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LN東條戦記第3部「売国宰相」  作者: 異不丸
第2章 昭和17年3月
27/59

9 解散


帝都東京、首相官邸。午後。


総理官邸の小部屋には各省の審議官や参事官が集まっていた。


第78回帝国議会は終盤に入っている。予算案を含む重要法案は成立の見込みがたっていた。しかし、外交政策、国防政策に関しては荒れている。それは、議員先生方の死活問題だからだ。選挙が間近い。会期末の25日はもうすぐで、来月には総選挙。


4月30日の第21回衆議院総選挙では政党が復活する。議員たちは今会期のうちに、手柄とまではいかなくても、なにか目立つ話題を作っておきたかった。今のところ、東条内閣にはこれといった失策がない。むしろ、内政は成功しているともいえた。しかし、外交・国防に関しては、大いに異論のあるところだ。



『戦争では米国に勝てない』


それは全議員に共通の思いだ。といって愉快なわけではないし、仕方がないで済ませては地元に帰って申し開きが立たない。議員たちは、昨年末からの政府の丁寧な説明により、なぜ勝てないかを理解した。出会い頭の一発だけなら、豊田海相が強調するように、帝国が勝つ分はある。だが、数年にわたって殴り合いを繰り返すのなら、勝ち目はない。まったくない。


その違いは米国が一発で引き下がるかなのだが、とてもそうは思えない。人口も資源も工業力も、国力は段違いに米国が上なのだ。代議員先生方の悩みは、それを素直に選挙民たちに言えないことだった。例によって、政府の外交説明は秘密会が中心だった。詳細を洩らせば国賊だ、死刑だ。先例がある。一族郎党・近隣知己も無事に済まない。葬式もあげてもらえないだろう。



「それでどうします?」

「うん、対支那戦勝利でも・・」

「二番煎じでしょう」

「たしかに。年末正月にやったな」

「ま、われら官僚は選挙には介入しない」

「いいのですか、内務審議官」

「もちろん、民主主義だ」


「誘導はしますがね」

「司法参事官、ちょっと」

「「あっはっは」」

「必ずしも、二番煎じでもないのだが」

「え号作戦ですね」

「うむ。ふ号作戦の最終段階も選挙前には終わる」

「なるほど、外交と国防のすり替えですか」

「まあね、いつものことだが」



(陸軍の大作戦が続いている)

小部屋に集まった官僚たちの共通の思いだ。昨年からの支那撤兵、ふ号作戦、今年に入ってからは防衛総軍特別演習。今日明日にはえ号作戦の発動が。さらに来月にはふ号作戦最終段階だ。2つの作戦では、新式連隊や新式装備が実戦に投入されるという。停滞している日米交渉を紛らわすには絶好の話題の筈だ。


「陸軍は忙しいからな」

「大作戦続きですからね」

「外交の方で色をつけるか」

「陸軍には作戦に集中してもらいたい」

「うむ、雑音を入れんように」

「海軍はどうなのです」

「「げふんげふん」」

「あれの公試がある」

「それに大阪もな」


「今の議員全員を当選させると?」

「いや選挙には介入しないが」

「ま、アカい先生たちは検挙したし」

「そう、排除した」

「残った先生方は、まあいいのかと」

「新人だと読めないから困るし」

「バランスはとれてるでしょう」

「なにしろ成功報酬だ」

「では!」

「うん」



内務省の審議官は、星野内閣官房長官との交渉結果を披露した。


「「おおお!」」

「条件がついていますが、だいたいは通っていますね」

「ああ、問題ないだろう」

「ええ、満額回答に近い」

「条件がね」

「アカと餓死者は出さない」

「当然のことだ」

「あとは、時限ですね」


「首相は?」

「最後の2回は同席されたよ」

「「うんうん」」

「何年にしますか?」

「5年は短いだろう」

「そうです。10年でも短いかも」

「20年は論外だな」

「うん、固定化される」

「永久みたいなものだ」




(利権は官僚が独占する。民間には渡さない)

小部屋に集まった官僚たちの総意だ。

もちろん、利権の一部は大臣や議員たちにも分配される。しかし、大部分は、現役の官僚と退官した上級官僚に集中させる。その基本方針を首相は承諾した。条件は、綱紀粛正と時限立法である。


「たしかに無期限の立法だと」

「一度施行すれば永遠だ」

「その上にまた立法すると」

「かちかちに固まる」

「崩しようがなくなる」

「永遠の利権だとわれらの出る幕もない」

「例えば10年とする」

「10年後に廃案、新規法案に替わる」

「民間に魅力的なのかどうか」

「10年で投資を回収して、次の資金も蓄える」


「雇用も10年単位となります」

「ああ」

「一度失敗しても、10年辛抱すれば」

「次の機会があります」

「なかなか面白い」

「10年から15年の間ですね」

「もちろん、今日は結論は出さないよ」

「持ち帰りですね」

「ああ、いずれにせよ選挙後だ」

「では、選挙対策を考えましょう」

「「うんうん」」



東条内閣の希望は、今の議会勢力の維持だった。

といっても議会解散を先送りするのはおもしろくない。もともと昨年が解散、総選挙だったのを支那事変の非常時で先延ばししたのである。それに、翼賛会を解散して政党に復帰することはすでに公言した。後戻りはできない。


懸念は、政党選挙で議会の党派構成が大きく変動することである。これまでの説明を一からやり直さないといけなくなるし、そうすると予定している変革が大きく遅れる。下手をすると、頓挫するかもしれない。


地租改正・農地改革から国防基金にいたるまで、変革すべき旧制は多い。それらを変えなければ、帝国の税制改革は成立しない。税収基盤を安定させることこそが急務だった。帝国の國軆を保持し得なければ、米英と協力するのは危ういだけである。



「首相は国力の根源がどこにあるか」

「よくご存知のようだ」

「働き甲斐があるな」

「しかも報酬は約束済み」

「よしご奉公するか」

「「あっはっは」」


「先生方の独自色はどこで?」

「米英はまずい」

「独ソ批判はかまわんだろう」

「強気が欲しい方もおられますが」

「そりゃ、朝鮮だろう」

「あそこなら何を言ってもかまわんぞ」

「世論の動向もわかる、それで」

「「あっはっは」」




官僚たちの仕事は速い。手分けして、一時間もかからずに議員先生方の選挙対策、それに新議会の勢力図予想が出来上がる。これで内閣から依頼された今日の課題は終わった。


あとは、情報交換である。農林省の参事官がコーヒーを淹れる。


「欧州の戦争は?」

「対ソ支援が滞っています」

「うん?」

「PQ12船団が引き返し、PQ13船団が全滅しました」

「ほう。PQというと北か」

「はい、ノルウェーには独戦艦が3隻健在でして」

「規模は?」

「PQ12が16隻、13は19隻」

「「すごいな」」

「護衛の空母か戦艦もやられたらしい」

「すると、次はPQ14?」

「はい。30隻規模で編成中です」

「そうなるよな」

「「・・・」」


「地中海も動きがあります」

「へえ」

「昨年末にマルタ島西のシルテ湾で伊英艦隊の海戦がありましたが」

「伊、イタリア海軍?」

「先日、同じ海域で、やはり伊英艦隊の海戦が起きた模様です」

「「・・・」」

「マルタ島ね」

「独伊アフリカ軍団に対する補給が強化されておりまして」

「ああ、マルタ島は邪魔だね」

「ええ、厳重包囲を布いている模様です」

「ひょっとして・・」

「はい。リビアの独伊軍が大規模攻勢を計画中と」

「いや、発動したらしい」

「「!」」



「北アフリカで独伊軍が大攻勢に出る」

「その補給を維持するにはマルタ島は目障りだ」

「だが北アフリカの英軍に対する補給も海からだ」

「本拠のエジプトからリビアまで侵出したからな」

「両方とも補給線の維持の要がマルタ島になるのか」

「「これは!」」

「英国はマルタ島を死守するだろう」

「それは、本国艦隊から地中海に派出するということだ」

「ああ、北の戦力が南に移るのか」

「ますます、対ソ支援船団の護衛が薄くなるな」

「「!」」


「先日、海相が司法省に来た」

「豊田大将が?」

「うん。千島を封鎖する法的根拠はないかと」

「「ええ!」」

「米国シアトルからの対ソ支援船団を通せんぼするつもりか」

「そこまでは言えんよ」

「「ああ」」

「そう言えば」

「どうした、商工省」

「ソ連大使館からね」

「「ごくり」」

「北樺太の石油はいりませんかと」

「「えええ」」



「ご機嫌とりかな」

「満蘇国境の越境もずいぶん楽になったらしい」

「「・・・」」

「えと、ちょっと整理したい」

「「うんうん」」

「海軍の腹が読めないのだが」

「豊田さんか」

「あの人はわからん」

「米内大将が失脚してから」

「ソ連派は壊滅した」

「豊田大将はどこだっけ?」

「たしか英国」

「うん、在英大使館の武官補佐官だ」

「主流だな、帝国海軍は英国製だ」

「元祖メイドさんか」

「「あっはっは」」


「待て」

「「ん?」」

「連合国は海上戦力が不足ではないのか」

「あれ」

「英ソ間連絡をノルウェーの独海軍が阻止している」

「英国自体が地中海の英海軍を増強したい」

「そこに英国式海軍をもつ帝国が三国同盟から抜けた」

「「・・・」」

「まさか」

「米国、米海軍がいるではないか」

「そう、帝国と和解した今、太平洋の戦艦を大西洋に回せる」

「だが、う~ん」

「「・・・」」



「あれだ!」

「どうした、司法省」

「伊海軍がいる」

「それほどの戦力か?」

「よくは知らんが、聯合艦隊の半分ほどは」

「「え!」」

「そして、仏海軍もいる」

「「あああ」」

「司法省、なぜ、仏海軍がここで出てくるのだ」

「なに、ふ号で思いついただけだ」

「「・・・」」


「豊田大将といえば」

「どうした、大蔵省」

「護衛艦隊を手放したいと」

「「ええっ」」

「いや、今あるフネはすべて聯合艦隊で引き受けるから」

「「なにっ?」」

「新しく護衛艦隊を政府直属で作ればと」

「「どういうことだ!」」

「あれだ、海軍予算の割り振りで」

「「ふむふむ」」

「戦力の分散や逐次投入はよろしくないと」

「「・・・」」


「護衛艦隊が戦力分散なのか」

「なんだか本末転倒のような」

「豊田大将だからな」

「一発にかけるなら、全戦力の一挙投入しかない」

「理屈はわかる」

「しかし御前会議での決定では」

「そこよ」

「で、大蔵省はどうしたのだ」

「首相に振った」

「「え」」



「海軍予算の有効活用としては」

「聨合艦隊と護衛艦隊の二兎を追うのは無駄だな」

「「しかし」」

「あの英国が戦力不足なのだぞ」

「「あっ、そうか」」

「海上決戦用の艦隊は船団護衛に不向きか」

「といって、無い袖は振れない」

「英海軍がそうなら帝国海軍もむろん」

「英国製だからな」

「「・・・」」


「海相も食えない人だな」

「豊田さんはいつもそうだ」

「こちらの読みを見据えた上で動いている」

「それでは」

「民間の輸送船は誰が守るのだ」

「首相だ」

「「え」」

「まさか陸軍が」

「「・・・」」



「内務審議官?」

「ああ、内務省の現業は分けるつもりだ」

「「はあ」」

「逓信省も鉄道省も改変の対象だ」

「「・・」」

「内務省だけ無傷とはいかんだろう」

「「いや、その」」

「ひょっとして省庁改変?」

「あれ、聞いてないか」

「「ええーっ」」


「首相の考えは第4の軍だ」

「「陸海、空に続く?」」

「そう」

「外務省は知っていたのか」

「今の陸海軍を米英に差し出すのはまずかろう」

「「ああ」」

「空軍はもっとまずいよな」

「あれは本土防衛の要だ」

「「そうすると」」

「そういうことなのですよ」



「どんな軍になるのでしょうか」

「護送護衛が中心?」

「まだわからんが」

「「が?」」

「え号作戦で戦訓が得られるだろう」

「「あああ」」

「なにせ、日米中協同作戦だからな」

「「ごくり」」

「司法省、それはまずい」

「あ、日中協同作戦でしたね」

「「そうそう」」

「ま、米国もいると思えば安心です」

「司法参与官、いいのか」

「いいんだ、明日は出征だ」

「「えええーっ」」


「え号作戦には、内務省と司法省から一人ずつ出す」

「「え!」」

「なにせ軍人にはできない仕事がある」

「「ああ」」

「内務省は警保局から出す」

「そして、司法省は私だ」

「「ぴし」」

「そこで頼みがある」

「「はい」」

「盛大に壮行会をやってくれ」

「「おおお」」

「いいのか」

「うん、なにせ総力戦だ」

「「あっはっは」」

「新橋だ、いくぞ」

「「おおーっ」」






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