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LN東條戦記第3部「売国宰相」  作者: 異不丸
序章 売国
5/59

 3


夕方。首相公邸。


参謀次長の本間中将と軍務局長の栗林少将が案内されたのは、洋間だった。

暖房の効いた部屋で、首相と外相が椅子に座ってお茶を飲んでいた。

本間と栗林は、会釈をして席に着く。


「酒が入る前に本題を済まそうか、参謀次長」

「はっ。お願いします、首相」

「防衛総軍特別演習には各国の駐在武官を招く」

「米英もですか?」

「米国も英国も、ソ連もだ」

「ソ連もですか!」

「うむ」

「それは政府の決定ですか」

「そうだ」

「そう決定された理由をお聞きしたい」


東條首相と重光外相が顔を見合わせる。


「政府としては、帝国が平時に戻ったことを喧伝したい」

「合わせて、外交儀礼により各国との友誼を深めたい」

「なるほど」

「え、了解なのか」

「理由はご尤もです。が、承服できません」

「そうか、なぜだ」

「軍機と士気の2点です」



米ソ両国は、陸海軍の仮想敵国である。その米ソに対抗するために演習を行って軍を練る。演習は、練度や実力を計るだけではない。新戦術と新兵器を、実戦を想定した演習に投入して、その効果を試す。


兵器はそれだけでも軍機だが、その運用戦術はさらなる軍機だ。まして新兵器・新戦術ともなれば、決して実戦投入まで知られてはならない最重要の軍事機密である。


それらを、仮想敵国の軍人を招いて観察させるとは、まさしく国を売るに等しい行為だ。演習中の将兵は、敵国の軍人にすべてを晒すことになる。いざという時、有利に戦えるところも不利になるだろう。


それまでの血を吐く教練は何だったのだ。1秒でも長く生き残り、一人でも多くの敵兵を殺傷する。ひとたび出征すれば、死ぬ覚悟なのだ。しかも、ソ連は、何度も戦って夥しい戦死者を出した敵国ではないか。

士気も何もあったものではない。



重光外相は応じる。

「まったく理解する」

「「!」」

本間と栗林は、鋭い視線で外相を見つめた。


これまでなら、とうに首相と外相は斬られているだろう。帝国陸海軍の不利を承知で外交を優先するというのだ。叛乱が起きてもおかしくない。それほどのことを、重光は要請していたのだ。


しかし、今、参謀次長も軍務局長も冷静に話を聞いている。政府と陸軍との間で会話が成立しているのだ。

それだけでも、東條内閣はたいしたものなのだな。

重光は思う。が、顔色は変えずに続ける。


「駐在武官に何をどう見せるかまで、政府は関与しません」

「そうですか。なるほど」

「外務省としては、陸軍が強健であればあるほど外交がやり易いのです」

「では、ある程度は披露せよと」

「そこまでは言いません。陸軍省に一任は変わりない」

「首相もそれでよろしいですか」

「うむ。わしも陸軍軍人だから考えるところはある」

「「・・・」」

「しかし、ここは陸軍大臣と陸軍省に一任する」

「そういうことでしたら、了解します」

「「そうか!」」

「はい。防衛総軍特別演習には、米英ソを含む各国駐在武官を招待します」

「「うん、うん」」



防衛総軍特別演習の詳細は、まだ計画中である。特別陣地攻防演習の規模とされていたから、統監は教育総監となるだろう。場所は北海道。参加兵団は、防衛総軍総司令部の一部と北部防衛司令部の隷下部隊だ。


北海道に侵攻する敵軍を、北部防衛軍が迎撃するという想定だ。防衛総軍の特色から、演習は空戦が中心になると思われた。そして、各国駐在武官が観戦するという要目が、ここに今、加わった。



しばらくの静寂の後に、それまで沈黙していた栗林少将が口を開いた。

「暑いですね、ちょっと」

「ああ、少し手を加えてな。暖房と電源を地下に新設した」

「そうなのですか」

「調整がうまくいってないようだな、失敬するよ」

そう言って、東條首相は軍服のボタンを外す。


「そういうことでしたら」

「では、すみませんが」

外相と軍務局長も上着を脱ぎ始めると、参謀次長も続く。

「なるほど。これか」

「どうしました、参謀次長」

「いやあ、独り言です。失礼」



四人は、上着を脱いでシャツ姿になった。

テーブルの上の茶碗は片付けられ、汗をかいたビール瓶とコップが置かれる。

「「「ごくり」」」






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