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LN東條戦記第3部「売国宰相」  作者: 異不丸
第2章 昭和17年3月
19/59

2 防特演(1) 司令


大日本帝国、北海道、札幌市郊外。北部防衛軍司令部。


防衛総軍特別演習は、防特演と呼称された。


防特演に招待された外国武官は、まず昨年まで同盟国であった枢軸国のドイツ、イタリア、ハンガリー、ルーマニア、フィンランドの5カ国。それら枢軸国と現に戦争中のイギリス、ソ連。まもなく参戦するであろう米国。アジアは満洲、仏印、中国、トルコの4ヶ国、南米のアルゼンチン。合わせて13国である。独ソ英は2人ずつ送り込んで来た。


その朝、総勢16名の武官たちは北部防衛司令部の参謀に引率されて、宿舎のホテルを出た。用意された各種の乗用車に分乗すると、集合場所の札幌連隊区司令部へと向かう。97式側車付自動二輪車が先導し、日産80型自動貨車に満載の憲兵が後に続く。



案内されたのは連隊区司令部の講堂で、中ではストーブが焚かれていた。そこで、改めて演習観戦要領が説明される。読み上げる防衛司令部の参謀の肩章は中佐だった。兵科はわからない。大日本帝国陸軍は、階級章の兵科色を廃止していた。


「本日、武官方には防衛司令部で観戦していただきます」

「「ほーっ」」

「観戦は武官方に限られます。副官の同行は認められません」

「「えーっ」」

「武器の携帯は、将校を顕す短剣か拳銃しか認められません」

「「ふーっ」」

「拳銃の弾丸は抜いて、弾倉は空にしてもらいます」

「「あーっ」」

「筆記は許されませんが、手帳とペンの携帯はできます」

「「・・・」」

「以上、すべて、招待状に書かれてあります」

「「ふーんっ」」



休憩になって、お茶が出された。テーブルの上には、クッキーやビスケット、乾パンや煎餅が置かれる。そして、コーヒー、紅茶、緑茶のポットを持ったボーイたちが室内を回る。


「お茶が出るということは、観戦場所はまだ遠いのか」

「札幌飛行場だろう」

「すぐじゃないか」

「まさか、昼飯代わりじゃないだろうな」

「ランチぐらい出るだろう」

「日本のコンバットランチは握り飯だぞ」

「ライスボールだけなのか」

「スープもない?」

「水だけらしい」

「「・・・」」


何人かの武官たちは、ビスケットを紙ナプキンに包んでポケットに詰めた。



休憩が終わると、武官らは案内されて身体検査を受ける。取り上げられた拳銃の実包は、副官に渡された。副官を同行してない武官には、預り証が発行される。そして、配置される護衛の憲兵が紹介された。

それがすむと、早速、憲兵は目隠しを始める。


「おい、目隠しする価値があるのか」

「まあまあ、イギリス武官。案外、いい所かも」

「そうですよ」

「憲兵、どこに行く」

「ドイツ武官閣下。この先はアガルタです」

「なに。シャンバラ?」

「・・・」

「シャングリラがなんだって?」

「まあまあ、落ち着いて」

「そうです。聞き違いでしょう」

「そうか、昼食はジャンバラヤか」



ゴオオオン。

重い音を残して、後ろの鉄扉が閉じられた。

地下通路である。カツンカツンと軍靴の音が響く。目隠しされた武官たちは、座席につかされる。目的地まで通じている鉄道車両らしい。


(司令部の場所を隠匿する、陳腐なトリックだな)

(ぐるぐると同じところを走るのだろう)


右曲、左曲の回数を数えてやろうと構えていた武官の思惑は外された。急発進した列車は、直進するかと思うと直角に曲がる。さらに急勾配の下り、上りを繰り返す。縛帯がなかったら振り落とされるところだ。全員、身を縮ませて、数を数えるどころではない。


さっき食べた菓子を吐き出さないようにするのがやっとだった。くたくたに疲れた武官たちは、目隠しのまま降ろされて、歩かされる。

ゴオオオン。

重い音を残して、後ろの鉄扉が閉じられた。どうやら到着したらしい。



目隠しを外されると、けっこう広い通路にいた。地下らしい。まだ新しいのか黴臭くはない。本当に黴が匂うのかは知らない。


(えーと)

きょろきょろと、米英ソの武官たちは床を見つめて、何か探している。


「もしもし、落し物ですか?」

「あ、いや、その」

「こちらでしょうか?」


憲兵の差し出したハンカチの中には、数本の髪の毛があった。通路に髪の毛を落として目印とするのは、諜報の常套手段だ。


「げふん、それは小官だ」

「わたしの金毛だ」

「「・・・」」


憲兵は、目隠しを掲げながら囁く。


「ここは中継地点かもしれません」

「わかったよ。防衛司令部は、連隊区司令部から遠い」

「そう、数十kmもあったな」

「ご協力ありがとうございます」


憲兵が床を踏むと、目の前の壁が動く。電動扉か。

中の光景を見て、全員が息を呑んだ。


「「「おおーっ」」」







東京府、立川市。防衛総軍総司令部。


防衛総軍の総司令部は、立川陸軍飛行場の中、重爆撃機の整備用建屋の中に設けられていた。

総司令官の東久邇大将宮は、総司令部建屋に入る前に周囲を見渡す。


近くには、陸軍の航空関連施設が集中している。飛行場の回りには、航空工廠や立川飛行機など、機体、部品の工場が多い。すぐ隣の多摩飛行場には航空技術学校、整備学校、飛行実験部があり、所沢飛行場には東部防衛司令部がある。


飛行部隊としては、立川飛行場に防衛総軍直轄の飛行部隊があり、多摩には飛行実験部隊、所沢には東部防衛司令部の直轄部隊がいた。多摩飛行場はすぐ隣で、もともと立川飛行場付属であった。所沢飛行場までは、北東へ10kmしかない。



(集り過ぎだな)


東久邇大将宮は、今年になってから、司令部の移設を考えていた。


防衛総司令部のある立川と、東部防衛司令部がある所沢は至近の距離だ。近すぎて、直轄部隊の飛行には、かえって混乱が起きる。宮城の大本営と有楽町の東部軍司令部も至近であるが、東部軍は地上作戦軍であり、帝都警備隊も兼ねているので仕方がない。


陸軍飛行場は、東京西部と千葉に集中している。非常時には防衛総軍の指揮下に入る海軍の飛行場は神奈川県南部と茨城県南部。帝都の防空を思うと北か北東にも飛行場が欲しい。


(茨城の岩井が一番いいのだが、まずいよな)

岩井は、かつて新皇を名乗った平将門の本拠地である。



いずれにしても、司令部や飛行場は分立したほうがいいだろう。防衛面では敵兵力の分散を狙えるし、攻撃面でも逐次攻撃や同時発進など戦術の選択肢が増える。電気儀装の充実で空中集合は容易になっていた。


(栃木県の小山か埼玉県の春日部のあたりになるか)


作戦軍の東部防衛司令部をそちらに移し、総司令部は所沢に入る。これなら大本営の同意も得られるだろう。だが、今回の防特演には間に合わない。なにより、移転の予算があれば、機体や部品、要員の確保に回したほうがいい。だから、総司令部は、今のところ地上施設である。




作戦指揮所に入った大将宮に全員が敬礼する。総司令部の指揮所は、宮城の大本営地下司令室をふた回りほど大きくした造りである。


半分が2階立てで、2階の指揮所は司令官のいる指揮室と、休憩室、図書室、予備室など数部屋に仕切られている。1階は大半が通信室であり、隷下部隊、大本営、海軍と通信相手によって仕切られている。使用暗号と周波数が異なるからだ。


残りの半分が2階ぶち抜きの大きい一部屋で指令所である。3面に地図が張られている。正面の壁には、大日本帝国を中心とした地図があった。壁から少し離れて、器械が置かれた机がずらりと並ぶ。数台の机が固まって、それぞれ班長がいる。器械は電話機なのだが、ヘッドホーンとケーブルが端子に繋がるそれは、むしろ交換機に見えた。



(これだけの人数が通話したら、ヘッドホンでないと聞こえない)


ガラス越しに指令所を見下ろして、東久邇大将宮は総司令官席についた。

総参謀長の河辺中将が、一礼して報告する。


「総司令官宮殿下、あと2分です」

「うむ」

「なにか飲まれますか、殿下」

「いや、いらない。おそらく」

「は?」

「お上もそうであろう」


かつん。河辺総参謀長は、一度直立してから最敬礼をした。

大本営も、地下司令室で同じように演習開始を待っているだろう。

そして、大阪の中部防衛軍司令部、小倉の西部防衛軍司令部でも、司令官と参謀たちが時計を見つめていた。






埼玉県、所沢。東部防衛司令部。


東部防衛司令部の指揮所は、所沢飛行場の地下にあった。防特演には参加しない。だが、総司令部の兵団呼集があった場合は、応答しなければならない。要するに、点呼に応じるだけだ。しかし、新式の防空管制系には不慣れであるから、東部防衛司令部はこの機会を慣熟訓練にあてることにしていた。



「つまり、観戦するには申し分ない場所だ」

「土肥原総監、困りますよ」


司令官の田中静壱陸軍中将は渋顔である。教育総監の土肥原大将が指揮室の司令官席に居座って動かないのだ。


「わしとお前の仲ではないか」

「総監。みなが見ています」

「なに、そうか?」

「「見えません、聞こえません、言いません」」


部屋の中の参謀たちは全員、ガラスの方を向いた。


「ほうれ、見ろ」

「総監っ!」


田中司令官は陸士19期で、参謀次長の本間中将と同期だ。陸大は山下陸相と同期で、28期の優等でもある。先週、帝都の東部軍司令官から異動して来たばかりで、まだ勝手がわからない。演習を主管する教育総監の土肥原に電話したら、出張って来られて、乗っ取られた。



ブザーが鳴って、ガラスの上の青い電灯が付いた。青は確認情報である。下の指令所でも動きがある。指揮室の壁には隷下部隊の一覧表があり、その上の豆電球が、次々と青く点いていく。隷下部隊が応答したということだ。


飛行連隊や飛行場、航空補給廠など、隷下の航空部隊名が1列に並んでいる。隣の列は、地上軍である東部軍の部隊だ。3列目は、軍管区にある海軍基地航空隊と護衛艦隊であった。東部管区の海軍も演習に参加しないが、呼集には応答することになっていた。


近衛師団、第2師団、東京湾要塞と電球が点くのを見て、土肥原が歓声をあげる。浮かれた声で応じるのは、副官の山内禄雄中尉だ。


「つまり、空軍が陸海軍の指揮を執るということだ」

「護衛艦隊も指揮下に入りますからね」

「まことに良い流れだな」

「しかし、海軍の本音はどうでしょう」

「今はいいさ」

「はっ、あくまでも非常時にです」






北海道、札幌市郊外。北部防衛軍司令部。


北部防衛軍司令部の地下指令所の壁に貼られた北海道の地図上では、隷下部隊の基地の居所が青色に変わる。北から、樺太、千島、道内、そして東北と、青色に塗られていく。


2階の予備室や図書室などに分けられた各国の武官らは、テーブルに置かれたコーヒーやお茶を勝手に飲む。リポDも置かれていたが、まだ手を出すものはいない。そして、のんびりと階下の指令所の喧騒を眺めていた。



米英ソの5人の武官は同じ部屋だった。護衛の憲兵を入れると8人である。各国には簡易双眼鏡であるオペラグラスも配られてある。


「いやあ、最初に見たときはびっくりしましたが」

「ふつうの司令所ですね。規模は大きいが」

「ま、つきつめると、どこも同じようになるでしょう」

「英国も同じと言われるか」

「いや、ソ連武官。もう少しスマートですよ」

「スマートなのか。どうです、政治将校」

「げふん。食い物があれだからな」

「なるほど」



ドイツ、イタリア、ハンガリー、ルーマニア、フィンランドの5カ国、6人の武官は同じ部屋だ。憲兵を入れると11人になるので大きめの部屋をあてがわれた。


「さすが、トーゴーの子ですね」

「ふん。所詮は猿真似だ」

「なかなかのものだと思いますが」

「ふん、わが帝国では」

「いや、紅茶の葉っぱがです」

「コーヒー豆も」

「ふんっ」



3つめの部屋には、満洲、仏印、中国、トルコ、アルゼンチンの5人で、護衛と合わせて10人だった。


「なかなかきれいなもので」

「電飾と言いましたか」

「豆電球ですね」

「クリスマスも終わったから、余っておるのでしょう」

「ま、それはそれで」

「たいしたものです」

「なかなか」

「そう、なかなかです」




交替で便所に入る護衛の憲兵は、小便しながらどなり合う。


「どうして素直に言わないのか」

「だめならだめ、旧式なら旧式と言えばいい」

「おい。わかったぞ」

「「え!」」

「比べる対象がないのではないか?」

「つまり、この規模ではない」

「でなければ、本国のために見栄をはる」

「ああ、そうか」

「よし、気合を入れていくぞ」

「「おおっ」」


憲兵たちは、リポD『憲兵仕様』を飲み干した。






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