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4話

 がたがたの均されていない道を、自転車で走っていく。

 自転車が上下運動をする度に、カゴに突っ込んだ鞄が少し跳ね上がる。

 清々しい下り坂を駆け下りた場所に、千雅の通う学校があった。

 緑に囲まれた、平生町(ひらおちょう)。その田舎の小さな町にある、唯一の中学校だった。

「ぎーりーぎーりーっ………間に合ったぁぁぁっ!!」

 チャイムさえない田舎の学校。そこに、キキィーッと千雅の自転車のブレーキ音が響く。

 かちり、と学校の時計の針が音を立てた。

「ぎりぎりではないぞ? そんなに急がずとも、遅刻にはならん」

 涼やかな声、大人びた口調。

 それに、ぴくりと千雅の耳が動物のように反応した。

 ヘルメットを取らぬままに、勢いよく背後を振り仰ぐ。

「先輩っ! 今日も元気におはようですっ」

 途端に敬礼をする千雅を半眼で眺め、小さくため息をつく人物。その薄い唇が、への字に歪んだ。

「それは日本語か…? 元気だけが有り余ってるだけに見えるがな…」

「……元気だけは有り余っていますが、何か…?」

「勢いばかりでどうしようもない阿呆だと言うことだ。気にするな」

 明後日の方向を向き、しれっと言ってのける。その人物の白銀の髪が、さらりと揺れ動いた。

 切れ長の涼やかな目に、凛とした低い声。整った目鼻立ち―――どれから取っても、かなりの美男子だ。

 仏頂面の仁王立ち。青筋さえ立ててはいないものの、気分を損ねているらしい。

「あの、先輩? 朝から元気無さそうですけど……何かあったんですか?」

「私は、遅刻にはならん(・・・・・・・)と言ったのだ。朝練をすっぽかして、何をやっていた?」

 あ、と声を上げ、慌てて口を噤む。

 目を細めた先輩、名を秋桐竜胆(あきぎりりんどう)は、口端をぴくりと動かしながら呟いた。

「なるほどな……朝練を忘れるほどの用事か…いいだろう、聞かせてもらおうか」

「いえ、何でも無いんですっ!! ただっ……」

「ただ?」

 感情を見せぬ瞳に囚われ、何も声を出せなくなった。正直言おう。怖い。

 もごもごと口を動かし、開閉し―――押し黙る。それを数回繰り返すが、良い言い訳が見つからない。

「あのっ……その…こ、これはですね、先輩っ」

「5、4、3、2、1…」

「ごめんなさい、寝坊しましたぁ!!」

 いきなりカウントダウンを入れられ、つい言っていまう。計算通りと言った風に、竜胆の表情は満足げだった。

「そうかそうか、確かにお前のことだ。薄々気付いてはいたが、やはりそうだったか…」

「先輩って何気、意地悪ですよね……じゃ、私友達に宿題写させてもらうという用事があるのでっ」

 勢いのまま、通り過ぎようと試みる。

「ちょっと待て、話がある。まさかお前、宿題を忘れたのか?」

 ぎくり。肩を飛び上がらせ、手足を忙しなくばたつかせる。

「そ、そんな、誤解ですよっ。私はただ、友達と答え合わせをするつもりでいてっ…」

「ならば、私が見てやろう。貸してみろ」

 普段ならば、先輩が見てくれるならと喜んで差し出しただろう。が、今の千雅の宿題のページは白紙だ。

 全身に冷や汗をだらだらと流しながら、ぶんぶんと首を横に振る。

「そんな、いいですよっ! 一年生の内容なんて、二年生学年トップの成績の先輩にはっ―――」

「だからこそ、確実な答えを出せるというもの。ええい、大人しくしろ、千雅っ」

 制服の襟元をぐいと捕まれ、半ば猫掴みの状態となる。わぁ、もしかして佐吉もいつもこんななのかなぁ、と呑気に考え、近くを通り過ぎようとしていた同級生に助けを求めた。

「ちょっとそこの山田(やまだ)君っ!! この暴走先輩をなだめてくださいませんか!?」

「え……俺の名前、本多(ほんだ)なんだけど…」

 眉をしかめ、先輩に首根っこを掴まれている同級生を見つめる。相手によっては助けられるが、今の相手は…

「…すまん、水影(みなかげ)。俺には相手がデカすぎる…ということで」

 水影、と言うのは千雅の苗字だ。

 なぜが見捨てられた感のした千雅は、涙目になりつつ、次なる助け舟に声をかけようとした。

「はぁ……千雅、そろそろ時間だ。私は生徒会があるから、とっとと教室に行け」

 時間が迫り、竜胆がぱっと手を離した。

 助かったと内心で号泣し、一つ竜胆に礼をすると、千雅は教室へと駆けていった。

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