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LN東條戦記第3部「売国宰相」  作者: 異不丸
第2章 昭和17年3月
26/59

8 防特演(4) 連結


大日本帝国。北海道、札幌市郊外。北部防衛軍司令部。


防特演は土肥原統監の介入以来、青軍の苦戦が続いていた。有り体に言えば、大混乱である。それでも、安達二十三中将は演習の進行を続けていた。教育総監部の安達本部長は、今回の演習の統裁官であるからだ。しかし、苦渋の表情は隠せない。


「いったい、実弾を使う必要があったのか」

「しかし、統監は爆弾ではなく爆薬埋設を許可されました」

「うむ。空から撒いた爆弾では、不発弾の処理が面倒だからな」

「演習とはいえ、民用地ですからね」

「「・・・」」

「実弾使用ではなく、爆発が目的だったのでは?」

「何を言うか。なんのために自国の村落や耕地を破壊するのだ」

「いや、たしかあそこは・・」

「げふん。そこまでだ、諸君」

「「統裁官」」

「正しくは爆破だが、それは両軍の戦闘の帰趨には関係ない」

「「・・・」」

「この話はここまでだ。続きは東京に帰ってからとする」

「「はっ」」


演習統裁官室には静かな緊張が戻った。



しかし、隣の指揮室はそうはいかない。参謀たちが思い思いに憤懣を口にしていた。


「なんだ、この想定は!」

「騙まし討ちではないか!」

「わが青軍は、北海道防衛に成功していた」

「そうとも。北千島からの敵爆撃機は、あらかた殲滅した筈だ」

「赤軍の来襲回数は減り、一回に数機だけ」

「そろそろ反撃の作戦を練ろうかと」

「新状況にひっくり返された」

「なんだ、このボ09は!」

「「卑怯な!」」


その日の朝、突如、敵赤軍は大規模空襲を敢行した。

根室、標津、釧路、帯広にまで渡る十数か所が、数百機にのぼる航空機による空襲を同時に受けた。敵爆撃機は護衛の戦闘機を随伴していて、奇襲となる。北部防衛軍の迎撃は失敗に終わった。



その日だけで延べ900機に及ぶ敵の空襲は、単発機によるものだった。

赤軍は空母数隻を基幹とする艦隊を投入し、艦載機による大規模な空襲を実行したのだ。もちろん、北部防衛軍はまったく予想していなかった。

演習の範囲外、いや陸軍の範疇外であろう。


そして、ついに軍都室蘭が空襲を受け、室蘭の製鉄所と周辺の軍需工場は壊滅的な被害を被った。つまり、北海道の防衛は失敗である。





北海道、釧路国支庁、阿寒川西方。


それは突然起きた。だから、小隊員のほとんどが納得できない。不平不満は上官に向けられる。当然のことだ。


「何もやることがないのでありますか?」

「ない」

「食って寝るだけなのですか?」

「ああ。食ったなら寝ろ」

「「はあ?」」


大川曹長は見かねて、一人を選ぶ。


「こらー、小隊長ドノに失礼だぞ」

びびびび~んん。

「ひっ。大藪一等兵は寝るであります!」

「それでよし」


大山小隊長は、それをぼんやりと眺めながら、これまでの経過を振り返る。



青軍は防衛戦を有利に進めていた。

赤軍の来襲回数は減り、一回の機数も10機を割るようになっていた。特設第6監視小隊は余裕を持って対応できていたし、実験隊もしかるべき成果をあげているらしい。そろそろ反撃の段階ではないか。


第3航空師団は重爆撃機を持たないから、赤軍に占領された北千島の敵飛行場に出撃できない。しかし、海軍の基地航空隊がいるし、なにより、聨合艦隊がいるではないか。航空撃滅戦のあとに逆上陸だ。小隊各員の意気は上がる。



北の森の中で数回の爆発があったのは、早朝だった。

その日、戦闘は様相が一変した。まず、無線が通じない。発信はしているらしいが、応答がなかった。味方の迎撃機は一機も上がらない。周波数を変えて傍受してみると、通信は混乱していた。なにか、突発事態が起きたらしい。


大山少尉は大沢中尉に相談して、近くの駅に設けられた民間連隊の指揮所に伝令を出す。しかし、伝令が帰ってきたのは夕方だった。指揮所が山のほうに移動していたからだ。その伝令は判定結果を持ち帰った。全滅を知ったのはその時だ。



無線を発することのできない第6小隊は、しかし、発信を止めただけで監視や聴音は継続していた。実験隊の大沢中尉の判断だ。それで、演習の進行が判断できるらしい。翌朝、傍受した結果をまとめて中尉は説明してくれた。


赤軍航空隊の総力をあげた一斉空爆に対して、北部防衛司令部の迎撃機は数で対抗できなかった。釧路沖で取りこぼした爆撃機は3桁に達した。そのうちの50機が釧路市周辺に爆撃を敢行し、一帯は壊滅的な損害を受けた。その爆撃に特設第6監視小隊は巻き込まれたらしい。



兎に角、小隊の面々はくさっている。

小隊は全滅したと、そう判定されたのだ。演習で全滅の判定を受けると、上位組織と連絡することが許されない。上位機関も、なにもしてやることは出来ない。存在しないことになるのだ。


大川曹長が寄って来た。いやな予感がする。


「小隊長どの」

「なんだ」

「いえね。実験部隊の中尉殿はなにやら無線機をいじってますがね」

「知らん。わしは少尉だ」

「はいはい。ですが、話を聞くくらいは許されるのではないですか」

「それはそうだが」


大山は兵隊からたたき上げの少尉であるから、兵たちの気持ちはよくわかる。そして、兵隊や下士官が何を自分に期待しているかも知っていた。


「大川曹長、一緒に来るか」

「いや、自分は下士でありますから・・」

「そうか?」


大山にはわかる。大川は背中に兵たちの視線を受けていた。大川曹長とて、兵たちの期待は受けているのだ。ある意味で、大山に対するそれより大きいかもしれない。


「・・えと。お伴させてください」

「いいとも」


大山は大川に向けて、歯を出して笑って見せた。大川の顔は、途端に渋くなった。




大沢中尉は、大山少尉の話を聞いた後、しばらく無言だった。じっと大山の顔を見つめている。長い。大山は、尻の辺りに汗をかくのを感じた。

ようやく、大沢中尉が口を開く。


「どうも、大山少尉の言うことはよくわからないな」

「ですから」

「まあ、待て。知っているか?」

「はあ」

「過去に帝国は外敵から爆撃されたことがある」

「えっ」


初耳だ。


「ほとんどの国民は知らないし、軍人も忘れているが」

「・・・」

「支那事変が始まってまもなくだ。昭和13年2月には台湾、5月には宮崎と熊本が、支那空軍機で爆撃されている」

「ええ」

「陸海軍が帝国防空の分担を決めたのは大正12年だ。防空法が制定されたのは昭和12年」

「はい」

「陸軍が電波警戒機の開発に着手したのは昭和11年だ。英独に遅れること、わずか2年なのだが」

「・・・」


大山少尉は大川曹長と顔を見合わせる。

(どうも、大沢中尉は思った以上の人物らしい)

(いや、それは。しかし、兵たちが)

(お前が言ってみるか)

(いや、それは。しかし・・)



大沢中尉は、話を続けている。


「それでな。百数十メートルの塔が防衛の要となるのだ」

「え」

「聞いておったのか?」

「は、はぃっ」

「そう。こう、四方を囲むようにな・・」

「「・・・」」


いつしか、特設小隊の全員が大沢中尉を取り囲んで、熱心に聞いていた。兵たちの関心は中尉に移ったようだ。

とりあえず、大山少尉はほっとした。






北海道、釧路国支庁、阿寒岳山麓。


松山少尉と宮元曹長は、阿寒白糠民間連隊の連隊本部にあった。

当初は大楽毛駅内に設営されていた連隊本部は、連隊長の寺岡大佐の判断で北方の阿寒岳の山麓に移設された。ここは北海道農事会社の開拓村の1つで、何のことはない、寺岡大佐ほか第1小隊員の居所だった。


「えええ。許されるのですか?」

「許すも許されないも、連隊長の決心だ」

「はっ。しかし、その・・」

「曹長は不服か?」

「とんでもない!」

「え」

「すぐに仕事に入れますよ」

「あ。ああ、そっちか」


宮元曹長は列車乗客の10人の予備役・後備役甲をあずかって、一般避難民、すなわち開拓村の老人子女と列車乗客の保護にあたっている。早い話が、避難所の警備員である。避難所は連隊本部のすぐ傍に設営された。連隊長の決心である。


巡察に来た松山少尉と話しはじめると、部下の伍長が口をはさむ。


「しかし、連隊長の決心で、連隊は全滅を逃れました」

「こ、こら」

「それは事実だなぁ」

「し、少尉」

「参謀少佐どのによると、ほんの5分」

「うむ、まあ」

「寺岡大佐は、釧路師団長なのです」

「伍長、それは」

「まあまあ」


伍長は釧路市内の郵便局長で、出張からの帰路に列車に乗り合わせた。

郵便局長といえば、地方の名士であり有力者だ。国から武装も許されており、拳銃どころか、北海道では猟銃も持つ。宮元の民俗学の現地調査では、まず第一に接触すべき相手だった。無碍にはできない。



大楽毛駅内に本部を開設した寺岡大佐は、釧路連隊区司令部と連絡を密にしていた。連隊区司令部は、通常は連隊司令部と同義であるが、釧路連隊区には連隊がいない。釧路連隊はなく、実態は旭川第7師団の兵事事務所と化していた。人口が少なく面積が広い北海道では、師団主力である3個連隊を分駐させるのは不利と判断されていたのだ。


釧路連隊区は、根室から北見・帯広と道東のほとんどを区域とするが、阿寒白糠民間連隊は、釧路周辺が管轄である。連隊といっても3個大隊基幹ではなく、3個中隊基幹だ。それは、民間連隊の任務が戦闘ではなく、後方警備だからだ。


前線の正規戦闘部隊が機能していることを前提に、後方の民間治安、秩序の維持、避難・疎開・隠遁の速やかな手配が任務である。そのために、所轄の民間人を会社や自治会・郷村単位で指揮する。敵の第五列を捜索することもあるが、荒事は前提ではない。



「ここだけの話、民間大隊でよかったのでは」

「うん、そうだ」

「では?」

「後方警備の後にも任務があり、それは大隊規模ではできないんだ」

「「ええっ」」

「つまり、敵上陸後だな」

「そうなのですか!」

「後方警備は土地勘が必要だし、人数は要らない」

「はい」

「だから広域は無理だし、大隊でもいい」

「すると、連帯規模の人数が必要な任務とは?」

「戦闘だ」

「えっ」

「予備役や後備役甲だけでなく、成人男子全員規模の動員となると」

「はあ」

「それはまさか」

「そう、国防の最終段階だな」

「「えええ!」」






埼玉県、所沢。東部防衛司令部。


東部防衛司令官の田中中将は、土肥原大将に乗っ取られた指揮室の片隅で、固唾を呑みながら一挙一動を注視していた。

北部防衛軍司令部で起こった混乱は、防衛総軍司令部にも波及するかに見えた。防衛総軍司令部まで混乱するようなら、東部防衛司令部にもお呼びがかかるかも知れない。そう思うと、指揮室を離れることはできなかった。


今も、土肥原が副官に問いかけているところだ。


「どうだ」

「はい、ぼちぼちですね」

「そうか」


副官の山内中尉が答えると、土肥原は連れてきたほかの参謀たちを見る。

教育総監部の参謀たちは一様に頷く。


「頃合だと思います」

「よし」

「では」


田中中将はいやな予感がする。状況ボ09を発令した時と同じだ。また大混乱を起こすのか。

しかし、参謀らは指揮室の黒板を土肥原大将の正面に寄せると、何やら書き始める。



「あの後、情報の氾濫が一気に起こった」

「それが目的ですから」

「通信の脆弱さが一気に出た」

「何をどこに伝えるか」

「最重要の情報が伝わらない」

「時系列は無理ですな」


土肥原大将はすぐに指示を出す。


「詳細はあとだ、まずは課題だけを羅列しておけ」

「「はっ」」

「検討と解決は安達が帰京してからになる」

「「はっ」」

「安達本部長は今夜にでも?」

「今夜は可哀相だ。打ち上げも慰労もあろう」

「へえ」

「あれ」


板書された課題を帳面に写すのに必死のはずの山内禄雄中尉は、しかし余裕綽々である。


「副官、いいのか。すぐに消して出るぞ」

「あっ。写真機を持ってきました」

「なに、カメラ?」

「はい。最後にバシャで完璧です」

「ふん、楽を覚えおって」

「えへへ」

「今に痛い目にあうぞ」


参謀たちの課題抽出が終わったと見て、禄雄は立ち上がり、写真機を構える。


「あれ」

「ん」

「何か足りませんねぇ」

「うむ、もう一つ二つあったはずだが」


そこへ、もう一人の参謀が入ってきた。


「総監、いや統監。北海道から至急電です」

「おう」

「本部長からですか?」

「いや、民間連隊長の寺岡大佐からだ」

「「??」」

「あの空襲を逃れおったか。聡いやつだ」

「「・・・」」

「寺岡め。もう解決しおった」

「「えっ?」」

「参謀、これも加えてくれ」

「はっ」


電報を渡された参謀は、黒板に新しい課題を書き付けた。


『兵站思想』

『浸透戦術』

「「・・・」」


黙って考え込む参謀たちの後ろで、土肥原は呟く。


「独断専行か、寺岡が言うとはな」

「「え?」」

「永田が一目置いただけのことはある」

「「えええ?」」


阿寒白糠民間連隊長の寺岡大佐と土肥原大将は、陸士16期の同期だった。




「さあ、お叱りを受けに行くぞ。副官!」

「はっ。車と護衛はすでに」

「全員!首を洗え!」

「「はっ」」


(え!)


東部防衛軍司令官の田中静壱中将は、あっ気にとられた。

土肥原大将をはじめ、参謀・副官の全員が腰から手拭を出すと、首の廻りをごしごしと擦り始めたのだ。田中には訳がわからない。



「邪魔したな、田中」

「は、はあ。土肥原さん、ご武運を」

「それは不敬だろ」

「ひっ」


副官と参謀たちが板書やほかの痕跡を消しているのを見ながら、土肥原は田中に告げる。


「大丈夫だ」

「ほっ」

「お前も一味だからな」

「えっ。え、えっ!」



田中中将が防衛総軍特別演習の終了を知ったのは、その1時間後だった。田中は、とりあえず風呂を浴びることにした。







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