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LN東條戦記第3部「売国宰相」  作者: 異不丸
第3章 昭和17年4月
36/59

3 海軍


帝都、東京、宮城。


久しぶりに、大本営政府連絡会議が開かれた。


大袈裟ではないかという意見もあった。そうかもしれない。軍事作戦は行っているものの、どの国とも交戦状態にはない。万が一の日米交渉破局に備える、大本営の存続の理由はそれだけだ。しかし、現時点では、挙国一致を具現する最適な場と思える。


近々に大本営を解散させるのは、陸海軍共に一致している。その後で、大本営の改革を東條は考えていた。しかし、常設の今現在においては、政府と軍略を一致させるという意味で有意義であり、有用でもある。


正直なところ、東條はまだ迷っていた。現役軍人の首相が退いて、文官首相となれば、こうはいくまい。だが、平時はともかく、侵略を受けて開戦必至の状況でそういうことがあり得るだろうか?




最初に、大本営の陸軍部や海軍部から欧州大戦の現況が簡潔に報告された。


「独ソ戦正面の東部戦線で、独軍の守りは堅いようです」

「夏季攻勢というが、いつ頃動くのか」

「昨年の独逸の奇襲は、本来は5月中旬の計画でした」

「すると来月ですか」

「独空軍機は東欧に戻って来ていない」

「冬が厳しかった分、春の泥濘も深い」

「両軍とも、後方の動きは激しくなっています」

「再配置や再編成ですな」

「土地勘があるソ連が5月に動き、独軍の攻勢は6月かと」

「合理的な判断だ」

「どうも、賀屋蔵相。えへへ」



「北極海の情勢です」

「アイスランドからムルマンスクまでの対ソ支援ですな」

「はい。3月に入って、英海軍が劣勢です」

「つまり、独海軍が優勢なのか」

「主要な水上艦をすべてノルウェーに集結しています」

「思い切ったな」

「直近の2つの船団はいずれもソ連領には未着です」

「それはたいへんだ」

「ソ連は猛烈に抗議し、英国は最大規模の船団を編成しました」

「そう来なくちゃ」

「月末に出港でしたから、今頃は独軍哨戒圏に入っているかと」

「では、明日にも」

「両海軍の衝突が予想されます」

「海戦だ」

「そのとおりです、蔵相。えへへ」



重光外相は舌を巻く。陸海軍ともに、賀屋蔵相には気を使っているようだ。もはや戦時ではない。平時となれば、予算を握っている大蔵省の機嫌をとる必要と必然があった。それに、帝国とは直接関係のない欧州大戦、所詮は他国の情報である。


陸軍参謀が地図の前に出て来た。


「北阿弗利加戦線ですが」

「年初から独伊軍が反攻中でしたな」

「はい、蔵相。1ヶ月で400kmを進撃しました」

「さすがはロンメル将軍」

「2月から両軍はここ、ガザラの前面で対峙しています」

「戦線膠着は、補給と補充のため」

「はい、蔵相。しかし、動きました」

「ごくり。どちらが?」


「独伊軍です」

「どうなりますか?」

「作戦や戦術は独伊軍が上です。迂回や突破を自由自在に」

「ふむふむ」

「しかし、補給線を維持できるか」

「補給線?」

「英軍には前線のすぐ後方に、この要港トブルクがあります」

「独伊軍は持ってない?」

「ここからだと、遠くて細いのです」

「よくわかりました。ありがとう」

「どういたしまして、蔵相」



負けずと、海軍参謀も出て来る。


「先月、英伊の間で大規模な海戦がありました」

「おおお」

「独伊地上軍の攻勢開始は、その結果なのです」

「どういうことです」

「海戦が起きたのはここ、マルタ島です」

「独伊軍の補給線の真中ではないか」

「そうです。ここに英軍があり限り」

「「独伊軍の補給はかつかつなのです」」

「マルタ島には有力な空軍があり、港湾もある」

「独伊は封鎖していますが、突破もされている」


「ここにきて、マルタ島の兵糧弾薬は底を尽いたようです」

「独伊空軍が連日、空襲を行っています」

「哨戒も厳しい」

「ほうほう」

「英国は、西と東から2つの船団を送りました」

「ジブラルタルとアレキサンドリアか」

「はい。それを伊潜水艦が発見」

「なに。伊号?」

「いえ、伊太海軍の潜水艦です」

「伊太利に潜水艦があったのか」

「それはあとで」



「伊太海軍は全力出撃したようです」

「全力?!」

「戦艦4隻です」

「だが、英国海軍も」

「さて。2隻出せたかどうか」

「地中海にはもっといた筈だ」

「伊太海軍の人間魚雷で2隻、沈んでいます」

「ひ、人間魚雷?」

「それもあとで」


「結局、船団は1隻もマルタに着いていません」

「・・・」

「そして、この攻勢開始」

「ああ。理解した」

「これからは、ロンメル将軍には」

「十分な補給がなされるでしょうね」

「そうだったのか」

「「そうだったのです」」

「お二方の共演に感謝する」

「「えええ」」




会議は休憩に入った。


「首相、いい前振りになりましたね」

「そうだね。蔵相には感謝しないと」

「え、え」

「蔵相も、なかなか軍略にお詳しい」

「ま。予算査定をしっかりするとなるとね」

「え、え」


「首相、独逸の動きが解せんのですが」

「はて、どう解せないのでしょう」

「水上艦艇を一箇所に集めたり」

「ああ、ノルウェイですね」

「伊海軍に石油を融通したり」

「ま、同盟国同士ですから」

「これまでの総統らしくない」

「え」


「なにかある。ひょっとして」

「「・・・」」

「総統には一流の占星術師がついている」

「えっ。首相、それは」

「大島大使からの報告です。ね、外相」

「はい。あ、その。まさか」

「いやー、なかなかやる。失敬」

「「えええ」」




休憩の後、すぐに本題に入ろうとする東條を、賀屋蔵相が止める。


「なんですか」

「英海軍の現況を知りたい」

「「ええー」」

「あ、その主要艦だけでいい」

「大蔵省としてですか?」

「げふん。連絡会議員としてだ」

「よろしいでしょう」

「えへへ」


「仕方ありませんな」

海軍部の長谷川海軍大将が頷くと、伊藤情報部長が説明を始める。


「王室海軍の現在の主要艦は、戦艦10隻と正規空母6隻です」

「開戦時には戦艦18隻だったのでは」

「ごほん。建造中が3隻で、修理中4隻」

「半減ではないか」

「そのうち2隻は出撃できるかもしれません」

「3年でそんなに消耗するのか」

「4隻が沈没しております」



賀屋蔵相は、携帯算盤を出して弾く。

「ええと、18-4=14。14-4+2=12。最大で12隻か」


「10隻から12隻ですが、まもなく新造艦2隻が加わります」

「そんなもん。慣熟訓練なしでは戦力とはならん」

「詳しいですね、賀屋蔵相」

「あ、う。げふん。失礼した。ありがとう」

「どういたしまして、ちなみに独戦艦は3隻、伊戦艦は4隻です」

「仏蘭西はどうですか?」

「はい。戦艦3隻が行動可能です」


「少ないようだが?」

「はい、戦艦2隻と空母1隻が、連合国に抑留中です」

「どうなるのかな」

「さあて。連合国は説得に必死でしょう」

「そうだろうな。英国は強引過ぎた」

「メルセルケビール海戦ですね」

「やはり戦艦の数なのか。海軍は」

((しめしめ))




会議は、議題その一に入った。参戦後の米軍進撃路に関する内閣決定についてである。


大本営の多田大将と長谷川大将が手をあげる。


「政府が内政について決定されたのを」

「とやかくいうつもりはないが」

「その新聞案どおりとは、安直すぎるのではないか」

「あれだけ派手に書かれて、全世界が知ったのだ」

「裏をかくのが軍事作戦というもの」

「そうだろう」

「「うっふっふ」」


「内閣は、総力戦研究所に諮りました」

「なに、総研か」

「それで」

「新聞作戦案は至極合理的であり、軍事的に最も損害が少ない」

「「え」」

「米軍の策源地は米国本土であり」

「もちろん、そうだ」

「英国を中継根拠地としての北仏上陸には蓋然性がある」

「低地諸国だと独本国に近過ぎるからな」



「英軍の人的策源地は印度や豪州もあります」

「うむ、そうだな」

「すると、地中海は無視できない」

「地中海と北阿弗利加か」

「参戦の大義名分が英国の救援であるなら」

「それしかあるまい」

「ならば、地中海作戦は欠かせません」


「要するに」

「印度、豪州の英軍がスエズから西進し」

「東進して来た米軍と合流」

「そのまま北へ向かえば」

「伊太利か」

「すなわち、北阿、南伊、北仏・・」

「「あれ」」



「なるほど、理屈は合うな」

「本所研究生、高等班、第二別班、すべて答は同じでした」

「ふうむ。ま、いいでしょう」

「同意してもらえますね」

「え、今なのか」

「陸軍はエトワルとステラを新設した」

「あ、はい」

「海軍もアンクルを新設した」

「はい、です」


「米軍の進撃路ということで、新規予算を認めました」

「「ええーっ」」

「だって、何もないなら新設は必要ないでしょう」

「あ。ああ」

「なにしろ、特務機関は領収書がない出費ばかり」

「「・・・」」

「大蔵省としては、機密費は少なくしたい」

「「同意しましょう」」





議題その二は、本日の中心課題『英国から助勢の要望』である。


「重光外相、外務省の分析を」

「はい。一つは、支那海を日本に頼みたい」

「ちっ、マレー海峡までなのか」

「同盟なしで、インド洋は許しませんよ」

「そうだよな」

「南を見ろということか」

「そうです、総長」

「北から退かせたいのだな」

「目障りだったのでしょう」


海軍部は、揃って渋い顔をした。


防特演の前後から海軍は北に戦力を展開し、頻繁に訓練を行っていた。演習ではなく訓練だ。米国とソ連に対するプレゼンスである。米国船団の時は遠く南に離れるが、ソ連船ならば接近して臨検の構えも見せる。戦艦2隻に空母1隻が基幹の砲艦外交だ。


「ソ連向け船団を邪魔するなということか」

「はい。ついでに、陸軍と海軍の相克も図る」

「ぶはっ」

「それはいい」

「「あっはっは」」



陸軍と海軍は今、南洋での共同作戦を準備中である。まもなく発動だ。だから、南を見ろとか、陸海分裂とかは、あたらない。むろん、今に限ってではあるが。それに、陸海軍が北方で活発なのは、国内にいる第五列の目を北に向ける意味があった。西南日本に目を向けさせたくない。


「英国のことですから他にも意図があるでしょう」

「東洋艦隊から戦艦を引き揚げるとか」

「・・・」

「外相」

「はい」

「逆に、全面的に帝国が乗ったとして」

「ええ」

「日英同盟復活はあるのか?」

「「それだ」」


「謀略は、どちらの目も勘案して行います」

「むろんだ。どっちにころんでも対応できなければ」

「ですが、日英同盟だけはあり得ません!」

「「えええ!」」

「な、ないのか?」

「まったくありません。米国が怒るからです」

「英国が米国を恐れているのか」

「はい」



「今次大戦では、米国が英国に支援を行っております」

「大々的にな」

「政府の試算では、あと3年も大戦が続いたとして」

「「・・」」

「英国が弁済を終えるには30年から50年かかるでしょう」

「「それは!」」

「これは、中国から印度までの植民地を保持し続けた場合です」

「「では」」

「それらがない場合は70年から100年となります」

「「・・・」」


「ご存知のとおり、日英同盟は米国に潰されました」

「忸怩たる思いだ」

「英国は、もはや米国の恨みを買いたくはない」

「そうか」

「勝利後に、中国の権益の大部分を譲渡するでしょう」

「借金の形に、マレーやビルマも」

「中東の一部もです」

「印度は?」

「人口が多いから、保持するでしょう」

「「なんと」」



「で、どうする?」

「米英を仲違いさせるには?」

「米国が参戦すれば、連合国は米英ソとなります」

「いずれも大国、列強だ」

「そこです」

「ソ連か」

「はい。それで帝国の浮かぶ瀬ができます」

「「なるほど」」


「今回の回答から始めたい」

「「ふむ、ふむ」」

「外務省の試案は3つあります」

「「聞きましょう」」

「ごほん。1つめは、拒否する」

「それは、まずいでしょう」

「そう。日米融和なら日英友好でもないと」



「2つめは、受諾する」

「また、乱暴な。だいいち、海軍の諾否もまだ」

「日英同盟がないなら、意味がない」

「「それ、それ」」

「3つめが本命か」

「時間稼ぎか」

「独伊との関係も続いているし」

「仏印もある」

「極端はまずい」


「3つめは」

「「ごくり」」

「英国の本気度を試します」

「「ええっ」」

「ちょっと大胆すぎるのでは」

「うん。元も子もなくなっては」

「いえ、勝算はあります」

「「なんと」」

「帝国と取引がしたいのですよ、英国は」

「「・・・」」






連絡会議が終わった後、重光外相と賀屋蔵相はいつもの居酒屋にいた。


「たいしたものだ」

「独逸の戦略転換ですか」

「こりゃ、東部戦線もわからんな」

「ソ連の疲弊は望むところです」


「首相はとぼけられたが」

「は」

「年末の親書が要因と思っている」

「いや、大島大使からの報告は事実ですよ」

「またまた」


「星は何でも知っている」

「え」

「報告書には、そうあったのです」

「はあっ」

「・・」

「「・・・」」





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