5 皇帝
満洲帝国、首都新京。夕方。
満洲帝国皇帝の住まいは新京駅東方の宮内府にあった。
溥儀皇帝がこの場所に移ってから10年が経つ。日常の住居が内延で、公務を執る場所が外延である。4年前に着工した新宮殿は新京市街の西南部にあり、まだあと数年はかかるらしい。新宮殿の着工に先立って、仮宮殿が宮内府内に竣工していた。
宮内府顧問官の工藤忠は溥儀皇帝の玉座の前に進み出て、え号作戦の首尾を報告する。作戦の第2目標、ジンギスカンの遺品は奪還され、元の場所に戻された。英雄の遺品を祀る廟は八百室と呼ばれていた。蒙古人は旧来の祭祀を再開することが出来る。復活した祭祀を見届けるまで工藤はオルドスに滞在した。
元は外モンゴルにあった八百室がオルドス地域に移されたのは、清代のはじめの頃とされていた。それが華南から逃げ落ちて来た中共軍に奪われたのは7年前だ。毛沢東の指示だった。延安に本拠を置くにあたって蒙古から襲撃を受けない用心、つまり人質代わりである。
「苦労であった」
「はっ」
溥儀の顔は紅潮していた。八百室を復旧したことによって、蒙古の忠誠は磐石となった。外蒙古を内蒙古に統一する大儀名分にもなるし、中国に遠慮するところもなくなる。これから満族の躍進が始まる。だが、大清帝国の復活などすぐには望まない。
旧領を徐々に取り戻せればいい。自分の代では終わらぬだろうが、日本と米国が後についてくれた。少なくとも、沿海州と全蒙古、新彊と青海は版図に戻す。直轄でなくていい。皇帝が帝国全土に君臨できればいいのだ。入貢させるのもいい。そのための富は日本と米国が醸成するだろう。
異民族か。溥儀の感慨は深い。新彊に西蔵、青海の回族、それに加えて欧米からの白人。これは日本の天皇にはできないことだろう。ふふふ。帝国の主は、白人の入植を問題視しない。異人で異族ではあるが、ただそれだけだ。
「工藤忠!」
「はっ」
続く皇帝の言葉に、玉座の左右を守る侍衛官長、侍従武官長も列する諸官らも驚愕した。日本人の工藤が皇帝から忠の字を賜ったのは10年前だ。その時も満人たちは驚いたが、今度は立太子を依頼された。皇位は帝位継承法に依るから工藤が選ぶわけではないが、宮内府大臣は工藤を無視できない。さらに、皇太子の後見には工藤の後継があたるという。
あらましを聞いていた国務総理大臣の張景恵も目を剥いた。しかし、廻りの諸官の様子を見るのも忘れない。張は馬賊上がりの軍人であり、そのあたりの鼻は利いた。作法どおりに玉座の前を下がる工藤が目配せをすると、張は頷く。満州国とは別に帝国の政体を作るのだという。70歳を過ぎたが、まだ歯は残っている。
宮殿を出た宮内府顧問官の工藤忠は、車を大和ホテルに向かわせた。ホテルは新京駅のすぐ前にあるから、宮内府からは真っ直ぐ西になる。車寄せで支配人が出迎えた。工藤は、支配人の案内で貴賓室に入る。待っていたのは、協和会服を着た甘粕正彦だった。
「どうでした」
「徳王殿下の正使がすでに」
「ほう」
「蒙古は従うと書簡に」
「臣下としてですね」
「陛下は蒙古の自治を認められた」
「満蒙で清ですね」
「はい」
「次はどちらですか」
「外蒙古は今の情勢では不可能」
「はい。亡国に至るでしょう」
「であれば朝鮮」
「本当にご所望なのか」
「間違いありません」
「やりましたね、工藤さん」
「え」
「皇帝の真意を掴んだのですね」
「ええ。やっと理解できました」
工藤は思う。陛下が目指されるのは欧米式の君主ではないし、もちろん中華の皇帝でもない。満洲には満洲のやり方が一番なのだ。満洲の故地を留守にしてはいけない。むしろ固めなくてはいけないのだ。陛下は36歳、新しい統治を行なうには、若い者も育てなければならない。
「長かったですね」
「迷いがあったのでしょう」
「民籍を取られるのですね」
「還暦と同時に、と考えています」
「なるほど。わたしは当分は無理だ」
「日本人でないと動けませんね」
「仕事をやってる間はね。もう少し」
「甘粕さんは、思ったよりも違う人らしい」
「これは、失敬ですね」
「「あっはっは」」
ようやく乾杯の酒とグラスが運び込まれた。甘粕と工藤が協議すべきことは多い。日本が満州国の内面指導から手を引くから、まず政治の主体を形成しなければならない。皇帝の考えが判明したのは大いなる前進だ。それに沿って、満州国と帝国の政体を作り変える。大事業になる。
「素案は総研にあるでしょう」
「それを要人や貴族に諮ります」
「日本人官吏も一部はこのままで」
「これまでどおりの給与は無理ですが」
「彼らが欲しいのは利権です」
「帝国への忠誠は」
「民籍を迫りましょう」
「産業と開発は鮎川総裁に」
「米企業との交渉も含めて」
「もともと米国との合弁が前提でした」
「それも素案に」
「当然、入っていますね」
「では、当面やることは」
「米国進出の地ならしですね」
工藤は甘粕と胸襟を開いて話す。帝国を未開に留めておいて、米国資本の進出を誘う。甘粕の計略である。工藤は溥儀皇帝の考えと反しないことを確認した。野蛮を装う。すべてを自前でやっては、米国の猜疑心を招く。開発し過ぎるのは危険だ。
「満州に限れば都市部は開発されている」
「大学もあるし、空軍も海軍もある」
「いまさら壊すわけにはいかない」
「フロンティアは辺縁の意味です」
「そうか、辺境があった」
「あそこなら、すぐに未開に戻る」
「未開であれば油断してくれる」
「それどころか好意も寄せてくる」
「この地に上流が来ることはない」
「防衛策は初等教育です」
「鉄は熱いうちに叩くし」
「三つ子の魂は百まで変わらない」
「残るは組織的なテロですか」
「武装自衛は米国人が得意とするところ」
「アカは潰したし、対ソ前線には欧州白人がいる」
「問題は辺境の彼らですね」
「背後を取られたくない」
「民族の故地はしっかりと」
甘粕と工藤、そして、溥儀派の重臣たちは悟っていた。なぜ、大日本帝国が滅亡の瀬戸際まで追い詰められたかを。対等に立ってはいけないのだ。すべてを自前でやろうとすれば潰される。米国の猜疑心ほど恐ろしいものはない。日本はまだ逃れきれてはいないのだ。
「皇父にも満洲に来てもらいます」
「帝国を維持するには皇族と貴族が必要です」
「皇弟には陸大を出てもらいたいが」
「それぐらいの猶予はあります」
「継承法第5条では次期皇帝」
「もちろん万全を期します」
「帝国の意志を決めてください」
「明後日は満洲八旗が集まります」
「くれぐれも焦らないでください」
「私は出る資格がないが」
「特任で中将で勲一位でしょう」
「一人一人あたることにしました」
「上策です」
北海道、釧路国支庁、阿寒岳山麓。夕方。
その開拓村の北のはずれにはお寺があった。たいしたものではない。学校の講堂みたいな造りで、舞台のところにご本尊が置かれ、裏に墓地がある。境内の南は大きな広場となっていて、隣の神社と繋がっている。開拓村を営む農事会社では不退転の決意を示すべく、神社と寺と墓地をまず置いたのだ。
宮元常次は、その寺の本堂で講演していた。
「日本列島に古くからいたのは縄文式土器の縄文人です」
「「おおっ」」
「だいぶ後に、弥生式土器文化の弥生人が浸入します」
「侵略ですか?」
「いや、特に争った形跡はありません」
「なぜでしょうか」
「人口が少なく土地が余っていた」
「狩猟採集が主なら森か海岸の近く」
「農耕の弥生人は川沿いの湿地」
「住み分けができたのか」
「慣れていたからかも知れません」
「「ええっ」」
「わたしたち日本人は、この縄文人と弥生人の混血です」
「縄文人は弥生人を受け入れたのか」
「まだ2千年から3千年ですから、完全に混ざり合っていません」
「ですから、本土四島の中で容姿の差異は大きい」
「「濃い顔と平たい顔だな、うんうん」」
「げふん。独自の風俗文化が形成されて倭人となります」
「「ほう」」
「えー。別天つ神が修め固めよと命じられた」
「伊邪那岐命と伊邪那美命にですな」
「弊流の国がこの頃の日本列島であります」
「「おおお」」
今日の演題は『日本人の起源ないし形成について』で、宮元は畏れ多いと固辞したのだが、断りきれなかった。なにせ、この北海道農事会社の開拓村はフィールドワークの基地として絶好の位置にあり、施設も整っていた。宮元と松山は住ませてくれと懇願したのだ。
「国造りが始まります」
「大八嶋に名前がつく、国見ですな」
「倭人のクニの中でも栄えていたのが葦原の中つ国」
「なぜ中国地方なのですか、出雲があるから?」
「淡路から始まって、四国、九州だ」
「島々は生まれるが、本州は出ない」
「だから東征だろう」
「しっ、まだそこまでいっておらん」
「げふんげふん」
「形態学的には、中国が最も混血が進んでいて」
「次に、北九州、近畿とされています」
「西尾さんは大分県でしたね」
「そう言う東田さんは長野県」
「「じーっ」」
「西村さんは岡山県」
「生まれは岩手と聞きましたよ、北野さん」
「「じーっ」」
本堂は板張りだったが、5月ともなればさすがに敷物はない。黒板の脇に立って講演する宮元を、皆は思い思いに座って聴いていた。椅子はない。2つある長椅子には住職と寺の総代らが座っている。今年の冬は椅子や長机を作ろうかと開拓村の助役は考える。
「げふん。同様に、形態学的には」
「最北のアイヌと最南の琉球は同じで、かつ本土と違う」
「つまり、北と南においては、混血はあまり進んでいない」
「えみし族、はやと族は中間帯の東北と南九州に」
「そうか、蝦夷や隼人は魁だったのか」
「先駆けにして殿軍です」
「北海道、千島、樺太、沖縄の人々もいずれは」
「本土の人々と変わらぬようになるでしょう」
「「な~る」」
「すると、アイヌと琉球を含めて日本人なのですか」
「そうです。樺太千島、沖縄を含めて日本なのです」
「先生、皇国と矛盾しませんか?」
「しません、日本は陛下の国であることは明らかです」
「歴史的には、記紀や中国の史書すべてにそうあります」
「法的には、大日本帝国憲法にそう明記してあります」
「経済的に、帝室は日本一の大地主であられます」
「いや先生、それを聞きたかった」
「「うんうん」」
この寺の住職である寺岡予備役大佐は満面の笑顔だ。どう言うのか着目していたらしい。浄土真宗は在家仏教だから、和尚や上人とは呼ばない。一般には寺住まいは住職、関西ではご院家さんと呼ぶ。宮元や松山にとっては、大家さんだ。二人はこの寺に間借りさせてもらっている。講演を企画した伍長の郵便局長は涙を流して喜んでいた。
「重要な点は、日本人は古来から連綿と続いていること」
「「おおっ」」
「弥生人が縄文人を駆逐して入れ替わることはなかった」
「これは、実は世界的には珍しいことなのです」
「そうなのですか」
「半島では1度か2度は入れ替わっております」
「国つ神の時代の日本と半島南部の住民は同じ倭人でした」
「斉明帝、天智帝の世に半島の倭人は滅んだ」
「あるいは日本へ逃げ落ちた」
「それまでの半島北部の住人が南へ」
「高句麗は北から来たのか」
「いつの時代かでまったく違います」
「トルコ人は蒙古の隣にいたのです」
「なるほど」
「先生、よく調べられましたね」
「いえ、民族研究所が調査したものです」
「わたしは現場屋で農民ですから、解釈や仮説はしません」
「今回は、どうしてもと局長さんがいうので」
「まあまあ」
竹で編んだ笊が回ってきた。各人は小銭を入れて次に廻す。今日の講演は、ぼちぼちおしまいらしい。小銭を入れた笊が前に戻ってくると、郵便局長が立った。宮元に礼を言い、全員に拍手を促す。膳が運ばれてくる。
「お疲れ様でした」
「「いや、よかった」」
「次回は何でしょう」
「縄文人はどこから来たか、です」
「「また来なきゃいかんな」」
「さあ、お斎だ」
「それはなかろう」
「打ち上げだ。み光のもと」
「われ今幸いに・・」
「「いただきます」」
「どうぞ、先生」
「こりゃ、おおきに」
「アイヌも縄文人ですか、先生」
「先祖は縄文人でしょう」
「小金井博士の御前講演ですか」
「骨格比較ですからね」
「アイヌ白人説もありますが」
「まだ根強いのです」
「白人だとしたら何処から来たのか」
「シベリアを越えてかな」
「逆ですよ」
「え」
「縄文人が樺太対岸まで居たのです」
「「そんなに広く」」
「私見ですが、アイヌ白人説よりも」
「縄文人白人説のほうが学問的ですね」
「ええ。それはもしや」
「はい、日本人白人説です」
「「えええーっ」」




