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LN東條戦記第3部「売国宰相」  作者: 異不丸
序章 売国
3/59

 1


昭和17年正月。帝都東京、宮城。


官邸で御用始の訓辞を終えると、東條英機総理大臣は参内した。

政始である。

奏上の後に、内大臣の木戸幸一と懇談する。

木戸侯爵は、すこぶる機嫌がよかった。


「お上におかれては、今朝も笑顔であらせられまして」

「はっ。誠にありがたいことです」

「侍従長にご下問がありました」

「は」

「仏印が実芭蕉ならば、支那は桃か杏子か」

「え」

「侍従長は考え込んでおります」

「まさか」

「実際のところ、どうなんですか」

「えーっ」



昨年11月末、仏印全土の日本軍と邦人が台湾を経由して内地に撤収した。

仏印駐屯軍の主力である近衛師団が帰京すると、仏印駐屯任務完了報告会が催された。天皇陛下ご臨席のもと、仏印駐屯軍が帝都を行進し、南遣艦隊の軍艦が東京湾に整列して礼砲を打つ。艦列にはフランス極東艦隊の旗艦も加わり、式には各国の駐日武官も招待された。つまりは、凱旋の態である。


政府は、米国に押されて仏印から撤兵したのだとされるのを怖れた。国内世論は日米融和でまとめなければならない。米国の圧力に屈服したとなれば、またぞや反米機運が起きる。そこで、米国の要求外であった北部仏印からも一般邦人を含めての総撤収とすることで、帝国の自主性を担保した。


だから、少なくとも国民の前では、仏印駐屯軍と南遣艦隊は凱旋でなければならない。そして、12月23日の皇太子殿下御誕辰日に合わせて、仏印から大量に運び込んだバナナや南洋果実を内地の全世帯に特別配給した。台湾の砂糖も追加された。不足の分は、連隊区や鎮守府から供出させて補った。

帝国臣民は、御誕生日を甘味で祝ったのだ。



「えと、支那派遣全軍の到着は待てませんね」

「はい?」

「それを待つと夏から秋になる」

「はあ」

「つまり、ものが腐りやすい季節ですから」

「ああ、そうですね。そうですとも」

「それに、現地編成の部隊は、もう解隊を始めています」

「はい」

「支那派遣総軍の解散式は春を予定していますが」

「春ですね。まだ腐らない」

「・・・」


「考えてみると、桃も杏子も夏でしたね」

「困りましたな」

「何がいいでしょうね」

「何がいいでしょうか」

「わくわく」

「・・・」

「・・・」

「ごほん。では、わたしは閣議がありますので・・」

「ああ、首相」

「はい?」

「その。ヒントだけでも下さい」

「・・・」



首相官邸に戻ると、東條は秘書官たちを招集した。

「そういうわけだ」

「はあ」

「桃は夏、唐桃は晩夏ですね」

「だいたい、どちらも痛みやすい」

「だから春だと言っておる」

「ああ、支那総軍の解散式ですか」

「聞いていたのか」

「「・・・」」


「果物は無理ですね」

「そう」

「やはり、食い物ですか?」

「わが臣民は花より団子だ」

「これまでの時局があれでしたから」

「まじめに考えてくれ」

「支那特産で腐らないもの」

「そうそう」

「支那から内地へ、まず2週間」

「内地での配賦で、10日間か」

「うむ」

「「さあて?」」

「・・・」


後ろで星野書記官長がにやにやしていた。

「頼むよ、書記官長」

「はい。善処します」

「頼んだよ」

「まったく善処します」

「・・・」

「・・・」

「何か、あるのだな?」

「心当たりはあります」

「そうか」

「はい」

「・・・」


「では、私はこれで」

「待て、書記官長」

「はい?」

「っ、その・・」

「はあ」

「できれば、ヒントだけでも」

「・・・」

「・・・」

「「「・・・」」」





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