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帝都東京、用賀。東條私邸。
東條は部屋の時計を見ると言った。
「志郎さん、そろそろ」
「あ、もうそんな時間ですか」
「明日もあるし」
「そうですね」
志郎は立ち上がろうとする。東條があわてて止める。
「ちょっと待ってくれ、志郎さん」
「は」
「実は、話がある」
「あ、はい」
「その、あれだ。うちの次女の・・」
「満喜枝ちゃんですね」
二人は煙草に火を点ける。東條は、志郎と目を合わせないように話す。
「吾朗君が居ない席で話すのもあれなのだが」
「はあ」
「その、吾朗君もいい年だ」
「ま、25ですから」
「うむ。満喜枝もいい年になるのだ」
「18でしたね、たしか」
東條は、まだ長い煙草を灰皿でもみ消すと、身を乗り出して志郎の目を覗き込む。
「えー、げふん」
「・・」
「ぼちぼちなのではないのかな?」
「あ?」
「いや、その。だから、ぼちぼち」
「はあ」
「ええい、ごほん。だから年頃だと」
「あ、わかりました」
「わかってくれたか」
また煙草を一本取り出した東條に、志郎はマッチを擦ってあげる。
「しかし、東條さん」
「なに、かな」
「満喜枝ちゃんは、たしか盛年寮の」
「ああ、カツが公邸に来るからな」
「その盛年寮ですが」
「なにか」
「ごにょごにょ」
「えーっ」
志郎の話を途中まで聞くと、東條は部屋を飛び出していった。
やれやれと、志郎は、東條の吸いかけの煙草を始末する。
盛年寮は、東條が私邸の林の一部を切り開き造作した、有為の青年のための下宿だ。中野正剛やほかの国士たちがやっている書生寮と同じである。が、青年たちの素性が少しばかり違う。下宿するのは、軍人や軍人を目指す青少年たちなのだが。
昨年召集されて幹部候補生から陸軍少尉に任官、満州の砲兵部隊から教育総監部砲兵監部に転任になった近衛文隆が最年長である。前の貴族院議長、近衛文麿公爵の長男で大正4年生まれだ。大正8年生まれが阿南惟晟と石橋和彦で、それぞれ阿南惟幾陸軍中将と石橋湛山情報局顧問の次男である。中野正剛国務大臣の四男、中野泰男は大正11年生まれだ。
着物の裾を端折った東條が台所に飛び込む。
「母さん、たいへんだ」
「もしや、志郎さんが?」
「いや。吾朗君じゃない」
「えっ」
「ごにょごにょ」
「ええーっ」
二人は台所から食堂を盗み見る。折りしも、盛年寮の面々が食事の最中である。週末には晩酌も出す。もちろん、成年の者だけにだが。
「「・・・」」
満喜枝は、嬉々として給仕をしていた。