幕間
視点 リリシャ
「百を超える光の剣を受けてみよ!」
掲げた杖を振りおろし、剣が落下を始める。
だが、厳しいのはここからだ。それぞれ制御しないといけないからだ。まっすぐ落ちるにしてもそこに意識がいくので数が増えれば負担が増えるのである。出すだけであるなら、この倍は出来るが全く動かせないだろう。
光の剣が木々をなぎ倒し開けていくなか、ソウ君が依然警戒を解かず私の前に立っている。
[守護騎士]と呼ばれるほど守りに関して強い彼が油断したとはいえ実質2度も抜かれたことに感じるものがあるのだろう。
まだ本気出していないのだから気にしなくてもいいのに……
あ……でも、さっき私死んでいたよね……
杖を持った手はそのまま反対の手で首筋に触れる。ぬるっと嫌な感触。
見えるところに持ってくると赤い血が指にベットリついている。
あのときソウ君は明らかに間に合っていなかった。なのに私は生きている。それはあの獣が手加減したからに違いない。見張りの人達も重症で動けそうにないほどではあるけれど、命に別状はなさそうであった。
今まで戦ってきた獣との明らかな差違に疑問が浮かぶ。
駄目だ。集中しなくちゃ。
チャンスがあったのに殺さなかったり、こちらが脅威に感じてる程なのに何度も逃げようとしたり、冷静で知恵もある。
不思議に感じるが野放しにしていては危険な存在であることも間違いない。
魔術[ライトニング]高電圧の雷を放つ。この魔術で人は死なないが体が痺れ動けなくなる。発動すれば射程内を一瞬で駆け抜ける最速の魔術ゆえに捕縛用として使われる。
だが、それが発動出来なかった。魔方陣が一吠えで不安定になり、辺り一帯に暴発しそうになったため無効化するしかなかった。かなり魔法に精通してきた私でも全く知らないものである。
それだけで危険分子であるのに今逃げている獣の速さは異常だ。あの種類は体の大きさと強さが比例していく筈だ。なのにその獣は2m級の速さで走り、剣がなかなか追いつかない。
このままでは逃げ切られると悟った私はほんの数本を集中して操る。
残り20、10、5、4、3、2
そこでようやく獣をとらえる。足に一本、背中に一本入った。
「おっと」
ソウ君に支えられる。一度に魔力の大量使用したさいにくる反動の目眩で足下がふらついた。
「ありがと」
「どうだ」
「入ったのは二本、致命傷じゃないかも」
私の言葉にソウ君が驚く、二本しか入らなかったなんて初めてだから私だって驚きだ。殺す気でかかったのに足りなかったのだ。
「待ってろ」
「大丈夫」
ポーチから試験管みたいなビンを取りだしビンを抜いて中身を一気に飲み干す。
魔力を回復するなんて薬はない。これは一時的に疲れを感じにくくなるものだ。これでまだ動ける。
「俺様から離れんなよ」
「了解~」
ソウ君は私の歩調に合わせゆっくり進んでいく。歩き易いよう道をかき分けてくれる。
「ねぇ」
「あぁ?」
「……八本だったよね」
「あぁ」
「道具使ってた」
「そうだな」
本当にこれで良かったのかと考えてしまう。意思疏通が出来たのではないか、傷付ける必要があったのか。
戦闘が止まって興奮状態から冷静になるとつい考えてしまう。
「向こうが襲ってきた。それを返り討ちにした。それだけだ。」
「でも…………うん」
ソウ君は私の思いをお見通しらしい。
去年のあの大きい獣のときと同じ迷い。それを今私は抱いていた。何とか捕まってくれたらいいなと思うのは甘いだろうか。
その時ソウ君が手で道を塞ぎ姿勢を低くした。
奥に僅かに動くものが見える。こちらに気づかれないように灯りはないので辺りは良く見えない。
「ちっ、気づかれてる」
ソウ君は立ち上がり剣を振りかぶる。彼は殺すことに躊躇はないらしい。躊躇して私達が死んでは意味がないし、今回の目的であの獣の生死は問われていないから。
でも、私は戸惑いを感じる。あの獣が私を殺さなかったからだろうか。
「せいやぁぁ」
「あっ待って」
つい呼び止めてしまった。だって殺さなくてもいいかもしれない。
でも十字に切られた斬撃は止まらない。獣に向かって飛んでいく。
……あれ、ここって。
今更気づいた。獣がいる場所は橋ではないか、それも真ん中辺り。
ソウ君も気づいたのか先に走り出す。私も慌てて追いかける。
「なぁ、当たったか?」
「わからない」
二人して落ちた橋の側までいって下の川を見下ろしている。
流れている音は聞こえるけど水すら見えない。
橋を落とそうとしていたのかソウ君のものではない切り口の縄があった。
帰りは少し面倒なことになった億劫な感じとか、危険な存在を逃がしてしまったかもしれない焦りとともにどこか安堵してしまった。
「戻ろっか」
「そうだな」
ソウ君が歩き出し、空を喘いですぐ止まった。
「どうしたの?」
「なぁ、どっちだっけ」
「え? そんなの世界樹の方向にいけば」
「その世界樹ってどこだ?」
「なにをいって……」
空を見上げて唖然とした。
あれほど大きかったものが忽然と消えているのである。
その日世界樹が姿を消した。