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LN東條戦記第3部「売国宰相」  作者: 異不丸
第3章 昭和17年4月
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8 空挺降下


大日本帝国、朝。神奈川県、相模灘。


長門艦上での幹部特別図上演習は3日目に入った。


今日は新しい海軍の試行だった。青軍は本土へ進撃してくる敵赤軍を迎撃する。堂々の海上決戦が予想された。青軍の指揮は、もちろん連合艦隊司令部が行う。米国海軍を想定した赤軍は軍令部が指揮し、海軍省軍務局が審判を務めることになっていた。


状況は、およそ2年後と想定されている。昨日の会議で設定された新型戦艦を艦隊に加えるためだ。当然ながら、空母やほかの艦艇も新型が完成している筈だ。連合艦隊司令部はこれらを反映して艦隊を編成する。赤軍も作戦案の準備にあたった。



作業は昨日の会議終了後に行なわれた。連合艦隊参謀長の大西少将も、軍令部作戦部長の山口少将も寝不足である。しかし、もっと大変だったのは審判を担当する軍務局であった。青軍と赤軍が持ち寄る艦艇の諸元と編成表を今朝までに判定する。軍務局長の宇垣少将は完全に徹夜で、作り笑いの目も真っ赤だ。


「まあ、そんなものかも知れんな、山口」

「大西、なにがだ」

「いや、本番も寝不足だろうと」

「敵来襲を前に眠れるわけがないな」

「宇垣もそうだろ。おい」

「え、おい。あっ」

「笑ったまま寝てやがる」


そこへ、通信参謀が電信簿を持ってくる。


「参謀長、入電です」

「どれ」

「・・・」

「ああん」

「どうした」

「見ろ」

「いいのか」

「かまわん、平文だ」


『大日本帝国海軍は何処にありや。大英帝国王立海軍は知らんと欲す』




角田軍令部次長と小沢次官は、別室で電文を見ていた。


「平文とは、いやはや」

「その、なんだ。えぐさと言うのかな」

「はい」

「彼らの性癖に慣れなければいかんのだ」

「総長にも、そう言われました」

「英国の真骨頂なのだ」

「堪りませんな」

「それではつけ込まれる」

「まるごと呑み込みましょう」

「それしかない」







北半球、朝。中国、陝西省、延安府。


上空から見る延安は、黄土色であった。


心配していたほど、黄色く霞んではいない。ところどころに霧はあるが、黄砂は出てないらしい。地表は雪融けで濡れているのか。それはそれで着陸時の接地に影響はあるだろうが、発動機の不調よりは何倍もましだ。いずれにせよ、田辺機長の操縦する百式輸送機が着陸することはない。


幾分明るい陸軍色に黒い斑点で迷彩塗装された百式輸送機3型は、発動機を火星1500馬力に換装したものだ。増強分のほとんどが、積載量の増加に使われた。挺身連隊の1個分隊と別梱の投下兵器を難なく輸送できる。滑空機の曳航装置も標準装備となった。主翼や機体も改良されている。



低翼であることを除くと、元の九七重爆に戻ったんじゃないかと田辺は思う。だが、武装はない。この機体は特殊作戦を行なう挺進連隊や滑空連隊の専用機みたいなものだ。ならば、機関銃の1丁もつけるべきだろう。ところが、積載量を減らす方向の改造はできないと一蹴された。戦隊長に言わせると、客の挺進分隊に軽機を撃ってもらえばいいらしい。


しかし、今日の任務はク6滑空機の曳航である。二式中型輸送滑空機ク6は、二式小型輸送滑空機のク1とは違って、積載重量より曳航速度を優先していた。隠密潜入、急速侵入のためである。そのために箱形ではなく葉巻形、ふつうの航空機の形をしていた。曳航速度は百式の巡航速度に近く、最大許容速度も400キロ毎時を超える。



「だから、機体強度もあるのです」

「布と木じゃないか」

「骨はちゃんとジュラルミン製です」

「アルミニュウムは可燃物だ」

「・・・」


滑空機の中で、副操縦士の田村はお客さんに手を焼いていた。お客は4人、高級官僚2名とその護衛兵2名である。軍属の服に軍刀を吊った内務省と司法省の官僚は、勅任官というから将官待遇である。ク6は、乗員2名と武装兵8名を乗せることができた。貨物なら2トン。半分が浮いたので、中に机や什器を持ち込み、茶菓を楽しめるようにしてある。ところが、お客さんは不機嫌だ。



「「僕らは帝大出だよ」」

「はい、承知しております」

「飛行機は前に進むから浮くのだ」

「そのとおりであります」


「しかるに、この機体には動力がない」

「鋼索が切れたら落ちる」

「動力もプロペラもあります」

「「下向きじゃないか!」」



ク6は動力上昇ができた。滞空時間をかせぐためだ。特殊作戦では上昇気流を待っていられないし、着陸箇所は慎重に選ばなければならない。だから、引き込み式のプロペラと蓄電池が備えてあった。プロペラは木製だ。10分で燃え尽きるように、機体には火薬も装着してあったが、今は言うべきではない。


「なんで前の機体に乗せないのだ」

「あれは曳航機であります」

「飛行機はわかっとる」

「貨物室は空だったぞ」

「曳航機は着陸しません」

「なんだと」


「なぜ着陸しない」

「敵地で、滑走路がありません」

「では、この機はどうなる」

「やっぱり、落ちるんだな」

「滑空機は胴体着陸するのであります」

「それは不時着という」


「車輪はどこだ」

「離陸したので落としました」

「なんてことを。どうやって着陸するのだ」

「橇であります」

「「降ろせ」」

「了解であります」

「「なんだって」」

「まもなく着陸であります」



百式輸送機と二式中輸機を結ぶ鋼索が切られた。

お荷物から解放されて、田辺機長は機体を傾け上昇する。幾百の落下傘が見えた。丸い落下傘は投下梱包のもので、楕円形の落下傘が挺進連隊の各員だ。真円より方向制御が効くらしい。その周りを、ク6が弧を描きながらゆっくりと降下していく。その下は戦場だった。田辺は、うまくやれよと呟く。




工藤忠は、洞窟の中で黙想していた。


皇帝陛下は、北京入城を急いてはおられない。そう、後金の歴史だ。満洲から始められるのだ。初代ヌルハチは女真を統一し国号を愛新とした。そして、その後継者のホンタイジはまず内モンゴルを平定し、次に朝鮮を服属させた。そこで民族名の女真を満洲とし、国号は大清とした。

今、溥儀皇帝は第2代皇帝を想っておられるに違いない。


「宮内府顧問官、はじまりました」

「空挺降下か」

「はい」

「出ようか」

「はっ」


延安は、燃えていた。







午前。帝都東京、外務省、大臣公室。


「大臣、大使がお見えです」

「早い。まだ1時間もあるが」

「いえ、ソ連のスメタニン大使です」

「先に言わんか、秘書官」

「断りますか、大臣」

「いや、会う。次官も同席してくれ」

「秘書官、通せ」

「はい」



スメタニン大使は、これまでにない丁寧な挨拶をした。重光外相はいやな予感がする。大使が日本語で挨拶する時は、決まって面倒な用件だった。


「大使閣下、どういったご用件でしょう」

「大臣閣下。わがソビエト連邦と貴国の関係は非常に深い」

「はあ」

「もっともっと、深めるべきです」

「はい、それは」

「特に経済関係、貿易です」

「なるほど」



大使はソ日貿易、ソ満貿易の拡大を主張する。話は長くなると察した重光は、この後の予定を告げた。演説を中断された大使は、大いに不満そうである。


「残念ですな」

「いえいえ」

「参事官、リストを」

「はい、ここに」

「検討していただきたい品目です」

「どれどれ」

「「・・・」」


リストはロシア語だったが、備考欄に英訳がタイプされてあった。完成品ではなく、部品が多いようである。もちろん、重光外相も天羽次官も即断できない。


「とにかく、検討はいたします」

「週明けに、マリク参事官をよこしますので」

「えっ」

「では、よろしくお願いします」

「あ」




ソ連大使と参事官はそそくさと出て行った。

重光と天羽は顔を見合わせる。


「どうします」

「うちじゃわからんだろう」

「では、商工省に」

「いや、その前に陸軍省だ」

「え」

「まずは、民生品か軍需品かを見極めんと」

「そ、そうでしたね」


重光はリストを前に、腕を組んだ。







北半球、午前。中国、陝西省延安府。


挺進第1連隊420名は延安府の南東部に空挺降下した。地上に潜んでいた機動第2連隊第2中隊の隊員が飛び出してきて、連隊を戦場へと誘導する。お客さんを乗せた二式中型輸送滑空機も、機動連隊の誘導で少し離れた場所に着陸した。護衛の二人はすぐに機体を飛び出す。


「こっちだ」

「お客さんは」

「無事だ、早く」

「よしきた」

「なんだ」

「どうした」

「「わーっ」」


高級官僚の二人は有無を言わさず引き摺りだされると、屈強の兵隊に担がれて機体から離される。副操縦士の田村も後を走る。


「機体を燃やします」

「なんだって」

「敵の手に渡せません」

「どうやって帰るんだ」

「別の機が来ます」

「プロペラ付きか」

「もちろんです」

「「それならいい」」


機長が走ってくる。バァン!

3箇所から煙を上げた二式中輸機は、あっという間に燃え上がる。時計を見つめる田所機長の目は潤んでいた。



高級官僚と乗員が案内された洞窟には、機動連隊の指揮官が待っていた。外からは機関短銃や手榴弾の音がして、敵味方の喚声や悲鳴も聞こえてくる。当番兵からおしぼりが渡された。


「機動第2連隊長、波須美大佐であります」

「あ、どうも」

「今回はまことにご苦労様であります」

「ええ、まあ」

「お茶とお菓子を用意しました」

「おっ」

「お口にあえば幸いであります」

「「ありがとう」」


なにしろ将官待遇である。二人には重大で過酷な任務が待っているのだ。それに、ものを食っている間はおしゃべりは出来ない。


「目星はつけてあります」

「ずずー」

「挺進部隊と共同します」

「もぐもぐ」

「すぐに連れて来ます」

「ず、ずー」

「その後は、よろしくお願いします」

「「げふげふ」」




同じ頃、挺進第2連隊430名は延安府北西に空挺降下した。滑空機による挺進が主体だった。先に潜入していた満州国軍人が誘導する。満州国軍の士官は流暢な日本語を話した。軍服が違うだけで、立ち居振る舞いは日本人と同じである。


「少佐、こちらです」

「ありがとう」

「友軍が南で陽動しております」

「うむ」

「残った敵兵はおよそ200名」

「承知した。上尉、まさか日本人か」

「興安軍官学校で習いました」

「おお、蒙古騎兵か」




え号作戦の主目的は、中国軍の延安強襲に先立って、中国共産党本部にある目標を奪還することにあった。主力は空中挺進とされ、降下誘致や目標までの誘導は先に潜入している機動連隊の役目だ。本来任務の後方撹乱や破壊工作も行う。


ところが、作戦計画が出来上がった頃に、新たな目標が追加された。天地無用、取扱注意の壊れ物で、日本人には真贋が区別できないという。第2目標への潜行は、興安軍から選抜された士官たちが中心となった。







北半球。午前。ドイツ、ベルリン。在独満洲国公使館。


星機関の幹部は地下室にいた。

機関長の星野一郎参事官はソファの上で、頭から毛布を被っていた。三好次郎はヘッドフォンを頭に当てて、なにやら筆記している。杉本佐武朗は、部屋の隅でコーヒーを沸かしていた。三人ともに徹夜明けである。


「上陸が始まった」

「バレッタは燃えているか」

「海も空も独伊だらけ」

「敵は陸兵だけか」

「艦砲射撃の後だからな」

「どれ」


起き上がった星野が、テーブルの上の地図を覗き込む。杉本がコーヒーカップを手渡す。


「ありがとう」

「徳之島と同じくらいか」

「はい、もっと平坦ですが」

「シチリア島からわずか90km」

「いままで占領できなかったのがおかしい」

「やる気の問題でしょう」


「さすがに空挺はあとか」

「クレタ島の戦訓ですね」

「あの大きな島を空挺だけで占領するとは」

「広島県と同じ大きさで、2500mの山もある」

「どうかしている」

「空軍主導でしたからね」

「国家元帥閣下は、白素でおやすみだ」

「空軍がまともだと、まだまだドイツは強い」



三好がヘッドフォンを置いて、振り返った。


「空挺降下、始まりました」

「そうか。場所はわかるか」

「上陸地点と反対側です」

「ふ~む。正攻法か」

「これで島民も避難できない」

「英兵と一緒に人質だ」


マルタ島は、今日にでも陥ちるだろう。三人は朝食に行くために、身支度を整える。


「国家元帥のライバルはどうしている」

「国家警察長官は、統領に占星術の講義です」

「気づいたかな」

「さて。統領が招いたそうです」

「ナチスに影響されていますが」

「統領はユニークですから」

「長官が統領を洗脳できるとでも」

「洗脳されるのは、長官の方でしょう」

「「あっはっは」」






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