サンタクロース見習い試験
みなさんはサンタクロースをご存じだろうか。どこからともなく現れてはクリスマスイブの夜にプレゼントを配るあのサンタクロースである。その起源は4世紀の東ローマ帝国に実在したとされるニコラウスという人物の伝説であるとも言われている。
おや、何だかあまり興味のなさそうな顔だ。もしかしてサンタクロースを信じていない? ほうほうなるほど。確かにサンタクロースとは名ばかりで実際は別の誰かがこっそりそのフリをしてプレゼントを置いていく、というのが日本のよくある風習の1つであることは俺も知っている。だが、サンタクロースというのは実在しているのだということはあなたにも知っておいてもらわなければならない。幻想の一言で済まされてしまうのもいいが、少なくともその存在が事実であることだけは忘れてもらっては困る。
ん? ああグリーンランドのサンタクロース? あれはサンタクロースではあるが、いわゆる俺たちのよく言っているサンタクロースではない。第一君のよく知っているサンタクロースは福祉施設だけでなく世界中のありとあらゆる子供たちにプレゼントを振りまいているではないか。俺の言っているのはそのサンタクロースの方だ。
「……そろそろどこに向かって話しているのか分からない考え事はやめようか俺」
堂々巡りの頭の中の議論を切り上げると、俺はベンチから立ち上がった。
俺の名前はマイケル。どこにでもよくある名前だが、1つだけ違うことがある。俺は今サンタクロースになるための試験を受けているのである。昔は何の資格もなくてもなることのできたサンタクロースだが、今のサンタクロースにはサンタクロース一級の資格に加えてサンタクロース資格を得ることのできる大学卒業の証明書、さらにはトナカイ専用の運転免許といった具合に様々な専門資格が必要となってくる。時代は変わったものだが、近年ではトナカイ同士の衝突で命を落とすサンタクロースもいるそうだから、この変更は妥当なところなのかもしれない。
ちなみに俺は大学ではかなり落ちこぼれの方で、かれこれ3回はこの試験に落ちていた。この試験の内容は毎年同じで、大学を出発して24時間以内にトナカイを運転して目的地に着いた後、そこでプレゼントがもらえなくて困っている子供を5人探し、その子供の家にプレゼントを届けて帰り、大学に報告するだけである。だが、このだけが難しいのだ。俺は今までこの子供を見つける段階で最高3人しか見つけることができていない。もっともそんなに試験が順調に行ったのは3度目のときだけで、1度目は指定された国を間違えて行くことができずに落ち、2度目の時は自動販売機の下にお金を落としてしまった人を助けている間にタイムアップとなってしまった。はっきり言ってしまえば俺は落ちこぼれなのだ。
そんな俺だが、今回は順調に試験を進めていた。既に願いを叶えた子供は4人、あと1人を見つけて家のチェックを入れれば、あとは町が寝静まった頃を見計らってプレゼントを届けておしまいである。今回は全てがうまくいっていた。そう、ここまでは。
ここで場面は先ほどに戻る。俺がベンチに座って堂々巡りの考えをしていたわけは簡単で、そのあと1人が見つからないのである。どこを探しても子供の姿が見当たらないのだ。もっとも今の時刻は午後九時、子供が外を歩くには遅すぎる時間である。さすがに一人目を見つけるのに1時間かかったのが痛かったのかもしれない。
「どうしたもんか……」
俺はダメ元で周りを見渡してみる。さすがに子供はいなかったが、代わりに、
「はぁ……」
ちょうど俺と同じようにため息をついている男性を見つけた。年齢は俺よりも10歳くらい年上で、スーツを着ているサラリーマン風の男性であった。
(……どうするかな)
本当はこんなところで彼に声をかけている場合ではないのは分かっている。今は大事な試験中だ。だが、俺は自分で言うのもなんだが馬鹿がつくくらいのお人好しである。それこそ道端で困っている人を見かけたら無条件で助けてしまうくらいの、アメリカ人には珍しいタイプの人間だ。よってこんなところで困っている人を見て放っておくわけにはいかなかった。
「どうしました?」
俺はその男性に近づいて行って話しかける。俺は日本語は分からないが、今の時代便利なもので、この大学には自動翻訳機というものが支給されていて、そのおかげでどこの国の言葉でもダイヤル1つで翻訳することが可能なのである。その男性は俺の声を聞いてその方向を向いたが、俺が明らかにアメリカ人なのを見て驚いたような様子だった。だが、男性は異国から来た俺の口から聞き慣れた日本語が話されたことを知ると、ホッとしたようにこっちを見る。
「ああ、俺は生粋の日本人です。外見はこんな感じですけどれっきとした日本人なので」
「日系アメリカ人かそうか……」
「ええ、そんなところです」
俺は彼に微笑んだ。本当は全然違うのだが、こうでもしておかないと事情がややこしくなってしまうので仕方ない。
「それで、どうしたんです? そんな困ったように肩を落として」
俺は本題に入ることにする。
「実は、子供にクリスマスプレゼントを買おうと思ったんだ。ほら、今流行ってるだろう、あの妖怪のやつ」
「ああ、そうですね。あれは大人気ですからね」
こんなのは嘘っぱちだ。正直日本のサブカルチャーなど下調べすらしてない。今までの調査を元に人気であることだけは知っていた、というところだろうか。
「実は半年前の子供の誕生日にも何も買えなくてな。子供には『いいもん! サンタさんに頼むから!』なんて怒られてな。で、今度こそ、と思って頑張って仕事を早く切り上げて、近所のお店に並んだんだよ。そしたら俺の1つ前で売り切れてな。こうしてどうしたものかと公園に佇んでいたという訳さ。もう日付も変わる頃だからこの近所にはもう開いてる店もないし……」
男は全ての事情を語り終わると、俺の方を見る。
「何でこんなこと見ず知らずのあんたに話してるんだろうな。ここで話したって何が変わるわけでもないっていうのに。本物のサンタクロースでもいれば話は別なんだろうが、そんなんいるわけもないしな」
そのまま立ち上がる。
「まあいいや。何か悪かったな愚痴っちまって。あんたももう遅いし早く帰れよ。この辺金を奪い取る不良連中が出るって最近噂になってるからな」
「はあ。ありがとうございます」
俺がお礼を告げると、自分の話したいことだけを話した男はそのままその場を去ってしまった。
「サンタクロース、か」
俺は呟く。今回の試験の内容、それはプレゼントを欲しがっている子供5人を探し、その子供にプレゼントを届けることである。ならばすることは1つだ。
「よし」
俺が一歩踏み出したその瞬間だった。俺の体が何かにぶつかって弾き飛ばされる。
「……おう兄ちゃん。俺にぶつかっといてただで帰れるとは思ってねえよなあ?」
俺にぶつかってきたのは若い男だった。俺よりも少し年上くらいだろうか。
「……はあ」
俺は反応に困ってそいつの方を見る。耳にピアス、腕には刺青、絵に描いたような不良だった。
「これ出せよ。持ってんだろ?」
男はOKサインを九十度反転させたような形を俺の前に持ってくる。どうやら男の目的はいわゆる金らしい。どこにでも民度の低い連中はいたものだ、と俺は思う。が、ここで時間を食っている暇はない。
「あんたらに渡す金なんてありませんよ。俺は忙しいんですから」
そう言って立ち去ろうとした。しかし、彼らは通り抜けようとした俺を肩を掴んで引き止めると、そのまま襟首に掴みかかった。
「あぁん? てめぇなめてんのか? ぶつかったんだから金出せって言ってんだよ。それとも何か? 俺らから逃げられるとでも思ってんのか?」
いつの間にか彼の後ろには数人の男がいた。彼の仲間なのか、危なさそうな匂いしかしない。こいつらと関わるのはやめた方がいいと俺の直感が告げていた。俺は逃げようとゆっくりと後ずさりする。だが、背中に何かがぶつかる感触がした。俺の後ろに壁などはない。嫌な予感がした。
「よぉ、まさか、逃げようなんて考えてねぇよなぁ?」
俺の後ろには革ジャンを着た体格のいい男とその取り巻き数人がいた。いつの間にか俺の周りは彼らの仲間で囲まれていたのだった。
(あっ、これどうしよう)
俺は冷や汗をかきながら首を縦に振ることしかできなかった。
「けっ、何だよ何もねーのかよ。手間取らせやがって。おい、行くぞ」
男たちは俺の体をまさぐると、俺が一文無しであることに気付いて去って行った。とはいえ、俺も何の代償なしに彼らを帰らせることはできなかった。
「ゲホッ、痛ってぇ……」
総勢10人ほどの不良に殴られた俺は、顔全体が腫れ上がり、体全体に青あざをつくってしまった。おそらく鏡で見られないような状態だろう。だが、今は試験中だ。彼らがこの程度で諦めてくれたのは不幸中の幸いなのかもしれない。
「こんな、ところで……、諦めて、たまるか……」
俺は誰もいないのを確認すると、トナカイを呼び出すため、ハンドベルを取り出した。サンタがトナカイを呼ぶにはこのハンドベルの音が必須条件なのである。ただし、大きさがものすごく小さいので、無くしたときに見つけにくいという大きな問題を抱えている。しかし、今回はそのおかげで不良たちに見つかることなく済んだので、悪いことばかりではないということだろうか。
「例え、合格は無理でも……、願いだけは、子供たちの願いだけは、聞き届けてみせる!」
俺は気力を振り絞ってハンドベルを鳴らした。
数分後、鳴らしたハンドベルの音を聞きつけたトナカイがそりの上に俺を乗せて空を駆けていた。その間に呼吸を整え、トナカイともども姿を見えなくした俺は手綱をしっかり右手で握ったまま、左手で一度指を鳴らす。すると、俺の服が一瞬でサンタ服に変わった。
「一発成功か……」
この練習だって何度したか分からない。最初には指を鳴らすことすらできなかったのだから、それからすれば大きな成長である。もっとも、こんなところで立ち止まっている暇はない。俺にはまだやるべきことが残っているのだから。
「午前1時半、タイムリミットはあと30分か……」
プレゼントを配り終えた後は瞬間移動機能を使って戻ればいいので、時間ぎりぎりまでに配り終えることができれば問題はない。が、今回配る家々の中に1件だけ距離の離れている家があるのが気にかかるところである。
「今は一分一秒が惜しい。さっさと行くしかないな」
しかし考えている暇もない。俺はトナカイの進路を操作しながら目的の家へと向かうことにした。
「ここだな」
1件目の家らしき場所に着いた俺は子供の姿を確認する。そしてこの場所で間違いないことを確認すると、そりに乗せてあった白い大きな袋を取り出し、その中に手を入れた。
「この家の子供が欲しいプレゼントは……」
間違ったものが出るなよと念じながらプレゼントを取り出す。数秒後、俺の手にはこの家の子供が欲しがっていたあるアニメのゲームソフトがきちんと握られていた。
「よし!」
俺は成功したことにガッツポーズする。この白い袋は大きく膨らんではいるものの、中に何かが入っているわけではない。言うなればこの袋の中は四次元空間につながっていて、そこから好きなものを取り出すことができるのである。
「あとは……」
俺は家の窓ガラスに指をさす。すると、その窓ガラスに一瞬小さな丸い穴ができた。俺はそこに向かってプレゼントを投げ込む。プレゼントが投げ込まれたその穴はそれが窓ガラスをくぐると同時に塞がり、一方のプレゼントはその穴をくぐると少年の枕元に音もなく着地した。
「よし、この調子で次だ」
俺はトナカイに指示を出し、次の家へと向かった。
「これであとはここだけか……」
俺は他の3件の家にも同じようにプレゼントを届け、いよいよ最後の家まで辿り着いた。この家は先ほどベンチに座って意気消沈していた男の家である。
(この家は子供が直接プレゼントを欲しいって頼んできたわけじゃないけど、それでも困ってることには違いないからな……)
俺は先ほどまでの4件と同じ手順を辿ると、子供の枕元にプレゼントを送った。
「時間はっと……」
時計を見ると1時57分、どうやらギリギリ間に合ったようだ。俺の試験自体はまた来年もあるだろうが、今年は十分やるべきことはできた。今までで一番実のある卒業試験になったと言えるだろう。
(メリークリスマス……!)
俺は心の中でそう呟くと、瞬間移動装置を利用し、姿を消した。
次の日、
「やったー! ありがとうお父さん!」
「えっ?」
マイケルに相談したサラリーマンの家では子供が喜んで父親へと声を上げていた。
「もー、とぼけないでよー! お父さんがこのプレゼントサンタさんに頼んでくれたんだよね? そうなんでしょ?」
その手を見たサラリーマンは驚く。子供の手には確かに男性が買おうとしていた人気アニメのゲームソフトが握られていた。
「あ、ああ、そうだよ……?」
男はただただ疑問に思いながら頷くことしかできなかった。
「……まあ見るまでもないことではあるんだが」
俺は家に届いた通知書を開けるべきか否か悩んでいた。ここに書いてあるのはおそらく十中八九不合格の通知だろう。俺は結局4人の子供にしかプレゼントを届けなかったのだから。とはいえ、開けずに捨てるのはどうかとも思う。なので、とりあえずドキドキ感を味わうこともなく開封することにした。
「……さーって中身はどうせ補欠合格……えっ?」
俺は驚く。中に入っていたのは合格でも不合格でもなかったからである。
「どういうことだ?」
俺はその通知書を読む。すると、その中には概ね次のようなことが書かれていた。
(あなたはサンタクロース試験一級合格の条件を満たすことはできませんでした。しかし、あなたの行いで救われた子供は5人確かにいました。そこで、あなたを補欠合格とし、来年サンタクロースの補助として仕事を行った後、あなたにサンタクロース試験一級の資格を認定したいと思います。つきましては、説明会がありますので、1月13日12時までに大学の第3講義室までお越しください。)
「受かった……のか?」
何とも言えない微妙な結果となったが、とりあえず落ちたわけではないらしい。
「良かった……」
俺は安堵からその場にあった椅子に座りこんでしまった。何がどう転ぶか人生分からないものだ。諦めなくて良かったと本当に思う。だが、ホッとしている場合ではない。
「これであと必要な資格は2つか……」
これで残っている資格は2つ、そり整備士の資格とトリマーの資格だけである。最初に言った通り、サンタクロースになるのには資格が必要なのだ。
「これからが本番だな……」
俺は机に向かうと、また次の資格に向けて勉強を始めるのだった。