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LN東條戦記第3部「売国宰相」  作者: 異不丸
序章 売国
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 5


夜。首相公邸、洋間。


四人は、汗をかきながら、話を続けていた。


「利益のためには、異教徒とも組むのだから」

「主義主張が反していても、ソ連との同盟は固いのか」

「独逸を倒すまではな」

「いま、帝国がソ連へ侵攻すれば」

「米英は宣戦してくるだろう」

「だから梅津大将が新京にいる」

「だいたい、帝国の国体では開戦に大義名文が必要だ」


昨年来の交渉の結果、日本人のシベリア鉄道の利用が認められた。限定的とはいえ、ソ連は、満州からソ土国境までのシベリア鉄道内の安全を保証した。ソ土国境とは、黒海である。

ソ連がそこまで譲歩した理由は単純だ。日本は三国同盟から離脱した。



昨年12月、日本は日独伊三国同盟から追放された。


独逸が日本に通告した同盟追放の理由は3つ。

1つ、同盟国人に対する不適切な扱い。ゾルゲの逮捕のことである。

2つ、同盟国の安全保障義務の放棄。仏印撤兵のことだろう。

3つ、敵国に対する便宜供与。これは、北太平洋航路でソ連向け米国商船の無害航行を許したことを指すらしい。


外務省は、いちいち反論したが、独伊の容れるところとはならなかった。

三国同盟追放の奏上のときを思うと、今でも、重光は顔が紅潮するのを抑えられない。独伊大使と一月も費やして、落としどころを摺り合わせたのだ。しかし、帝国の望む結果とは言え、同盟追放は不名誉なことであるのは間違いない。



「そして、アングロサクソンは貪欲です」

「利益は根こそぎだ」

「有理であれば、戦争にも訴える」

「ALL AND EVERY」

「自分の非を認めない。敗北を認めない」

「勝つまでやる。最終的な勝利まで」

「それだけの国力があるからな」

「それも現実主義というのか」


「帝国の戦争は、条件講和を目的としてきた」

「戦争を有利に終結させて、有利な条約を結ぶ」

「そうして、不平等条約も解消してきた」

「敵国を滅ぼす目的の戦争など、想像もつきません」

「しかし、米英はそういう戦争を行っている」


「米国や豪州では、先住民を殲滅している」

「まさに敵を滅ぼして自領としてきた」

「南阿や布哇、中米は」

「旧来の政体を潰し、新政権を建てる」

「まさか、無条件降伏?」

「南北戦争では、北軍が南軍に無条件降伏を要求した」

「旧政体を残さないとは、そういうことだ」



四人は、アングロサクソンの民族史を話し合う内に、悪寒を覚えていた。

心なしか、部屋の暖房も効かなくなっている。

テーブルには、燗をつけた酒と大根の風呂吹きが出された。


「疲れる話ですね、参謀次長」

酌をしながら、栗林軍務局長が言う。

「ああ。総長には覚悟していけと言われたが、これほどとは」

東條首相が重光外相に酌をする。

「みなさんの知見はさすがです」

「これはどうも。いや、こう考えたことはなかった」

本間次長が東條に酌をする。

「首相、再認識しましたよ、彼らのことを」

「ありがとう」


四人の体を心地よい酔いがめぐる。盃を重ね煙草を吹かすと、一時、疲れを忘れることが出来た。まだまだ、話はこれからの筈だ。



国民の中には、東條を売国宰相と呼ぶ声がある。

たしかに、就任以来、米国に敵対的な政策はとってない。いや、むしろ、米国に融和以上の、媚びるほどの政策をとってきた。仏印撤退、支那撤退、三国同盟離脱、それらは米国の要求だった。

さらに、東條は、朝鮮や満州からも手を引こうと考えている。


「結論を言おう」

「「はっ」」

「わたしは、アングロサクソンに日本を売りたい」

「「なんと!」」

「売れるうちに、高く売りつけたい」

「「あああ」」

「売った金を使い切れば、帝国は滅亡だ」

「「ああああ」」

「だから、使い切れないほど、高く売りたい」

「どうやって?」

「無論、それはあなた方が考えるのだ」

「「えーっ」」

「対案があれば聞こう」

「「いやっ、そのっ」」

「頼んだよ」

「「えっ、えっー」」



すべてを言い終えた東條首相は、爽快な表情だ。

喧しく議論を始めた三人をよそに、東條は一人で感慨に耽る。


(たしかに売国だ)

(しかし、敵に売るのではない)

(国を売る相手は、未来の日本だ)






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