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夜。首相公邸、洋間。
東條、重光、本間、栗林の四人は、シャツ姿で乾杯した。
しかし、四人共に真顔である。
「本間は英国に長かった、聞いてくれ」
「はっ」
「重光さんも英国に長い。栗林も米国にいた」
「「はい」」
「私は独語だった、駐在は独逸だけ」
「「「・・・」」」
「だから、米英には疎い」
「「「・・・」」」
「助言を頼みたい」
「「「!」」」
東條英機は陸士17期だが、陸大は27期である。一方で、3歳年下の本間雅晴は陸士19期ながら、陸大27期の優等であった。東條と本間は、陸軍大学の同期なのだ。
東條は、ごくごくとコップを飲み干すと話し始めた。
「正直言って、わしはアングロサクソンが怖い。米国と英国が怖い」
「「首相!」」
異口同音に詰め寄る二人を、重光外相が鋭く制止した。
「待ちなさい。今は聞くべきです」
「「・・・」」
東條は続ける。
「幕末の先輩たちが感じた恐怖と同じだ。滅ぼされるのではないか?」
「だから、アングロサクソンと協同したい。共闘してもいい」
「日英同盟の例はあるが、米国に崩された。英国も強いて反対しなかった」
「対等の同盟は、彼らアングロサクソンの利益ではない」
「ならば、協力も無理だろう」
「であれば、自発的に共闘を敷く」
「飼い犬ではない。餌はもらわない。だが猟犬になる」
「犬小屋の中での生存はいらない。猟場の中での自由をもらう」
「そうして、他の犬たちよりも優先権をもらう」
「その程度がやっとだろう」
一気に話し終えた東條は、息をつくと、注がれたコップをまた干す。
「ふーっ。どうだろう?」
「「「・・・」」」
重光も、本間も栗林も、思いもよらぬ東條の本音に驚愕して、声が出ない。
帝国の首相であり軍人でもある身で、怖いと言うのだ。その重さの前に、迂闊な発言は出来ない。
三人は必死に、自分が接した米英人を、在留した頃を脳裏に蘇らせる。
(あっ、今がその時なのか)
栗林軍務局長は、山下陸相から念押しされていた。
(そうとも)
栗林は、視線で重光と本間に発言の許可をもらう。
「首相、よろしいですか」
「もちろん」
「米英両国が同時に来るのが脅威なのですか?」
「いや。単独でも脅威なのだ」
「米英不可分論、でしょうか?」
「少し違う。米英の国としての現れよりも、その源であるアングロサクソンが脅威なのだ」
「すると?」
「見た目では、米国と英国は違う。例えば、共和制と立憲君主制」
「「「うんうん」」」
「帝国からの地勢としても、東側と西側」
「「「うんうん」」」
「だが、米英両国の根は共通だ。根源はアングロサクソンなのだ」
「「「・・・」」」
ようやく、重光が口を開く。
「総理、アングロサクソンのどこを脅威と感じられましたか?」
「外相。彼らが目的遂行にあたってとる手法が脅威なのだ」
「目的遂行の手法、ですか」
「ああ。手段を選ばない、という意味においてな」
「なるほど。私が知る限りでは、彼らの目的は利益です」
「そう、利益が目的だ」
「「うんうん」」
「手段を選ばんというのは、例えば異教徒のユダヤ人と組む」
本間と栗林も話しに加わった。
「オランダ独立戦争の時ですか」
「ああ、スペインのアルマダを破った」
「英国は戦費をユダヤ人から借りた」
「情報戦もユダヤ人を使ってやっていますね」
「その50年後には英蘭が戦う」
「オランダを独立させたのはスペインの力を削ぐため」
「しかし、オランダがアジアで台頭してくれば、これを潰す」
「まさしく利益の追求ですね」
「そして手段を選ばない」
「首相は、英蘭戦争に日米を重ねてみろと?」
「もともと明治の日本は脱亜入欧を目指したはずだ」
「つまり、日露戦争の戦後処理ですか」
「そうなりますね」
「戦費を借りておいて、いざ勝利したらば満州を独り占め」
「米国は日本を裏切り者とみているだろう」
「怖い話です」
「「・・・」」