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帝都東京、用賀。東條私邸。
夕方、東條が自邸に着くと、志郎が待っていた。
「枢府に呼ばれたと」
「ああ、行ってきたよ」
「どうでした」
「やはり、本音を知りたかったらしい」
「このところ、日米交渉が停滞していますからね」
「しかし、4月になれば大いに進展する」
「いろんな意味で、ですね」
「まあ」
総理就任以来、東條は二日と空けずに参内し、内政外交を念入りに奏上していた。
しかし、お上には公式な決定と予定事項しか言えない。憲法の制約がある。奏上後のお茶の席であっても、滅多なことは言えないのである。未定のことや本音を知りたい時に回りくどくなるのは、これは仕方がない。
「枢府と内府には、禁足令の件をお願いしてきた」
「それはよかった」
「あちこち、見に行かないとな」
「これからは捗りますね」
「ああ」
「今夜は泊めてください」
「いいとも」
「護衛には、明日の夕方まで休みを出しました」
「そうか、よし」
「飲みましょう」
「もちろんだ。ちょっと待ってくれ」
東條は、部屋を出ると警護責任者を呼び、志郎に専属を二人つけるように命じる。
そらから、忍び足で居間に行くと、細君に言う。
「かあさん、満喜枝を呼んでおきなさい」
「ええ」
「志郎さんは、明日の夕方までここにいる」
「まあ、では」
「うん、好機だ」
「そうですね」
「正月は逃げられたからな」
「あなた」
「任せなさい」
「はい」
東條が戻ると、志郎は要談を再開する。
「地中海・北アフリカ戦線が急激に動きます」
「北アフリカは目くらましになるかな?」
「大いなる障壁となるでしょう」
「米国はどう動く」
「超えようとします、正面からね」
「力技か」
「その力を持っていますから」
「かなわんな」
「いいじゃないですか、せいぜい消耗してもらいましょう」
「うむ」
「米国だけに楽な戦後を歩ませてはいけない」
「そうだったな」
話題は、懸案の総力戦研究所高等班第3期生の主題に移る。
基礎研究と志郎は考えていたが、東條は応用ないし軍事を推していた。
「先の欧州大戦を考えてください」
「総力戦だな、まさに」
「誤解を生みます、それだけでは」
「げふん。無制限な戦争だった」
「そうです」
「だが、終結は休戦から講和会議だ」
「だから、日本人は騙されやすい」
「うっ」
「日露戦争では、仲介国が入っての講和会議でした」
「そうだ」
「しかし、パリ講和会議では」
「ああっ。そうだった、勝利国だけだ」
「米英はルールを変えてきます」
「うむ」
「その時に驚動すれば、彼らの手の内に入る」
「そうだな」
「戦争だけではない、学術や研究や」
「商売や会社のあり方までか」
「日本は、基礎基本を抑えておく必要があるのです」
「・・・」




