過去の伝説
これは辛く厳しい道の末、ハッピーエンドの物語
ある国に勇者たりうる少年が産まれ、神様から信託を受けた。魔族からの恐怖に震えていた民達は歓喜した。国は総力をあげ勇者を育てた。勉学を学ばせ、武術を鍛え、魔法を体得させた。
勇者はすくすくと育ち成長していった。次第にその国で彼に勝てる人はいなくなった。しかし、それまでであった。勇者に期待された圧倒的な力はなく、なんとか魔族と戦える程度。魔王を相手に出来るほどには圧倒的に実力が足りなかった。それでも、国の王は彼を信じて彼の覚醒を促すため仲間と共に旅にだした、また、魔王に太刀打ち出来る武器の情報も探した。
そして、その国は滅びた。魔王の怒りを買って魔族達に攻め滅ぼされたのだ。それでも勇者は旅をやめなかった。やめるわけにはいかなかった。自分の為に散ってしまった命の重さに押し潰されそうになりながらそれでも前に進んだ。
魔族も彼を放ったままではない。度重なる魔族との戦いをくり広げた。たが、彼は生き残る位には強かった。彼だけが生き残る位には強かったのだ。
一人、一人と減っていく仲間達。彼らは勇者を信じていた。最後の最後まで信じ続けでいた。勇者はいっそ怨んでくれた方が楽だと叫んだ。仲間達はそんなあなただからこそ全てをかけられるのだと、未来に希望を繋げるのだと散っていった。
とうとう勇者は一人になった。
魔族に追い詰められようやくこの重役から解放されるのだと喜んだ。皆には申し訳ないが自分には重すぎたのだと笑った。どれだけ頑張っても魔族には勝てないのだと諦めた。優しい国と仲間達の顔を思い出して涙が溢れた。彼は勇者に向かって侮蔑の眼差しを向けた。不甲斐ないと、だって仕方ないじゃないかと返ってくる。その通りだ。
たが、彼の旅は終わらない。
白い八又の尾を持つ白銀の獣が勇者を救った。
その姿は雄々しく、魔族を圧倒してしまった。その姿はまるで神の使いのようだった。
助けられた勇者からはありがとうと感謝を伝えた。助けられた彼からは何故今なのだと怒りをぶつけた。もっと速く来てくれれば仲間達は死ななかったかも知れないと少年は吠えた。
神の使いはただただ悲しそうに笑っただけだった。
勇者の旅は続く。一人と一匹だけで。
襲い来る魔族達を打ち払い、強大な魔王と対峙できるだけの武具を探しだし、ついには魔王のもとへとたどり着いた。
しかし、魔王の力は強大だった。一人と一匹では到底太刀打ち出来はしなかった。もう駄目だと勇者は膝を着くと、神の使いはその剣を持っていった。神の使いは諦めていなかった。その姿が一匹の獣から一人の少女へと変わる。勇者に向かっていつものように悲しそうな笑顔を浮かべると、彼女は魔王と共に消えてしまった。
一人残された勇者は、そのとき初めて神の声を聞いた。魔王討伐の褒美に何か願いを叶えてくれるという話に、彼は勇者は即答した。「自分の為に死んだ全員を生き返らせて欲しい」と。
神の答えは否だった。一度死んだ者を生き返らせることなど出来ないというのだ。
彼は嘆いた。もう、勇者も彼も知っている人間はいない。魔族でさえいないままなのだ。そうして彼が望んだ願いは「罰を与えて欲しい」というものだった。
国も仲間さえ守れなかった不甲斐ない自分を、たくさんの思いを受けながら諦め出来るかもしれないことすら投げ出した臆病な自分を、いつも寄り添ってくれていた女の子にどうにもならない罵倒を浴びせ感謝の言葉すらまともに言えなかった愚かな自分を、許すことは到底出来なかったのだ。
神は彼の願いを聞き届けて、彼は神の元で永遠に働き続ける使命を背負いましたとさ。
「っと、どうだった?いい物語でしょ?
……え? ハッピーエンドじゃない?
魔王は倒したし、勇者の願いは叶ったし紛れもなくハッピーエンドさ。
……ふむ。確かに皆幸せになったとは言い難いかな。でも、死んでしまった人達はもう戻ることはないし、悔いをどれも改めてられない勇者に幸せはこないかもしれないね。
……でもね。実はこのお話には続きがあるんだ。正真正銘の……少なくとも彼にとってはハッピーエンドな物語。どう、聞きたい? 聞きたいよね。で~も残念。この先はまだ言えないんだ。だってこの物語はまだ続いているのだから……
さぁ、どうしようもなく稚拙で脆くて真っ直ぐな物語の始まりさ。君も覗いてみるかい……?」