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LN東條戦記第3部「売国宰相」  作者: 異不丸
第1章 昭和17年2月
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6 南方連隊

大日本帝国、台湾東部。近衛第2師団。


近衛第2師団は、近衛歩兵第4連隊と第5連隊、台湾歩兵第1連隊を基幹に編制された。このうち、近衛歩兵第5連隊が新式の南方連隊に改編中である。

南方連隊への改編を指定されたのは、近歩5のほかに、第5師団の歩11、第18師団の歩55があった。


南方連隊の編制は、まず、連隊本部、連隊輜重と野戦病院、野戦給養の部隊がある。戦力の基幹は3個歩兵大隊と1個捜索大隊で、これに自走砲中隊と通信中隊、それに戦闘工兵中隊と建設工兵中隊が附属する。



上陸後も、敵中への進撃を続けるから自動車化されており、歩兵砲は自走砲に置き換えられた。1個歩兵大隊が運用する車両は50台に及ぶ。捜索大隊では、戦車や装甲兵車が加わるから100両を大きく超えた。


そもそも、敵前上陸が必要となるのは、奇襲ないし強襲であって、かなり強引な作戦であろう。南方連隊が参加する作戦の目的は、長躯進出後の、敵野戦軍の包囲殲滅か敵要地の攻略占領だろう。ならば、機動のための自動車両や突破のための戦車は欠かせない。



第1大隊は先鋒であり、真っ先に敵陣に斬り込むことになる。3つある中隊のどれが先になるかは問題とならない。どれもが、同時に着上陸するからだ。南方連隊の目標は、第一波での一個連隊同時上陸である。つまり、大隊の全員が、敵の的になるのだ。


1個歩兵大隊は、大隊本部、大隊段列、3個歩兵中隊と1個自走砲中隊からなる。着上陸部隊としては、異常なほどに大編制である。南方連隊の仮想敵対勢力は、英蘭もしくはそれに準じるとあった。つまりは、馬来、蘭印、仏印、それに比島が想定戦場である。





(いったい、上陸戦でいくらの損害を見込んでいるのか)


上陸戦で多少の損害が出ても、大編制なら残った兵力で進撃が続行できる。それは軍人でなくともわかることだ。小隊長殿の話では、近歩5の上陸後に、近歩4が橋頭堡の維持と周辺防御を担当する。近歩5は進撃を続行し、台歩1と師団本部があとを追う。近歩4は、後続の部隊に任務を引き継いだ後に、師団主力を追及する。


(もっとうまいやり方があるだろうに)


上陸第一派が一番損害が多いであろうことは、やはり素人でも想像がつく。だから、上陸部隊と進撃部隊とを分けるべきだろう。上陸部隊は橋頭堡の確保までを任務とし、そこからは別の無傷の進撃部隊が出立すべきだ。

小隊長殿の答えは『貧乏だからさ』と、あっけない。

『死線を越えた兵こそ手柄を立てるべきです』と言ったのは、一選抜の上等兵だ。


(そんなことは、あとでいい)



いよいよ敵地に入ったと感じた小栗軍曹は、我に戻る。

100式機関短銃の弾倉に左手を当てて銃を支えると、右手を一旦離した。手指を数回屈伸させ、すぐに銃把に戻す。下士官は機関短銃を持つべきだと、渡されて以来のくせである。だいたい、小栗はこの100式機関短銃が嫌いなのだ。


第2小銃分隊は小栗分隊長を含めて12名、正直なところ、小栗には重荷である。通常なら伍長の軽機班長が助けてくれる筈だが、今の軽機班長は伍勤の上等兵。信頼は出来るが、兵隊に責任を分ける気にはならない。

だが、『軍曹のにぎにぎ』を見た分隊員は進撃の隊形をつくりはじめていた。分隊長を先頭にした鏃の形である。


(ふ、うまくなったな)




小栗の隣には、97式狙撃銃を持つ小山上等兵が並んでいた。97式狙撃銃は、早い話が38式歩兵銃である。素性のいい銃を選び出して、銃脚と狙撃眼鏡を着け直したものだ。小栗は、小隊長殿からいただいた双眼鏡を胸から下げて、狙撃助手ないし標的指示手を務めることもある。


小栗の左手には、少し下がって軽機班長の小田上等兵がいる。彼の奥に96式軽機関銃と銃手、助手、弾薬手、それで軽機関銃班は4名だ。

右手には、小銃を持った兵が3人ずつ2班いる。それぞれ小栗と小山が班長なのだが、今は古参の一等兵に任せてある。


幾度か考えてみたが、軽機の銃弾は助手が左から装着する。つまり、左が死角で見えない。弾薬手や助手からは見えてるだろうが、引き金を引くのは銃手だ。見えないところにいて、味方から撃たれるのは御免だ。だから、小栗の分隊では、いつも最左翼が軽機関銃であった。


本来なら、軽機関銃は分隊の真ん中に置いて、左右どちらの敵に対しても牽制を行い、同時に味方の援護が出来てしかるべきだ。だが、小栗は、自分の頭上を味方の弾が越えていくのに耐えられない。いやなものは、いやなのだ。




(さあ、いくか)


小栗軍曹を先頭に、分隊が前進を始める。

指揮官先頭にこだわっている訳ではない。分隊長は、指揮官として進撃路を探し、遮蔽地を選択する責務がある。それに秀でた兵隊が分隊の中にいれば、彼に任せる。今はいない。だから、小栗が先頭に立って探し出す。


(ついて来てるな)


分隊長の後ろに小銃第1班が追従してくる。少し離れて右手に小銃第2班が、さらに離れて左手から軽機班が進んで来る。鏃の後方中央には狙撃手がおり、その左脇に軽機班長が位置する。

狙撃手と軽機班長は、状況を見ながら前に進んだり、後方で間を取ったりと忙しい。両翼からの奇襲を警戒するのが、二人の役目だ。


進撃隊形は、他の分隊や小隊長に見てもらって改良してきた。班ごとの形や連携は分隊内で検証できるが、分隊全体での隊形と連携は分隊の外から見てもらうしかない。そうやって決めたのが今の鏃隊形である。

他の分隊は違った隊形をとる。小隊長の判断だ。いつも決まった進撃隊形なら、敵に対策を許すからだ。




(ん?)


接眼鏡を覗き込んだ小栗は、思わず首を左右に振る。小隊長殿から頂いた双眼鏡は国産だったが、当たりらしく性能は良い。前方は左右から丘が迫っていて、狭隘な地形だった。


静かに左手を上に伸ばすと、ゆっくりと握り、前に降ろす。分隊では、待て、伏せ、の合図だ。

しかし、『軍曹のいやいや』を視認していた分隊は、すでに全員が伏せていた。



(小山か?)


気配を察した時にはすでに、小山上等兵はぬっと97式狙撃銃の銃身を小栗の肩の上に降ろしていた。5kgは重い。


「む」

「高さが必要なので失敬しますよ、分隊長殿」


そう囁きながら、小山は、銃の重さのかけ方で小栗を右に、左に向かせる。狙撃眼鏡で前方を視察しているのだ。狙撃眼鏡は、小栗の双眼鏡より倍率がいい。時には、ずいっと銃身を滑らせて、体の屈伏を指示する。

致し方ないとはいえ、小栗は面白くない。


「軍衣を傷めるなよ」

「了解であります」

「ふん」



97式狙撃銃は、38式歩兵銃と同じだから全長は128cmだ。目だって長い。南方連隊の歩兵が持つ小銃は、全長99cmの38式騎銃である。上陸舟艇での機動や南方独特の植生を考慮して、短くしたのだ。もともと、38式の歩兵銃と騎銃には、射程を含めて顕著な差異はない。


連隊の38式騎銃は新造品であり、一時期、兵隊の間で噂されたように歩兵銃を切り詰めたものではなかった。部品の互換性も高く、省部内では、もはや2式歩兵銃ではないかという声も多い。実際に、新造38式騎銃から狙撃銃を選ぶ狙撃兵も増えていた。


(だが、小山上等兵は違う)

「1cmでも遠くの標的を倒すには、銃身長は無視できません」

(ふん)



「で、どうだ」

「丘の一番低いところの下生えが不自然ですね」

「左右ともにか?」

「ともにです。左には斜面が崩れた跡もある」

「やはり」




歩兵小隊の小銃分隊は、小銃2班と軽機1班の編制である。

分隊長が100式機関短銃を持ち、狙撃手が97式狙撃銃を持つ。小銃手6名のほかにも、軽機弾薬手が38式騎銃を持つ。軽機銃手はもちろん96式軽機だ。異色なのは、軽機班長が14年式南部拳銃を持つことだ。


分隊合わせて、機関短銃が1、狙撃銃と小銃が8、軽機関銃が1に拳銃が1。なかなかの火力である。しかし、小栗軍曹は面白くない。というより不満だ。なにしろ、分隊長の軍曹が機関短銃なのに、格下の軽機班長が拳銃をさすのだ。



まだある。旧来の38式歩兵銃を騎銃に換えたのには軍曹も頷いた。密林での取り回しや上陸時の負担軽減度は、全長と重量の数値差以上に大きい。しかも性能は変わらない。


しかし、ならば、なぜ100式機関短銃なのだ。全長900mmのどこが短銃なのか。陸軍はドイツ軍の電撃戦を見習って、全下士官に機関短銃を持つようにしたというが、伝え聞く独逸の機関短銃MP38は全長630mm、銃床を伸ばしても833mmではないか。




前方で何かが光った。小栗は、咄嗟に伏せ、叫ぶ。


「左10。一斉射-っ!」


分隊員は一斉に、指定された方向へ射撃する。小銃は1発、軽機は3発である。小山も1発、小栗は3発撃った。そして静寂。


前方の反応を見ながら考えていた軍曹は、すぐ後ろに駆けつけた軽機班長に言う。


「出過ぎたようだ、下がるぞ」

「了解です」


軽機班長は、14年式拳銃を握ったまま、あきれていた。


「しかし、一斉射はやり過ぎだったのでは」

「なあに、せっかくだ。見てもらったがいいさ」

「はあ」



分隊の全員が感じていた。このところ、小栗分隊長はおかしい。思いつめているようだ。おそらく3回目の再役志願の件だろう。

小田も小山も満期が来たら帰って家業を継ぐ予定だ。近衛に選ばれただけでも箔がつくのに、上等兵までいけたのだ。いい嫁が来るだろう。最上の首尾に満足している。

兵隊に下士官の悩みはわからない。




小栗の分隊は後退に入った。

撤退や退却で下がる場合、最後まで残るのは狙撃手である。


後退の一番手は軽機班だ。しばらく下がると、援護の弾幕を張る。次に、2つの小銃班が順に下がる。それで、軽機と小銃の陣が成る。それらが援護する中で、まず軽機班長が下がり、次に分隊長が下がる。

最後に狙撃手だが、遅れた場合はそのまま残置となる。


狙撃手は残置を前提として、独特の装備と迷彩を許されていた。自分で選び、準備する。材料は、分隊全員が喜んで差し出した。



「分隊長、伝令です」

「おう」


小隊長からの伝令は、今日の演習の終了を告げる。

分隊長が復唱すると、分隊全員が立ち上がり、装備の点検を始めた。それから、頭から蚊帳をすっぽり被ると、宿営地への帰路に着く。小山は残置にならずに済んだ。





分隊の宿舎に着くと、小栗軍曹は点呼を取り、装備の員数を確認する。後を小田に任せると、小隊長の宿舎に向かう。今になって、最後の一斉射が心配だった。

陸軍監察官と参謀本部次長が今日の演習を視察されていたという。陸軍大将と中将だ。空砲とはいえ、味方に一斉射撃されたのは初めてだろう。



小隊長殿は、にやにやしながら待っていた。


「最後の一斉射だが、的にされた閣下方は驚愕されたそうだ」

(どき!)

「連隊長が取り成しされてな」

「は!」

「いや、火器や弾種の違いを目の当たりにできたと」

(ほっ)

「いろいろな火器があったほうが、敵のつけこみを許さない」

「・・」

「これは師団長のお言葉だ」

「・・」

「それで、お神酒をいただいた。飲んで行け」

「は、しかし」

「お前の部下なら、もうやっとるさ。小山に渡しておいた」




酒が入ると、小隊長はさらに快活になった。


「拳銃と軍刀を提げたいのなら曹長になれ」

「え?」

「再役志願するんだな」


小栗は返事の代わりに、茶碗をぐっと空ける。


「それから、実包の統一は検討中だ」

「はっ」

「台歩1の主計少尉が具申していた。後藤田といったかな」

「へえ」

「同じ少尉でも主計は元気がある」

「はあ」

「兵站はこれからの花形だからな」



兵站を円滑にするために、南方連隊では実包の統一を図っていた。

先に配備された7.7mmの99式軽機関銃は、96式に戻された。99式小銃も同様だ。回収された99式は満州に送られるという。


これで小隊は、昔と同じく、38式騎銃と96式軽機は共通の6.5mmの38式実包となる。小栗の機関短銃と小田の拳銃だけが例外だ。



「軽機班長の持つ14年式拳銃は8mm実包です」

「軍曹の100式短銃の実包と同じだな」

「ですから」

「専用の弾薬手を持ったと思えばいいではないか」

「え」

「愉快だろう。あっはっは」

「えへ」

「「あっはっは」」






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