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LN東條戦記第3部「売国宰相」  作者: 異不丸
終章 亡国
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5 


神奈川県、川崎市、登戸。夕方。


山口志郎は家の外で清水憲兵中尉、岩山憲兵伍長と別れる。玄関に入ると吾朗の靴があった。きれいに並べてある。志郎は微笑むと大声を出した。


「ただいま」

「お帰りなさいませ、旦那さま」

「帰って来たか」

「はい、吾朗さんは午後早く」

「お帰り、父さん」

「おっ、元気そうだな」

「先にやってるよ」

「すぐにいく」



女中のきくは奥の八畳の和室に先回りして、乱れ箱を準備する。客間兼用の書斎に鞄を置いた志郎が入ってくると、着替えを手伝う。この部屋は吾朗の六畳間に続いており、二人の着替えや布団部屋でもあった。そのまま襖を開けて居間に入る。きくは廊下に出て台所に行く。



「久しぶりだな」

「はい。父さん、お土産」

「ほぉ。暹羅のソーセージか」

「嗅がなくても大丈夫だよ。どうぞ」

「そうか、ありがとう」



吾朗は仏印に行っていたが、国境を越えてタイまで足を延ばしたのだろう。皮や耳を混ぜたソーセージはビールに合う。慎重に青い獅子唐を外しながら志郎は噛む。まだ冷たいのは冷凍してあったのだろうか。台所の方で声がする。非番になった岩山が夕飯をもらいに来たらしい。


台所からは風呂の焚き口を通じて外へ出れる。護衛の清水と岩山、交代要員の新田と川谷は隣の家に寝起きしていた。この家と同じ造りで左右対称、玄関には山口の表札が出してある。きくは隣家の掃除と賄いもやっていた。もちろん、山口家の分とは別に、給金と食材費は陸軍から出る。



「きくさん、伍長に土産を分けてくれ」

「はい、旦那さま」

「大佐、いただきます」

「青いのは喰っちゃいかんぞ。中尉にも注意だ」

「了解であります。おやすみなさい」

「おお、明日も頼むぞ」

「タイにも行ったことがあるんだね」

「欧米以外は、だいたい行ってるな」


「景気がよくなったね、日本は」

「強兵だけでなく富国もしないとな」

「今度は2週間は居れる」

「温泉でも行くか」

「どこがいいかな」

「熱海、那須、伊豆・・」

(・・・)



ふと、吾朗は気を感じた。父の志郎は剣道有段者だから殺気には気づく筈だ。平気で飲んでいるのは害悪を感じてないからだろう。誰かに見張られているが、身の危険は感じない。それどころか・・。



「ねえ、父さん」

「ん、どうした」

「惚れられるって、どんな気持ち」

「おお、そうか。そうだな、えーと、痛し痒しだ」

「ええ、わからないよ」

「嬉しいのには間違いないが、困るところもある」

「へえ」

「相手を好きになれるかだ」

「応えなければならないのか」

「そうだ、わかるか」

「なんとなく」



庭の隅に潜んでいた早苗は、出直すべきか思案する。









LN東條戦記第3部 完








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