪魔嫌いレベル、半端ない。それなら、契約者の俺にもつっけんどんとした態度になっちゃうよね。


「最初は怖かったですけど。今日だって、風に飛ばされて、川に落ちそうになった帽子を取ってくれましたし。本当は……優しい方なんですよ?」


 ほんのり笑って。アンジェ、いい子や。ヴィルド司教をかばって。


「アンジェ、それは人によっての限定付きの優しさなんだぜ。猫のことは、今でもそう好きではなさそうだがな」


 悪魔化の仕組みからして、猫は、ね。仕方ないでしょ。実力もないのに『(ゲート)』見つけてくぐったなれの果てだからね。今のところは、悪さもしてないようだから、許してやったってやつか? 悪魔祓い師でもないし、管轄外だからって、な。


「そうそう。アンジェ……ちゃん、さん? なんて呼んだら……」

「呼び捨てで結構です。私はジャンさんってお呼びしても……?」


 呼び方固定しないとね。誰かわからんよね。「もちろん」って俺は快諾だよ。


「兄ちゃんのこと、そんな伯爵様って呼ばなくても……」


 階級は確かに伯爵だけど、天空神と大地神の見立てでは、各爵位を上中下ってランク分けすると、兄ちゃんでは下の方だし。天空神は侯爵の中クラス、大地神は公爵の上クラスだよ? 現状では魔王に程近い、危険悪魔……失礼、神だからね。


「ジャンくん、や~い。伯爵と子爵の差、どれだけあると思っているの? 俺も、転化する前は自称強いって思ってたけどよ。ラザフォードやおっちゃんに遭って猛省してるよ」


 肌の露出度高めの服を着ているウェスタがフヨフヨーと、ちょっと浮いて、教会前まで来て。あれ、一人? 他の修道士さん達は?


「俺はアンジェとチェンジしに来ただけ。アンジェは、中央以外は南西区と北東区しか歩かせねぇよ? 北西区なんて……アンジェさらって下さいだろ?」


 ここの悪魔も悪魔祓い師も、みんなアンジェに優しい! 過保護過ぎるくらいだよ! いや実際に歩いて、成人男性でもちょっと寒気覚えたところもあるから分からなくはないか。それ以上、立ち入ったら、ナイフ投げちゃうよ~、殺しちゃうよ~な気配、間違いなくしてたし。それにジョージさんも、気付いてくれたようで。これ以上深入りは辞めるかって、スゴスゴ一緒に退散しちゃったし。


「……ちなみに、アンジェ。外せない用事って?」

「シスターの方々が、孤児院の子供達やバザーで売る為の服を作るとおっしゃられて。お手伝いして来ました」


 もしかしなくても、アンジェがいつも来ている服もシスターお手製か。めちゃくちゃ可愛がられている!


「アンジェは、日中大聖堂内の情報収集も担当してくれてんだよ。モラさんばっかじゃ悪いからな」


 あぁ、緑のメイド服の。アンジェしかり、モラさんしかり。悪魔祓い師達の癒しだろうな。朝、洗濯物でちょっと話したけど。優しいし。出してくださったら、洗いますよなんて……お母さん!


「ウェスタ。ちょっとジャンと食事してくるから。アンジェを他の連中と合流させててよ」


 普通の人間の子供でも、一人で歩かせるには危険だからな。誰かが傍に歩くっていうのは普通だ。


「オッケー。もともと、そのつもりで教会来しな。アンジェ~、ごめんなぁ。俺が橋のところ行けばよかったんだけどなぁ」


 なんだろう。俺と変わらない年のやつが、かなり年の離れた妹のお守りをしている感が。それに甘えて謝るダメ兄っぽいぞ、ウェスタ。


「いいえ。ヴィルド司教様に教会まで送っていただきましたから」


 アンジェったら、真面目に返して。それに、どうウェスタが返したのか分からなかったけどな。教会に入ったから。


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