これも魔法!?
何が起きたのか分からなかった。いや、理解することを頭が拒んだ。
弟が俺を庇って下敷きになったのだ。あの巨体で下敷きにされてはひとたまりもない、地面は少しへこんでクレーターのようになっている。生きている希望は希薄だった。まだ目で見て確認していないが、感じられる魔力は微量で体から漏れ出て空気中を漂っている魔力と区別できない。
俺のせいだ。
目の前の蜘蛛はどこにそんな魔力があったのか対峙したときと同程度の魔力を持っており傷もない。
俺がしっかり止めを刺さなかったから、俺がいち早く気づいていれば、俺が……俺が……
俺は悲しみに沈んで地に膝を着きかけが踏みとどまった。4つ足なので膝と肘だろうか。と思うくらいには冷静になれた。
「ウォーーン」
妹が雄叫びを上げたからだ。悲しみを訴える遠吠えであった。怒ったり悲しいときに同じような感情を自分以上に表わしている人を見ると落ち着いてくるそうだが俺は今まさにそれであろう。
まずは目の前の蜘蛛を倒さねばならない。弟がまだ死んだと決まったわけではないし、妹まで危険に合わせる訳には行かない。
そう思うと随分落ち着いてくる。ふつふつと怒りが沸いてくるが冷静さを失わないようにする。
視野が広がってくると気づく。首に木の針が刺さった蜘蛛が先程の位置に居たままだ。生き物にはそれぞれ個性があるように匂いも違う。当然魔力だって同じものが二つとしてないはずだった。だが、目の前の蜘蛛は全く同じ魔力を持っている。血も流れず、匂いもない。こいつ生き物ではないな。魔法の類であろうか。だが関係はない。明らに異常な存在に戸惑いはしたが殺れないことはないと分かってる。
四肢に力を籠め一気に駆け出す。蜘蛛は屈めてジャンプの体制をとっているが先程と同じだ。しっかり仕留めてくれる。
体内に魔力の塊を複数生成する。先程の戦いを見られていたのであればカウンターが来るかもしれない。油断はしない!!
「ウォーーン」
妹の遠吠えと同時に地面がひび割れ蜘蛛の脚に木のつたが巻き付く。つたには妹の魔力が感じられた。これも魔法なのか。つたは蜘蛛にすぐふり払われたが、一瞬で十分だった。魔力を爆発させて一気に距離を奪う。蜘蛛も間に合わないと思ったのか魔力の籠った糸を飛ばしてくるが俺はそれを跳んで避ける。そのまま蜘蛛の上を通過するとき体を回転させて尻尾に持ったナイフで首を引き裂く。やっぱり血は出ないが俺が蜘蛛の後ろに着地すると蜘蛛は力尽きたように前のめりに倒れた。
蜘蛛の中の魔力が拡散していくのが分かる。俺は勝ったぞ弟よ。
そう空を見上げた。
周りに注意を払いながら妹に絡みついた糸を切り取っていく。早々と二匹目蜘蛛をどかしたかったが重くて俺一人では難しい。
無事妹を助け出し、力を合わせて蜘蛛を何とかどかした。魔力による増強をかけているのに大変だった。蜘蛛の下には血の斑点のついた弟が掴まていた糸があったが遺体すらなかった。妹は驚き困惑したがすぐに今にも泣きそうな震えた声で鳴きながら辺りを探し始めた。それが当然の反応であろう。だが俺は弟がいたであろうクレーターの中を見続けた。じーっと見続けた。なんかそこの影が他の影より濃い気がして、そこから微妙に弟の魔力が流れ出てる気がして……
俺はゆっくりその影に近づくと前足で触れてみる。うん、ただの土だ。でも触ってみて分かった。やっぱりここから弟の魔力が出てる。手に魔力を込めて突っ込んでみる。
!!
影の中に少し沈んだ。
大丈夫そうなので今度は顔で突っ込んでみると中は暗く何も見えないが鼻先になにかもふもふしたものが当たった。まぁまず間違いないだろう。動かない所をみると気を失っているのかもしれない。確かにいきなりの大量の魔力の消費は眩暈がするし酷いときは気を失った経験が俺にもあった。
耳の位置が分かったので首のあたりを軽く噛んで持ち上げる。結構重いが魔力を四肢に込め尻尾を地面に突き立てて固定している俺ならば問題なく引きあげられた。
引きあげた弟は完全に目を回していた。マンガとかであるならば目に渦巻が見えそうなくらいきゅ~ってしてた。人騒がせな!
弟の顔に尻尾でもって顔面をはたく。それと同時に離したけど弟はふらふらくるくる回って倒れた。次の瞬間跳び起きてなんだどうしたとあたりを見渡しおろおろしだす。そんな事情が呑み込めていないらしい弟に心底悲しんでいた妹が涙ぐみながら飛びついた。へばり切っている弟が受け止めきれるわけもなく一緒にごろごろ転がった。それが止めとなったのか、弟は今度こそ白目をむいて意識を失った。しばらくそのことに妹は気づかず抱き付いたままだった。
しばらくして弟が起きるまで俺も動かなかった。動けなかった。魔力圧縮による爆発的な強化を使うと体が悲鳴をあげて酷い筋肉痛みたいになる。少し休めば取れるけどかなり痛いんだこれ。
幸い蜘蛛から血が出ないので匂いで他の獣が寄ってくることはない。大きいので一度熊みたいのが来たけど妹が威嚇したら逃げてった。
始めてみる獲物なので何処がおいしいか分かりはしなかったが、本来本能かなにかで何処が食べられるか大体わかるはずであった。だが、目の前の蜘蛛からはそういったものが感じられない。つまりは食えたものではないということであった。現に蜘蛛の肉は味がなく、いろんな部位を齧ったが触感が違うだけで全く味がしない。弟はそれを眺めるだけであったが、妹ももう解体を諦めて弟にちょっかいをかけている。ようは俺待ちだ。俺はなんか美味しい部位がありそうな気がしているんだ。
もう蜘蛛は脚がすべて外され、首が落ちておりすごくグロテスクだ。もうこの世界にきて随分慣れたけど
ん~腹かな?
喰えたものではない肉を首があった方からひきちぎっていく。だが、ちぎってもちぎっても特にこれといった変化はない。諦めかけたその時明らかに肉とは違う何かを噛んだ。
おっきたか?
尻尾のナイフで周辺の肉を取り除くと水晶玉くらいの透き通ったオレンジ色の玉が出たきた。
なんかわかんないけどたぶんこれだ。
いつの間にか左右に弟と妹が興味深そうに覗き込んでいた。むき出しになって何とも言えない雰囲気と玉の中に密度の高い魔力がある。正確にはガラスみたいなので割っても問題なさそう。二人が食い入るようにきているので取り出してナイフで三つに分ける。こういう時尻尾が複数あると便利だと思う。いやそれで感じちゃダメだろと思うけど、生まれながら使ってるし前世と比べられるときぐらいしか感じないのだから仕方ない。三本のナイフで同時に切る。
あっミスった。
どうやらあまり尻尾は関係ないらしい。一つが少し小さくなってしまった。残りの二つを二人にそれぞれ渡す。妹は嬉々として受け取って少し離れたところで丸まってそのオレンジの水晶のようなものを齧りだす。弟は欲しいけど悪いな~、みたいな感じで尻尾を出したり引っこめたりしてたけど欲に負けたのか二本の尻尾を器用に使って受け取りこれまた少し離れて齧りだす。二人の表情を見るに美味しいようだ。弟は骨のように全体を齧っているし、妹は端から砕いて食べている。
俺も少し離れて3等分して小さくなった水晶を齧る。
ん、美味しい。こう体にじわ~とくる感じ。魔力によって疲労回復と魔力補給されてるのかな?
もう一つは兄姉におみあげとしよう。弟が一度倒れた訳だし今日の狩りはここまでだろうから。
にしてもうまいな。結構やばい奴だったから次に見つけたらまた狩る、というわけにもいかないだろうし魔力の隠蔽にも対応出来るようにならないとな。
まぁ持って帰ったそのオレンジの水晶を巡って兄姉が喧嘩し、そこに弟妹が混じっていって最終的に4等分して終わったりした。
俺は参戦しなかった。決して目の色変えた兄弟達が怖かったわけではない。