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LN東條戦記第3部「売国宰相」  作者: 異不丸
第3章 昭和17年4月
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7 新型戦艦


西半球、午前。米合衆国、華府。米国国務省。


吉田大使とハル国務長官との会談は、日本への非難から始まった。


「中国侵略の野心が露見したと、大統領は言われた」

「国務長官閣下、帝国は中国国境を侵してはおりません」

「そうですかな。陝西省に侵入した明確な形跡があります」

「ほう。是非とも拝見したいものです」

「残念だが軍機でして、わたしも見ていない」

「「・・・」」


中国では今年に入って、蒋介石の国民党と毛沢東の中国共産党との内戦が激化していた。蒋介石には、内省18省から打って出る気はない。まずは、中共を滅ぼす。国民党一党体制の中国が蒋の目指すところだった。内政を固めることこそ一番の課題だ。中共への攻勢の中で、党内の反対勢力や国内の不穏分子も同時に潰す。


最大の援助国である米国は、顧問団を派遣して助言させていたが、必ずしも蒋の考えと一致していないようだ。上海の松井大使の報告によると、蒋介石は米国の真意を訝っているらしい。そういう状況下で北京事件が起きた。事件は中共の謀略だったが、米国が関与した疑いもある。



時を空けると不測の事態も起こるし、また不利になる。そう判断した蒋介石は、一気に中共の本拠を突こうと考えた。陝西省延安府を強襲し、指揮中枢を壊滅させる。それには、満州帝国の協力が必要だった。国外逃亡を阻止するための、中満国境、中蒙国境の封鎖である。


「国境封鎖中の満州軍の背後には日本陸軍がいる」

「友好国に協力している友邦を支援しているだけです」

「なるほど、理屈ですな」

「事実です。長官閣下」

「大使閣下。事実と真実は必ずしも一致しない」

「はて、北京のことでしょうか。閣下」

「閣下。誰も北京事件のことは言っておりませんぞ」


そうか、と吉田大使は思った。さすがに北京事件はやり過ぎだったと、国務省は認めたわけだ。日本兵は、軍旗を護るために数百、数千の死も厭わない。ご真影が焼かれたとあっては、数十万、数百万の日本兵が殺到する。


事件は、甘粕機関が全力で隠蔽した。関係者と目撃者は一人もいない。これは日本のカードになると吉田は思ったが、ハルが先にプロトコールと宣言してしまった。仕方がない。残念だが、しばらくは使えないな。



「大統領には日本非難声明を止めてもらいました」

「それはそれは」

「陸軍長官も海軍長官も、私に賛同しました」

(しめた!)

「えっ?」


スティムソン陸軍長官もノックス海軍長官も、共和党からの入閣である。挙国一致を謳う民主党のルーズベルト大統領に、超党派で応じたのだ。しかし、日本屈服から半年近く経っても、対日挑発をやめようとしない大統領に危機感を感じていた。主義主張を降ろし、米国世論統一のためにソ連支援に賛同したが、肝心の英国救援の態勢には程遠い。


「これ以上、大統領を刺激するのはご勘弁願いたい」

「おおっ。よもや、弱音ですか?」

「閣僚でも阻止出来ない事態を憂えているのです」

「今度は威嚇ですか。国務長官閣下」

「大使閣下、わたしは誠意をもって臨んでいるつもりです」

「もちろん、真摯に受け答えしております。国務長官閣下」

「「ふーっ」」



突然、ハル長官は立ち上がると、部屋の隅のバーに向かう。二つのグラスを持って戻って来た。ひとつを吉田の前に置くと、ハルは椅子にどっと深く座った。


「お付き合い願えますか」

「喜んで。閣下」

「乾杯は何にしましょうか」

「さよう。新世界では?」

「よろしい」

「「新世界に!」」


吉田は思う。今日の本題は蘭印進駐のはずだ。本題の前に、もう酒が入るということは、ハルは相当に気疲れしているのだろう。ルーズベルト内閣は混乱していて、閣僚間の確執もあるのではないか。いずれにしても、共和党の二人については朗報である。







深夜。帝都東京、教育総監部。


今夜も、土肥原教育総監は、天下三分儀の前にいる。


「副官、シンガポールはどうだ」

「はあ」

「なにを言っておる。東洋艦隊に動きはあるか」

「あああ、待ってください」

「待つものか」

「ひい」


禄雄は部屋の隅の机を引っ掻き回し、目指すものを見つけると戻ってくる。


「軍港には、空母1、重巡2、軽巡2、駆逐艦4、潜水艦6」

「駆逐艦と潜水艦が何隻か出ているな。いつの情報だ」

「今日の正午、海軍特務です」

「ふうむ」

「なにか匂いますか、総監」

「空母1隻に重巡2隻だぞ、副官」

「はっ」


「逼迫している中で、なかなかの戦力です」

「そのとおりだ、樋口」

「地中海、少なくとも印度に向けるべき」

「近々、出港するかも知れんが」

「はい」

「ただ待つのは面白くない」



樋口中将は、少しだけ考えた。


「D機関員を急派します。ペナンから」

「マラッカはそのままだな。よし」

「見張る対象は民間船、特に油槽船」

「うむ」

「飛行場もですね」

「任せた」

「はっ」


「副官、ら号船団の補給準備は?」

「次は、パラオ沖での海上補給です」

「12ノットのままか」

「はい。重心が高くなっています」

「14ノットは無理かな」

「フネの半分は最大速度16ノット」

「機関が心配ですね」



土肥原大将は、半球儀を斜めから透かし見る。


「もう1日、我慢するか」

「はい」

「領海に入れば全速だぞ」

「500海里はあります」

「数時間でいいさ」

「機関整備に万全を期すように」

「電文を打ちます」


「海軍さんは大丈夫ですかね」

「餅屋だ、心配はいらんさ」

「いえ、補給のほうです」

「自前の油槽艦があるだろ」

「大喰らいの戦艦が4隻です」

「なに、目的地は油田だ」

「そうでしたね」

「「あっはっは」」







西半球、夜。米合衆国、ペンシルベニア州、ハリスバーグ市。


サスケハナ川に面したボートハウスの一室で、重一は従次と会っていた。


「今日の吉田-ハル会談は?」

「うん。え号作戦には名目的な非難」

「アリバイ作りか。ら号には?」

「太平洋艦隊を出動させると!」

「ひゅ~、マニラへか。本気かい」

「大統領もたいへんだ。議会も世論もある」



「この頃は共和党もずいぶん言うようになった」

「うまくいってるな」

「うまくいってるさ」

「それで、B号作戦か」

「うん。数日中に発令されると思う」

「ずいぶん待ったというか」

「一時は、温存も考えていたからね」


「基本はそう変わっていないが」

「動機付けだね。状況が違う」

「そこだよ、難しいのは」

「どうするの」

「市号作戦のアレを使う」

「吾朗さんが弄ってるからね」

「「うっふっふ」」



昨年11月にシカゴデイリートリビューン紙がすっぱ抜いた米国の戦争計画は、日本では新聞作戦案と呼称されていた。それは、米陸軍参謀本部戦争計画部のウェデマイヤー少佐が作成したものである。その内容の8割は戦時体制への移行、すなわち動員と軍需生産に関するものだった。しかし、記者に渡る前に、戦争計画は吾朗に改竄されていた。作成した本人である少佐でさえ気がつかないほど、巧妙に数箇所が書き換えられていたのだ。


無論、米陸軍とFBIは情報漏洩の経路を調べ上げた。同時に、部内に存在した戦争計画の公的私的な写しは、メモの類まですべて処分される。ウェデマイヤー少佐も、自身の草稿や覚書を焼却した。戦争計画は、一旦は、戦争計画部長であるジロウ准将の金庫内の1部だけになる。吾朗が改竄した戦争計画書が原本となったのだ。



「そうか、アレにあった」

「一千万人の中には黒人もいるし」

「軍需増産・工場拡張の原資は」

「資本家が出すのではなく」

「増税によるもの」

「昨年ほどではないにせよ」

「ちょっとした喧嘩や」

「諍いの種には十分だ」

「「うっふっふ」」


「チャーチル首相もたいへんだ」

「きっと、大汗をかいている」

「汗をかくとビールがうまい」

「B号作戦のあと、僕は?」

「S号作戦の準備に入ってよ」

「A号は敏郎、R号は重一」

「英語でも日本語でもSだよ」

「よしビールにしよう!」

「「あっはっは」」







大日本帝国、午前。神奈川県、相模灘。


海軍要職を乗せた戦艦長門は、浦賀水道を抜けた後、半速で相模灘を遊弋していた。

幹部特別図上演習2日目は、これからの海軍像についての討論であった。


およそ、上意下達の軍隊組織において、会議の結論を討論で決めるということはまずない。それぞれ階級や部署によって権限や任務が違うのだから、討論になること自体が組織の不調である。会議とは、決定事項とその事由を、確認するためのものであった。討論で決定することは、軍隊に求められる科学的行動を否定することにもなる。


しかし、今回に限っては異論を残したくない。海軍一体となって決定した事実が必要で、少なくとも要職の全員は納得する必然があった。日米融和、日英友好の下での新しい帝国海軍は、陸軍だけでなく、他の省庁や国民の非難にも堪えなければならないし、耐え得るものでなければならない。


小沢次官と角田次長は、豊田海相の3つの結論を提示した上での討論会を準備した。

『1つ。海上護衛から手を引く』

『2つ。高速戦艦を整備する』

『3つ。海軍の存在意義を再認識させる』



軍令部総長の長谷川大将と、海軍大臣の豊田大将から訓示があった。日米融和、日英和合の気運があって、一触即発の危機は去ったと思われる。しかし帝国海軍は、見敵必殺の心意気を保持し、護国に邁進しなければならない。よろしく海軍の将来を見据え、忌憚なきご意見を望む。


「「がやがや」」

「護国とは、一歩退いた言葉だな」

「見敵必戦じゃなかったか」

「見るだけで殺せと」

「まさか、伊藤の殺人光線か」

「「あっはっは」」


集まった提督たちは、昨晩の酒でも憂さが晴れていない。とにかく、今までのやり方ではだめだとは、全員が理解できた。それが欧州大戦の戦訓だ。だが、新海軍像はなかなか見えてこない。




『1つ。海上護衛から手を引く』


「その、英国式の警戒部隊としての護衛はどうなるのか」

「それは行なうが、対象は陸軍上陸船団だけとする」

「輸送船団や通商船団は無視か、山口」

「大西、海上護衛船隊は独自に防空と対潜を行なうのだ」

「言葉は便利だな、作戦部長」

「参謀長、何とでも言ってくれ」


昨日再現された戦艦沈没のほとんどに、輸送船団や護衛任務が関わっていた。つまり、戦艦の行動の自由を船団護衛が奪っていたのだ。海戦を有利にする艦隊の隊形や編成、航路選択ができない。不利な態勢のままで、敵艦隊との戦闘を余儀なくされる。最悪だ。


艦隊決戦のための海軍ならば、海上護衛と決別するのは必然だった。王立海軍も、早い段階で独伊艦隊を殲滅していれば、その後の海上護衛は有利に進められたであろう。敵戦艦を放置したまま海上護衛の任務につけば、いずれジリ貧は免れない。欧州での海戦はそれを物語っていた。




『2つ。高速戦艦を整備する』


「高速戦艦とは。巡洋戦艦ではだめなのか」

「艦政本部長。装甲がないと撃ち合えない」

「独戦艦の喪失は1隻のみ」

「鈍足の英戦艦は軒並み沈んでいます」

「次長、鈍足とは言い過ぎだろ」

「いや。もはや30ノットが最低基準です」

「そして装甲」

「口径と門数が劣ってもいいのか」

「本部長、32ノット出れば6門でもいい」

「うむむ」


堂々と隊列を敷いての正面からの海戦は起きていない。半数以上が追撃戦で、足が速いと逃げ切っている。4ノット以上優ってないと追いつけない。英独の海戦は荒天下の海域で起きていたから錯綜している。だが、海戦から気象要因を除けば、見えるものがあった。


「旧い艦はどうする」

「陸助に売って、新型の建造予算に回す」

「なに、他国ではなく、陸軍にか」

「買うのか?」

「陸軍は戦車の装甲板が造れない」

「解体されるのか、勿体ない」

「海上護衛船隊もある」

「油を喰うぞ。運ぶ以上に」

「砲塔を減らして、主機を換装すればいい」

「それもそうだな」




『3つ。海軍の存在意義を再認識させる』


「大上段だな」

「どこから入るのだ」

「軍艦の意義です」

「軍艦は動ける、航行中も撃てる」

「陸では及びもつかない大口径砲」

「それが戦艦だ」


「例えば、陸助の重砲だが」

「45式24cm榴弾砲、射程10km」

「96式15cm加農砲、射程26km」

「なかなかやるではないか」

「砲の布置に半日はかかる」



「わが重巡の主砲は」

「3年式20cm砲、射程26km」

「軽巡の主砲は」

「3年式15.5cm砲、射程27km」

「陣地設営も砲の布置も不要」

「「うんうん」」


「つまり、艦砲射撃か」

「戦艦の主砲なら30km以上」

「新型は射程40km」

「しっ」

「え」

「いや、空母艦載機もあると」

「「うん、うん」」






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