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LN東條戦記第3部「売国宰相」  作者: 異不丸
第2章 昭和17年3月
23/59

番外 微笑みの白い豚


!ユニークアクセス1万突破感謝!






【ガーハイム一家】


ハートマン・ガーハイムは、シカゴに本拠を置くグレートノーザン鉄道の役員に就任した。北西部担当総支配人としての功績を認められたのだ。特別列車『エンパイヤビルダー吉田号』での新記録達成は、会社の名を大いに上げた。貨物列車での貨物の積込・受渡の新アイデアも順調に実績を出している。


役員に出世したガーハイムは、いよいよ、夢と野望の実現に邁進しようとしていた。目指すは、GN鉄道創成者であり帝国建設者であるジェームズ・ジェローム・ヒル、その人だ。鉄道運行と周辺事業だけでなく、積極的に鉄道沿線地に投資を行い、殖産振興を行う。人口を増やし産業を興して、鉄道需要を増進させるのだ。



役員ともなれば、既存事業の拡大と増収だけでは許されない。それだけなら、旧来の役員がいる。ヒルは子沢山だったから、GN鉄道の役員にはヒルの実子やその配偶者が多かった。新参のガーハイムは、彼らと衝突しないように立ち回らないといけない。すなわち、新事業だ。未進出の地区や業種でGN鉄道の名利を上げることだ。むろん、失敗も許されない。


ガーハイムは、スタッフを招集する。一家は、『吉田号』で活躍した者が中心だ。

まず、ボスの出世に伴い役員秘書となった『ジョーカー』デイヴィス。

運行主任から営業部長に出世した『カウボーイ』エヴァンズ。

主任技師から昇進した『クレイ・G』アール技師長。

そして、『微笑むデブ』ローレンス先任機関士も加わった。



ガーハイム一家の五人は、ダークスーツに身を固めると、颯爽とシアトルに乗り込む。ジョーカーの段取りに従い、新規事業のアイデアを得るために、シアトル港に停泊中の日本の巡航見本市船を見学するのだ。






【日昌丸】


見本市船は日昌丸といった。元はジャワ航路の貨客船だったらしいが、陸軍の徴用を解除された後に、商工省の雇船となったという。ジャワ航路に復帰しなかったのは、昨年来、日本と蘭印との関係が悪化している事情もあるらしい。


第1船倉を改造した第1展示室はかなり広かった。幅16m、奥行き50mだが、経路は入り組んで作られているので、入り口から出口まで、順路をすべて廻れば全長は200m近い。日本で一番古い、上野の帝室博物館の半分ほどの広さだという。



しかし、役員秘書のジョーカーは、内心で落胆していた。思ったよりも展示品が貧弱なのだ。垂れ幕には「マシナリー」と謳ってあったが、飲食品の類も多い。穀物や牛乳を原料とした健康飲料、鯨エキスの製剤などだ。たしかに、醸造技術には見るものがあるし、各々の効能にも首肯できる。しかし、それらはマニュファクチュアルであって、インダストリアルではないだろう。


最初は、1つ1つの展示品の説明を聞き、パネルを読んでいたガーハイムとカウボーイだったが、一瞥だけでとばすことが多くなった。どんどん先に進む。ボスの気まぐれを知っているジョーカーは、それでも律儀に説明書やカタログを全部もらう。しかし、心は別のところにあった。



(ちまちまとした商品ではダメだ)


缶詰でもドリンクでもGN鉄道の名を冠すれば、いくらでも売ることはできる。他の商品を締め出せばいい。運ばなければいいのだから、造作もない。しかし、それで一体いくらの利益が出るというのだ。単価が安ければ利潤も知れている。


ガーハイムとカウボーイは、リポビタンDという栄養ドリンクの前で少し立ち止まった。が、成分表を見終わると次に行く。成分に麻薬でも入っていれば一定の需要を見込めると思ったが、どうも見込み違いらしい。



ジョーカーは、遅れて続く二人を見て思う。


(やつらは気楽だな)




『クレイ・G』技師長と『微笑むデブ』先任機関士は、見知らぬ食品をいちいち試食・試飲していた。技術屋としては、知らないものや新しいものを見て、無視は出来ない。まるで自分の舌で元素分析ができるかのように、成分表を見ながら頬を膨らませる。


「あれだね、あとコカインを二分の一オンス」

「それは多いよ。1ドラムでいい」

「そうか、死んじゃうかな」

「「あっはっは」」


製造元から派遣されていた説明員は、黙ってメモをとっていた。彼は薬剤師であるから、二人が言った量がとんでもないことを理解している。しかし、社命には逆らえないし、今は商工省出向の身だった。船客と議論することは、今回の任務で許されていない。ただただ、目を白黒させて抗議するのみだ。






【自転車】


自転車コーナーは、順路の中ほどにあった。展示された自転車は4台である。


最初の1台は、ダイヤモンドフレームのありふれたロードスター型自転車だった。エンブレムは歯車の中にM、暗い灰色に塗られたその自転車を一瞥すると、ガーハイムは次のコーナーへと去る。いまさら、ということだ。米国は自動車社会であり、自転車には需要がない。



全く無いと云う訳ではない。近場の通勤や通学には自転車を使うものも多い。しかし、中流未満の階層だ。だから、安い価格のものが望まれ、利益幅は狭い。高利益を狙うならば、スポーツ用だが、展示された4台にスポーツ仕様のものはない。つまり、ビジネスの対象とはならない。もとよりGNは鉄道会社だ。


それらを、素早く見通したガーハイム役員は、このコーナーに長居する理由はないと判断したのだ。

残りの4人も後に続いたが、しかし、先任機関士のレナード・ローレンスは、次の自転車を見て、立ち止まった。




オレンジ色に塗られた2台目は、かなり奇異な形状をしていた。太いダイヤモンドフレームの先端にはハンドルがあったが、その下に前輪がないのだ。ハンドルのパイプは垂直に下りて、ペダルの高さで、水平に伸ばされたフレームに継がれてあった。


(カーゴ専用の自転車か!)


ハンドルの前方は縁枠のついた床になっていて、幅を減らしながら1mほど先の前輪まで続いている。サドルから前のフレームは通常のおよそ倍の直径がある。角パイプも併用されたフラットな床は、かなりの重さを支えることが出来るだろう。



(100kgだと?)


展示の自転車にはカーゴは積まれていなかった。力強いフレームを直に見せたいのだろう。脇のパネルに積載量100kgとあり、荷物を載せて撮影したカラー写真も掲示されていた。1枚目は、ストローで編んだ樽を3つ。中身は米らしい。2枚目では、スモウレスラーを荷台に乗せた自転車を半ズボンの子供が漕いでいた。


いかにも、あざとい写真だ。しかし、レナードの目は展示された自転車の角パイプにあった。正方形ではなく長方形である。同じ角パイプが、縦に使われたり、横に使われていた。重量を分散させ、かつフレーム全体の剛性を維持する。自転車の荷重は垂直方向だが、およそ1m四方の荷物床を安定させるには水平方向の強度も重要だ。



(なかなか、やるじゃないか)


機嫌が良くなってきたレナードは、口の両端を吊り上げた。微笑んでいるのだ。るんるんと、レナードは3台目に進む。


だが、周りの客たちはどきっとした。口を歪めているようにしか見えない。







【大和撫子号】


3台目は、2台目よりはましだが、やはり自転車と呼んでいいのか悩む形状だった。かなり目立っているのは、色が赤いからだけではない。その自転車には人が乗っていたからだ。それも女性である。


(なんてことだ)


レナードの唇がわずかに開き、両端が濡れてくる。興奮してきたのだ。



3台目の自転車は、米国で言うMotor-Scooterによく似ていた。ただし、エンジンはない。発売されてもう20年になる英国のSkootamotaよりは、シートが前方に出ており、安定感があった。特徴的なのは、自転車に乗った女性の半身を、前方から遮るレッグシールドだ。このメーカではスカートと呼んでいるらしい。


その自転車はいろいろな赤で塗られていた。フレームやハンドルは緋色、スポークとリムは茜色。皮製のシートやグリップは赤茶色。レッグシールドは木製の曲げ物で、赤漆が塗ってある。まさに、女性が乗るのにふさわしい。



広めのシートに乗っているマヌカンは、薄紅色のドレスを着て膝を閉じ、両足を揃えていた。長いスカートは軽やかにふわりと包み込み、帽子の下の長い黒髪は風に靡いている。


ああ。自転車の前で、レナードはしゃがみこんだ。


(まるでシャーリーンみたいにきれいだ)


マヌカンは、彫りが深く鼻の高い欧米人を模したものではなかった。眼に特徴があって、日本人にしか見えない。そして、マヌカン人形としては当たり前だが、誰の目から見ても美人だった。パネルには、"Model Yamato Nadeshiko"とあった。


(ふ~ん、モデルがいるのか。会ってみたいな)



しばらく見蕩れていたレナードは、我に帰った。

エンジンがない自転車は漕ぐしかない。でなければ、前へ進めないどころか倒れてしまう。しかし、その自転車にはペダルがなかったし、チェーンもない。


(どういうことだ?)


すぐに、レナードは思い当たった。船橋2階にあった洋裁店、あのミシンだ。踏み板だな。レナードは、一歩前に出る。自転車のレッグシールドの内側を見つめる。



しかし、周りの船客には、そうは見えない。口を歪めた目つきの悪い男が腰を屈めて、日本女性のスカートに近づいていく。

ざわざわ。




あったぞ。レナードは、レッグシールド後ろの床に、少し傾斜をつけて置かれた踏み板を見つけた。左右2つに分かれて、両足交互でも踏めるらしい。さらにシートの下が膨らんでいることもわかった。何かの機構がはいっているようだ。踏み板の動きを回転力に変換するクランクか。


(う~ん、よく見えないな)


レナードは、マヌカンのスカートを無造作に払う。



ノー!

周りの船客が引いた。口を歪めて目つきが悪くよだれを垂らした男が、日本女性のスカートの中に手を入れている。

ざわざわざわ。




(弾み車なのか)


シートの下の膨らみには、大きな弾み車も入っているらしい。ご婦人用にしては重そうで、どう走り出せるかが疑問だった。踏み板では、体重をかけるという走り出しが出来ないのだ。ミシンの踏み板は常時一定の力を保てるが、一気に力を出すのには向かない。そこで弾み車をつけたのか。


(こいつはたいしたものだぞ)


レナードの口の両端からよだれがあふれ、つーと糸を引いて、床に落ちた。

ぽとん、ぴちゃ。



ざわざわ、ざわ。

船客の一人が声をかける。


「おい、やめろ」


しかし、遅かった。

ついにレナードは、女性ごと大和撫子号を持ち上げ、その下を覗く。


「「オー、ノーッ!」」




(ワイヤ駆動だったのか)


レナードは感心した。その自転車は、踏み板の往復運動をクランクで回転運動に変換して弾み車に伝える。そして、弾み車の回転の力線をそのまま、ワイヤの回転で後輪の軸に伝えているのだ。後輪のハブは太い、変速装置が入るのだろう。弾み車には、力を蓄えるためのばねがついているだろうし、ワイヤの編みや捻りも計算されているのだろう。



(たかが自転車に、これほど技術を集積できるのか)


自転車を下ろしたレナードは、四つん這いのまま、涎溜りの中で歓喜の声をあげる。


周りの船客には、それは豚の鳴き声に聞こえた。






【読解】


第1展示室の順路を終えたガーハイム一家は、一旦船室に引き揚げる。そして、ガーハイム役員の特等室に集まった。報告会である。



いつもの通りに、『微笑むデブ』先任機関士は結論から始めたが、それは意表をつくものだった。


「なんだと?」

「サー。展示室の全商品を買い占めるべきです」

「すべての製造元に出資すべきだと言うのか」

「サー、イエスサー」


「説明しろ」

「サー。驚くべき技術の可能性が展示品の中に隠してあります」

「隠してあるのか」

「サー、イエスサー。彼奴らは卑怯で狡猾です」

「・・・」


「出資できない場合は?」

「サー。早いうちに潰すべきです」

「おもしろい。それほどのものか」

「サー、イエスサー」



異例なことに、アール技師長が手を挙げて、発言を求める。


「クレイG、何を見つけた」

「サー、彼奴らの危機と困難です」

「説明しろ」

「サー、彼奴らは技術の展開方向と法的根拠で悩んでいます」

「米国内での需要調査と特許取得のパートナーか」

「サー、イエスサー」


「わがGN鉄道のメリットは何か」

「サー、欧州大戦後の製造業独占です」

「すべては無理だろう。いくつかの製品は可能だな」

「サー、イエスサー」



ガーハイムは、しばらく二人の部下を見つめる。考えているのだ。


「よし。二人とも、2分間ずつやる。話せ」

「「サー、イエスサー」」


先任機関士と技師長が、結論に至った根拠と発見を述べる。全員が熱心に聞く。先任機関士は秘かなメッセージを察知していたし、技師長は展示順路の意図とゴールを予想していた。




「ジョーカー、言え」

「サー、部品のすべてがインチねじでした。彼奴らは本気です」

「カウボーイ、言え」

「サー、順路は移動・輸送・物流とその部品に沿っています」

「わかった。参考にする」

「「「サー、イエスサー」」」

「四人とも今夜は好きに飲んでいいぞ」

「「「サー、イエスサー」」」



招待プログラムによると、この後は第2展示室でカクテルパーティと映画上映になっていた。5人は船室を出て、第2船倉へと向かう。






【あじあ号】


第2展示室に入ったガーハイム一家は仰天した。

アール技師長が発見できなかった肝心なもの、第1展示室のゴールがそこにあったのだ。


それは満鉄特急あじあ号、パシナ型の機関車と最後尾の展望一等車の2両だった。



「あ、あった」

「こんなものを積んで来て、一体・・」

「・・あっ」

「そうか、俺たちに見せるためなのか!」


「サー、感謝すべきでしょうか」

「行動で示すべきだろう」

「サー、それでは」

「決まりだな」

「「「サー、イエスサー」」」




招待客たちは、入り口で配られたあじあカクテルを片手に、流線型の機関車を興味深く見学する。制服を着た鉄道機関士が敬礼で迎えてくれた。


「機関士さん、動くのかい?」

「もちろんです、ジェントルマン」

「見たいね」

「では、石炭10トンと水30トンをいただけますか?」

「これは参った」

「「あっはっは」」




招待客たちは、パシナ機関車の見学を終えると、展望一等車に乗り込む。メイド服を着用したロシア系の女性が席に案内し、飲み物の注文を聞く。招待客の大半は、あじあカクテルのお代わりを頼んだ。


展示室の照明が落ち、車内の灯りも間引きされた。映画の上映が始まるのだ。メイドが回ってきて、座席を回転・調整してくれる。招待客たちはカクテルを飲み、煙草を吹かしながら、車内から船倉壁面のスクリーンを見つめる。



映画は満映製作の『七人の騎兵』だった。日本で明治維新が成り、外満洲がロシアに割譲され、清の直隷地に漢族の移住が許可された。その19世紀後半の満洲が舞台である。上映されたフィルムは、本編90分をダイジェストした30分版だったから、ストーリーは追い難い。


しかし、クライマックスの戦闘シーンは圧巻だった。満州の大平原での騎馬と騎馬との衝突である。自動貨車に複数のカメラを積み込み、並行して走りながら撮影したのであろうか。近接撮影でのサーベルの剣戟が長く続く。打ち合いの火花が散る背後で、満洲の荒野が流れ去る。。



馬賊が真正面から向かってくる。どんどんズームされて、馬体が観客に圧し掛かってくる。思わず伏せる。ばんっと、馬賊は跳躍して観客を飛び越す。その時、蹄鉄の釘まで見えた。しばらくして、観客がおそるおそる頭を上げると、サーベルに薙ぎ払われる。ぎらり。びゅんっ。また伏せる。


かんかんかん。ぎんぎんぎん。頭上では、剣戟が続いているらしい。ぴかぴか。ぎら、ぎらり。ひっ、ひえっ。サーベルとサーベルが打ち合う音。大きく後ろに引いて構える時、一気に振り下ろす時、ふんっ、びゅんっと、風きり音が絶えない。



実戦と見紛うばかりの戦闘シーンは、しかし、銃撃戦は遠撮にとどめ、近撮は剣戟としていた。ハリウッドの西部劇を遠慮しているのか、小銃はもちろん、拳銃を射撃する場面も少ない。ラストは、村の種蒔の踊りと祭りだった。


"The End"が表示されると、展望一等車の中は騒然となった。招待客のおよそ半数が席から立って手を叩いている。ガーハイム一家の四人も立ち上がって拍手していた。エンドロールでクレジットが流れる。制作=Masahiko Amakasu、監督=Akira Kurosawaとあった。




『この映画の全編は、シアトル-横浜航路の船内でご覧いただけます』

『一般劇場公開の予定は、今のところ、ございません』


スクリーンでは、なおもテロップが続いている。しかし、そろそろメインダイニングでディナーの時間である。灯りが戻らない車内で、招待客は動き始める。




次回作の予告が映されていた。


『ラストフロンティア』


満蒙国境に迷い込んだ米国少年が生き抜く話らしい。予告編の最初では、大森林の中の小さな家がズームインされる。おそらくアメリカ西部、その少年の故郷だろう。


小屋の前で薪を割る少年の姿が、だんだんと見えてくる。小屋の裏から、鍋を両手で持った婦人が出てくる。長いスカートと地面の間にウェスタンブーツのとがったつま先が見えた。



ガーハイムは、ぽかんと口を開けたまま立ち上がった。


「あああああ」






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