9 法務官
北半球、午後。中国、陝西省、延安府北西。
緩降下する一式指揮連絡機から身を乗り出すと、吾朗は下を見る。黄土色の土漠地帯を、砂塵をあげながら北上する騎馬集団があった。中央には天幕を載せた10頭引きの荷車が4つ、その後ろに荷馬車が10台。それらを囲む騎馬は400騎ほどか。
「丁さん、ゲルは畳まれていない」
「第2目標は無事ということだな」
「説得できるかな」
「無理だと思うぞ、ゴロー」
「でも、行くしかない」
「そうだな」
騎馬集団から6騎が横に飛び出した。2列縦隊を組むと、そのまま並走する。その上に一式指揮連絡機が降下する。ロープを握った吾朗がぶら下がっていた。丁の指示に従って、操縦士は速度と高度を落とす。突然、丁が持つロープの手応えが消えた。先頭の騎馬に降りた吾朗がロープを放したのだ。
「機長、高度を上げてくれ」
「了解、丁大人」
「5分で、また降りる」
「承知した」
騎馬集団の中央に、騎乗した工藤宮廷顧問官がいた。隣にいるのは興安軍の指揮官だ。吾朗を乗せた馬の騎手は手綱を渡すと、隣の馬に飛び移る。馬を御して吾朗は工藤に並んだ。
「工藤顧問官、退路が違いますが」
「すまんな、調整官。こっちが早いそうだ」
「では、顧問官だけでも空路で」
「そうはいかん」
「「・・・」」
「わかりました」
吾朗は、隣に並ぶ興安師の指揮官に話す。
「上校、お願いします」
「山口大尉。今夜中に国境を越えられる」
「しかし、山越え、谷越えです」
「作戦通りだと、中国軍と接触するぞ」
「たしかに」
日本語で答えるのは、ジョンジャールジャブ上校だ。中学から陸士40期を卒業するまで東京で暮らした。松井大使や東條首相の知己でもある。
「漢人たちは、きっとゲルの中を覗くだろう」
「あり得ます」
「そうなると、もう手がつけられん」
「同士打ちになると」
「それは大尉も好まんだろう?」
「そうですね」
見回すと、さっきの6騎は後ろの方にいた。合図をすると駆け寄って来る。甘粕機関が派遣した馬賊で、満州国軍の軍服を着ていた。吾朗は頭目の比良と善後策を練る。
「日暮れまでに渡河できますね」
「折畳舟艇もある。大丈夫だ、大尉」
「直協機を2機つけます」
「さすがだな、大尉」
「こんな贅沢は最後です」
「そうだとも。大尉」
「では、ご武運を!」
比良は、しっかりと日本陸軍の敬礼をした。
顧問官と上校に説明をすますと、吾朗は馬を走らせながら信号弾を撃つ。また6騎が飛び出すと、今度は二列横隊を作る。そこへ、一式指揮連絡機が降下してきてロープを垂らす。一騎がロープを掴むと、追いついた吾朗に渡した。力強くロープが引かれて、丁は指示を出す。機は高度と速度を上げた。
舞い上がる吾朗を見上げながら、工藤は思った。
(あれぐらいの年だった)
(樺太からロシアへ行った)
(凍結した間宮海峡を歩いて渡った)
(凍死しないように眠らず歩き続けた)
(四日目にようやく人家がみつかったが)
(無茶をしたものだ)
馬を走らせながら、工藤の回想はつきない。
吾朗を回収した一式指揮連絡機は機首を廻して、南東へ向かった。延安府は、あちこちから黒い煙を上げている。火災のせいか、黄砂も舞い上がっていた。太原からの爆撃隊はまもなく到着する。その前に、挺進連隊と機動連隊の脱出の支援をしなければならない。
延安強襲主力の中国第1戦区軍50万は、南方70kmまで迫っている。助攻の第2戦区軍30万も山西省から黄河を渡河して河岸一帯の制圧を完了した。先鋒は東方50kmの延長にいる。爆撃の機会は今日しかない。
延安府南東。
突然、静かになった。遠くの方で銃声や爆発音があるようだが、この辺りは黄塵が舞うだけだ。官僚たちの声はよく通る。第1目標の9人は後ろ手に縛られていた。
「明治25年3月30日山口県萩市生まれ、野坂参四」
谷間に法廷が設けられ、被告席に9人がいる。その前の机に、判事、検事、弁護人ら8人がいた。司法省官僚、内務省官僚、内蒙古機動軍の法務中佐。他に、中国軍の法務士官、米国顧問団の大尉、ソ連赤軍の少佐の3人。傍聴人は機動第2連隊長と挺進第1連隊長である。
「内乱罪について有罪。外患罪について有罪。不敬罪について有罪」
被告は、党員の野坂参四、伊藤率ら3人と替え玉6人である。9名全員に対して死刑判決が宣告された。判決書に法廷の全員が署名する。死刑囚9名は拒否したが、無理強いはしない。処刑後に拇印を取るだけだ。後がつかえている。
銃殺の柱は2つだった。替え玉から死刑執行が始まる。
「銃殺隊、構えー」
「構え、よし」
パン、パンパンパンパンパン、パン。
「次。目隠し」
司法省参事官が目隠しの布を持って、柱に縛られた野坂に歩み寄る。煙草に火を点け、咥えさせる。
「ご真影を焼くように提案したのは野坂君だった」
「・・・」
「邦人は撤収した後だったが、一人が死んだ。満洲でね」
「・・・」
「日本には届かなかったが、錦州には伝わったのだよ」
「・・・」
「北平神社の禰宜だった僕の従兄弟は焼身自殺した」
「・・・」
目隠しをすますと、参事官は煙草を抜き取る。反転して火口を咥えさせ、舌を焼く。
「がっ、げふげふ」
「熱いか?」
「・・・」
「細君とは子供をつくらなかったね」
「・・・」
「革命家の心構えとしては立派だ」
「・・・」
「でも、モスクワでは生まれた」
「ぐぶ」
「ソ連の回答では日本籍だ」
「げふっ、げふ」
「こちらで処理する」
「げふ、げふげふ」
参事官が離れると、野坂は身をよじり始めた。
「げぶげぶ」
「狙えー」
「ぐぇぐぐ」
「撃てっ」
パン、パンパンパンパンパン、パン。
銃殺分隊は、百人斬りを報じた東京日日新聞のデスクと記者たちであった。残りの5人も元新聞記者である。銃殺分隊の定員は10人なのだ。
大日本帝国は善良なる国民しか渡航させない。国際友誼の基本だ。万が一の場合でも、現地国が許容するならば帝国自身で始末する。どんな状況下においても処理できる。それは列強に対する強烈なメッセージであった。
そして、外交は相互主義だ。日本人犯罪者の処刑がすむと、米国とソ連の国家犯罪者たちが連行されて来た。司法省官僚、内務省官僚、法務中佐は、英語とロシア語の判決書にそれぞれサインする。そして、米国人とソ連人の合わせて4名の刑執行が行なわれた。
パン、パンパンパンパンパン、パン。
パン、パンパンパンパンパン、パーン。
大日本帝国、午後。神奈川県、浦賀水道。
連合艦隊旗艦の長門は、速度を強速に上げて横須賀へと向かっていた。
演習3日目の午後は、異様な展開となった。連合艦隊参謀長の大西少将も、軍令部作戦部長の山口少将も航空主義、空母派の筆頭である。角田次長や宇垣局長のように、戦艦への特別の愛着はない。その二人が、戦艦部隊を率いて真っ向から艦隊戦を行なうのだ。
「きっと斟酌しないぞ」
「諸元だけみて来る」
「撃てなくなっても」
「ぶつけるぐらいはやる」
「衝角などないが」
「「いやいやいや」」
赤軍の戦艦は8隻、最新鋭の40cm砲12門28ノットのモンタナ級4隻と、40cm砲9門32ノットのアイオワ級4隻である。第3戦速で北上して、日本本土へ向かっている。
青軍の戦艦も8隻。46cm砲6門34ノットの紀伊(仮名)型4隻、46cm砲9門30ノットの大和(仮名)型2隻、41cm砲8門30ノットの長門型2隻である。第4戦速で、赤軍艦隊を追及している。
「大和型も長門型も改修したか」
「よく3ノットも上がったな」
「副砲を全部降ろした」
「なんてことを」
「敵の40cm12門は脅威だ」
「追撃するということは」
「あれか」
両艦隊ともに単縦陣で艦列を組んでいた。
赤軍は、旗艦BB67を先頭に、同じモンタナ級のBB68、69、70、アイオワ級のBB61、62、63、64と続く。各艦の間隔は1海里、1.85kmだから艦隊の長さは15kmである。
青軍の先頭は旗艦の紀伊で、尾張、信濃、播磨、大和、武蔵、長門、陸奥と続く。青軍戦艦の間隔は1kmで、艦隊長は9kmである。
「間隔1kmで27ノットは無茶じゃないか」
「1分ちょっとじゃ回避できない」
「追突するぞ」
「大西の下でなくてよかった」
「わからんぞ、この先は」
第3戦速と第4戦速の速度差は3ノットだから、両艦隊の距離は毎時5.5km縮まる。赤軍は舵を切って振り切ろうとするが、青軍は執拗に追従する。
ついに、青艦隊は赤艦隊に追いつく。しかし、赤軍の主砲40cm84門に対して、青軍は46cm42門と41cm16門、合わせても58門である。
「よし、追いついた」
「届くぞ、撃て」
「連合艦隊、頑張れ」
「米国に負けるな」
「撃て、大西」
「山口をやっつけろ」
連合艦隊の紀伊と太平洋艦隊のBB64の距離は40kmになった。そろそろ発砲か。46cm砲の射程は42kmだから、先頭数隻の主砲は届く。しかし、最後尾の陸奥とBB64との間は49kmあり、射程35kmの41cm砲ではまだ届かない。14kmの距離を縮めるには2時間半かかる。
「撃つか」
「待つか」
「最大射程じゃ当たるまい」
「しかし、敵さんは84門もある」
「1門でも減らしたい」
「撃て、撃て」
連合艦隊は第5戦速に増速した。大和型と長門型にとっては最大戦速である。これで両艦隊の速度差は6ノットとなった。毎時11kmの距離が縮まる。毎分なら185mだ。そして、新速度での射撃の諸元を得ると、発砲を開始する。
「青軍、第1斉射8発、弾着、全弾はずれ」
「赤軍、発砲なし」
「撃ったー」
「先頭の4隻か」
「どれをねらった」
紀伊型4隻は統制射撃で、後尾の2隻を狙っていた。
発砲可能な主砲は前部連装砲2基の4門だから、4隻で16門。交互射撃だから一斉射で8発だ。46cm砲は、全力で撃てば1分間に2回が可能だが、まだその時期ではない。夾叉が出るまでは、毎分1回でいくだろう。
「青軍、第5斉射8発、弾着、遠3、近4、至近1」
「おおー」
「夾叉した」
「艦速が安定した」
「赤軍、発砲なし」
「もちろんだ」
第5戦速に増速して10分、太平洋艦隊後尾と連合艦隊先頭の距離は、2km縮まって38kmとなっていた。紀伊型4隻は全力射撃に移り、大和型2隻も交互射撃を開始する。標的は変わらず、後尾のBB63と64だ。
「青軍、第7斉射22発、弾着、遠7、近5、至近1、命中1」
「あたったぞ」
「やったー」
「赤軍、発砲なし」
「青軍、第8斉射20発、弾着、遠6、近7、命中2」
「いいぞ」
「いけいけ」
「赤軍、最後尾BB64、速度低下、強速」
「赤軍、後尾BB63、速度低下、原速」
「2隻、落伍したぞ」
「よしよし、中破は間違いない」
「赤軍は増速しないのか」
「やってどうする。今でも逃げ切れない」
太平洋艦隊は、小まめに舵を切り、増速と減速を繰り返す。照準を外そうとしているのだ。しかし、照準は外せても、距離を開くことはできない。そして、巧妙に追撃する連合艦隊の前方に向いた主砲は36門。太平洋艦隊が後方に使える主砲も36門、いや2隻分が減って、今は30門である。
このままでは、いずれ敗北は免れない。赤軍の指揮を執る山口少将は悲愴な決断を下す。
「赤軍、全艦、回頭90度」
「赤軍、全艦、最大戦速」
「「えっ」」
「T字か、丁字か」
「いや、捨て身だ」
「だから、空母派はきらいだ」
北半球、夕方。中国、陝西省、延安府南東。
2人の官僚は、また騒いでいた。
「たしかにプロペラはある」
「エンジンもある」
「しかし」
「「翼がないじゃないか!」」
操縦士は2人を無視したまま、右手の飛行手袋を脱いだ。そして、人差し指をべろりとなめると、高くかざす。
「「・・・」」
操縦士は、大声で宣言した。
「よし、西の風20ノット!」
「「えええ」」
操縦士は発動機の回転を上げる。翼のない、その飛行機は、数メートルの滑走でふわりと浮いた。カ号観測機の初陣である。
東半球、夕方。米合衆国、ハワイ準州オアフ島。
日本と米国は昨年のような緊張状態にはない。といっても、やはり軍事施設の周辺は厳戒状態にあり、太平洋艦隊が停泊する軍港には容易に近づけなかった。しかし、山に登れば湾内は見渡せる。真珠湾を囲むように山はあった。
「ねぇ、見つかった?」
(ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ・・)
「あ、あそこの茂みが動いたわ」
(おお、空母も動いている)
吉岡猛夫は、湾口を出ようとする軍艦を数えている。堂々と双眼鏡を構えた吉岡の脇には猟銃があり、服装もハンティングそのものだ。犬はいない。ここは禁猟区で狩りは出来ないのだ。獲物を見つけても空の猟銃をかまえて引き金を落とすだけだった。
「山の反対側には猟区もあるのに」
(戦艦が8隻、空母が2隻)
「ほんと、貴方、変わってるわ」
(全力出撃だ。本気だったのか)
吉岡が着任してから1年ちょっと経つ。猟銃は日本から持ち込んだものだが、なかなか許可はおりなかった。いつ開戦してもおかしくない情勢下で、日本領事館員に猟銃を持たせるわけがない。しかし、年が明けると許可はおりた。
「じゃあ、帰ろうか」
「うん。お腹すいちゃった」
「何がいい?」
「日本料亭に連れてって」
「またかい」
「いいでしょう、タダシ」




